AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  12. 小さなトゲ

 

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「So exclusion is something that was very much on my mind,
 as I awakened this morning in this very wonderful country・・・・」


専務の会議室から、ネイティブの女性の流暢な英語が聞こえてくる。
それに応える英語の会話が幾つかあり、通訳する女性の言葉が流れてきた。

部長に持ってくるように言われた書類を抱えたまま、
まどかは部屋の外で、どうしようかと迷っていた。

すると、プレゼン自体は、もう一区切りついたところだったらしく、
専務と部長の会話が聞こえ、二人が会議室の中から出て来た。


外国人の女性のお客様なんだ、とちらっと中を覗くが見当たらない。
30代と思われる、背の高い外国人男性が一人、隆と話しており、
傍らに専務の秘書の榎本さんが座っている。


寛いだ雰囲気なのを見ると、打ち合わせはもう終わったようだ。

はて、お客の女性は何処にいるんだろう?と思って見回していると、


「何きょろきょろしてる」と安川部長。

「いえ、ネイティブの女性の英語がきこえたのに、お姿が見当たらないから・・・」

「ばか、秘書の榎本さんが、通訳してくれてたんだよ。
 彼女が英語をしゃべっていたんだ。」


へえ、そうなんだ。


いつもの通訳の人が来られなくなり、臨時に社内通訳を勤めたらしい。
若い彼女はちょっと上がっていたようで、今も頬が少し赤く上気している。


「ありがとうございました。」


隆にお辞儀をした榎本さんが、そのまま何だかぽうっとした顔で見上げている。


「いえ・・・・」隆が少し微笑んで返す。

「幾つか単語が出て来なくなっちゃって、というか、
 不勉強で何と訳していいのか迷ったところがあったのを、
 助けていただきました。」

「ほんの少しだけですよ。」


田代専務は上機嫌で、お気に入りの秘書の肩を持つ。


「榎本君は帰国子女でバイリンガルなんだ。高校もNYだったな。」

「ええ、○○大付属のNY校です。神待里さんも同じ高校なんです。」


専務が隆の顔を見る。


「そうなのか?じゃ、お互いに知って・・・いるわけないか。
 年が違うな。ははは・・」

「もちろん、一緒の時期に居たわけではありません。」

「でも、わたしの方はお名前を存じてました。
 NYの高校は狭い世界ですし、親同士がとっても仲が良いんです。
 神待里さんのご兄弟は、そのNY仲間の中で大学でも伝説になっていたので。
 ここでお会いしてびっくりしました。」


またうるんだような目で、隆を見る。
隆の方は平然とその視線を受け止めて、少し微笑んでいる。

んん、何だか、ちょっと変な気分。



「それじゃあ、折角の機会だから今日は一緒に昼飯でも行こうか。
 先ほどのプレゼンターの彼と、僕と、榎本君と、神待里君と、安川部長と・・・。
 ああ、栗原君も一緒に来ないか?」

「いえ、有り難うございます。
 残念ですが、昼休みのうちに返事を出さなければならないメールがあるので、
 失礼します。」


わたしの返事を聞くと、唯一人語学に全く自信のない安川部長が、
無人島に置いて行かれる犬のような目をして言った。


「栗原くん・・・いいじゃないか、折角のお誘いなんだし・・・。」

「いえ、先方は待ってますから・・・。」


ざまあみそ。横メシの中でひとり、置いてけぼりにされるといいわ。





メールの件を片付けてから、部屋に残っていた孝太郎と近場で昼食を済ませて戻って来ると、
玄関ホールで、隆と榎本さんとプレゼンターのお客の3人が立ち話をしている姿が見えた。

専務が受付で外線電話を取っており、
その間を何となくみんな周りで話しながら待っている、と言った様子だ。
安川部長の姿はもう見えない。


「へえ、神待里さんと彼女、似合いますね〜」


孝太郎が呟く。

英語で話している時の榎本さんの表情は生き生きとして、仕草も大きく、
普段とはまるで別人のように、男性二人を相手に、
声高に元気にしゃべっていた。

隆の方は、いつもの落ち着いた様子を崩さず、
舞い上がっているような様子の彼女の話を微笑みながら聞いている。


うう、またしても胸の中がちょっと疼いたような、
小さなトゲが刺さったような・・・。


孝太郎とまどかが通ると、隆の方が軽く手で合図して、
初めて、榎本さんは、こちらに気がついたようで、ちょっと慌てた様子だ。
顔を赤くして、こちらに会釈を送って来る。

隆がお客と榎本さんに軽く会釈して、こちらに合流してきた。
彼女はまだこちらを見つめている。





午後のミーティングは、マーケティング部、経営企画部、情報統括部、システムとの合同で、
参加者も多かった。

プロジェクトの進行と報告を安川部長が行い、現状の市場分析を隆が説明すると
質問がいくつか出て、短い的確な応えに納得した顔が続くが、
たった一人、猛烈に噛み付いてくるのがいた。


「失礼ですが、データと情報を取るだけなら、
 何処にいても、誰にでもできるのではありませんか?

 それだけの為に、海外の御社と提携するのなら、
 今後はそれほど必要がないかもしれませんね。」


誰だろう、あれ。
あんまり見かけない顔だけど、社内の人間には違いないわよね。
面と向かって、あの言い方はかなり失礼だわ。


「私の持って来たデータは、誰でもすぐに手に入れられる種類のものではありません。
 もちろん、何ヶ月か経てば公開されるものですが、
 集計して3ヶ月は一般には出回りませんし、
 それまでは、ハッキングでもしない限り、手に入りません。
 つまり、一般に出回った時点から分析を開始しても、
 すでに3ヶ月市場に遅れてしまいます。

 現在の市場に対応するのに、スピードが何より大事なのはよくご存知でしょう。」


隆の低い、落ち着いた声が響く。


「では、そのデータだけを送っていただけば充分ではないですか?
 こちらの市場に関しては、僕らの方が良く知っている場合もある。」


尚も、食い下がってくる。


「北林君はそう言うが、
 何百ページの膨大な英語のデータから、必要なものを的確に抜き出して、
 このようなわかりやすい日本語のチャートに素早くまとめる事が誰にでもできるかね?

 いや、プロの力を借りた方がずっと早い。
 我々はその分析を元に、戦略を立てる方に重点を置くべきだと思う。」


国際派の田代専務の援護射撃で、さしもの自信家男も黙ったようだ。
しかし、何となく隆を鋭い目でねめつけている。
 
隆の方は、涼しい顔で相手を眺めている。

はて、こいつは何故こんなに好戦的なのか?




席に戻ってから、孝太郎に彼の事を聞いてみた。


「あの北林一(はじめ)って人知ってる?」

「知ってますよ。
 確か、もとは本社の経営企画にいたんじゃなかったかな?
 こっちに転籍してきたのも、ほんの1年くらい前ですかね。
 語学も仕事も出来るという話ですが、何しろ、自信過剰気味であの態度ですから、
 敬遠している人間もいるみたいですね。」

「そうなの。」


得意分野が似てるのかしら?
ま、隆はよそ者で目立つから、気に食わないと思っている人もいるでしょうね。
それにしても、ずいぶん敵対心丸出しだったけど・・・。





その理由のひとつは偶然わかることになった。

まどかが来客用エレベーターのホールに入ろうとすると、
聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「榎本さん、確か今日は大丈夫だって・・・言ってたよね?」


ま、あの、エラそうな北林とかいう男じゃないの。
しおらしい声出してるから、誰かと思ったわ。


「それが、専務から言われて、急遽、私も会席に加わることになったの。
 この間、プレゼンをしたアメリカの方も一緒だから、是非英語ができる者が一緒にって。
 だから、またの機会にさせて。」

「だって、あのピット&ウィンズ社の気取った男が同席するんだろ?
 あいつに通訳させときゃいいのに。」

「一人じゃ大変よ。それに、私、神待里さんや、あのお客さまの話に興味があるの。
 私から是非加えてくれって言ったのよ。
 それに神待里さん、全然気取ってないわよ。すごく優しいわ。」


この言葉を聞いたときの北林氏の顔は、そのまま、わたしの顔と同じに違いなかった。

わたしだって、榎本さんに同席なんてして欲しくない。
顔見れば、誰だって彼女の気持ちがわかっちゃう・・・・。

何だか専務が応援している風なのも面白くないわ。


北林氏は、榎本さんに気があったのかあ。
で、その彼女が隆をぼうっとした目で見ているのがたまらないのね。

気持ちはわかるけど、隆を攻撃するのは、まるでお角違いよ。
はあ、どうしたものか・・・。





翌日の水曜日の夜、まどかは隆と並んで、カウンターでビールを飲んでいた。
目の前に色々な料理が大皿に盛りつけてあり、客がそれを自由に選ぶスタイルの店だ。

今ひとつ、食欲が出ない。

昨日は専務や、榎本さんや、あの米国人プレゼンターと会食だった筈。
どんな様子か、ちょっと聞きたいけどやっぱり聞けない。


「どうした?ちょっと元気ないね。」

「ううん、そんな事ないわ。昨日は遅くなったの?」


やだ、つい聞いちゃった!


「昨日?ああ、専務とシステムの部長と、ミラー氏と、あと専務の秘書と一緒だったよ。
 話は面白かったな。でも正直、こう会席にいちいち呼び出されるのはちょっと堪える。
 接待とビジネスと交流の中間みたいなもので、無下に断りにくい。」

「隆さんは日本人だけど、ビジネス経験は全部海外で積んだから、
 こういう『日本的接待』は苦手でしょうね。」
 
「NYでももちろん、日本企業のコンサルをやっていたから、
 付き合いかたは呑み込んでるつもりだし、効能もそれなりに認めている。
 ただ、個人的な時間を取られるのが時々苦痛なだけ・・・」


そう言って、まどかの手を取って、自分の大きな手の中でぎゅっぎゅっと掴んだ。


「榎本さんは帰国子女なんでしょ?」

「通算すると、アメリカでの生活は彼女の方が長いかもしれない。
 NYの高校の後輩にあたるそうだ。僕は知らなかったけど・・・。」


ビールを飲む隆の横顔が、少し翳った気がした。


「昨日、会食が終わって帰ろうとしたら、彼女に引き留められたんだ。
 そのまま断って帰ろうとしたんだが、専務にまで奨められてね。
 久しぶりに先輩後輩の旧交を温めろって、ここで初対面なのに。」

「そうなの・・・。で、どんな話をしたの?」


やだ、わたしったら。でも止められない・・・。


隆はちらっとまどかの顔に目を走らせたが、そのまま続けた。


「僕から言うことじゃないんだけどね。
 彼女の母親は通訳で、彼女がまだ小さい時に離婚して、米国人男性と再婚したらしい。
 だから、かなり小さい頃から、家庭内でも英語で会話していたんだよ。
 日本の中学と大学を出ているから、日本語も不自由ないけど、
 もしかしたら、英語の方が流暢かもしれない。

 彼女が気になる?」


まっすぐ隆が聞いて来た。
まどかは、どう答えたものか一瞬考えたが、正直になることにした。


「ええ、少し・・」


隆は小さくため息をついた。


「彼女に、付き合っている人はいるんですかって聞かれた。」


え?やっぱり・・・そうなんだ。


「Yesって答えたよ。日本の方ですか?とも聞かれた。
 また Yesだ。」

「そしたら?」

「そうですか、って言ってた。それだけ・・・」


隆があっさり締めくくった。


「わかったわ。」


そう言いながらも、俯いてしまった。

隆さんが不意に長い腕を伸ばして、わたしの顎をつかまえて顔を向けさせた。
まっすぐ目を見つめてくる。この目に弱くて・・・すくんじゃう。


「心配してないよね?」

「ええ」

「じゃ、どうしてそんな顔しているの?」

「だって、榎本さんの気持ちがわかるような気がするから・・・・」


隆がまどかの顎から手を放して、前に向き直った。


「ふ〜ん、僕だって、あの孝太郎君の気持ちがわかるよ。」


えええ、どうして?


「そりゃ、わかるよ。あんな目をしていたら、いくら疎い僕にだって・・・。

 もちろん、孝太郎君と榎本さんが全く違うのはわかってる。
 ただいつか彼に恨まれそうな気がして、ちょっと覚悟してるよ。」

「孝太郎は信頼できる後輩よ。」

「榎本さんだって、ただの後輩だ。
 しかも、同時期に学校にいたわけじゃない。
 昔の知り合いでもない。同じだよ、わかるね?」


カウンター席でまどかの肩を引き寄せると、


「僕の好きなのは君だ。君は?」

「わたしも・・・あなたが好きよ・・・」


声が小さくなってしまう。
中々口から出ない言葉だけど、今日は何とか押し出せた。


「じゃあ、もう何も問題はないね。」


隆がぎゅっと肩を強く掴んで、わたしに輝くような笑顔を向けた。

ああ、この顔を見ると、とろとろに蕩けてしまうのに・・・・。

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