AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  29-2. 神様のおうち 2

 

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神社を辞したあと、二人で簡単に昼食を取り、
久しぶりに隆の家に来た。


雨の降っている日に来たのは、
いつかの嵐の夜泊めてもらって以来、初めてかもしれない。

隆の両親の愛している庭が、雨をたっぷりと得て、
濃く潤ったような緑色を滴らせ、
花壇にはバラが大輪の花を揺らしている。


雨が降っているけれど、どうしても間近に見たくなって、
すぐに玄関に入ろうとする隆を促して、庭に出た。


「きれいなバラ。
 これ、エイジさん達が持ってきてくれた奴よね?」


ごく淡いピンクの花びらの上に、真珠のような滴がたまり、
新たな雨つぶが降り掛かって、花びらのふちを丸く転がり、
はらはらと黒い地面にこぼれる・・・。

隆もしばらく、バラを見つめた後、


「幾つか切って、部屋に生けようか。」

「あら、ここで見ればいいわよ。」


慌てて言ったまどかの顔を見て、微笑むと、
もう部屋に入ろう、と声をかけた。


雨の庭全体を眺める。



うす緑の芝生はたっぷりと伸びて、
そろそろ刈らなければならない。

正面にそびえる大樹の幹は黒く濡れて、
照葉樹の葉が雨に光っている。


「あれは何の木?」

「楠だよ・・・」


既に先に立って玄関の方へ歩き出しながら、隆が答える。




部屋に入って、濡れた滴を拭いたり、
上着を着替えたりして、ようやく落ち着いた。


「お茶を煎れる?」


「あ、わたしが煎れるわ。
 実はちょっと珍しい紅茶を持ってきたの。
 一緒に頂こうと思って・・・。」


隆がうなずいたので、キッチンに行ってやかんをかけ、
バッグから取り出した紅茶をカウンターに置いた。

それだけで、特徴のある香りがキッチンに漂い出す・・・・。


大分、勝手のわかった食器棚から、紅茶のポットとカップを出して並べる。

白い磁器に野いちご模様のあるカップとソーサー。


しゅんしゅんと沸いたお湯をポットに煎れ、
しばらくお茶の葉の広がるのを見つめた。

黄色い花びらや、青紫の花びらがちらちらとポットの中を泳ぐ。


へえ、花びらが入っているんだわ、きれい・・・・


お盆にお茶のセットをのせると、
隆のいるソファの前のテーブルに運んだ。


「ん?何の香りだろう・・・」



「当ててみて」


ポットの口から流れ出して、部屋の中にひろがっていくアロマ。


「何か、くだものの香りだね。」


「そう、グレープフルーツなの。
 この紅茶の名前が素敵なのよ。
 『BLUE LADY』と言うんだって。お土産に頂いたの」


澄んだえんじ色のお茶がカップに満ちて、
香りはいっそう部屋中に広がった。


「嫌い?」

「いや、たまにはいい。」


もう一口飲んでは、カップを置いてしまう。
今日の隆はいつになく静かだ。



雨のせいかな。





「疲れたの?」


隆は窓の外に向けていた視線を、わたしに戻して微笑んだ。


「こっちにおいで・・・」


だって隣にいるじゃない。


「もっと、こっち・・・・」


隆に言われるまま近づくと、
いつものように脚の間にすっぽり収められ、背中からわたしを包むと、
黙ってそのまま、微かに、いつまでも揺らしている。


とうとう、顔を上げて目で問いかけてしまった。


「心配しなくていい。

 今日は色々な記憶がよみがえってきたんだ・・・」


あの神社で遊んでいた小さい頃のこと。
鮮やかな色の果物の香りに満ちた、南米での記憶。
NYで過ごしていた、一人暮らしの日々。


「誰かを幸せにするって難しいね。
 
 それどころか、ほんの小さなトゲを抜いてやることさえ、
 かなり難しいことなのかもしれない。

 僕にできなかったあれこれを思い出して、
 ちょっとブルーな気分だ。」


この紅茶のせいかな?


それはかわいそうだわ。
このお茶は記憶を幾つか、紡ぎ出してくれたんでしょう?

嫌な記憶ばかりじゃない筈よ・・・。


「そうだけど・・。
 今日は苦い思い出ばかり浮かんでくる。
 
 誰かを助けるなんてことは、
 よっぽどでなければ、できないのかもしれない」
 

抑えてはいるものの、声ににじむ苦い調子を聞くと、
まどかはカーペットの上に膝立ちして、隆の胸に顔を埋め、
背中にしっかり手を回した。


「あなたは、わたしを助けてくれたわ・・・。

 わたしが誰で、どういう状況かも聞かずに
 だまって手を差し伸べてくれた。

 忘れないわ・・・」


あははは・・・。

隆が笑いながら、まどかを抱きしめた。


「日本は国連の人権宣言にサインしている筈なのに、
 何でこんな奴隷的労働をさせられている女性が・・・

 なんて考えてしまったんだよね。」


君を風俗嬢だと思っていたからな・・・



隆がまどかの顔を指でなぞりながら言った。


「わたしが風俗嬢だったら、どうしようと思ったの?」


「どうしようと言う程でもないよ。
 僕にできる程度の金を渡して、
 どこか、監禁されていた場所から逃がしてやれたらいい。

 その位のことしか考えていなかった・・・」


額に唇が触れる。
まぶたにも、頬にも、柔らかい感触を感じる。


こんな風俗嬢だったとはね・・・。


隆がまた低く笑って、わたしに口づけた。

温かくて甘い、いつもの隆の息。
でもほんの少し苦い悲しみを感じる。


色んな人と会って、色んなところに居たのだもの。
記憶だって様々な色や匂いがしている・・・。


それでも、それごとあなたが好きよ。

優しいあなた・・・誰かの為に悲しんでる。


わたしには、あなたを癒せないかしら・・・?
わたしのキスでは、温まってくれないかしら・・・。


唇を離すと、隆の首に手を回して、ぴったり頬をつけ、
頭ごと抱きしめた。


「ありがとう・・・まどか。」


隆の低い声が温かい息と共に、首筋に触れる。

腕を外して隆の目を見つめる。
優しい茶色の瞳だけど、まだ少しだけ悲しそう・・・。


ふっと目が細くなって、唇に優しいカーブが戻る。
わたしの髪をかき上げて、首筋にキスをする。



「今日は泊まってくれる?」


それは・・・ちょっと。

だって家に帰った時に、
親共々、お互いどこ見ていいのかわかんないだもん。


「僕がお母さんに電話するよ・・・
 色々、相談がたまっていて時間が足りませんって・・・

 それならいいだろ?」


う~~~~ん。


いきなり隆が立ち上がった。

ど、どうしたの?


「ん?眠たいから寝る。
 今週、ずっと睡眠不足だったんだ・・・」


そう、そうなの?
ごゆっくり、お休みなさい。


「何言ってるんだ。君も来るんだよ。
 君がいないとうまく眠れない・・・」


ええ~~~
そんな、ホントかしら・・・。


隆にぐいぐい手を引っ張られて、2階に引きずられながら考えた。

やっぱり、キスだけじゃ足りなかったのかしら・・・。

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