AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  26. 強力な味方

 

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隆の仕事が忙しい。

週末の一日を確保するのがやっとで、まどかの家に挨拶に行ってからも
結婚までの具体的な話を詰める暇があまりない。

以前、まどかの会社と結んでいた、
オフィスに席までもらう業務契約にまでは至らないが、
複数のクライアント先に、何度も通う日が続く。

そのうちの一つがやっと一段落し、
根気づよく何度も打診をもらった、クライアント先へ足を向けた。





受付で最大級の微笑で歓迎されると、奥の部屋へと通される。


「まあ、神待里さん、ずいぶんお待ち申し上げておりました。
 一時は、来て下さる気がないのかと思ってしまいましたわ・・」


エリーズクッキングスクールの校長、畑中えり子が
ぴりっと皮肉を利かせて笑いながら、
座っていたデスクから立ちあがって出迎えた。


「遅くなってしまって申し訳ありません。
 関わっている仕事の切れ目が見つからず、お待たせしてしまいました。」


隆は丁重に頭を下げた。


「いいえ、お忙しいのを承知で無理を申し上げたのですもの。
 
 神待里さんは一度、うちに見学にいらしただけなのに、
 あれから受付に問い合わせが殺到して、
 先日の男性は入会したのか、どこの人か、どうやったら会えるかって・・・
 もう、受付の者が困る位でしたのよ。」


大げさですね。そんなことはないと思いますが・・・



隆は、まどかをエレベーターホールで待ち伏せている際に、
ここの生徒たちと軽く会釈を交わしたことを思い出した。


「私も神待里さんに是非、お仕事を頼みたかったし、 
 受付から他のスタッフまで、神待里さんにまたお会いしたくて・・・。」


で、チョコレートを作って贈らせて頂きましたの。


えり子がいたずらそうに微笑んだ。


「ああ、あの立派なチョコレート、確かに頂きました。
 有り難うございます。」


「召し上がられました?」


えり子に突っ込まれて、隆は困った。

まどかと一緒に箱を開けたあと、一粒味見をして、
彼女にも食べるように言ったのに、
何だかチョコの食べ過ぎとかで、今はいらないと断られ、
結局、残りをまどかに持って帰ってもらったのだ。


「ええ、確かに頂きました。全部ではありませんが・・・」


えり子の笑いがますます大きくなった。


「うふふ、あれには魔法が掛けてあったんですのよ。
 また、必ずここへ来なくちゃならなくなる魔法。

 作った皆で掛けたんです。効き目があったようで嬉しいわ・・・」


「そうでしたか・・・。道理で魅力的なお味でした。」


隆が笑顔で切り返すと、えり子は少し頬を染めた。


その後は、具体的にコンサルティングの依頼の話になった。


「しかし、私の専門はPCと金融関係です。
 料理については全くの自己流ですし、この業界にも詳しくありません。
 お役に立てないのではないかと・・・」


「お料理についてではなく、 
 学校経営について財務的なアドバイスを頂きたいのと、
 お料理好きな男性の視点が欲しいんです。」


「と、申しますと?」


「男性だけのコースを新設したいと思っていますの。

 現在も何人かの男性が通って下さって、
 一つのテーブルを男性のみにしていますが、
 女性が多い中、どことなく肩身が狭そうで・・・・。
 
 お料理をする男性の姿って、とても魅力的!

 もっと自信をもって、楽しくお料理を作って頂くには
 男性専科を作るのが一番かな、と思っています。

 それについても、神待里さんのご意見が欲しいのです。」


そんなお話でしたら、喜んで協力させて頂きます。


笑顔の二つ返事に、えり子がまた嬉しそうに顔をほころばせた。



「神待里さん、お食事はまだですよね?」

「はあ、しかし、今日は授業の見学は遠慮させて頂きたいです。」


おほほほ、と楽しそうに笑い飛ばされた。


「いえいえ、また授業見学して頂けると嬉しいんですけど、
 今度は授業にならないかもしれませんからね。

 皆さんが、余所見ばかりして、怪我でもするといけませんから・・・。」


「そんな・・からかってらっしゃるんですね。」


いえいえ、と手を振って、


「これはビジネスのお話。
 私がメニューをプロデュースしているお店があるんです。
 一緒に寄って見ていただけますか。」


「わかりました。ご一緒しましょう。」



えり子は部屋を出て、受付に立ち寄り、


「これからお店に行ってきますね。 
 こちらの方をお願いします。」


はい、わかりました。

受付の女性は、えりこの後ろに立っている隆を認めて、
正直に嬉しそうな笑顔を向けた。


「また来て下さって嬉しいです。
 入会して下さるんですか?」


隆は柔らかい微笑を返すと、黙って首を横に振った。


「お仕事を手伝って下さるの。もっといいでしょ?」


横からえり子が言うと、受付の二人が、わあっと声を上げた。


「よろしくお願いします。」


隆は軽く会釈をすると、えり子の方に見返った。


「では、行きましょうか・・・」


隆の開けたドアを、背筋を伸ばして、えり子が通り、
後ろがパタンとしまった。





「はああ、どっちもカッコいいなあ・・・。」


受付の二人はドアを見つめてぽうっと呟いていた。




エレベーターに乗り、
まどかの通っている英会話スクールのフロアを素通りして、玄関に降り立つ。


まどかは大阪に出張中だ。
彼女のいない、このビルに用はなかった筈だったが・・。

隆は偶然に舞い込んだ仕事を思うと、苦笑せざるを得ない。



えり子はタクシーを止め、自分が先に乗り込むと、
赤坂の住所を告げた。


えり子が外を眺めたまま、しばらく黙っているので、
隆も敢えて何も話しかけなかった。



工事中の現場の目立つ官庁街を抜け、
夕方の車の列がうねる通りに入る。


窓の外に歩道を歩く人が増えて行く景色を見ると、
えり子がようやくこちらを向いた。


「メニューを提供している店は、幾つかあるんですが、
 これから行くお店は、私にとって特別なんです。

 オーナーや厨房のスタッフとお客さまのことを徹底的に話し合ってから、
 殆どのメニューを一緒に開発しました。

 併せて、お店のインテリアから、フラワーアレンジまでも考えたので、
 何だか、半分自分が面倒見なくちゃいけない気がしちゃって・・・」


自分の子供みたいな気がするんですよ・・・


えり子がちょっと頬を染めて言った。


「そうですか、それは楽しみですね。」


えり子の顔を見て、隆が穏やかに返す。



車が赤坂の繁華街に近づくと、運転手に声をかけて車を停めた。



一階は、こぎれいな和菓子屋だ。

打ち水の利いたビルの中へ入り、やや狭い階段を上がると、
ガラス張りのドアがあって、入り口に木で作った看板がかけてあった。


「テリーズ・ハウス」 Telly's House。



入ると、手前がテーブル席で、横にキッチンが覗ける。
奥がバーカウンターで、窓際にもテーブル席があった。


「いらっしゃい!えり子さん・・・」


大きく開いた厨房の中から、髭のシェフが声をかけた。


「今晩は、また来ちゃった。オーナーは?」

「バーカウンターの中で、ごそごそしてますよ。」


血色の良い顔にあごで示された方向を見ると、
黒いスーツを着た50がらみの男性が、グラスに何か注いでいる。


「今晩は。ちょっと遊びに来ました。
 紹介したい方もいるのよ。」


「これは、これは・・・ゴージャスなお連れと一緒じゃない。」


にやりとした顔に、


「あら、こちらはコンサルの先生よ。失礼を言わないで・・・」


えり子が釘をさす。

オーナーが言い訳を呟きながら、カウンターを回り込むと、
笑顔でこちら側にやって来た。



「こちらは、学校の方の面倒を見て下さることになった、神待里さん。
 私の仕事を見て頂けるといいと思って、ここにもお連れしたの。」


「ようこそ、オーナーの宮入テルヨシです。」


「初めまして。神待里です。」


二人が握手して、名刺を交換している間に、
奥のテーブル席の頭が動いて、こちらを伺ったようだが、
また、すぐに元に戻った。




店はまだ口を開けたばかりで、客の姿はごくまばらだ。

オーナーとえり子の案内で、店の中央にある階段から
4階のフロアにも案内してもらう。

壁が白く、しっくい風に塗り込めてある空間で、
太い柱と梁から生えたように、苔に覆われたプランターが下がり、
小さな黄色い花が咲きこぼれている。


4階の窓の方が大きく、梁で隔てた窓際と、手前側は
ちょっとした個室風に使えるようにもなっていた。


「エリーズを卒業した生徒がここで修行させて頂いたり、
 実地訓練を積んだり・・・うちとは、縁の深いお店なんです。」


「いやあ、はは、安くこき使って、ひんしゅくかもしれませんがね。
 現場をやってみたい、という人が多いので、
 使ってもらっているのですよ。」


下へどうぞ、と案内されながら見た、
カウンターにあるフラワーアレンジにはパイナップルが使われていた。


隆が目を留めたのを見て、


「いいでしょ?

 仕事柄、食べ物を使ったアレンジって、殆ど嫌いなんですけど、
 この作品は冒涜が感じられなくて、すごく気に入ってるんです。」


えり子が説明した。


これは・・・・



隆がある予感をもって、もう一度下に降りて
店の奥を見回すと、
案の定、見知った顔が並んでいた。



「よう!」


ケンとエイジが並んで座り、こっちに手を振っている。


「ああ、やっぱり・・・」


隆が二人を見て、声をかけたのを


「お知り合い?」


えり子が尋ねた。


「ええ、一人は高校の同級生で10年越しの友人です。
 アレンジを見た時から、ぴんと来ましたよ。」



えり子も一緒にテーブルに合流した。

店内のアレンジを済ませて、ちょっと休憩していた処だと言う。
二人ともえり子とごく親しいようだった。


ケンとエイジのケーターリングサービスのスタッフに
エリーズを卒業した女性がいて、
たまにコラボレーションをするらしい・・・。


「そのうち『花とフードのエキジビション』なんて
 やってみたいわあ・・・。」


ケンがつぶやく。


「やれよ、応援する。」

「隆の会社は金融だの、PCだのって固い会社がメインのクライアントでしょ。
 うちみたいな、柔らか業界とは縁がないんじゃないの?」

「全部が全部、そうとは限らないさ。
 それに、柔らかい会社の固い部分を手伝ってるのもあるんだよ。
 
 固い知り合いも役に立つだろうし・・・」



隆がテーブルにもう一つ残ったワイングラスに目を留めて、


「誰か一緒だった?」


と尋ねると、


「ああ、ちょっと外に買い物に行ってる。
 またここへ戻ってくるよ。」


エイジが応えた。


それより・・・


「彼女は元気?」



「ああ、この間、やっとごあいさつに行ってきたよ。
 決まったら、是非、花のアレンジは二人に頼みたいな・・。」



「当然、まかしといてよ。」


ケンが指でつまんだ、はちみつのかかったクルミを、
エイジがケンの指ごとぺろっと舐めて、ワインを飲んだ。

隆が何げなく、えり子の方を見たが、
えり子は知っているらしく動じない。


「いっつもお二人に当てられているのよ。」


ひそひそと隆に言いつけた。


「隆、日取りは決めたのか?」


「いや、まだなんだ・・・」


話をしている間にも、注文していないのに幾つか料理が運ばれて来て、
それをチェックすることに目を光らせていたえり子が、
初めて顔をあげた。


「日取りって・・・神待里さん、もしかして・・・?」


「仕事で伺っているのに、私的な話で申し訳ありません。

 ええ、近々結婚する予定なのですが、
 二人とも忙しくて、ちゃんと詰め切れなくて・・」



まあ、そうだったの・・・


えり子の反応が一瞬遅れた。

しかし、すぐに笑顔を取戻すと、


「それはおめでとうございます。
 もし、できるなら、私も何かお手伝いしたいわ・・・」


「そりゃいい。隆、エリーズに料理を頼んだらどうだ?」


エイジの言葉に、隆がえり子の方に向き直ると


「そんな事が可能なのですか?」


えり子が自信満々で頷いて、


「ええ、もちろんです。
 ケンさんたちと一緒のお仕事なら、コツもわかっているし、
 是非、やってみたいわ。」


隆が振り向いて、ケンとエイジに目で尋ねると


「ああ、お願いしたらいい。

 隆たちの様子を見て、前から提案しようと思っていたんだけど、
 いっそ、二人のウェディング全体を僕たちにまかせないか?
 
 最高のプロデュースをするよ。」


エイジがにっこり微笑んだ。


「彼女に聞いてみないと、この場で返事はできないけど・・・」


「もちろんそうよね。でも、賛成した方が二人にとって楽よ。
 
 それに、まどかさんには前から、
 腕利きのブライダルプランナーを紹介したいと思ってたのよ。

 彼女も忙しくて、自分で全部は進められないでしょ?
 その人と一緒にこなして行けば、スケジュールの当てにならない新郎候補より、
 ずっとスムーズよ。
 
 ま、これは、まどかさんに言うことだったわね。」


「二人で日取りだけ決めて、
 譲れない要望を書き出しておいてくれるといいな。」


ケンとエイジの言葉に、えり子も隆の顔を見ながら頷いている。


「参りました。
 
 エリーズのコンサルを受けたつもりだったのに、
 逆にこんな営業を受けるとは予想外ですね。」


隆が照れ笑いをすると、えり子が笑って、


「うふふ、いいお客さんがつかまりそうで、私も嬉しいわ。」


お二人の幸せと、エリーズの仕事を受けてもらったお祝いと、
逆にエリーズにお仕事をもらえそうな事、全部のお祝い!


そう言って、ワイングラスを掲げ、
4人で乾杯した。



えり子が厨房の方と話があるから、と席を立った後、
ケンがぽつりと言葉を投げた。


「隆、冴子が帰ってきてる。」


思わぬ名前を聞いて、隆のグラスが少しの間、空中にとどまった。

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