AnnaMaria

 

裸でごめんなさい 3話

 

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「お〜し、全員そろってるな?良いか、ここの取締役はだらだらが嫌いだ。
 プレゼンも質疑応答も契約もピシッときびきび行こう。わかったな?」

「はい・・・」

「8時半までには全部終わらせて、その後始業時間の9時までで契約の話を進める。
 その流れで行くぞ。」

「はい・・・」


ここは、すみれ銀行本店の会議室。現在時刻は朝の6時半。
銀行の通常業務が始まるまでに、社内外のミーティングは全部済ませろ、というのが
ここの副社長の方針らしく、まだ朝の6時半というのに、
途中通った業務室には、もう仕事をしている人をちらほら見かけた。


「30分あるが、15分で全部用意しろ。
 マイクはお借りしたから、スライドとスクリーンの設置、ポインターなどは事前に確認して!」


部長は緊張しているらしく、顔を赤くしながら激を飛ばしている。
そこへ、うちの会社の専務取締役がスーツ姿の男性を一人連れて、会議室に入って来た。


「安川部長、紹介する。
 こちらが、海外業務提携先のピット&ウィンズ社から昨日到着して合流した、神待里(かみまちさと)君だ。
 よろしく頼む。」

「神待里隆です。よろしくお願い致します。」


長身でメガネをかけた、30代と思われるまだ若い男性が挨拶した。

部長と課長には既に話が通じてあったらしく、二人とも上機嫌で対応する。


「おお、待っていたよ。こちらこそよろしく頼む。アメリカ市場の話が出たら、是非応援してくれ。」

「僕にできることは何でもさせて頂きます。」


まどかもそこに居た皆同様、「よろしくお願いします」と挨拶したが、
その挨拶を受ける態度が何となく不遜に見えた。

ふん、頭良いと思ってちょっとお高いわね。

プレゼンが間近に迫っていたので、それ以上その話題に費やす余裕がなく、バタバタと準備が進んだ。


7時10分前になると、会議室にどやどやと人が入ってきた。
真ん真ん中にどすんと腰をおろした、目つきの鋭い人が副社長にちがいない。

このすみれ銀行は地方銀行から規模を大きくしていった処で、
銀行業務と証券業務、できれば保険関係までの
急速に進む金融業界のボーダーレス化グローバル化に対応しようと必死だ。

また最近、うちの会社は金融関係のソフトウェア作りにも手を広げていて、
グループ企業内で仕事をすることの多い銀行系クライアントに、何とか食い込もうと売り込み中である。
そこで、海外、特に米国での金融業界向けソフトウェアを多く手がけているピット&ウィンズ社と、
数年前に業務提携をし、既に何件かのクライアント獲得に成功している。


安川部長が短い挨拶をした後、すぐに本題のプレゼンに入り、
松野課長がスライドを使って、当社が提供できるソフトを使ったビジネスモデルの利点を説明していった。

40分位経って、一通り説明を終え、銀行側からの質問も幾つか受けて答えた。。
大体全員が内容を理解できたかな、と感じられた辺りで、副社長が口を切った。


「なんだ、これは下らんな!
 ビジネスモデルの作り方を君たちに教わろうなどと思っとらん。
 最近の市場の変化に、こっちが何も対応してないと思ってるのか?
 他社のプレゼンも幾つか聞いたが、どれともちっとも変わりばえせん!
 こんな凡庸な内容を聞かせたら、うちの人間なら間違いなく灰皿を飛ばされてるとこだよ!」


机をバン!と叩く音が響いて、部長がびくっと体を震わせたのが分かった。
空気が凍り付く。


「まあ、こちらの説明がやや総括的だったのが物足りませんか?まず全体から、と思いまして・・」

「そんなのんびりした考えのところと組んでられるか!日々、事態は進んでるんだぞ。
 2時間後から始められるものを持ってこい!」


部長の説明も途中でさえぎられて、副社長の怒号が響いた。

うちの会社の専務が口を開こうとした時、


「では、こちらをご覧下さい。」


と、声がした。さっき紹介された若い男性だ。


「何だ?君は・・」

「こちらと金融業界のソフト構築において業務提携をさせて頂いてる、ピット&ウィンズ社の神待里です。
 ちょうど一番最近の具体例を持ってまいりましたので、5分間だけ頂けますか?」

「3分だ。」


そう言われた彼が一礼すると、すぐさま手元から紙一枚にまとめた資料を取り出して配ると、
そこには最近NYに進出した日本の銀行の、部門ごとの業績の推移が具体的に挙げられていた。


「ソフトウェアを組み直すことで、金融、証券、保険関係にまで一体化した顧客管理、仕事効率のアップ、
 業務拡張が行われて、結果的に飛躍的に数字が伸びています・・・。」


落ち着いた声が響き渡った。あまりの早業に副社長も口を閉じたままだ。


「ソフトが働き出した1分後から、効果がてきめんに現れますよ。」

と、結ぶと、副社長は横を向きながら、


「そんなにてっとり早く行くかよ・・」と呟いたが、机は叩かなかった。


その後は、こちらの専務の応援、銀行サイドからもさらに具体的な質問が出て、ぐっと空気は和やかになった。
部長はテーブルの下で、掌の汗を拭っているのがわかる。


「神待里、と言ったか。君はどこ育ちだ?」副社長が質問した。

「生まれは日本ですが、6才から10才までが南米エクアドル、大学は日本とアメリカ両方です。」


返事を聞いているのかいないのか、副社長はそれ以上何も言わなかった。


8時過ぎには副社長が退席し、その後は向こうの担当者と具体的な内容の詰めに入った。
8時半には機材の片付けに入り、午後は銀行側の担当者が当社まで出向いてくれる段取りを組んで、
9時過ぎには銀行の会議室を後にした。




「いやあ、君助かったよ!あんなの用意してたなんて知らなかったな。」


社に帰ってから、午前中、社長に首尾を報告して上機嫌の部長が、
例の神待里氏に話しかけた。


「田代専務に頼まれて、一応用意しておいたんです。すみません、突然割り込みまして。」

「いや、君の度胸に助けられたよ。副社長の剣幕にこっちの舌が引っ付き気味になってたからさ。」

「あの副社長はプレゼン中にああして怒鳴り出すのがくせだから、
 決して引くな、と助言を頂いていただけですよ。」

「そう言えばオレも専務からそんな話を聞いてはいたが、実際にあの場で机を叩かれるとひるむねえ。」


気がゆるんだ部長は、課長とひそひそ話を始めて、昨日のネットの話をしているらしかった。
声を低くすると、


「君は海外勤務だから、巨乳は見慣れているんだろうな。
 あっちのオフィスにもグラマーは沢山いるんだろう?」

け、どうしようもないエロ親父、まだ仕事中だぞ!

「はい、沢山いますが、今のような発言をすれば、セクハラで2時間後に訴えられますね。
 あちらの女性は厳しいですから。」


表情は笑っていたが、声にぴしり、と釘をさす雰囲気があり、さすがの部長も口を噤んで部屋を出て行った。





「ああ、今朝は真っ青になりましたね。一時はどうなるか、と思いましたよ。」


後輩の孝太郎が隣の席から、まどかに本音をもらした。


「そうよね。みんな机バン!に、びびってたのものね。」

「あの海外組の彼がいなかったら、負けプレゼンで、今頃部長はうちの社長に絞られてたでしょう。」


それもちょっと良い図のような気もするけど、ボーナスのアップはなくなるもんな。


「で、彼はどこ行ったの?」

「あ、またさっき部長と一緒に社長室に呼ばれて行きましたよ。ああ。助かった。」


孝太郎は、嬉しそうにまどかの方を向くと、


「あれ?栗原さん、顔どうかしたんですか?目の下がちょっと腫れてるみたいですよ。
 殴られたみたいだなあ。」

「ち、ちがうわよ。ちょっとぶつけただけなの。」

「そうなんですか?ドジだなあ。美人が台無しですよ。
 とにかく、これが一山越えたら、一緒に飲みに行きましょうよ。」

「ああ、そうね。ぱっと行こうか!」


孝太郎の誘いを適当に受けながら、頭の中では今朝の彼のあざやかな手際を思い返していた。




午後3時過ぎに銀行の担当者たちがやってきて、具体的な詰めの作業に追われる。
5時過ぎまでかかって担当者との話し合いが終わり、部長たちが玄関まで送っていった。


「栗原さん、飲み物買ってきますよ。何がいいですか?あっと、神待里さんも何か飲みますか?」

「え〜と、私はあったかいお茶系なら何でもいいわ。お願いします。」

「僕は結構です。どうも。」


孝太郎が会議室を出て行くと、まどかと彼の二人が残される。

しばらく黙って片付けていると、


「栗原さん・・・は、今日か明日にでも、お時間がありますか?」と、声がかかった。

「は?何か、お手伝いすることがありますか?」とまどかが返すと、

「いえ、仕事が終わった後のことです。今日が都合悪ければ、明日でもいいのですが・・・」


座ったまま、まどかを見つめている。
真っ正面から顔を見たのは、初めてだ。
整った顔立ちから、今朝のやや高慢にも見えるような冷たい雰囲気が消えて、
メガネの奥の目が細められている。


え?デートの誘いってこと?まさか!社内の説明かしら・・・?


「そうですね。今のところ特に予定はありません。ただ、今朝早かったので、もしできれば明日の方が・・・」

正直過ぎるかしら?何しろ、お化粧までぐちゃぐちゃだし、この格好だし・・・

「ああ、そうですよね。ではこれ僕の名刺です。
 携帯の番号とアドレスが入っているので、連絡を入れて頂けると助かります。」


すっと名刺を差し出されて受け取り、まどかも慌てて名刺入れを探る。
まどかの名刺には、携帯の番号もアドレスも記入していないので、下の方にペンで書き込んでから彼に渡した。


「ああ、どうも。では僕の方から連絡します。一応明日で大丈夫ですか?」


まどかが返事をする前に、孝太郎が飲み物を持って会議室に戻ってきたので、話はそのままになった。

部長も戻って来た。


「神待里くん、専務から今夜あたり軽くどうか、と言われたんだが、都合はどうかな?」


ちらっとまどかの方を見たようにも思ったが、


「ええ、大丈夫です。今日は予定がありませんから・・・」

「栗原君も孝太郎も一緒に来るか?」

「いえ、今日は遠慮させて頂きます。」


部長と専務の取り合わせなんて、絶対願い下げだわ!


「僕もまだ仕事が残ってますから・・・」

「そうか。ま、今度にするか。じゃあ、用意ができたら専務の部屋に行くぞ。」

と、部長が彼に促した。


「今すぐ伺えますよ」と、鞄を手にしてすらりと立ち上がった。背が高い。

「おお、じゃ行こうか。君たちお疲れさん、また明日も頼むな。」


そう言いおいて、部長が彼と共に部屋を出て行った。

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