AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  8. 隆のオフィス

 

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「神待里さん、これ専務から預かってきた書類です。」

「ああ、わざわざ有り難うございます。」


あれ、あのピンクのスーツ誰だっけ?
ああ、田代専務のところの秘書の女性ね。
専務は社内では国際派だから、隆さんの考えに色々共感してるらしくて、
意見を聞こうと、結構呼び出しがくるみたい。




隆が帰国してから一ヶ月半ほどが過ぎた。
火、金の朝は、こちらの会社に律儀に出社し、スケジュールの擦り合わせや
お互いの仕事の進捗状況などを報告しあい、直接話し合いの必要な案件を片付けた。

システム部との連動は当然始まっていたので、
午後はそちらや銀行サイドの人間も同席しての打ち合わせをこなして行く。

まどかも無論、午前中のミーティングには加わるが、午後は加わったり加わらなかったり、
案件によってバラバラだった。

プロジェクトも今のところ順調に軌道に乗り始めて、特に大きなトラブルもなく、
このままシステム部と銀行の実働が進んでいけば、
まどかのいるマーケティング部はいずれ、用済みになる筈だ。

このプロジェクトの進行と成果を横目で見ながら、
新しいプロジェクトの可能性を探らなければならない。


隆が定期的に顔を出してくれているので、こちらの会社側から、
彼のいるピット&ウィンズ社に赴く事はほとんど無かったが、
まどかは一度だけ、隆と共にオフィスを訪問した事がある。




隆の会社の入っている、外苑前の大きなビルのホールに入ると、
エレベーターから降りてきた、4人連れの外国人ビジネスマンの一人がこちらに向かって手を挙げた。


「Hi, Takashi, How's going?」

「Hello, Mr.Shawn. Good!

 ああ、まどかさん、ご紹介しましょう。
 ピット&ウィンズ社、東京オフィス社長のマーク・ショーン氏です。
 Mr.shawn、こちらが提携先のマーケティング担当の栗原まどかさんです。」

「よろしく!栗原さん、Shawnです。お話は何度か伺っていますよ。」


手を差し出されながら、この短髪で精悍な印象のアメリカ人の口から、
流暢な日本語が出てきたのに驚いた。

50前後だろうか?
背はそれ程高くないが、陽に焼けて筋肉質の体をベージュのスーツにびしっと包んでいる。
青い目からオーラが放射されるようだが、微笑むと柔らかい表情になった。


「こちらこそ、よろしく。ショーンさん。」


まどかがしっかりと握手をすると、彼も笑顔を見せたまま、ぐっと握り返してくる。


「じゃ、隆、また後で・・・」

「はい。行ってらっしゃい。」




ビルのホールから外へ出て行く後ろ姿を見送りながら、
まどかは、何となく問いかけるような視線を隆に向けた。


「ん?彼は東○大学の大学院を出て、日経新聞にも毎朝目を通してる。
 奥さんも日本人だし、日本語にはまるで不自由しない人だよ。」

「そうなの。すごいわね。」

「ああ、すごいよ。決断は速いし、仕事のスピードも速い。
 それでも毎晩遅くなるみたいだけど、ね。

 さ、折角ここまで来たんだから、僕のオフィスも覗いて行ってよ。」


エレベーターで上の階へと上がる。
このビルは大手商社の所有だが、それ以外の企業も幾つか入所している。

ビルの中央がエレベーターホールで、東西にフロアが分かれている。
ホールを降りて、ずんずん進む隆に遅れまいとちょっと早足になりながら、
すれ違う人をさり気なく観察する。


全体の3分の1くらいが外国人?
しかし、日本人スタッフに見えた女性も、
廊下で行き会ったアフリカ系女性と、急に早口の英語でしゃべりだす。

見た目だけじゃわからないわよね・・・本当に国際的なフロアだわ。
なんだか空間も広いような感じがするのは、気のせいかしら?

ため息を呑み込みながら、隆に付いていくと、
ゆるやかにパーテーションで仕切られた空間の中にするっと滑り込む。


「ここが僕のデスクだよ。」


ブルーのパーテーションで区切られた一見個室のような空間だ。
盤面の広いグレーのデスクの上には電話だけ、
大きめの書類キャビネットのみが傍にある、すっきりした空間だった。


「ここに君の写真を置きたいところなんだけどね・・・」


とんとんと自分のデスクを指差しながら、いたずらそうに微笑んだ。
サイドデスクの上にあるフォトフレームには、
隆自身がどこかの外国で釣り竿を握っている写真が収まっていた。


「ここはアメリカ?」写真に目を向けたまま、まどかが尋ねた。

「いや、カナダだ。カナダにキャンプに行った時の写真だよ。」

「ご家族の写真はないの?」

「ここには入れてないんだ。今は家に帰れば会えるからね。
 今度、紹介するから、家に遊びに来ない?」

「ありがとう。是非伺うわ。」

「そう。じゃ、今週の土曜日はどうかな?」

「え?そ、そんな急に・・・」


まどかはうろたえた。ほんの社交辞令のつもりだと思ったのに。


「たった今、是非来てくれるって言ったよね?」


と、隆がまどかの顔を、ずずっと覗き込んでくる。


「うん、それはそうだけど。そんなにすぐとは思ってなかったから・・・」

「ふ~ん、その気がないのに適当に返事したってこと?」

「そ、そうじゃないわ・・・」


固まっているまどかを見て、隆が面白そうに笑った。


「ま、そんなに堅苦しく考えなくていいんだよ。
 僕が久しぶりに帰って来たから、庭でバーベキューでもやろうかって親が言い出して、
 どうせなら、友達も招んだらってことなんだ。

 弟も来るし、あいつも誰か友達を連れてくると思う。
 僕はぜひ君に来て欲しいから、他の友達は誘ってないんだ。
 来てくれるよね?」


デスクにもたれたまま、隆がまどかの顎をくすぐる。


「きゃ、止めて。ここは、お仕事の場でしょ?」

「そうだよ。だからキスはしない。」


いたずらそうに隆が笑って、まどかの髪をかき回した。

そのまま、まどかの後ろに向かってふっと手を挙げる。


「Hi, Cal!」


パーテーションの向こうから、茶色の瞳がくりくりした女性が覗いていて、
こっちに向かって手を振っていた。


「Oh, Takashi, you're here!」(隆、ここにいたの)

「まどか、紹介するよ。僕の仕事を時々手伝ってくれる、キャルだ。
 キャル、提携先の栗原まどかさんだ。」

「ハジメマシテ・・・」

「こちらこそ、初めまして」と、まどかも慌てて頭を下げる。

「少ししたら、そっちに顔を出すから待っていて。」

「OK, Takashi・・・」


キャルはにこっと微笑むと廊下の方に消えて行った。


「ねえ、本当に今週の土曜日ダメ?
 僕の親にはもう言っちゃったし、君に会えるのを二人とも楽しみにしてるんだけど・・・?」

「ダメじゃないわ、もちろん。
 早めに行って、何かお手伝いした方がいいかしら?」

「そうだな。手伝ってくれたら喜ぶと思うよ。
 とにかく何も持ってこなくていいから、君だけ来て。
 近くの駅まで僕が迎えに行くよ。

 時間はまだはっきり決められないけど、11時頃でどうかな?」

「そ、そうね。大丈夫だと思うわ。」

「じゃあ、迎えに行く場所と時間は後でメールで伝える。
 楽しみにしているから、絶対来て。」

「ありがとう、伺うわ。じゃ、わたし、ここから直で取引先に行くから。」

「わかった。ここまで付き合ってくれて有り難う。
 エレベーターまで送るよ。
 結構、似た廊下や部屋があって、戻るのにわかりにくいんだ。」


また、ぱちっとまどかにウィンクすると、先に立って廊下を進み、
エレベーターのボタンを押してくれた。


「じゃ、まず金曜日に。その後、土曜日に・・・」


耳元でちらっと囁くと、エレベーターが閉じる瞬間にぱっと手を上げてくれた。

エレベーターが閉まってから、はぁ~~っと背中をもたせてため息をつくと、
すぐ脇にいた外国人の男性がまどかを見て、ちょこっと肩をすくめて、笑った。

いけない!知り合いかもしれないものね。気をつけなくちゃ・・。






問題の土曜日はあっさりと訪れた。


バーベキューをするには、やや不安な曇り空だったが、雨の予報はなかった。
少々むっとする天気で、気温はかなり高い。
駅前広場の街路樹の緑が黒々と濃く、足元に咲いたカンナのオレンジが夏の訪れを告げている。

隆の乗った黒のBMWが駅前広場に滑り込んでくる。
11時5分前だわ、早めに着いていて良かった。


「これ、隆さんの車?」


まだ何となく真新しい車内に乗り込みながら、まどかが聞いた。


「いや、親父の車だよ。僕はまだ車買ってないんだ。
 これも母がたまに買い物に使ってるくらいで、週末はそれほど使わないしね。
 それにまた、来週からブラジルに行くらしくて、家には僕だけになるんだよ。」
 
「そうなの。お忙しいのね。」

「そうみたいだね。
 南米って遠いから、NYやヨーロッパみたいに直通便ががんがんある訳じゃないし、
 どうしても一度行くと長くなるみたいだ。」

「そう。」


それっきり黙ってしまったまどかの方を見て、隆が声をかけた。


「どうしたの?」

「あ、どんな方たちかなって、ちょっと緊張しているだけ。」

「全然、きどらない親だから心配しなくていいよ。
 かなり色んな人間がうちに遊びに来てるしね。
 君みたいな美人は、そういないけど。」

「やだ、やめてよ」まどかは真っ赤になった。

「僕、いつも思うんだけど、お世辞は言ってない。
 だから止めてって言わずに嬉しい、とか、有り難うって言って、
 お礼のキスしてくれる方がいいな。」


また、ちょんちょんと自分の右頬を突つく。


「ありがとう。でも今、運転中でしょ?」

「そう、だから僕からキスできないから、君からして・・・」

「シートベルトしてるから、無理だわ」そう言って横を向いた。


隆はちらっとまどかの方を見ると、


「君って、妙に冷たいとこあるよね」そう言って、ほっぺたを膨らませてむくれた。

その顔を見ると、思わず笑い出してしまって、ふくれたほっぺたに軽くキスをする。


「わーお、こりゃ、困った!どこかに停めて襲いたくなったぞ。」


わざと大げさに目を丸くする。
まどかがゲラゲラ笑っていると、本当に路肩に車を停めてしまったので、焦った。


「え~?お母さまたち待ってるんでしょ?」

「1分だけ・・・」


素早くシートベルトを外して、まどかを捕まえると、きゅっとキスをして、
ぎゅうっと胸の中に抱き締める。


「このまま家へ連れて行くの、やっぱりやめようかな・・・」


まどかを腕の中に閉じ込めたまま、低い声でささやく。


「そんな、ダメよ!
 バーベキューでお客が来ない程困る事ってないわよ。」

「つまんないこと言うんだなあ。
 弟が思いっきり食ったら、僕らの分なんてすぐ無くなるよ。」

「え、ホント?その伝説の弟さんにも、ぜひお会いしてみたいわ!」

「弟に会いたいって、僕といるのに?
 言っとくけど、まるっきり似てないよ。
 僕の方がずっと良い男だからね。」


またちょっと不機嫌な顔を見せながら、ぎゅうっとまどかの唇にキスを押し付けた。
☆◎!◆※☆!!!


フロントガラス越しに歩道を歩くおばさんがこっちを見た気がして、
まどかは何だかひやひやした。


「隆!」ちょっと胸を押しながら、もがいてみる。

ぱっと顔を離すと、にっこり笑いながら、


「アレ?隆って呼んでくれたね?
 うん、じゃあ、しょうがない。君の望み通り、弟に紹介しよう・・・」


またすっかり機嫌の直った顔で、シートベルトを締め直すと、
口笛を吹きながら車をスタートさせた。

全くもう・・・ホント、会社とは大違いだわ!

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