AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  27. 報告

 

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「お佳代~~!」


まどかが広報室のガラス戸から、同期の友人に向かって手を振った。
もちろん、窓際の席に室長がいないのを確かめた上でのことである。

佳代子はPCに向かって何やらパチパチしていたが、
まどかに気付いた後輩の女性につつかれて、顔を上げ、
廊下に出て来た。


「あ!まどか、わたしも会いたいと思ってたの。
 今日あたり、ランチどう?」


「やだ。わたしが誘いに来たのに・・・。」


「あらそう。じゃ、話は早いわ。12時に下ね。
 営業の詩織、どうする?」


「わたしが電話しておく。総務のケイコは佳代から連絡して。
 できれば、5分前がいいわ。」


「OK!じゃ、5分前に玄関のあたりで・・」



同期の佳代子には、バレンタインの時に世話になった恩がある。

尤も、その見返りに、隆がクッキングスクールからもらった、
豪華そうな「販促商品」のチョコレートを、
翌日佳代子にあげたのだった。


カード等が入っていないか、と隆と二人で、一度中身を開けたところ、
美しい箱が2層になっていた。

一つには、色々なトリュフが整然と並べられ、
もう一つには、表面に艶艶と光るチョコレートでコーティングした、
チョコバターケーキみたいなモノが美々しく、
リボンで飾られて入っていた。


おまけに、添えられたクッキーに金文字で
"miss you" (貴方がいなくて寂しい)と書かれていたのだ。


あの中身を見た時は、
手作りチョコにこだわらなくて本当に良かった、と実感したわあ。
あんなプロの手作り作品と比べられたら、目も当てられない。



でも何よ、アレは!

隆の会社のクライアントって、金融関係や、PCメーカーって、
お堅い会社が多い筈でしょ?

どういう仕事の仕方をしたのか知らないけど、
あのビルの部屋からゾロゾロでてくるクッキングスクールの女性たちから
"miss you" なんてメッセージ受けるとは、怪しいわねえ・・・。


結局、その"miss you"のクッキーだけは取りのけ、
「貰い物だけど・・・」と注釈付きで佳代子に渡したが、
彼女は大喜びで、そんなことにはこだわらない様子だった。


それに、佳代子にチョコ情報を貰った時に言われた『脅し』も気になっていて、
早く話をしなくちゃ、と思っていたのだ。




「まどか~!」


きっかり12時5分前に、玄関に降りて行くと、
佳代子と総務のケイコが先に来て待っていた。


「詩織は?」


「そのまま営業先に出られるように、ちょっと片付けてから来るって。
 どうせ『ベリッシマ』でしょって言われた。」


「そう、じゃ、そうしましょうか・・・」


会社の近くのビルの半地下にあるイタリア料理店は
少しお洒落で、ランチが1500円する。

しょっちゅう行くには高いが、ゆっくり話をしたい時には良い店だった。


「バレンタインのチョコは、結局どうしたのよ?」


席に着くと、早速佳代子が聞いてきた。


「うん、買ったり作ったり・・・。
 作ったのは、結局お父さんにあげたの。」


「ふ~~ん・・・で、本命チョコはドレにしたの?」


「何でもベルギーのアントワープから来た、宝石のようなチョコとかって、
 形もそれらしく型取ってあったわ。」


「まあ、『デル・レイ』ね。張り込んだわね!
 誰にあげたのよ・・ね?」


「詩織が来たら話すわ。佳代にこないだ回したチョコはどうだった?」


「すっごく美味しかったわよ。

 それ程凝ったセンター(チョコの中身)じゃなかったけど、
 柔らかくて口に入れると、とろっとほどけるの。
 香りも良くて、作り立てって感じ。

 で、それ以上なのが、あのザッハトルテ風、チョコレートケーキ!

 クッキングスクールが作ったとは思えないほど、
 どっしりした本格派で、ホイップした生クリームをいっぱい添えて、
 濃いコーヒーと一緒に頂いたわ。

 ああ、最高だった・・・。」


「それは良かったわね。」


佳代は、チョコの話になると止まらない・・・。


一通り注文を済ませた辺りになって、営業の詩織が飛び込んできた。


「あああ、やっと終わったわ!
 これでこのまま、得意先に直行できる。
 あ、私、コレ!」


と、寄ってきたウェイターに素早くメニューを指差して、伝えた。


「久しぶりね。今日は何、佳代が新しいチョコでも見つけたの?」


詩織がスーツのジャケットを脱ぎながら、
同期の友人の顔を見回して聞いた。


「違うわ。まどかが、何か話があるみたいよ。」


テーブルでにこにこしていた、総務のケイコが言った。


「えッ何?何があるの?教えてよ。

 心構えがいるの?あっと、ちょっと待って・・」


詩織と佳代子が二人で肩を支え合い、大げさに深呼吸した。
すうぅはあぁ、すぅーーはぁーーー、・・・


「さ、もういいわよ。」


6つの目が一斉にまどかに注がれる。


「あの、実は『けっこん』しようと思うの。」


え~~~っ!



佳代と詩織は大きな声を出した。

総務のケイコは落ち着いて、


「それは、おめでとう・・・。良かったわね。」


と告げた。


「ちょっとちょっとちょっとちょっと待ってよ!!

 で、誰と結婚するの?あ、まさか!」


詩織がおでこに手を当てて、上を向いた。


「あの子!まどかの隣の面白い男の子。
 シンタローだか、コータローだかって子。

 まどかに気があるみたいだったもん。
 そうか、ついに年下に決めたのね。
 まあこれから年取ってくと、年下が良いわよねえ・・」


「ええ?そんなの全然知らなかった。幾つ離れてるの?」


佳代子が一気にまどかに詰め寄ってくる。


「違うわよ。孝太郎じゃないわ。」


「じゃ、誰?」(佳代子)


「あたしたちの知ってる人?」(詩織)


「うん、多分、知ってると思うけど・・・。」


再び、ええ~~っ!の大声。



誰よ、営業に誰かいた?居たら、私がかじってるわよ!
同期の秦くんは?何だか、もうじき結婚するって話だけど・・・。
海外事業部に、なんかバイリンガルの北林とかっていなかったっけ?アレ?


「実はそうなの・・・」


意外にも、次に口を開いたのは、総務のケイコだった。


「え?北林なの?」

「ううん、わたし、同期の秦くんと付き合ってたの。
 再来月、籍を入れようかと思ってる・・・。」


え~~~~っ!


この中にはまどかの声も混じっている。
佳代子と詩織は、抱き合って驚いていた。


「わたしもいつ言おうか考えていたの。
 だから、今日は丁度よかったわ・・・。まどか、ありがと。」


ケイコがそう言ってふわりと微笑んで、水を飲んだ。


「そう、おめでとう。今度こそ、幸せになってね。」


「うん、絶対そうするわ。それにもう、今でもすごく幸せなの・・・」


目元にうるむような光が見えて、まどかは胸が詰まった。



総務のケイコはバツ一だ。

前の夫とは色々あって半年くらいで別れ、すぐに姓も元に戻したので、
会社中に離婚を知られることになったが、
ケイコはひるまないで、淡々と仕事をしていた。


「良かったわね、ケイコ。
 秦くんなら、きっとケイコを幸せにしてくれるわ。」


佳代子がしみじみと言った。


「そうよ。彼、おとなしいけど、できるわよ。
 元からきっと、ケイコが好きだったんじゃない?」


ケイコが恥ずかしそうに、うつむいた。


「そう・・・言われたの。

 『結婚』や『男』にこりごりって決めつけないで、
 君のことを愛している者がいることを忘れないでくれって。

 でも、わたし、前の主人があんなだったから、
 すぐには受け入れられなくて・・・」


そう・・だったの。


何だか、いつも控えめなケイコが真珠のように輝いて見える。
愛されて、愛することに踏み出したんだ。


何だか、きれいだわ・・・。

わたし、わたしは、こんな風に輝いているかしら?


まどかは、ケイコのすべすべした頬のうす桃色を見ながら、考える。

何だか、テーブル中がしんみりとしてしまった。



「うらやましいよぉ・・・」


佳代子がテーブルに頬杖をついて、空中を見つめている。


いつも食べるのが異常に早い、詩織の皿にまで
パスタが残ったまま、ぼうっとしていた。

大体、詩織が食べ始めたな、と思って一緒に食べ始め、
次に横を向くと、もう食べ終わって口を拭いているのだ。

それくらい、食べるのが早い。

本人は「早飯は営業職の宿命よ」などと言うけど、
元からじゃないのかしら。



「あああ、私なんか、まだ一回も結婚してないのに。」


詩織がため息をついた。


「わたしだってそうよ。」


「お佳代はチョコレートと結婚したんでしょ?」


「う~~ん、チョコは好き。愛してるけど、温めてはくれないもの。
 温めると溶けちゃうし・・・」


そりゃ、そうよねえ・・・と詩織が噴き出して、
テーブルに笑いが戻った。



「ケイコは再来月、入籍と。
 式とかはするの?」


「ううん、ごく内輪で家族だけの披露宴をするの。
 他には特に・・・」


「そりゃ、駄目よ。
 同期同士の結婚で、秦君は長年の思いを実らせたんだから、
 祝ってあげなくちゃ・・・。

 うん、それは私にまかせてよ。何かパーティを企画するわ。」


詩織がばん、と胸を叩いた。


「で、まどかは、一体誰と結婚するの?
 もったいつけないで、早く言いなさいよ。」


佳代子がうんざりした顔で訊いた。


「うん、あの前にうちの部署に来ていた、
 海外業務提携先でピット&ウィンズ社の・・」


「あの背の高いイケメン!?」


佳代子と詩織が椅子から起き直って、同時に叫んだ。


「やっだ~、まどかったら、いつの間に。」


「あの人、秘書課の何とかいう子と付き合ってるんじゃなかったの?
 仲良さそうによくしゃべってたわよ。」


「そうそう、受付で外人さんと一緒に話してるのを見た時なんか、
 アジア系アメリカ人かと思ったわよ。

 仕草も何も外人そのままで、
 日本語がしゃべれるように見えなかったわあ。」


「それに、会議の時なんか、結構怖かったな。

 私、発言してるの見た時に、ちょっと傲慢で、
 冷たそうな奴って思っちゃった。

 俺はできるって雰囲気出ちゃってさ。

 何と言うか、理詰めでどんどん攻めて行くタイプ。
 いい男だけど、パスだって思ってた。」


詩織と佳代子の、ズバズバと歯に衣を着せない論評に、ケイコが、


「それじゃ、まるでヤな人みたいじゃない。

 私のところへ来たときなんか、ふわぁっと微笑みを浮かべてて、
 ああ、すっごく素敵な人だなあ、って思ってたわよ。」


「どうなのよ。まどか・・・?
 あんたがああいうお高いエリート好みとは知らなかったわ・・・」


口を挟む暇もない会話に、まどかは黙っていたのだが、


「普段は全然お高く止まってないわ。

 どっちかというと、カジュアルでフランクな人よ。
 フランク過ぎるくらい・・・」


「へ~~え、どの辺がフランクなの。
 あいさつに毎回キスをするとか?
 豪華な花束を持って立ってるとか?」


いや、あの・・・それは・・。



まどかが口ごもりながら、赤くなって下を向くと、
聞いていた3人からため息がもれた。


「ふ~~~ん、いいなあ。
 あんなイケメンに花束付きで口説かれてみたかった・・・」


「まだ、あきらめちゃ駄目よ。

 まどかだって捕まえられたんだから、
 私たちだって、きっとチャンスあるわよ」


そうよね、そうよね!と、佳代子と詩織の息は盛んだ。


「で、いつ結婚するの?」


ケイコが冷静に尋ねた。


「う~~ん、実はまだ決まってないの。」


まどかの声が小さくなる。


「ええ?
 じゃ、結婚しようってだけで、まだわかんないのね。」


「うん、家に挨拶には来てくれたんだけど、
 あちらのご両親がまだ海外に出張中というか、長期滞在中というか・・・。
 
 そんなこんなで、まだ日にちが決まらないの。」


ふ~~~~ん・・・・


しばらく、3人はそれぞれの方向を向いて黙っていたが、
佳代子が


「ま、何でもいいけど、とにかくおめでとう!
 私たちに手伝える事があったら、何でもするから言って。

 あ、それから、結婚式にもパーティにもかならず招んでね。
 チャンスはお互いに与え合わなくちゃ・・・。」


だってさ、ああいうイケメンがゴロゴロいる会社かもしれないじゃない。

今日から、サボってたエステをまた始めようっと!


「ああ、何だか、働く気力がまた沸いてきた。
 さっきは、風船がしなびきって立ち直れないと思ったけど・・・。
 
 そう、パーティ、目指して頑張るわ!」


3秒で皿の上の料理を片付けると、詩織がサムアップして、
ガッツポーズをした。



まどかは、ぐったり疲れた気がしたが、
そろそろ段取りを詰めなければ、という気にもなってきた。


「ねえ、部長とか課長に言うのって・・・」


おずおずとまどかが言い始めると、


「いっちばん最後で良いわよ。
 式の日取りが決まったら言えば?
 でないと、新婚旅行の休暇をもらえないじゃない・・」


事もなげに佳代子が言った。


「ああ、結婚式より、新婚旅行がもっと羨ましいわ。
 二人っきりでどこへ行くのかしら。
 彼の得意の米国?ヨーロッパかしら?

 どっちにせよ、あれだけ語学が堪能な人なら、どこでも不自由ないわね。
 まどかは、あの背中を見失わないようにだけ、すればいいのよ。」


見失ったら、一人で帰って来れないでしょ・・・


カラカラ笑って、そう片付けると、

ね、ケイコの結婚祝いパーティ、会場ドコにする?
他の同期の男も手伝わせようよ・・・
いいわね!今夜あたり、手始めにみんなで一杯飲もうか!


詩織と佳代子が額を付き合わせて、
早くも相談モードだ。


まどかが見ていると、


「あ、まどかは忙しいだろうから、幹事は免除したげる。
 当日何か役が回ってきたら、手伝ってね。
 で、早く日、決めて・・・」


詩織に手をひらひらされながら、バシっと言われ、
まどかは首をすくめた。



ああ、隆に会わなくちゃなあ・・・・。

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