AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  1. まどかの憂鬱

 

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「栗原さん。」

「・・・・」

「栗原先輩、まどかさん!」

「!・・・は、はい?」


気がつくと、孝太郎くんがデスクの脇に立ってこっちを見ていた。
ちょっと不審そうな視線だ。


「最近、なんだかぼーっとしてる時がありますね。どうしたんですか?」

「ん〜、どうってやっぱり睡眠不足かな。もうぅ、疲れて、疲れて・・・」


ここでハゲ課長の方をわざとらしく見る。
知らんフリだ。ふん、こんなに仕事を押し付けておいて・・・。


「別にオレが引き止めてるわけじゃないぞ。どんどん早く帰ってくれて構わん。
 何の約束もないからって、毎日会社にこもらんで、たまには家で早寝したらどうだ?」


ハゲ課長がPCの陰から、ぼそぼそ言う。


「じゃ、この統計表、明日でいいですか?」

「いや、それとコレとは話が別だ・・・」


ふん!ソフトウェアを売り込んでいる会社の課長が、
実はPCに今ひとつ弱いなんて、知られちゃってもいいのかしら〜?

とは思ったけど、ここはやはりとっとと片付けてたまには早く帰ろうかな。
なんだか、中途半端な気持ちでぶら〜ん、と毎日が過ぎるんだもの。


神待里がNYに戻ってから、2週間が過ぎていた。
あと一週間で月が替わる。
来月には日本に帰国するって言っていたけど、いったい来月のいつ頃帰ってくるんだろう?
それとも仕事の都合で帰国が伸びているとか?

ああ、わかんない!
忙しそうな彼に、あんまりしょっちゅうメール出して、うるさがられてもイケナイし。

大体、わたしたちって何なんだろう?
恋人同士ではもちろん無い。BFまでも行かない。
好きとか、何かそう言う具体的なことを言われた訳でもない。
連絡のような、雑談のようなメールは時々もらうんだけど。

つまりは、食事を一回しただけの、知り合いとお友達の間くらいの関係って感じかしら。
後は、またお会いしてから・・・って感じだけど、
またお会いできるのか、お会いしたらどうなるのか、
お会いする時はどんな覚悟で行ったらいいのか・・・・ああああ!頭が混乱するぅぅ!


ふと気がつくと、孝太郎が隣の席から心配とも何ともつかない顔で見ていた。
自分の考えを読まれたような気がして一瞬ドキッとしたが、
気を取り直して、とにかく仕事を終わらせることにしよう、とPCに向かう。


PC画面にメール着信♪の知らせが入る。
彼かしら?と、うきうき開封すると、隣の席の孝太郎からだった。


”仕事が終わったら飯でも喰いに行きませんか?
 何時でもいいですから。”


ああ、心配されてるワケね。それにしても隣の席からメール寄越すなよ!


”有り難う!大丈夫だよん。終わってお腹空いてたら行こっか?”

”別に心配してませんよ。飯喰いに行きたいだけです。ダメですか?”

”ダメじゃないってば。じゃ、行き先考えといて。胃に優しいものがいいな。”

”了解!集中して早く終わらせて下さい。終わったらメール下さい”

”ハイ、頑張ります。”


はあ、弟に心配されてるダメ姉って感じ?でも何だか嬉しいな。
ここんとこ、まともに夜ご飯食べてないし・・・考えたらお腹減って来たよ。
早くやろ〜っと。




”終わったよ〜!これ、課長のとこに送信したら終わる。”

”お疲れ様でした。じゃ、オレ一足先にあがって外にいますから・・・”

孝太郎がガタっと机を立ち、手早く荷物をまとめると、


「じゃ、お先に失礼します!」と課長たちに挨拶して、さっさと部屋を出て行った。


頼まれていた統計表を課長のPC宛に送る。


「課長、今送信しました。わたしも帰っていいですか?」

「ああ、どんどん帰れ。たまには仕事以外の楽しみを味わった方がいいぞ。」


ふん!アンタに言われたくないわよ!


「では、お言葉に甘えまして失礼します。」




会社の外で、孝太郎がタバコを吸っている。
全社禁煙になり、3階のガラス張りの喫煙ルーム以外で吸っている人間はさすがにいなくなった。


「ああ、お腹空いた〜!で、何食べに行く事にしたの?」

「そうですね、やっぱり胃に優しいって言ったら和食系でしょ。
 少し先の駅ですけど、いいですよね?」


本社は三田にあるが、わたしたちの部署は
関連会社であるソフトウェア開発会社と同じビルの中に置かれている。
わたしたち「マーケティング開発」部は、一応その関連会社の籍に入っているが、依頼によっては、
本社のマーケティングや販促の手伝いをする事もある。

どこの会社でもマーケティングって言うのは割に何でも屋なことが多い。

ここのエリアは官庁とビジネス街の中間のような場所で、
少し歩くといわゆる「サラリーマンの駅」がすぐだ。
この近辺には気の利いた和食の店などないし、
あってもサラリーマンでびっしり埋まっている。

それでも手頃でおいしい中華料理店、うどん屋などはあって、
ふだん時々利用する事もある。



「いらっしゃいませ〜!お二人さまですか?こちらへどうぞ。」


彼が連れて来てくれたのは、地下鉄で何駅か行った先の
半地下に降りた、和食系と無国籍が混ざったような店で、
店の中が細胞のように、さまざまな個室空間に分かれている。

一階部分の高さを半分に区切って、上下に個室空間を作ってあるので、
個室内で立ち上がると天井に頭がぶつかってしまうような店の作りだ。。

座って飲食する客はいいが、料理を中腰で運んでくるお運びの人は大変だろうなあ、
と、まどかはおしぼりで手を拭きながらメニューを眺めている。

ここは2階の方の個室で、靴を脱いで上がった奥のスペースに、
3人掛け程度のL字型のソファとテーブルがあり、
天井が斜めになっていて、前の席と薄い布で簡単に仕切られている。


ん〜、ちょっとした内緒話とか、彼と二人で軽い食事を取るのに良さそうな場所ね。

と、そこまで考えて、テーブルの角を挟んで隣に座ってメニューを見ている孝太郎の顔を見た。

ふむ、何だか少し、親密な空間だなあ・・・。


「食べたいもの、決まりました?」

「え?うん、決めた、決めた・・・」


水菜と油揚げのサラダとか、白身魚の揚げ煮、あとターツァイとレバーの炒め物なんかを適当に頼み、
まずはビールを頂くことにする。


「お疲れさま〜!」乾杯してぐーっと一気にグラスを空ける。


ああ、空きっ腹にビールがしみわたるぅ、何だか感想までオヤジ臭くなってきたわ。


「まどかさん、最近どうかしたんですか?」

「え?別にどうもしないけど・・・」

「そうですか、しょっちゅうため息ついたり、バタバタ落ち着かない時があるような気がしますけど」

「そ、そうかな・・・」(会社でもそんなんか。マズいわ。)

「誰か、好きな人ができたんですか?」


孝太郎が急にまっすぐこちらを見る。


「や、や〜ね。知り合う暇がどこにあるのよ!」


笑いながらごまかすと、彼もふっと顔から力を抜いて、


「そうですよねえ。
 実際早く帰ってる訳でもないし、それどころか毎週休日出勤までこなしてる状態じゃ、
 具体的には難しいっすね。」

ええ、まあ。

「まどかさんに誰か男でもできたのか、とも思ったんですが、そうでもないみたいですね。」


明るく言われて、何だか複雑な心境だ。
確かに男ができた、とは言えないが、好きな人はできたのだ。

あ、好きな人、好きな人って言っちゃった?
いや、気になる人に訂正しよう・・・・。


毎日隣に座って仕事をしているのだから、孝太郎と話すことは沢山ある。
今のプロジェクトがどういう方向に向かっているのか、社内での評判はどうか。
男同士のネットワークのせいで、わたしなんかよりずっと社内のことを知っている。


「ピット&ウィンズ社の彼、すみれ銀行の副社長の知り合いの息子さんらしいですね。」

「え?そうなの?」知らなかった・・・。

「銀行サイドの人が言ってましたが、大学卒業時に一緒に奨学金をもらって留学した仲らしいです。
 ま、珍しい名前ですからね。あちらの副社長もピンと来たんでしょう。
 プレゼンの成功とあまり関係ないとは、思いますけどね。」


ふ〜ん、そうなんだ。
だからあの時、副社長が「君はどこ育ちだ?」なんて関係ない質問をしたんだわ。


「あの彼、また戻ってくるみたいですね。」

「ああ、そうなの」知らないフリをする。

「なんでも、じきに東京に転勤になるらしいですよ。
 うちの会社に出向とはならないらしいから、向こうの東京オフィスに籍を置いて、
 こっちと連絡を密にするって感じかな。

 あちらの副社長とのパイプがわかった以上、できるだけ彼に関わってもらった方が、
 このプロジェクトの先々の成功率も高いでしょうしね。
 ま、早く来て副社長の御機嫌取るのにも付き合って欲しいですよ。
 普段から机叩いたり、灰皿投げたり、電話壊したりって激しい性格らしいですから。」


「え〜、そんな人やだなあ。
 早くこのプロジェクト、システムの方との具体的な詰めに回して稼働させてもらいたいわね。」

「あの副社長、女性にも少し甘いらしいですよ。」


へ?そんな様子は微塵も無かったけど。あ、わたし、女に数えられてないか。


「部長がそれ聞き込んできて、うちのまどかでも使えるかなあって悩んでましたよ。」

「ちょっと!わたしに何させる気なのよ。お得意先の虎の御機嫌取りなんてできないわ。
 こんな時だけ、女だって思い出さないで欲しいわよ!」


だんだん、気分が悪くなって来た。
要するに、神待里さんもわたしも御機嫌取りのネタに使われそうなのね。フンだ!


「そんな顔しないで下さいよ。
 僕は営業出身だから、そう言うのがほんの少しでもプラスに働けば、
 どれほど助かるかって気持ちがわかりますから。

 無理して御機嫌取る必要はないですが、お得意さんに大切に接するのは営業の基本ですからね。」

「どうせ、わたしは営業でもまれてないわよ。」

「まどかさんらしくないなあ。
 ま、いっつも自信満々より何だか可愛らしくていいですけどね。」


ちょっと頬を赤くした孝太郎がこっちを見て笑う。

う〜ん、何だ?この気分・・・。彼は可愛い後輩なんだけど・・・。


「まどかさん、付き合ってる人がいないんなら、僕じゃダメですか?」


え?どう言うこと?


「なかなか言えなかったんですが、まどかさんはずっと前から僕のあこがれの先輩でした。

 ですが、近くで仕事してるとあこがれだけじゃなくて、何と言うか
 すごく無防備で可愛い瞬間があったり・・・。
 こうやって並んでいると、かなりセクシーに見える時があったり・・・」


じりっと、孝太郎の体がソファの上でわたしに近づいてくる。
慌ててほんの半歩、わたしは後退する。


「そ、それはありがとう・・・」間が抜けた返事だわね。


今度はだまってわたしの腰の後ろの方に手を回してくる。


「本当です。僕の言うこと、信じてもらえますか?」

「し、信じるわ・・・」ホントは酔ってるせいだと少しは思うけど・・・・。

「まどかさん、細く見えるけど実はかなりボリュームがありますよね。
 すごく女っぽい体型ですよ。
 僕、そういうの見る目がありますから・・・」


孝太郎くんの手がだんだん上にあがってきて、肩のあたりにまで来ている。
こ、これはどうやって切り抜けよう・・・?
ひっぱたくわけにも行かないし。


「まどかさんは、僕が嫌いですか?」耳元で囁かないでよ、変な気分になる・・

嫌いじゃないけど・・・。あなたとは・・・。

「え?何です?聞こえないな・・・。」

「あなたにはそう言う気持ちを持ってない。」


きっぱりした言葉が聞こえたらしく、彼の手と、
わたしの髪のすぐ横まで来ていた顔の動きが止まった。


「わかってます。でも僕は好きなんです。」


しまった!告白させてしまった。どうしよう?忘れてくれないかしら。

わたしの肩の近くにあった手を取ってぎゅっとつかみ、彼に向き合う。


「あなたは信頼できる後輩よ。だから・・・」


一瞬ひるんだように見えたが、すぐに反対の空いている手でわたしの肩をつかんだ。


「わかってますって!でもどうしても言いたかったんです。
 まどかさんの心に誰もいないんなら、僕のことを考えて下さい。」


そう言うと手を離して横を向き、自分のビールのグラスを一気に空けて、
あ〜あ、気障なセリフだなあ・・・なんて、呟いてる。

思わず、くす・・・と笑いがこぼれてしまう。


「あ、こんな時笑うなんてひどい人だなあ、まどかさんは。
 俺は本気なんですよ。襲っちゃいますよ。」


またこっちに手を伸ばして来たので、さっと除けて立ち上がった。
思わず天井に頭がごつん!とぶつかる。


「あ、痛ぁ!」頭を抱えていると、

「大丈夫ですか?」と孝太郎も立ち上がり、彼までごつん!と、頭をぶつける。

「痛っ!」


二人で頭を抱えながら、思い切り笑ってしまった。
あんまり笑ったので、前の席の二人が後ろを振り向く気配が、布越しに感じられたくらいだ。

あ、人の邪魔しちゃいけないわね。
二人で顔を見合わせると、またそっとソファに座り直して、残りのビールを飲んだ。

その後は彼も、またいつもの後輩に戻ってくれたので、適当に料理を片付けて腰を上げた。




ほろ酔い気分のまま、二人で駅までの道を帰りながら、ビルの上の夜空を眺めていた。
月がぽっかり浮かんでいる。

この空はNYまで続いているんだよね・・・。

わたしにしては珍しくセンチメンタルな気分になっているわ。
孝太郎もあまりしゃべらずに、だまって隣を歩いている。

夜空に飛行機がきらめくのが見えた。
彼の乗った飛行機だといいのに。

ああ、こんな事考えるなんて、やっぱり好きになっちゃったのかなあ。
やばいなあ。

気がつくと、孝太郎がわたしの顔をまた見ていた。


「やっぱり誰か好きな人がいるんですか?」

「・・・・」

「片思いなんですか?」

「ど、どうしてそう思うのよ。」

「だって、デートしてる気配が全くないから・・・。もしかして・・・と思っても。」


鋭いねえ。


「・・・わたしにもわからないの。」


ぽつんとそう答えると、彼がため息をつくのが聞こえた。


「さっき言ったこと、酔っぱらったせいじゃないですよ。マジですから。
 それだけ、分かってくれればいいです。じゃ、おやすみなさい。」


気がつくといつのまにか、駅まで着いていて、孝太郎は一足先に地下鉄の階段を降りて行った。

みんな、宙ぶらりんなんだよね・・・。





自宅へ帰る夜道をぼんやり歩いていると、携帯が震えた。
開けると、着信メール有り。


”少しご無沙汰でした。元気ですか?
やっとこちらでの仕事の整理がついて、今週帰国する事になりました。
金曜日の朝着の便に乗ります。まどかさんは、金曜日の夜は空いていますか?
都合がつくなら、ぜひお会いしたいな。返事を待っています。神待里。”


きゃ〜、やった!今週会える!嬉しい!
もう踊り出したい!大声で歌いたい!誰かをハグしたい!


夜道で思わず、歓声をあげてしまった自分を不審そうに見て行く人がいる。

ふ。ここまで連チャンで休日出勤したんだから、今週の土曜日は会社行かなくてもいいわよね。
いえ、死んだって行かないわ!

あ、約束は金曜日か、土曜のことは考えなくていいんだわ。
でも、万一・・・て、何が万一なんだろう?いやだ、わたしったら。

落ち着け!落ち着かなくちゃ。

今日から毎晩パックよ!美容院にも行きたいし、ネイルサロンにも行きたいけど、両方は無理?
大体何着て行こう?ああ、今日ってまだ月曜日だっけ?
待ち遠しいような、色々やることがあるような・・・。

あ、返信、返信っと。あ、でも、あんまりすぐ返信打っちゃまずいわよね。
大体今、NYって何時?14時間引くんだっけ?13時間だっけ?
今こっちが10時ってことは、ええと、向こうは朝8時頃?

ダメだ!落ち着かないわ。
うち帰ってお風呂入ってから、ゆっくり返信しようっと。

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