AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  14. 大切な話

 

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「来週、一度NYに行って来る」


まどかがふっと体を固くした。
その気配を感じて、隆が肩を抱き直す。

体を動かしたいという隆に付き合って、一緒にスポーツジムに行った後、
二人で隆の家のリビングルームに戻り、ソファに座っていた。

運動の後の気怠さを感じながら、
まどかはソファにうずくまって膝を抱えたまま、ぼんやり隆にもたれている。


「ここのプロジェクトも軌道に乗ったし、僕の役割も半ば終わりつつある。
 もう別のプロジェクトの話が立ち上がっているし、
 ついでに片付ける仕事があるから、一週間か、もう少し位居ることになりそうだ。
 来週の週末は会えないね。残念だけど・・・」

「そう、大変ね。」


まどかはそう言ったが、急に気持ちがくたくたと萎えていくのを感じた。
週末も会えないし、もちろん、週2回来ていた会社でも会えない。
それどころか、今後は会社で顔を見る機会もぐんと減っていくだろう。

何となく俯いてしまう。


部屋の中のテーブルや椅子の影が、うすく長く床に伸びて、
そろそろと初秋の夕闇が忍び寄ってきている。
空気も心なしか、ひんやりしてきたようだ。




「君は会社での印象とずいぶん違うね。」


まどかの髪をゆっくりと指先で梳きながら、隆が言った。


「会社でのわたしってどう見えるの?」


隆は、まどかの髪から手を放して、一瞬オフィスにいる時のようなクールな表情を見せ、
まどかの顔をじっと見た。


「そうだな。タフな女性って感じかな?」

「タフ?」

「そう。エネルギーがあって絶対に仕事を途中で投げ出さない。
 味方だったら頼もしいけど、交渉相手やコンペティター側にいたら手強いね。」


ふ~ん、そんな風に見えるのか・・・
そんなタフな交渉をしたことはないように思うんだけど。
何だか、よくわからないわ。


「そんなこと言われたの初めてよ。」

「そう?一緒に仕事している他のメンバーがどう思ってるか知らないけど、
 外部の人間が君の仕事ぶりに初めて接したら、そんな印象を受けるだろうね。
 
 ねえ、ほめてるんだよ。」


隆は戸惑ったようなまどかの頬を軽くつねって、ちょっと笑った。


オフィスとプライベートのギャップなら、あなたの方がずっと大きいわ。
でも、それは多少でも親しい人なら、すぐに感じる事でしょうね。


「僕だって別の顔をしてるって言いたいんだろ?
 わかってるよ、前にも言われたね。

 それで悪いとは思ってないけど、
 初対面では自信過剰で、冷たく見える事もあるみたいだな。
 コンサルとかをする時には、あまりプラスじゃないけど仕方ない。」


そうなのか・・・。
じゃ、普段のわたし、
こうしている時のわたしはどう映ってるのかしら?


「ふだんのまどかは全然違う・・・」静かに見つめながら、隆が言い切った。

「どうしてわたしの考えてることがわかるの?」

「君の顔は、ものすごく正直だから・・・。」

「!」


そうなの、簡単に読めるってわけですね。

まどかはちょっと悔しくなって、ぷいっと横を向いた。

隆は笑いながら、またまどかの髪をくしゃくしゃといじり始めた。


「素直で、恥ずかしがりやのちっちゃい女の子みたいな顔している時がある。

 普段はすごく頑張っているけど、
 君の中にある、すぽっと抜けたように純なところ、
 そこが、たまらなく可愛くて好きなんだ。

 もちろん、別の時に見せてくれる、もっと違う顔も大好きだよ。

 でも、だから、僕がNYから帰ってきたら、
 今度は絶対泊まりに来て。」


こんな言葉を聞かされると、また急に体の奥がかあっと熱くなる。


バーベキューパーティの時は、図らずも泊まる羽目になったが、
隆の両親がブラジルに出張後、何度かこの家を訪れていても、
泊まったことはない。

一度、隆が簡単な夕食を作ってくれたけれど、
まどかがキッチンを借りて料理した事もない。
留守中にキッチンを借りるのは、隆の母に何となく悪いような気がしてしまう。
大体、料理の腕に自信もないのだ。


「・・・そうね。」


泊まりに来て、朝も翌日もずっと一緒に過ごす。
考えただけで、何だかもう緊張する。
寝起きのおそろしい顔を見られても嫌われないかしら?

この前泊まった時には、朝の蒼い光が差してきて、
お互いのまどろむ顔がうっすらと浮かぶ頃、
隆の両親が目覚める前に、彼を自分の部屋に送り出したから。


そんな思いを見透かしたように、
隆がソファの上で、まどかをしっかり抱えながら、


「朝の光の中で、君の寝てる顔が見てみたいな。
 早起きは不得意だって言ってたよね。
 どうやって起こして欲しい?
 ん~、楽しみだなあ。」


さらっとそんな事を言う。
胸の奥がきゅうっと詰まって、心臓がバクバクする、どうしよう。


「ほら、やっぱり恥ずかしがりやだ・・・」


まどかの赤くなった顔を見て、面白そうに言う。


「僕だって照れ屋なんだよ。」


うそ、信じないわ。

まどかが疑わしそうな視線を向けた。


「ホントだよ。これでも君に言いたい事の半分も言えてない。あ、半分は大げさかな。
 3分の2も言えてない。」

「じゃあ、今は残りの3分の1を言ってみて。」


いつもの柔らかい笑顔が消えて、
冷たいようにも見える端正な表情が、またちらっとよぎり、
腕の中のまどかを、後ろからぎゅっと抱え直しながら


「君を愛してる。
 帰したくない。ずうっと傍にいて欲しい。
 君を抱いたまま朝まで一緒に眠りたい。
 仕事から帰った後もここで君の顔が見たい。」


一気に言い終えた隆の言葉にびっくりして、思わず顔を見上げると、
隆の目がじっと見つめている。


「本当だよ。
 いつも言いたいけど、明日は仕事だし、無理をさせたくないから我慢している。

 まどかはどうなんだ。僕ともっと一緒にいたくないの?
 たまには君の気持ちを聞かせてよ。」


ええ~?わたし、わたしはどうなんだろう。
だって・・・。

考えているだけで、ずるずるとソファの下の方に沈み込んでしまう。
よいしょっと隆がまた、まどかを引っ張り上げながら、もう一度顔を見る。


「ほら、言ってごらん。」


隆の視線に押されて、へどもどと言葉が出る。


「あなたが好きよ。
 うまく言えないけど、こうして一緒にいるのが気持ちいいの。
 でもちょっと怖いような・・・」

「僕が?僕といるのが?」

「あなたと・・・ずっといるのが・・・。」


隆は苦笑した。


「それじゃ困るな。いつまでも帰す心配をしなきゃならない。

 眠っちゃうと何か恐ろしい癖があるの?
 激しい歯ぎしりとか、雷のようないびきをかくとか、
 廊下をうろうろ徘徊するとか・・・?

 この間はそんな事はなかったように思うけど
 雷で聞こえなかったのかな。」


眉を片方上げて、わざとらしく問いかけてくる。


「そんなんじゃ・・・ない、と思うけど・・」


声が尻すぼみになってしまう。絶対にないとは言い切れないわ。


「怖いかどうか、も一度やってみればいい。ね?」


柔らかく隆に見つめられて、また顔が赤くなってくるのを感じたが、
何も言わず、頷いた。


「それじゃ、約束だ・・・」


唇が重なる。柔らかくて、甘くて、頭がしびれていくようだ。
強い腕で引き寄せられて、ふんわり彼に包まれると、大きな暖かい波がやってくる。

ソファの上に重なったままゆっくり倒れていく。
隆の重みを感じながら、キスがどんどん深くなり、
その次の甘い波がやってくるのをどこかで待っていた。

目を閉じると、そうっと額、瞼、頬に優しい唇が触れるのを感じ、
それから首筋に熱い息がかかる。
    

「帰れなくなっちゃう・・・」

「帰らなければいい。」

「ダメよ。着替えを持ってないもの。」

「うちの母のスーツでも着て行けば・・」


え~~、冗談でしょ?
思わず起き上がろうとすると、いたずらそうな笑顔があった。


「本気にするなよ。
 でも、このままじゃ帰せない。目を閉じて・・・」


隆の性急な手がもう半分以上、シャツのボタンを外してしまっている。


「待って。ここだと・・・」

「ダメだ。ここで今すぐ欲しい。もう暴れないで・・・。」


隆の大きくて繊細な手が、まどかの肌をゆっくりとさまよっていく。
うなじからそろそろと下がって、その後を唇が辿っている。


「きれいだ・・・。
 すべすべで、ひんやりしているのに、たちまち熱くなってくるんだね。

 もっとよく見せて。
 こんな余分なものは、今すぐ剥がさないと・・・。」


まどかには、もう返事ができなかった。






すっかり闇に沈んだ、居間のソファで体の半分にブランケットをかけてもらいながら、
まだぴったり抱き合っていた。

二人とも、まだ何も身に付けていない。
ソファに座った隆の足の間に挟まれたまま、上半身を抱き取られている。


「真っ暗になっちゃった」

「そうだね。
 嫌だな、やっぱり帰したくない。
 こんな風に一緒にいた後、君だけここからいなくなってしまうのが
 僕に対してどんなに残酷か、考えてみたこともないだろ?」

「わたしがいなくなると寂しいの?」

「今まで一緒にいた空間から、急に君だけいなくなるんだから。
 段々、その後の時間の長さが我慢できなくなる。」


何だか、隆らしからぬ、弱気な発言だった。
どうしたんだろう?
家に一人でいるのが嫌だなんて、子供みたいよ、あなた。


「僕はね、朝起きて君にキスをして、一緒に食事をして、
 ソファで抱きしめて一緒に過ごして、
 夜も腕の中にいる君を感じて、一晩中しょっちゅう触れていたい。
 どこへ行くにもなるべく一緒に行きたい、って仕事中は無理だけど。」


隆が自分で笑ってみせた。


「隆さんのご両親みたいに?」

「そう。あの二人よりももっと・・・・。
 出張先にまで二人で行けるようになるかどうかは、わからないな。
 とにかく、ずっと一緒にいたい。

 まどか、僕の望みを適えてくれる?」


まどかは腕の中で少し身じろぎして、隆の顔を下から見上げた。


「隆・・・あの・・・それは・・・」


隆が大きな掌で、まどかの裸の肩をつかみ直し、
ぐっと胸の方に引き寄せて抱きしめ、鼻が触れ合う程の近さから見つめてきた。


「そう、プロポーズしてるんだよ。」


ええ?こんなふうにソファで、二人で素っ裸でいる時に?


「真面目に言ってるの?」

「あ、こんな姿だから真剣に受け取れないの?
 裸の気持ちを伝えるのに、これも良いと思ったんだけど。

 女性にはスタイルが大事だってこと、うっかり忘れてた。
 じゃ、跪けばいい?」


隆がわたしをソファの上に置き直して、
自分はあっと言う間に、床に膝をついてまどかに手を伸べた。


「まどか、僕と結婚してくれる?」


いくら暗いからって、素晴らしいボディをしてるからって、
裸のまま、そんな風に跪いたら滑稽よ・・・。

まどかは、ブランケットを口元にあてて、くすくす笑いだした・・・。


「早く返事を聞かせてくれよ。実はさっきのせいで膝が少し痛いんだ。
 けっこう長い間膝をついてたし・・・。
 ちょっとやり過ぎたかな・・」


きゃ~、止めてよ!

まどかがクッションを投げ付けた。
隆が余裕でクッションを受け止めると、もう一度まどかのすぐ傍で跪いて、
まどかの手を取って、唇を当て、目を閉じている。


「まどか・・・」

「今、寂しくなったから、そんなことを言ってるんじゃないの?
 わたしがあなたの奥さんにふさわしいかどうか、すごく疑問よ。」


まどかの言葉に、隆がため息をつき、
まどかの方に体を寄せると、ブランケットごと、ぎゅっと抱きしめてきた。


「NYから帰ってきてから、それこそ、花束を抱えきれないくらい渡して、
 指輪を用意して、プロポーズしようかとも思ったけど、
 どうしてもすぐに君の返事を聞きたくなったんだ。

 早く返事を聞いて、早く一緒に暮らしたい。
 あ、もちろん、『No』の返事なんか、絶対に聞きたくない。」


隆の正直過ぎる告白を耳の傍で聞きながら、
ずいぶん長い事、隆の首に手をまわしたまま、黙っていた。
やがて、ぽつんと呟いた。


「わたし、あなたにちゃんとついていけるかしら?」


隆の体が、ほんの一瞬ぎくりとこわばったように感じられた。
もう一度、まどかを膝の上に引っ張り上げ、顔を同じ高さにして見つめる。


「まどか、よく聞いて。
 それこそ、僕の知りたいことなんだ。

 僕とずっと一緒にいるなら、君は日本を離れることもあるかもしれない。
 一時的かもしれない。
 でもどこか日本じゃないところでずうっと暮らして、
 時々、日本に帰ってくる暮らしになるかもしれない。

 君にそれができる?
 ずっと僕についてきてくれる?」


まどかは、まだ返事ができなかった。

わたしなんかで、いいのだろうか?
語学に堪能な、海外でのマナーも身についた女性の方が
彼の奥さんになるには、もっとずっとふさわしいんじゃないかしら。


「自信がないの。
 榎本さんみたいに語学ができるわけでもない。留学したこともない。
 海外で生活したことも、外国の人と対等にビジネスをしたこともない。
 わたしなんかで、本当にできるのかしら?」


隆がまどかの顎をやさしく持ち上げて、じっと見つめた。
もうあたりが真っ暗で、あまりよく顔が見えないけど、
黒く濡れた瞳が自分の顔にまっすぐ注がれているのは、感じた。


「君がそうしたいと思ってくれるなら、できるよ。

 でも、こればかりは、君に強制できない。
 君にも失うものがあるかもしれないからね。
 もちろん、御両親とも話をしなくてはならない。

 まどか、でも、まず、君だ。
 君にその気があるなら・・・」


まどかが隆の顔をじっと見返したまま黙っていると、隆がふっと笑って


「わかった。
 やっぱり僕は急ぎ過ぎているみたいだな。
 返事はNYから帰ってから聞く事にする。
 
 無理して急かしてごめんよ。ダーリン・・・」


そう言って、まどかの唇にそっとキスをして抱きしめた。

珍しく、隆が英語の呼びかけをした。
何だか、妙に慣れた感じもしたわ・・・。


「そのせりふ、何回目なの?」

「プロポーズしたのは、初めてだよ。」

隆が答えた。

「違うわ、『ダーリン』の方よ。」

まどかが睨むと、

「さあ、何回目かな。
 プロポーズはした事ないけど、告白をした事がないとは言えないからね。」


隆はしらっと答えて、いつものようにウィンクすると、
腕の中のまどかが逃げないように、ぐっと手首を掴んだ。
まどかが上目遣いに睨んでくるのを、愉快そうに笑顔で受け止め、


「運動して・・・ま、運動って言っても色々だね、
 一大告白をして緊張したら、腹が減ってきたな。
 裸のまま、何か食べるのもいいけど、
 今日はちゃんと服を着て、外へ食事に行こう。

 まどかが酔っぱらったら、家に送らずにまっすぐここへ連れて帰るからね。
 だから今夜は沢山飲んでいいよ。」

「んもう!」


さっさと身支度を始めた隆に、
何だか、また振り回されそうな予感がして、思わずため息をついた。



でも、来週からしばらく会えないのね・・・・。
寂しい。

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