AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  24-1. Valentine Day 1

 

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クリスマスとバレンタイン・デー。



こういうモノは厄介だ。

誕生日や、個人的な記念日は人それぞれだが、クリスマスとバレンタインは
全国どこの人にも等しく同じ時期にやってくる。


やっぱり、用意しないとねえ・・・


隆のうれしそうな顔と、不機嫌にすねた顔の両方を思い浮かべて、
ため息をついた。


そうと決まれば、早めに行動を起こさないと・・・。


直前になると、人気デパートのチョコ売り場なんて満員電車並みに混み合って、
その混雑の中を、宅配便のカートがお届け先の書かれたチョコらしい包みを満載して縫っていく、
あの光景。

あの中に交じりたくないなあ。

まどかは、早々に仕入れに行くことを決意した。




それには、まず事前情報を収集しないと・・・。



まどかは別の階にある広報室のガラス戸から、そっと中を伺った。

偶然、というか、都合よく、まどかの会いたい人間が一人で電話の応対をしていた。

壁のホワイトボードを見ると、この部屋の同僚の外出先がいくつか並んでいる。


「ええ、○○新聞さんの方へは、明日でも伺わせていただきますから・・・。
 はい、よろしくお願い致します。」


明るい色のスーツを着こなした女性がくるりとこちらを向いて、
目を大きく見張った。



「やだ、まどかまで来たの?」

「わたしまでって・・・他にも来たの?」

「今日だけでも、まどかで二人目。
 PCのメールに至っては、ほら・・・」


カシャカシャっとクリックして、メール画面に切り替わると、
未開封の印のついたメールが5つほど残っている。


「・・・お願いがあります・・・教えて下さい・・・お忙しいところすみませんが・・、」


タイトルだけざっと読んだまどかは、
意味がわからずに、同期の友人の顔を見ていると


「じゃ、まどかは何で来たの?」


微笑んで首を傾げながら、からかうような口調で問い返された。


「何でって、佳代がチョコレートとデパ地下に詳しいから、
 ちょっと教えてもらおうと・・・」

「そら、ご覧なさい。」


佳代がベージュのマニキュアがきれいに施された指先でキーを叩くと
メールが開き、


『佳代子先輩、お願いがあります。
 おすすめのチョコを売っている場所を幾つか教えて・・・』


ぱたっと閉じた。


「ね?」

「そ、そうね。」


佳代子は、目の前の椅子をさすとまどかに座るように合図した。


「で、まどかはどんなチョコを買いたいの?」

「そうね。おいしくってちょっと特別で、お洒落で、
 でも可愛すぎない感じの奴ってある?」


欲張り過ぎかしら?


「ふうん。」


佳代子は机の引き出しをさっと開けると、
中から金色の包みを取り出して、まどかに奨めた。


「?」

「食べて見なさいよ。ジャン・ポール○バンのトリュフよ。
 まどかには特別に、ひとつ分けてあげるわ。」


まどかが受け取って何気なくポンッと口に放り込もうとすると、
佳代子が悲鳴をあげて止めた。


「きゃあ~!やめて、やめてよ!」

「何で?くれたんじゃなかったの?」

「だから、一口で丸呑みするのを止めてって言ったのよ。

 それじゃ、彼の苦労がわからないじゃない・・・んもう。」


佳代子はそう言って、前歯で器用にトリュフを半分かじると
中の断面を見せてくれた。

外側の薄いチョコレートの皮膜の下に、赤い層があり、
その中に細かいナッツらしいぶつぶつと、
ココア色とクリーム色のマーブル模様になった中身が見えた。


「へえ~え、凝ってるのね。何層にもなってるんだ。」


まどかが感心して、佳代子が指先につまんだものを眺めた。


「でしょ?だから、この芸術家の苦心に思いを馳せながら、
 色々な味のハーモニーを舌先に感じて欲しいのよ。」


残りのチョコレートを口に放り込むと、うっとりとした顔で目を閉じた。


「う~~ん、陶酔の味!」


まどかは半ば呆れながら、自分も半分だけトリュフをかじってみた。


「おいしい!何かかすかな酸味も、ナッツっぽいねっとりした感じもするわ。

 こんなの食べたことなかった気がする。」



「でしょでしょ?
 ラスベリージャムの層とセンターにプラリネが練り込んであるのよ。
 もお、最高。
 でも、他にも色々とオススメがあるわよぉ。
 全部いちいちサンプルをあげるわけには行かないけど・・・そうねえ。」


佳代子はまた、カシャカシャとキーを叩くと、
商品リストのようなページに行き当たった。

左にチョコの画像が幾つも並んでいて、
その横にチョコの名前と店の情報が書き込まれている。

ぴぴっとプリンターが反応し、佳代子の指がそのページをまどかの手に渡した。


「す、すっごい情報量!これ何?」

「わたしの秘密のブログよ。チョコ情報とデパ地下情報はこんな風にまとめてあるの。

 他にも海外おすすめスポット満載ページとかもあるわよ。

 こうやって情報を整理しておくと、何かと便利なのよ。」



「いつの間に・・・」


まどかが驚くと、佳代子はふふんと笑って、


「だって、チョコが好きだもん。お酒より、普通のケーキより断然チョコが好きなの。

 社内でわたし程詳しい人はいないんじゃないかしら。」



「絶対にそうだと思うわ。で、一体どれがいいのかしら。

 こんなにあるんじゃ、選べないわ。」


しょうがないわねえ、と佳代子が嬉しそうに、
リストのチョコの解説を始めた。

これはカカオの香りが抜群で、中がとろっとしてるの。
こっちは、何層にも手が込んでいて、一個の粒が大きいのよ。食べ出があるわよ。
この生チョコは、冷蔵庫でちょっと冷やして頂くと・・・。

延々ととどまる事を知らない。


「で、結局どれを買ったらいいの?」


佳代子がぱたっと口を閉じて、まどかをじいっと見つめると


「そう言えば、まどかがチョコのことを聞きに来るなんて珍しいわねえ。

 部長にあげる義理チョコくらいじゃ、わたしんとこ来ないでしょ。

 もしかして・・・本命の彼ができたとか?」


ストレートに切り込んで来る佳代子の質問を躱しきれず、


「う~ん、まあ、どうかなあ。

 その・・・でも、色々プレゼントする宛もあるから、
 まとめて佳代に聞こうと思ったのよ。」


ふ~ん。



佳代子は人差し指を眉間に当てて、空中を見た。
一瞬目を閉じて、さっとこっちに向き直ると


「まどか、本命の彼ができたら、早めに教えてよね。

 もうここの同期で独身女はまどかと私と、
 あとあの営業のバリバリ女しかいないんだから。」


「総務のケイコもいるわよ。」


「そりゃ、そうだけど、彼女は一回結婚したじゃない。だからいいのよ。

 まどかが結婚するって言うニュースを他から聞かされたら、
 私、三日くらい寝込むかも。」

「わ、わかったわ。必ず先に教えるわ。」


そうしてね、と佳代子は念を押して、


「まどか、銀座よ。」

「え?」

「チョコレート初心者は銀座のデパートに行くべきよ。
 デパートの方でおいしいお店を選んで取り揃えておいてくれてあるわよ。

 私のブログ情報を行く前によく読んで、
 チョコレートのうず潮に巻き込まれないようにしてね。」

「わかったわ・・」

「まどかの気に入ったのがあったら、サンプル用に私にもひとつ分けてよ。」


佳代子が付け加えた。


「だってプレゼント用じゃない。」

「あら、自分で食べてみもしないで、あげちゃうの?
 それって失礼よ。
 自分の舌でしっかりと味を確かめて、合格したものをプレゼントすべきだわ。
 まどかも幾つか、自分で食べてみなさい」


またしても、わ、わかったわ、と呟くと、

佳代子が指をさして、


「じゃ、いざ、銀座に行け~~っ!」


は、は~い、と返事して、広報室を出て行こうとすると、

栗色の髪の女の子が二人組で、


「佳代子さ~ん、教えてくださ~~い!」


と手をひらひら振りながら、部屋に入ってきた。


佳代子がまどかの方に、ほらね、という視線を送ると、
まどかも手を振って微笑み返し、部屋を出た。

さて、銀座攻略、意外と大変かも・・・。


まどかは、何曜日なら行けるかと頭の中で算段しながら、階段を上っていった。



まどかはチョコレートが好きだったが、特にブランドにこだわって、
普段から指名買いを繰り返す程ではない。

最近では、コンビニやスーパーでも、そこそこ高級チョコを扱っていて、
たまにそう言うチョコを買って食べることがあるくらいだ。







食品売り場に到着してみると、デパートの攻略というのは予想以上に難題だった。

どのデパートも臨時チョコ売り場を大増設し、
いつもは生ケーキが置いてあるショーケースの上にも
ところ狭しとセピア色の包みが積み上がっている。

一瞬、どこから始めたものか、足がすくんでしまう。


と、とにかく、買いやすい所から始めようっと。
会社のオヤジに配る義理チョコなら、別に何も考えることなんかないわ。


ふと目についたチョコの中に、
「唐辛子入り」というのがあった。

まどかが立ち止まると、すかさず店員が


「いかがですか?
 珍しいかもしれませんけど、最初は甘くて、
 あとでじんわり辛さが来るんです。

 会社の方への義理チョコにも人気ですけど、
 病み付きになって自家用に買い込まれる方も多いですよ。」
 

まどかは、あの部長+課長の顔を思い浮かべた。



チョコをもらう時だけは、妙に神妙な顔をして、礼を言ってくる。
お家の息子さんと数を競っているという話も聞く。

部長が確実に食べるって言うんなら、唐辛子でもいいけど、
自慢そうにお家に持って帰って、
万が一子供さんとかが食べたら、大変よね。

このチョコを食べたときの二人の顔を想像すると、少し残念だったが、
そんな訳で唐辛子チョコはあきらめる事にした。



物珍しさもあって、混んだ売り場を2周ほどしたが、どうにも決まらない。

人気のブランドの前には人だかりができて、
ショーケースの中身がよく見えないので、どうしたものかと思う。

取りあえず、会社の部長、課長には、○ディバのチョコを、
隣の席でもう少し、ブランドに詳しかろう孝太郎には、人気のテオ○ロマのものを選んだ。
(しかし、このチョコ、時々コンビニに売っているのだ!)

売り場の人に、コンビニに売っていないタイプの品物であることを確認して買い求める。


この辺りで大分エネルギーを使ってしまった。

隆に贈るためのブランドを幾つか、佳代子から教えられていたが、
一体その中でどれが隆の口に合うのか、てんでわからない。


隆って、ケーキ、食べてたわよねえ・・・

食事の終わりに出て来るデザートは平らげていたような気がするけど、
ケーキが特に好き、って訳でもなさそうだわ。


チョコに至っては全然わからないが、
密かに待っているには違いない。

ヴァレンタインにチョコを贈るのは、日本だけの習慣だと知っているが、
最近は海外でもチョコを贈り合ったりするらしいし、
今は日本にいるのだから・・・。

あ~~っ、混乱してきたわ!




売り場の外れに、別のコーナーが出来ていて、
近寄ってみると「手作りチョココーナー」だった。

そこの材料を使って作られたらしい、
チョコトリュフや生チョコの見本が美しく並んでいて


「温度管理さえちゃんとすれば、初めてのあなたでも大丈夫!
 こんなにおいしいチョコが作れます。」

というポップが揺れている。


う~ん・・・
わたしにもできるかしら?
ん、とダメだったら、お父さんにあげればいいわよね。


気がつくと、あれこれと材料を買い込んでしまっていた。

材料のチョコには、拙い腕を補うのだからと、高級な外国製のものを買い、
チョコ用アルミケースを買い、ついでに箱とラッピングペーパーも買い・・・。
まどかの腕に下げた袋はずんずん重くなる。


佳代子の


「自分でも幾つか食べてみなくちゃダメよ!」


という天の声が聞こえた気がして、混んだ売り場に戻り、
佳代子のおすすめリストに載っているブランドのチョコを
少し並んで、5、6箱買ってみる。


買い物を終わると、ぐったり疲れていた。

おまけに金額も全部で一万円を軽く越え、
かなり余計な物まで買い込んだ気がする。


「結構高いわ。

 ああ、チョコ会社の陰謀にはめられた気がする!」


と呟きながらも、山のようにチョコ関連の入った紙袋を抱えて、
よろよろと家を目指した。





週末の土曜日、折しも隆は丁度、仕事が入っていて会えない日。

父親と母親は知り合いの結婚式に招ばれているとかで、
朝から出かけてしまっていた。


これはチャンス!


うきうきと買ってきた材料を並べ、
レシピを何度も繰り返し読む。

ボウルを幾つか用意し、お酒を並べ、
生クリームを沸かして、刻んだチョコレート入れて溶かし、
バットに流し入れ、冷蔵庫で冷やす。


ここまでに1時間半。



さらに、固まったガナッシュを、掌に載せたラップにスプーンでのせ、
丸めて、別のバットに置く。

丸めたものに、ココアをまぶす、
ホワイトチョコレートを上から線書きして、楊枝でマーブル模様にする、
粉砂糖をまぶす・・・抹茶パウダーをまぶす・・・ナッツを散らす。


ようやく3種類のトリュフらしいものができあがった時には
たっぷり3時間経過。


慣れない事とて、疲労困憊、肩凝りバリバリ、チョコ散乱・・・。

おまけに出来上がったものは・・・。


う~~ん、中学生や高校生が
「心をこめて作りました」って上げるんならシャレになるけど・・・。



口の奢った、大人の男に贈るのに適した完成品か、
と問われると、首を傾げざるを得ない。

見本に飾ってあった端正なトリュフとは大違いに出来上がった、
大きさも形もかなりマチマチの完成品を前にして、
まどかはがっくり落ち込んだ。


とても隆に上げられないわ・・・


あのゲイのカップルだったら、もっと上手く作れるんだろうけどなあ・・。

ああ、女としての自信を根本から揺らがせてくれるような連中ばかりだわ。


仕方なく自分で食べようと、
チョコレートやら、ココアの粉があちこち飛び散ったキッチンに座り込んで
幾つかつまんでみる。


んん~~!!!おいしいじゃん!


長時間の格闘もあって、疲れている体にはとてもおいしく感じられた。


味はいいんだけど、見た目が今イチというか、今5と言うか・・・。
ああ、残念だな。

そうだ。お父さん用に詰めておこうっと!


買ってきたプレゼント用の箱に、比較的出来のマシなのを詰めて、
父親用ボックスを作り上げた。

さて、家族対策はすんだけど、また、買いに行かなきゃ・・・


抹茶パウダーのチョコをつまみながら、まどかは憂鬱に考えていた。

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