AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  3. バラの香り

 

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ホテルまでタクシーで戻ると、フロントでキーをもらってまっすぐ彼の部屋に行った。

余計な事は勘ぐらない。
紳士なのだから、あの時のわたしを助けてくれた人なのだから・・・と、言い聞かせながら。




前とは、違う景色の部屋だ。
今度は東向きの部屋なのだろう。
眼下に首都高速がうねり、隅田川にかかる両国橋、浅草までが見える。

全面ガラスの窓にもたれて外の夜景をみていると、彼が近くに立ってきた。
しばらく一緒に窓の外を眺める。


「また違う雰囲気ですね。」

「そう。以前泊まった西側とどっちが良いのかわかりませんが、
 この部屋の方が昔ながらの東京が見えますね。
 太陽がこっちから上りますから、朝の景色を楽しみにしているんです。」


外の夜景からまどかの顔に視線を移して微笑むと、


「まどかさん、何を飲みますか?」

「そ、そうですね・・・。」


一体何が飲めるんだろう?全然、考えがまとまらないわ。

そんなまどかの表情をみていた彼が


「じゃ、僕のと同じでいい?少し薄くして・・・」

「はい、お願いします。」


緊張した声に少し笑って、


「おとなしいですね、まどかさん。会社にいる時とぜんぜん違うんじゃないですか?」


笑顔のまま、長い指でウィスキーのオン・ザ・ロックスと水割りを作り始める。

最後にウィスキー飲んだのなんて、いつだったかしら?覚えてないわ。



「・・・まどかさん?」

「あ、はい?」あ、いけない。聞いてなかったかな。

「乾杯しましょう。」


立ったまま、小さくグラスを合わせる。
グラスの中身が揺れて、氷がぱちんと弾ける音がした。


「再会を祝して」

「はい、また会えて嬉しいです。」


そのまま、勢いでぐっと3分の1くらい飲んでしまった。
強いスコッチの液体がひりひりと喉を通る。

でも、いい香りだ。
こんないい香りのウィスキーを飲んだことがあったろうか?


「いい香りですね。」

「そうですか。何だろう?普通のスコッチですよ。」

「そうかしら、何だかバラみたいな香りがする。」

「あはは・・・。それは、あっちの花のせいですよ。」


入って来たときは気がつかなかったが、わずかに明かりのついたバスルームの方から芳香がする。
ドアが開いていて、見ると濃い紅色のバラが重たげに、
ガラス瓶いっぱいに生けられて、鏡に映っていた。

ああ、この香りだったんだ。


「わたし、神待里さんの香りかと思ってました・・・」


何を口に出したか、よくわからないまま呟いた。

と、目の前をふわりと視界が塞がれる。
見るともう彼の腕に包まれていた。


わたし、グラスを持ったままだわ・・・。


まどかの心の声が聞こえたかのように、グラスが手から抜かれて近くのテーブルに置かれ、
もう一度ゆっくり抱き締められる。


「3度目ですよ。僕の香りを覚えて・・・。」


そのまま、ゆっくりと彼の顔が近づいてくる。
思わず、避けようと腕の中で身じろぎをしてしまう。

だが、彼の左腕はまどかの肩をふわりと抱いたまま、右手がそっと顎にかけられ、
少し上向きにされたかと思うと、もう唇が重なっていた。


少し冷たい唇、スコッチのオンザロックの香り。
しばらくまどかの唇の上に優しく重なっていたかと思うと、またゆっくり離れて行く。

黒い瞳がじっとまどかを見つめ、あごにかかっていた彼の右手が頬へとすべっていき、優しく撫でられると、
もう一度、唇が覆いかぶさってきた。
右手がうなじの下にぴったり回され、今度は唇は離れなかった。

冷たい唇がお互いの熱ですこし温もると、熱い舌が入って来る。
またあの香り、それからスコッチの少し辛い味、彼の舌の味・・・。

頭がじんじんしびれてくる。
彼の手が熱くなってきたみたいだ。唇の上の息はもっと熱い。
舌で頭の中をかき回されるよう、膝ががくがくしてくる。

また、ぎゅっと体を支えられる。


「まどか、と呼んでもいい?」

「・・・は、ええ・・・」

「NYに戻ってからも、ずっと君に会いたかった。

 会って自分の気持ちを確かめるつもりだったんだけど、
 顔を見たら、どうしてもキスがしたくなって・・・。
 急いでごめん。許してくれるかな。」


何と言えばいいんだろう。わたしもキスがしたかったんだろうか?
わからない。ただ、


「わたしも・・・あなたに会いたかった・・・」


まどかのその言葉にもう一度、唇が降りてきた。
今度はまどかも彼の背中に手を回して、キスに応える。

暗く広がる空ときらめくビルの景色の前で、
しばらくぴったり一つになったまま、口づけを交わしていた。




「開けてみて・・・」


ソファに座ってから、小さな水色の箱を渡されて、紺色のリボンを解く。
藍色のベルベットのケースが現れ、さらに開くと華奢な石を散りばめたブレスレットが出てきた。


「わあ、きれい・・・」

「良かったら付けてみてくれるかな。」


ブレスを左手に回して、金具を留めようと手首を曲げていたら、
神待里の大きな手がつかんで、金具を留めてくれた。
まどかの細い手首にシャランと輝きが揺れる。


「これをわたしに?」

「この前、泣かせてしまったから。
 と言うか、君の手に似合いそうだと思って。ちょっと勇気が要ったけど。」

「どうして、勇気が要るの?」

「だって、君の気持ちがわからなかったからね・・・」


ちら、とこっちを見上げたかと思うと、ブレスの回った左手をつかまれて、
手の甲に軽くキスをされる。
まどかは、また真っ赤になった。


「あ、ありがとう。すごく嬉しいわ。」

「それだけ?」


手をつかんだまま、いたずらそうにウィンクされる。

え〜?どうしたらいいの?

彼が笑いながら、自分の左のほっぺたをつついている。
キスしろって事かしら?どうしよう?外人さんみたい。

ためらいながらも、彼の方に伸び上がって頬に軽く唇を触れる。
と、たちまち座ったまま抱き締められて、結局また唇にたっぷりとキスをもらった。

はあ、頭がバクハツしそうだわ・・・・


「気に入ってくれたんなら、僕も嬉しい。
 今日は僕が11年ぶりに日本に住むことになった記念の夜なんだ。
 ずっと一緒に居てくれる?」


低い声で甘く耳元に囁かれると、あやうく、ええ、と言いそうになってしまう。
はっ!そんな、ダメよ!


「神待里さん」

「待った!それだけは止めて欲しい、今すぐに。
 隆だ、隆と呼んで、まどか。」

「・・・」

「呼んでくれないの?」

「隆・・・さん」

「さんは要らないけど、それでいいよ。」


また微笑んだ、優しい笑顔。
そのまま、ずっとまどかの真ん前に顔を据えて、まっすぐに見つめてくる。
この瞳を見ているだけで、力が抜けていきそうだわ。


「今日は帰ります。お疲れでしょうし・・・」

「全然疲れてないって言ったら、ずっと居てくれる?」

「いえ、そう言うわけには・・・」


まどかのためらいを見て、神待里は笑った。


「仕方ないな。あんまりわがままを言って早々に嫌われるのも困るから、今日は帰すよ。
 でも、条件があるんだけど・・・」

「条件?」

「そう、明日も会って。明日は土曜日だけど、仕事休み?」

「ええ、休みです。」

「ああ、良かった。じゃ、明日できるだけ早くここへ来て。」

「ここに?」この部屋にまたすぐ来るの?そんな・・・

「ホテルにって意味だよ」そう言うと、可笑しそうに笑った。

「早くってどれ位?」

「そうだな、8時半くらい?」

「ええ?そんなに早く?」

「君と一緒に朝ご飯が食べたいんだけど、ダメかな?」

「ああ、あの、朝はあんまり得意ではないので、昼ご飯を一緒にするのではどうかしら?」


隆はちょっと口を尖らせて、肩をすくめる。
何だか、アメリカ人のちっちゃい男の子みたい。
まどかは思わず、おかしくて噴き出した。


「どうして笑ったの?」

「だって、子供みたいな顔するんだもの。」

「そうかな。あんまりそんな風に言われたことないんだけど。
 まあいいや、希望を適えてくれるなら。
 君が来られる時間、何時でもいい。それまで朝ご飯を食べないで待ってるよ。」

「そんな・・・」

「いいんだ。ここのジムで軽く運動でもする。君も一緒にやる?」

「え、遠慮させて頂きます。」

「そう?一緒にワークアウトできるのもいいと思ったんだけど。
 じゃ、ホテルに着いたら、内線か携帯で連絡して。待ってるから。」


ああ、何だか急に事態が進んでいるような・・・
頭と体がついていかないわ。


「もう一杯飲まない?そしたら、送って行くよ。」


すっかり上機嫌の隆を見ながら、この人ってわたしの思っていたイメージとちょっと違うのかしら?と、訝っていた。

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