AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  15. 宣言

 

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古くからの金融街にある、ガラス張りの巨大なビル。
地下から途中階までは、気軽なレストラン、カフェ、パン屋、
ファッションブティックなどが混在し、四六時中かなりのにぎわいを見せる。

途中階からは大企業をテナントに持つオフィスビルとなり、
今日のセミナーはこのビルの多目的会議室で行われる。
金融、PC業界に名を連ねる会員企業からの参加者が、多数見込まれていた。

ゲストによる講演と、ゲストを交えたパネルディスカッションの2部構成で、
2部の公開ディスカッションでは、
隆も司会を兼ねてパネリストの壇上に上がることになっている。

プレゼンターとして、アメリカのシンクタンクから著名なエコノミストを招待し、
セミナー、パネルディスカッション共、通訳が入る予定だ。





「神待里さん、すみません。
 専務に急な来客で、打ち合わせを飛ばして、セミナーに直行することになったんです」


榎本さんがテーブルから立ち上がり、上気したような表情で、早口に隆に告げる。

隆は会議前に、打ち合わせをかねて、専務とランチを一緒にすることになっていた。
指定の地下の和食店に、時間前に行ってみると、
専務の姿はなく、彼女一人が待っていたと言うわけだ。


「そうですか。
 いや、どちらにしても僕は早めにここへ入る予定だったので構いませんよ。
 携帯に連絡をくれましたか?」

「いえ、専務にそうするように申し上げたら、
 君が代わりに行って事情を説明して来いって言われました。
 良かったら、一緒にご飯を食べてくれますか?」

「もちろんです。
 これから少し緊張しなきゃならないので、
 リラックスしたランチタイムは嬉しいですよ。」


隆が微笑むと、榎本さんがまた、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべた。


「ええと、じゃ、何にしようかしら?
 お昼のちらし丼にしようかしら、それとも・・・」


メニューを見て、あれこれを迷っている横顔を見ながら、隆は少し当惑していた。

急な来客という説明を信じるしかないが、
もし作為的に二人だけの時間を作って、専務が僕らをまとめようとしているなら、
一度はっきりさせないといけないのだが・・・。


会社でのまどかの顔色が冴えない事も気になっていた。
部長や課長がそれとなく、自分と榎本さんを応援しているような風情も感じてはいた。

だが、NY出張から帰れば、新しいプロジェクトが動きだし、
まどかの会社に行く機会もぐっと減ることだから、と思い、
あえて何も意思表示せずに来たのだ。

たかが一度、誰かとランチを一緒にする位何でもないが、
どうせなら、しばらく見られなくなるまどかの顔を見ながら食べたかった、
という思いが湧く。


「神待里さんは、NYのどのあたりにお住まいだったんですか?」
「ああ?・・・・です。」


同じ高校、大学に在籍した元帰国子女同士として、二人の共通の話題は幾らでもあった。




食事の後、時間までどこかでコーヒーでも飲もうと
榎本さんと二人、上の方の階をぶらついた。

洗練された日用品、テーブルウェアなどを販売している店があり、
店の真ん中に敷かれた通路を隔てて、窓側にテーブルウェアを並べ、
同じ店内のビル側には、通路に面してガラス張りのしゃれたカフェが作ってある。


そのガラス越しに見慣れた3人を見つけた。

まどか、孝太郎、そしてこの前自分につっかかってきた男、
北林までがカウンターに並んで、
何故かアイスクリームを食べている。

まどかはこちらに気づかず、目の前のアイスクリームを見つめている。
孝太郎の前にはコーヒーがあるのに、
隙を見て素早くスプーンを横取りし、
まどかのアイスをすくって、ぺろっと舐めてしまった。

まどかが怒って孝太郎をばんばん叩き、スプーンを取り返そうとしていたが、
孝太郎がなかなか返さず、二人でまたじゃれるようにスプーンの取り合いをしている。


「いいじゃないですか、もう少しくらい!
 まどかさん、ケチですねえ」

「自分のスプーン使いなさいよ。わたしが食べられないじゃない!」

「コーヒーにスプーン付いてなかったんですよ。」


所在なさそうにしていた北林が、ガラス越しに隆と榎本さんに気がつく。
榎本さんを見ると、ぱっと笑顔でこちらに手を振ってきたが、
隆といるのに気づくと、露骨に嫌な顔をした。



「うふふ、見ちゃいましたよ。
 こんなお昼時にアイスクリームなんて食べてるんですか?」


榎本さんが店の中にはいってから、屈託なく尋ねた。


「北林さんがどうしても入りたいってごねたんですよ。
 僕はコーヒーが飲みたかったんで、どこでも良かったんですけど。
 でも、ちょろっと、まどかさんのアイス、味見しちゃったら
 ここのは超うまいっすね!」


孝太郎が気さくに応えた。
隆がきらっと横目で、孝太郎を刺した。


「味見していいなんて言ってないのに!もう!」


まどかがブリブリふくれている。


「あれ、一口くれるのもイヤなんですか?けっちだなあ・・・」

「そうじゃないわよ!欲しかったら、自分で買いなさいよ」

「一個は食べられませんよ。一口だけ舐めてみたかったんです。
 北林さん、食べるの早くて、あっという間に食べちゃったから・・・」

「孝太郎に味見させたくなかったんだ・・・」


北林が脇から応える。


「そっち二人はどうしたんですか?どこかで待ち合わせでもしてたの?」


北林が不機嫌そうに聞く。


「いや、専務とアポがあったんですが、急用ができて、
 会場に直接来られる事になったようです」


どことなく冷たく隆が応えた。


「そうなの。だから、神待里さんにお昼を付き合って頂いたの」


榎本さんが嬉しそうに告げた。

孝太郎が見ていると、その言葉を聞いて、
北林、まどか、隆がいっせいにそれぞれ、横を向いたり、下を向いたりした。


ふ〜ん、面白いぞ、これは・・・

孝太郎は心中にやりとして、続けた。


「それは良かったですね。高校の先輩後輩でしたっけ?
 久しぶりに楽しい時間だったでしょう?」


また、北林、まどか、隆がいっせいに孝太郎をにらんだ。


「ええ、楽しかったわ。懐かしいお話が沢山できたの。
 でも専務がいないって分かっていたら、
 皆さんで一緒にご飯が食べられたのにね。」


無邪気な答えだった。


「そうだわ、私、母と待ち合わせしてるんです。そろそろ会場で待ってる頃だわ。」

「何でお母さんと?」


北林が不思議そうに聞いた。


「今日のセミナー、母が通訳するんです。
 いつも頼む方が海外出張しておられて、たまたま誰も都合がつかないので、
 私から母に頼んだんです。」

「そうだったの・・・お身内まで動員してもらって何だか恐縮だわ。」


まどかが言った。





入り口のセキュリティチェックを受けて、通行証をもらい、
会場のホールに入ると、受付のところに真っ白なスーツ姿の女性が立っていた。
まどか達が近づいていくと、こちらを向いて破顔した。


「ママ!」

「ああ、ルナ、待ってたのよ。
 ここの会場一度しか来たことないから、ブースのシステムも何もよくわからないの。
 案内してくれるわよね?」

「もちろんよ。あ、皆さん、うちの母を紹介させて下さい。
 今日、通訳を務める、榎本恵子です。よろしくお願いします。」


こちら側も一斉に頭を下げ、榎本さんが全員を母親に紹介した。

榎本母は、まっすぐに隆に目を向け、


「神待里さんですか。お話はかねがね、娘から伺っています。
 後でお話できるお時間があればうれしいですね」


そう言って、満面の笑顔で手を差し出してきた。
隆がぎゅっと握って、


「こちらこそ、無理を頼んだようなのに、引き受けて下さって助かります。」


落ち着いた笑顔で返した。

榎本親子は、会場機器を事前に細かくチェックする必要があるとかで、
早々に会場の方に消えていった。



「神待里さんは、幅広い女性から人気があるようですね。」


チクリと北林が言うと、


「北林さんの事を・・・」


隆がくるりとこちらを振り向き、


「総務の女性の方が、とても優秀で切れる人なんだと
 それはそれは、熱を込めて紹介してくれました」


その言葉でまた、北林の顔がぐっと渋くなった。
総務課の独身女性が、北林をお気に入りで、
何かと世話を焼きたがっているのは社内で有名だったからだ。


隆は、どことなく元気のなかったまどかを励ましたかったが、
肝心のまどかは、やや離れた所で、孝太郎と下らない冗談を言い合いながらじゃれていて、
こっちを見てもいない。


榎本さんと来たことを気にしているかな・・・

とも思ったが、今見ると、結構元気で孝太郎と書類の取り合いっこをしている。
見ていると、二人の仲良さそうな感じが気に障り、

アイスクリームを一緒に舐めるなんて!

と、我知らず孝太郎を睨みつけたら、視線を感じたらしくこっちを向いた。


「あれ、神待里さん、今日はどことなく『攻め』の雰囲気ですね。
 張りつめてて、いい感じですよ。
 北林さんがまた、嫌みでも言ったんですか?」

「僕は何も言ってない!」


北林がふくれた。
まどかが少し心配そうにこちらを向いた。


「ああ、そうですか?
 これからの事を考えて、少し緊張しているかもしれません。
 気にしないで下さい。
 では、僕も先に失礼します。」


小さく手を上げると、さっと後ろを向いて、
長いストライドでたちまち向こうに消えていった。


「何となく、珍しく機嫌悪かったですね。」


隆の後ろ姿を見ながら言った孝太郎の言葉に、
まどかもそう感じたが、何故なのかはわからなかった。





セミナーは大盛況だった。

1部では、今、旬のエコノミストで大統領のブレーンだとも噂されている男性が講演をし、
2部のパネルディスカッションでは、更にもう何名か金融、PC業界の専門家が加わり、
隆が司会兼、パネリストで各々に質問や意見を振っていく。

3時間近くの長いセミナーにも関わらず、居眠りする姿も殆ど見当たらず、
会場には熱心に情報を得ようとする空気が満ちていた。



「今日は通訳の入ったセミナーなのに、進行がすごくスピーディですね。」

「そりゃそうよ。会員同士のセミナーに国際会議級の通訳が来てくれたんですもの。 
 瞬時に同時通訳が始まってとんとん進んじゃうから、
 半分程度の時間で済んだんじゃないかしら・・・」

「へえ、榎本さんのお母さん、有能なんですね」


会場の隅に片付けた受付台の後ろに座りながら、
まどか、孝太郎、北林がひそひそと囁き合っていた。



終わってからも、ロビーで雑談する姿や、名刺交換をする人間が大勢いて、
今日のセミナーが実りあるものだった事を感じさせる。

ようやく受講者が全員帰り、会場の片付けを手分けして、大急ぎでざっと終わらせる。

ようやく終わってから専務から声がかかり、近くのホテルのコーヒーラウンジに席を移して、
マーケティングのメンバー、本社の数名、隆、榎本さんと、
今日、通訳を務めた榎本母とで集まり、小さな慰労会となった。



「いや、今日は榎本さんのお母様が通訳をして下さって、本当に助かりました。
 本来なら、こんな会議で仕事していただけるようなレベルの方ではないのに、
 彼女に頼んで無理を言いました。有り難うございます」


専務が礼を述べて頭を下げ、
榎本母が顔を崩して、いえいえと手を振った。


「たまたまスケジュールが空いていましたから・・・。
 いつも娘がお世話になっている職場に
 こんな形でもお返しする事ができて嬉しいです。」


榎本母は、50代だろうか?
見るからにキャリアウーマンと言った感じで、
純白のスーツをきりっと着こなして、きびきびと早口で受け応えをし、
できる女の自信と貫禄がにじみでている。

その後はざっくばらんな雰囲気になり、今日の講演の話や、
準備でのあれこれに話が咲いた。

専務が問いかける。


「今日で神待里くんの仕事も一段落だな。近々NYに行くんだって?」

「ええ、また別のプロジェクトが動き出していますので。
 でも、不定期になりますが、今後もこちらに顔をだしますから、
 よろしくお願いします」

「そうなんですか。
 さっきパネリストまで務められていた、こちらの神待里さん、
 うちのルナと高校、大学が同じなのですってね。
 どこかでお名前を伺ったことがあるように思っていたのですが。」


いきなり榎本母が、隆の方を向いて話しかけてきた。


「娘の話では、ついこの間までNYにいらしたとか・・。
 共通の知り合いがいるかも知れませんね。

 よろしかったら、今度家に遊びにいらして、
 お話でも聞かせてくれませんか?」


横で榎本さんが小声で「ママ・・!」と母親の袖を引っ張った。

表情はにこやかでさり気なさを装っているが、
どことなく、用意してきた質問の匂いがした。
娘の気持ちを知っていたのかもしれない。


「ありがとうございます。
 もし、パートナーを同伴してよろしければ、喜んで伺います」

「パートナーって女性の方?」

「そうです」


やや固い口調で、真っ直ぐ視線を返した隆に、榎本母は黙り込んでしまった。
俄に緊張したやり取りに専務まで入り込み、


「ほう、神待里君は、決まった女性がいるのか・・・?
 それは知らなかった。いつか、紹介してくれると嬉しいな。」

「ええ、いずれ、ご紹介します」


やわらかい微笑をふくんだ声で隆が答える。



孝太郎が思わず、まどかを見た。
まどかがつい、顔を伏せてしまった。

あ、いけない!

一呼吸してから、思い切って目を上げると、榎本母子の視線が顔に痛かった。
母親は無表情だったが、娘の方は少し驚いた顔をしていた。

まどかの並びにいた専務や部長は気づいたのか、気づかないのか、
さり気なく、別の話題に移っていった。

とても隆の方を見られないが、隆がこっちを見たことは感じていた。


もう、いきなりこんな事を言い出すなんて・・・!
心の準備が必要だったのに。

まどかは小さくため息をついた。

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