AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  25-1. ご対面 1

 

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「春だなあ・・・」


通り道の花壇にチューリップが咲いても、
よその庭の木蓮が、はばたく鳥のような花を付けても、
家の裏の沈丁花が香り出しても・・・
今までは、ただもう春だな、とぼんやり思うだけだった。


しかし、この春は違う・・・。


自分の中にも、うずうずと落ち着かない、
芽吹くような衝動があることを知ってしまった。

あの顔を思い浮かべると、思わず、うっと声が出て、
つい顔が赤くなったり、しかめっ面になったりしてしまう・・・。


こういうのって、いわゆるオタク用語で言う
「萌え~~」な気持ちなの・・・?

今までだって恋をしたことはあった筈だけど、
こんなに心が弾むような、
かき乱されるような気分になったことがあったかしら。


ああ、我ながらどうかしてるわよね・・・。

と、妄想を止めて、まどかは何度目かのため息をついた。



それはともかく・・・、と別の難題を思い出した。



まどかは、自分に交際している恋人がいること、まして
その恋人からプロポーズされて、既に承諾してしまったことなど、
家族に全く話していなかった。


隆に出会う前の数年間は、会社での職級があがり、
仕事の量も責任も加速度的に増えていた時期だったので、
夜も昼も、平日も週末もなく仕事に打ち込み、
出張も泊まり込みの残業もそれ程珍しいことではなかった。

たまの休日と言えば、家でゴロゴロ体を休めたり、
日頃忙しくて行けない買い物を済ませたりして過ごしていた。


隆と付き合い始めてから、平日は相変わらず残業をこなしていたが
週末は誘い合わせて、外でのデートを楽しんだり、
隆の家でゆっくり過ごしたりすることが多くなっている。


ただ、相変わらず、家で家族と向き合って過ごす時間は少なかったので、
そういった暮らしの変化を誰にも話さずに来てしまい、
時折、独身の娘を心配する母の言葉に、


「大丈夫よ。まだそんな気分じゃないから・・」と


ごまかしてきてしまった。


さて、どうやって打ち明けたらいいものか・・・。





水曜日の夜、珍しく9時前にお風呂に入ったまどかが、
リビングのテーブルで、ぼんやりテレビを眺めていると、
母親が声をかけてきた。


「まどかがこの時間にここに居るなんて珍しいわね。
 お茶でも煎れましょうか。」

「あ、いいわよ。たまだから、わたしが煎れるわ。」


母親の心配は、親元を離れ、関西で一人暮らしをしながら、
学生生活を送っているまどかの妹のことだった。


「あやかもどうしているのかしらねえ。
 前はたまにメールをくれたのに、最近はさっぱりで
 生きてるのか死んでるのか・・・。

 まどかのところにメール来てる?」


「ううん、全然。」


お茶をすすりながら返事をする。父は今日は遅いらしい。


「あやかはどうやって暮らしてるか全然わからないし、
 あなたは、相変わらず仕事ばかり忙しくて、
 起きている間は顔も見られない。
 娘が二人もいるのに、これでは居ないのと同じよ。
 
 まどか、最近、特に仕事が忙しいんじゃない?
 前は泊まりがけだの、出張だのって、
 これほど頻繁にはなかった気がするんだけど・・。」


まどかは思わず、お茶を噴きそうになった。


もう、30を過ぎてるんだから、いい加減に自分のことも考えて欲しいわ。
あなたの同級生だって、結婚しましたってハガキをくださるじゃないの。
子供がいたって当たり前の年なのに・・・仕事ばかりで・・・。
誰かいい人いないのかしら?



母親の愚痴はだらだらと続いていた。


「いるの。」

「え、何がいるの?」


母の話がぱったり止まった。


「だから、いい人。というか、付き合っている人がいるの。」


まどかは湯のみで半分顔を隠しながら、ぼそぼそと告白した。

こちらに向いた母の顔の中で、目がどんどん大きくなってくる。


「けっこん、しようかな、なんて思っているんだけど・・・。」


「え~~~~ッッ、嘘ぉ~~~っ!」


年齢不相応とも言える、母親の叫びが家の中にこだました。



「で、その後どうなったんだ?」


「もう、文字通り根掘り葉掘り聞かれたわ。
 どんな人か、何をしているのか、
 どこで知り合ったのか、どのくらい付き合っているのか・・・って。
 延々、寝かせてもらえなかったの。」


「ふううん。
 そう言えば君に妹がいるのは、前に聞いた気がするけど、
 一体どんな人で、何をしているのか詳しく聞いたことがなかったな。」

「そうだったかしら。
 医学生なの。今度卒業するのよ。
 関西の大学で勉強していて、今は研修だ何だですごく忙しいみたい・・・。」

「へえ、それはすごい!
 ぜひ会ってみたいなあ。」

「卒業したら帰って来るんじゃないかしら。
 妹も色々と忙しいらしくて、滅多に帰ってこなくなっちゃったの。
 この前のお正月にちらっと帰ってきて、またすぐ戻っちゃった。」

「ふうううん・・・」




隆はまた自分の家のソファで、まどかを長い脚の間にはさんだまま、
しっかりと抱きしめつつ、話を進めていた。

まどかも隆のお気に入りのスタイルに、さすがに最近は慣れて来て、
隆の腕の中にいる間中、もぞもぞと逃げ出そうとはしなくなって来ていた。


「きゃあ!」


それでも時々こうやって悲鳴を上げて飛び上がる。

隆がまどかの後ろの髪をかきあげ、
うなじにキスを落としたからだ。



「しかし、じゃあ、君は僕のことを、
 ご家族に全く話をしていなかったって訳だね。

 ちょっとショックだな。

 普通、女性は母親や姉妹と
 そういう話をするものだと思っていたんだけど・・・。」


「仕事が忙しくて家にあまりいなかったから。
 帰って寝るだけだったし・・・。

 妹が家を出たのはもう5年も前でしょ。
 もともと、妹の方がそういう話に無関心だったの。」


「ふうん。妹さんて君に似てる?」


「どうかな。小さい頃は似てるって言われていたけど。
 今は全然雰囲気が違うみたい。
 わたし程、背は高くないかな。」


隆はまどかを揺らしながら、あれこれ、まどかを若くしてみたり、
白衣を着たところを想像したりしてみた。


「いくつ?」

「24、かな。わたしとちょっと離れているのよ。」


隆がまどかの前髪をばさっと下ろして、自分のメガネを外し、
まどかに掛けさせる。


「こんな感じ?」

「んもう!そのうち会えるわよ。
 わたしだって、妹が今、どんな髪型をしているか覚えてないわ。」


またまどかからメガネを外して、今度はまぶたにキスをすると、


「うん、でも僕は君のご家族に会うのが楽しみだなあ・・・。

 だって、全然紹介してくれないし、
 あまり、家まで送らせてもくれない。」


「外泊した翌日、家まで送ってもらったらバレバレでしょう!」

「何かまずいの?」


「もちろんよ!

 だって、うちの親は仕事で遅くなったり、
 泊まったりしてると信じているんだから。

 一度ついた嘘はきちんとつき通さなくちゃ・・・。」


「そうか、嘘をついてご両親を騙しているのか。
 何だか申し訳ないな。」


「出張したことにしろって言ったのは隆でしょ!」


「それでもうすうす感づいたりするものだろう?」

「わ、わたしの今までの生活から言って、
 まるっきり・・・し、信用されちゃってるのよ。」


まどかの頬が紅潮して赤くなってきた。
隆があちこちに手をつっこんで、いたずらしているせいだ。


そろそろ限界だな。


まどかの胸乳からのどにかけて、薄紅色がさあっとのぼってきた。
目までうるんでいる。


「すごくきれいだ。
 今日はこのまま・・・欲しいな」


隆の手がまどかを半分剥き始めると、
その後はまどかも言葉にならなかった。

肝心の話がなかなか進まない・・・。




「さて・・・」


まどかを食べ終わって、唇をぬぐっていた隆は真顔になった。


「一刻も早く君と暮らしたいんだ。
 そのための手続きを進めたい・・・」


まだ、顔を赤くしたまま、息も絶え絶えのまどかは返事もできない。

しどけない姿のまま隆の傍らにもたれかかっていると、
隆がまた抱き寄せて、肩の上にキスを落とす。


はあ・・・
この調子で一緒に住んで、体が保つかしら・・・?



「何か言った?」

「ううん。うちの親に紹介するわ。都合を聞いておく。
 あなたの都合の悪い日も教えて・・・。」


「わかった。僕のスケジュールをPCに送っておくよ。

 やっぱり結婚するまで、一緒に住んじゃいけないのかな。」


「そりゃ、付き合っている人がいるって言っただけで
 ものすごく驚かれちゃったのよ。
 この上、すぐに一緒に住みたいって言ったら、怒り出すわよ。

 母はともかく、父は手順をきちんと踏んで・・というタイプなのよ。
 長いこと、食品会社の人事部にいたの。」


そうだ、とまどかが体を起こした。


「父からの伝言で、履歴書か身上書を提出してくれって・・・」


「なんだよ、それは。僕は身上調査を受けるのか?
 参ったな・・・」


「父はあの履歴書の書式を見慣れているのかもね。
 いいじゃない、立派な経歴なんだから・・・。
 一枚書いてちょうだい。」



「う~~ん・・・」

「どうしたの。」


隆が体を起こして、髪をかきあげた。


「日本語の履歴書って、今まで一度も書いたことないんだ、
 それに、僕、実を言うと、字がキタナイんだよ・・・。
 お父さんって、まさか、字から人物を判断したりしないよね。」


「『書いた文字はその人の体を表す』
 きちんと書かれた履歴書を見れば、書いた人の人柄が伝わってくるって
 よく言ってたわ。」


「うひゃあ、参ったな。
 じゃ、僕が下書きするから、まどか、清書してよ。」



「そんな!娘の字を知らないわけないでしょう。
 すぐバレるわよ。いいじゃないの。
 ていねいに書いてあれば、別に問題ないわよ。」


隆が相変わらず、あごを支えたまま、
ソファに前屈みにしているのが気になった。


「この前、言われたんだ。」



「誰に?」



「取引先のお祝いごとで、受付で名前だけじゃなくて、
 何か一筆書けって言われて。
 英語じゃダメだって言うし、筆なんか置いてあるし・・・。

 筆は絶対やめたかったのに、一緒に行ったマークが、
 『隆は日本人なんだから、筆で書け』って。」



「そしたら?」

「受付の女性が僕の字を見てくすって笑うから、
 マークが『何か?』って聞いたら、
『いえ、可愛い字ですね。何か小学生みたい・・・』って!!!
 100%自信喪失!どうしたらいいんだ!」


ああ、取引先であんな屈辱を受けるなんて・・・と、
隆は悔しそうに窓の外を睨んでいる。


まどかはおかしくて、思いっきり笑いたかったが、
隆のあまりに深刻な顔を見ていると、目の前では笑えず、
ふるえる口もとを押さえて俯いていた。


「そう言えば、父が
『今時の若者の字は信じられない位下手だ、
 PCばかりで、手で書く稽古をしないせいだ』
 って嘆いていたわ。」


「まずいな・・・それよりもっと下手かも知れない。
 だって、10年以上日本語を手で書く機会なんかなかったし・・・。
 PCがないと、漢字もあやふやだ。」


「そんなに沢山書く訳じゃないから、
 身上書だけちょこっと練習すれば大丈夫よ。」


隆が両手をあげて、頭を抱えた。


「ああ、まどかと結婚するのに、
 漢字の書き取りをしなければならないとは思わなかった。

 でも僕はするよ。
 君を愛しているからね・・・」


だから、応援のキスをして・・と
隆に言われて、まどかはためらったが、
座っているソファの場所から伸び上がって、
目を閉じて待っている隆の唇に、そっとキスをした。


目を開いた隆がまどかの肩をつかみ、


「全然足りない!

 僕のこれからの努力のエネルギーとなるようなキスじゃなくちゃ・・・
 やり直し!」


もう一度、まどかの方に顔を向ける。



端正な顔を改めてアップで見ると、今さらながらドキドキしてしまい、
またためらいながら、ひっそりと唇に触れる・・。

と見る間にまた、ソファに押し倒されて、思いきり唇を貪られる。



「・・・X○☆=☆☆・・・!」

「まどか、可愛い・・・」


まどかの頬の上を隆の大きな手がすべって、
嬉しそうに唇に触れ、なぞり・・・


「・・・」

「早く一緒に住みたいよ。
 ずっと側にいて、昼も夜も触れていたい・・・。」


隆の唇がゆっくりと覆い被さり、
まどかはまたしても口の利けない状態になって、
二人でソファをぎしぎし泣かせることになった。


肝心の話は、本当になかなか進まない・・。

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