AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  23. クッキングスクール

 

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この前まどかは何でもない風に言ったが、
隆としては気になって絶対調べてみるつもりだった。



料理教室で毎回、同じ奴とペアを組んでいるなんて。



甲斐が一生懸命、まどかを誘っている場面が目に焼き付いている隆は、
一人で熱くなっていた。


本気で僕も入会してみようか・・・。


しかし、仕事柄、定期的にお稽古スクールに通えるような状態にはない。

それに折角まどかが頑張って料理を習っているのに、
これ以上水を差すのもためらわれた。


まあ、そんなに男性が多いのなら、見学くらいしたって問題はなかろう。
いつもペアを組んでいる奴への牽制にもなるだろうし・・・。




まどかの通っているのは、月木だと孝太郎が教えてくれていた。

前回、クッキングスクールに終了予定時間を直接問い合わせて、
ビルの玄関で待っていたら、あの光景にあったのである。


隆は最上階の一つ下、エリーズ・クッキングスクールの受付階に行き、
見学を申し出た。


「はい、ここはいつでも好きな時に好きな授業をご覧になれますよ。
 では、こちらにお名前と連絡先をご記入下さい。」


隆がフォームに記入している間にも、次々と女性達がスクールに入ってくる。

長身の隆の姿は女性だらけのスクールでかなり目立って、
周りからのつやっぽい視線や恥ずかしそうな視線を浴び、
自分のことをこそこそ囁き交わす声までが聞こえてくるようだ。


まいったな。男性が半分って聞いていたのに。


普段、それほど周囲の視線を気にしない隆だが、さすがに照れくさかった。

ふと、後ろを見返るとこっちを見ていた女性達が一斉にほうっと言うような
ため息のような声を吐いたように思えた。


何とか気にしないように頭を切り替える。


さて、まどかのクラスを知りたいが、いきなり女性の名前を出して
ストーカーと間違われるとマズいしな・・・。


少し考えた挙げ句、自分の名刺を出し、


「僕自身、料理に興味があるんですが、経営コンサルタントの立場としても、
 こういったスクールを見てみたかったんです。

 ここは、男性も多くて通いやすいと友人から聞きました。
 できれば、その友人の通っているクラスを見学したいんですが・・・。」


受付の女性はにこにこして相づちを打つと、


「そうですね、普通のクッキングスクールより、男性が多い方だとは思います。
 そのお友達のお名前はわかりますか?」


隆はこの間もらった甲斐の名刺を出した。


「彼はどのクラスに通っていますか?」


受付の女性は、甲斐の名刺を取ると、PCで検索を始めたようだった。

幾つかの画面をクリックしていたが、首を振って名刺を返してきた。


「あの、お調べしたんですが、そのお名前の方の登録はないようなのですが・・・。」

「あれ?変だな。ここのスクールだと聞いて来たんですが・・。
 どこを間違えたかな・・・。」


隆も当惑していた。

このビルのエレベーターからまどかと一緒に降りてきたんだから、
絶対に彼女と一緒のクラスで料理を習っている筈なんだけどなあ。


どうしようか迷っていると、受付の女性が


「もしかして、一時的に退会されたのかもしれませんね。
 お友達のクラスにこだわらずに、今日は気軽に見学をして行かれたらどうでしょう?

 男性の見学者は少ないので、先生も喜ぶと思いますし、
 経営コンサルタントの方なら、
 何でもご覧になってみればよろしいのではないですか。」


隆は断って帰ろうとしたのだが、受付の女性の強い奨めに負け、
結局、授業を見学することになった。


なるたけ目立たないように、教室の後ろに座っていようと努めたが、
長身でスーツ姿の隆は、エプロン姿の女性の中で嫌でも目に付く。

女性たちの方も隆の顔を見ると、声高なおしゃべりをふっと止めてしまったり、
ちらちらと気になる視線を送ってくるものもいた。




時間になると、ここの講師で料理研究家の畑中えり子が
アシスタントと共に前に立った。


はっきりした目鼻立ちの日本人離れした美人で、
明るい茶色の髪をきりっと結い上げて、シックな黒いエプロンをしている。

40代に入っているだろうか?


「今晩は。皆様お忙しいのに、今日もよく来て下さいました。
 ここにいる間は楽しくお料理をしましょうね。

 楽しくお料理をすると、お料理がおいしくなりますし、
 おいしいお料理を頂くと、食べた人皆が幸せになって、
 作った皆さんも、今よりもっとぴかぴかにきれいになれると思いますよ。

 では、始めましょう・・・」


畑中がてきぱきと作り方の説明をするのを見ながら、
どこかで見たような顔だと思い起こしていた。


雑誌やTVに結構出ている人なんだろう、はてどこで見たかな・・・。


説明を聞きながら、ぼんやりそんな事を考えていたが、
いつしか料理の作り方に引き込まれてしまった。




今日のメニューは、ちょっとしたおもてなし料理。

前菜として、

カニの爪のグリルに松の実のバターソース。
アンディーブとくるみのサラダ。

メイン料理として、ビーフストロガノフのピラフ添え。
デザートは、りんごのキャラメル煮にアイスクリームを添えたものだった。


野菜やきのこを切って下ごしらえをし、ピラフを炊く。
バターとオリーブオイルを熱して、松の実のソースを作り、
耐熱皿に並べた、かにの爪に降りかけてオーブンで焼く。

牛肉と玉ねぎときのこでストロガノフを作り、
ブランデーを加えてアルコールを飛ばす。

ブルーチーズとレモンでサラダのドレッシングを作り、
アンディーブとくるみのサラダの脇に添える。

りんごをフライパンで炒めてグラニュー糖をふり、カラメル状になるまで加熱。
皿に盛りつけて、アイスクリームを待つ。


気がつくと、隆はまどかの事も忘れて、熱心に作り方のメモを取ってしまっていた。


これなら、手順を間違わなければ、僕にもできそうだな・・・。



やっと我に帰って、スタジオを見回すと、4人ずつのグループに分かれ、
6組ほどが熱心に調理に取り組んでいる。

たしかに男性の受講者が4人ほどいるが、
全員同じグループで料理をしていた。


隆がメモを取るのを止めて、教室の様子を見ていると、
講師の畑中が各テーブルを回って、アドバイスをして歩いている。

ざっと全部のテーブルを回った後に、そのまま教室の後ろの隆の前に現れ、


「神待里さんですね。見学に来て頂いて光栄です。

 折角ですから、お料理の味見をしていただきたいわ。
 講師の作ったものでよろしければ、ご一緒にいかがでしょう?」


にこやかに声をかけられた。

ちょっと虚を突かれた形になったが、近くのテーブルの生徒達がちらちらと
こっちの反応を見ている以上、無下な返事は失礼になりそうだった。


「ありがとうございます。
 しかし、本当にちょっと見学に来ただけなので・・。
 どうか、おかまいなく。」


隆は小さい声で答えたが、畑中は一向に気にする様子もなく、


「この前のセミナー、拝聴させていただきました。
 こんなクッキングスクールまでご研究とは頭が下がりますわ。
 是非、召し上がって下さいな、ね?」


断る間も与えず、笑顔を浮かべたまま、
畑中は教室の前の方へ戻って行ってしまった。



やれやれ、異業種交流のセミナーって言うのは、一体誰が来てくれていたのか、
もっとちゃんと把握しないといけないな・・・。

畑中の顔を、先日の懇親会で会ったメンバーの中の記憶からやっと引っ張り出すと、
隆はため息をついた。




料理ができあがって試食をする段になると、
結局隆は一番前の講師のテーブルに呼ばれて、
畑中やアシスタントの面々と、
教室の女性たち(と、ごくわずかな男性)の視線を浴びながら料理を頂くことになった。


料理は温かくてそれぞれの香りが引き立ち、
とてもおいしいものだった。

デザートのりんごカラメルのアイスクリーム添えだけは、固辞して、
他は全部おいしく頂いてしまった。


「本当においしいですね。
 しかも簡単で、練習すれば僕でも作れそうです。
 すごいな、こんな短時間で作ったとはとても思えない。」


隆は畑中に感想を述べた。

畑中はうれしそうに顔中をほころばせて、


「まあ、憧れの神待里さんにそう言っていただけると本当にうれしいわ。
 是非、入会して頂いて一緒にお料理を作りましょう・・。」

「見学してみて本当にそうしたくなりました。

 ですが、僕の仕事があまりにも不規則で
 到底ここへ定期的に通うことができそうにありません。
 とても残念です。」


隆は半ば本心から言っていた。

ここで何回か料理を習ったら、もっとレパートリーが広がるだろう。
まどかにも色々食べさせてやれるし・・・。


ここでやっとまどかの事を思い出した。


一体まどかは、どこで何をしているのだろうか・・・?



甲斐がいないということは、まどかも此所にはいないようだし、
今日も会社を定時に上がって、このビルのどこかで何かを習っている事は間違いない。


時計を見ると、このクッキングスクールもあと少しで終了の時間が迫っている。

前回、この終了時刻に合わせてビルの下で待っていたら、あの二人が出て来たのだから、
今日も同じ位の時間に出て来るだろう。


「神待里さん、よろしければ、この後少しお話をさせて頂けると嬉しいのですが・・。」


急にぼうっとし始めた隆をやや不思議そうな目で見ながら、
畑中が真面目に切り出した。


「申し訳ありません。実はこの後、一件予定が入っているのです。
 また日を改めて、必ずお話を聞きに伺いますので、
 その時に是非よろしくお願いします。」


ていねいに頭を下げると、畑中もそれ以上強いてとは言って来なかった。

隆は後片付けを手伝おうとしたが、今日は見学だし、
スーツの男性がそのまま手伝うと汚れるから、と断られ、
丁重に挨拶をして、受付で見学終了の手続きをし、スクールの外に出た。




どうしようか迷ったが、結局、前回と同じくビルの下のエレベーターホールで
まどかを待っている事にした。

冷たいホールでしばらく待っていると、先ほど一緒の教室で料理を習っていた女性達が
次々とエレベーターから吐き出されてくる。

隆の方を見ると、少し不思議そうな顔をしたり、
くすくす笑いをする女性もいるので、
全く知らん振りも変だろう、と軽く会釈をした。


「わ!」とか「きゃ!」とか言う声が混じりながら、
「さよ~なら~」と声を返して来る女性もいて、隆はひとしきり冷汗をかいた。


クッキングスクールの女性達の波が去ると、
このビルの別のフロアから乗り込んで来た、
女性や男性がエレベーターから降りてきて、
ざわざわとビルの出口を出て行く。


隆は改めて、不審に思い、
もう一度ビルのテナントが書いてあるプレートを見直してみた。


法律事務所、人材バンク、サニーサイド・アカデミー・・・。


サニーサイド・アカデミー?

何だか芸能プロダクションみたいな名前だな。


しかし、法律事務所や人材バンクってことはないだろうから、
これだとすると、一体何の学校だろう・・。

一つ見に行って、確かめて来ようか、と隆が思い定めた時、
エレベーターの脇の非常階段から、足音が響いて来た。



「今日も彼が待っているんじゃないですか?」

「いえ、今日は何も約束していませんから。
 それに今、すごく忙しい筈ですし・・・」


聞き慣れた話し声がして、そっちを振り向くと、まどかと甲斐が立っていた。



「あ!」



まどかの驚いた声が妙に勘に触った。


僕がいちゃまずかったのか?


甲斐が微笑んでまどかを振り返り、


「ほら、言った通りでしょう?」と笑いかけ、

「先日は失礼しました。」と軽く頭を下げた。

「いや、こちらこそ失礼しました。ちゃんとご挨拶もしないで・・・。」


隆は甲斐に向き直って、きちんと頭を下げた。


「いえいえ、ちゃんとご挨拶頂きましたよ。
 じゃ、まどかさん、僕はこれで失礼します。また!」

「ええ、さよなら。また次回に。」


まどかも笑顔で会釈を返し、甲斐の背中を見送っている。
その横顔すら何となく面白くなかった。


「まどかさん!
 何であいつが、栗原さんじゃなく、まどかさんって言うんだよ。」


またこんな調子で始めてしまった、と我ながら呆れつつ、
隆は聞かずにはおれなかった。


「あら、だって英会話の時って、ファーストネームで呼び合うのが多いでしょ?
 先生の事もトムって呼び捨てにするのよ。
 最初、すごく抵抗あったんだけど、慣れてきちゃったわ。」


英会話?


隆は眉を上げて、まどかを見直した。

まどかはちょっと首を傾げて、不思議そうに隆を見ている。


「どうかした?」

「いや、別に。今日は何を習ったの?」


自分の徹底した勘違いを呪いながら、
まどかの手を取って、ビルの外へ踏み出し、隆が聞いた。


「今日は電話でホテルを予約するやり方と、カウンターでのチェックインの方法。
 あと、コンシェルジェでオプショナルツアーを予約してもらう時の会話、
 とかをやったわ。

 徹底的に実践重視なの。もう、疲れちゃった・・・」


「この前のフランス料理は食べたわけじゃなかったのか。」

「だから言ったじゃない。注文の仕方を習ったのよ。
 お腹空いてる時に習う会話じゃなかったわよ。
 
 ああ、でも今日もお腹空いた。何か食べて帰ろ!
 隆も何も食べてないんでしょ?」

「いや、実は仕事がらみでちょっと食事をしたんだ。
 結構旨かったなあ・・・。」

「え?ずるいわ、一人だけ。
 でもお仕事じゃ仕方ないわね。
 今日は先にご飯に付き合ってもらうわよ。
 もうぺこぺこだもん・・・」

「先にって、じゃあ後で僕の好きな所に付き合ってくれるの?」


まどかの肩をぎゅっと抱き寄せながら呟いた。


「いえ、今日は絶対帰ります!」

「どこへ?」

「どこって家よ。決まってるわ。」

「だめだな。今日は絶対、僕の家に連れて帰る。
 いや、もう今晩はずいぶん冷汗をかいたんだ・・・」

「無理よ。明日もう一日仕事でしょ?」

「無理じゃない。
 この前持ってきた着替えがクリーニングから上がって、置きっぱなしになってるよ。
 あれを着て行けよ。」

「靴が合わないもん。」

「靴ぐらい誰も気づかないよ。ね、頼むよ。
 じゃ、英会話の特別レッスン付きってどう?」


じりっとまどかが後ずさったのが、隆にもわかった。


「それだけはカンベンして。せめてもう少し上達してからにして・・・。」


切なそうな目で頼むのが、可愛い!

 
「わかった。じゃ、週末、僕が特別料理を作ってあげるから、
 君は僕と英会話をやるんだよ。」

「そんな・・・行きたくなくなっちゃう・・・。」


べそをかくところがもっと可愛い!


「今日はやらないよ。さ、このまま車を拾って帰ろう・・・」

「ええ?まだ電車がバンバン走ってる時間帯じゃないの!」

「途中で君の気が変わると困る。
 家に着いたら、車で近くに食事に連れて行くから。ね?」

「もう、強引ね。」


まどかがまた唇をとんがらせた。
暗い夜道に乗じて、素早くキスをする。


「か、会社の近くなのに・・・。」


まどかが慌てて、くるくると周りを見回す。


「君が指輪を嵌めてくれないから心配でしょうがない。
 早くカミングアウトしてくれよ。」

「そんな、まず家の両親からが先だと思うわ。
 反対されたらどうするの?」

「どうするって、君はもう立派な大人だと思っていたんだが・・・。
 ご両親に反対されると僕と別れるのか?」

「そうじゃ・・・ないけど。」


空車の赤いランプを光らせたタクシーが滑りこんで来たので、手を上げる。

まどかを先に後部座席に押し込んでから、家の住所を告げた。

何だか、まだ迷っているようなまどかを捕まえて、腕の中に抱きしめる。


「やっと捕まえたからね。逃がさないようにしないと・・・。」

「どこにも逃げないわ・・・」


まどかが小さな声で答える。


英会話だったのか・・・、まあいいや。

ふふっ、僕は今日デザートだけはスキップしてきたからね。
これからゆっくり家で頂くことにしよう。

楽しみだな。


「やだ、何で笑ったの?」


隆の頬がゆるんだのを、まどかが見とがめた。


「別に。君といられてすごく嬉しいだけさ・・・」


そう囁いて、まどかを抱きしめる腕に一層力をこめた。

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