AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  30-1. 小さな訪問者 1

 

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梅雨の中休みのように、わずかに雲が切れ、
薄日の差す土曜日の午前中。

土曜日なので、普段ひしめいているビジネスマン達がきれいに姿を消し、
買い物客ばかりが目につく日本橋を歩いている。


どんな人かな・・・・?


まどかは漠然とした不安を覚えつつ、
初めて訪問するオフィスのドアを開けた。




隆の高校の同級生で、フラワーデザイナーのケンたちに
「腕利き」ブライダル・コーディネーターを紹介された。


「『佐藤みるく』さんって言うの。
 すごく優秀であったかい人よ。

 花嫁さんの気持ちになって、あらゆることを考えてくれるの。
 紹介した人皆に、後から感謝されてる。」


「そうですか。ありがとうございます。」


ケンにお礼を言ったものの、

『さとうミルク』さんねえ・・・。
何か、少女マンガの作者みたいな名前。

夢見る新婦さんには向いてるかもしれないけど、
わたしと気が合うかしら?




受付から通された部屋は、会議室というより、
ちょっとしたティーコーナーのようだった。

広い木のテーブルに曲げ木の椅子、
ガラスピッチャーに、黄色い野の花が咲きこぼれている。

壁際にアルバムや資料を収納した本棚があり、
真ん中の段には、幸せそうなカップルの写真が幾組か飾ってある。



コツコツコツ・・・

歯切れのいい靴音が響いて、入って来たのは、
ショートカットに、パンツスーツを着こなした
颯爽とした女性だった。


「お待たせしました。私が『佐藤みるく』です。」


名刺を渡されて、思わず顔を見直してしまう。


「あ、初めまして・・・
 ずいぶんとイメージが・・あの、すみません。」


みるくさんは、くしゃっと顔を崩して笑うと、


「いいんですよ。名前のイメージと違いすぎるでしょ?
 でも本名だから仕方ないんです。許して下さいね。」

「そんな・・許してだなんて・・・」


幾つくらいだろうか?
笑うとほんの少し目元にしわが見える・・・
30代後半ってところかな。


まどかが、神前結婚、その後ウェディングパーティと言った流れを
説明すると、みるくさんはたちどころに理解し、
てきぱきと説明を始めた。


「わかりました。
 お嬢様はお忙しい方だと、ケンさん達から伺っておりますが、
 わたしが付いておりますので、これからは何でも頼って下さいね。

 ええと、こちらに衣装合わせ、カツラ合わせ、シェービングのために
 少なくとも3回は来て頂くことになります。」


「シェービングって?」


ひげ剃りを連想して、まどかは戸惑った。


「ああ、お顔と襟足を剃るんですよ。
 断然、すっきり仕上がりますから・・。」


失礼ですが、・・と、いきなりみるくさんが立ち上がり、
まどかの顔に近づいて、しげしげと見た。


「お嬢様はとてもお肌がきれいですね。
 エステとかにお通いですか?」


やだ、エステどころか、残業でクマができそうなのに。
やっぱり慌てて行かないと、結婚式に間に合わないかしら・・・。


「いえ、全然。」

「そうですか・・」


みるくさんは、ぱっと微笑んだ。

この人の微笑はあったかくて、頼りがいがあっていいなあ。


「では、今からエステに出かけるのはお止め下さい。
 急に始められると、ちょうどリバウンドでお肌にトラブルが出来た頃、
 お式、ということにもなりかねませんから・・・。
 このままで。」

え、そうなの?


「お嬢様なら必要ありません。
 よくお休みになって、睡眠だけは取って下さいね。」


あの、みるくさん・・・・

「わたし、お嬢様じゃありません。
 そう呼ばれる年齢はとうに過ぎてしまいました。
 どうか、名前で・・・・」


コロコロコロ・・・
みるくさんが楽しそうに笑った。


「まあ、わたしから見れば、十分お嬢様ですよ。
 ですがお嫌なら、『まどかさま』とお呼びしましょう。」


あの、それも・・ちょっと。


「あら、『まどかさま』もお嫌ですか?
 じゃ、どうしましょう。」

「普通に『まどかさん』で、お願いします。」

「わかりました。では『まどかさん』・・・」


みるくさんは、神前結婚の大体の流れを解説し、
まどかが衣装を選ぶに先立って、
どの衣装がどんな物か、写真を使いながら教えてくれた。


「どちらのお宮でなさるのか、お決まりですか?」

「実は、婚約者の父方の実家がお宮で、
 ○○神社なのです。ご存知でしょうか?」


「ああ、○○神社さん!
 わたしどもは、神前結婚を多くお手伝いさせておりますので、
 大概の神社さんを存じ上げています。
 回数は多くないでしょうが、お式をさせて頂いたこともありますよ。」
 
 
みるくさんは、神主の伯父さまも、
息子さんの事も覚えているようだった。

まどかが神社に行った時、息子が不在だったことを告げると、


「あら!それはもったいない・・・。
 とっても素敵な方ですのに。

 あ、でも今、お式間近ですから、
 ご新郎以外の男性は、全く目に入らないでしょうね」


そんなことはないです・・

と思わず口にしてしまい、みるくさんに
大いに笑われた。


「今の発言はご新郎さまには内緒にしときましょう。

 では、なるべく早めに、どのお衣裳にするのか、
 決めて下さいね。
 予約を入れなければなりませんから・・・」


まどかは、打ち掛けに文金高島田、白無垢綿帽子、その他
もろもろの衣裳の載ったカタログのコピーをもらい、
急ぎ足で事務所を出た。




だんだんと忙しなくなってくるわね・・・

結婚前の雑事の多さは、想像以上だ。
ここに来て「マリッジブルー」がどんなものか、
まどかにもやっと実感できるようになってきた。

隆も色々と忙しいことだろう。



それなのに・・・・

とまどかはため息をついた。




昨夜、隆から急に電話があり、


「まどか、明日泊まりがけでこっちに来られる?」

「この間、泊まったばかりじゃない。
 幾らなんでも、こうしょっちゅうでは・・・」


まどかが言いかけると、


「違うんだ。
 実は少々事情があって、明日明後日と二日間、
 急遽、小さい子供を預かることになったんだよ。

 僕ひとりでは、色々心もとないから、
 是非まどかにも来てもらいたいんだ。」


「子供?誰の・・?」


「友人の子だよ。
 土日に預かってくれる場所の都合がどうしても付かなくて、
 今回だけ、うちで預かることになった。
 
 お母さんには僕から説明するから、電話を代わってくれないか。」


「大丈夫。
 わたしから説明すれば納得してくれるけど、
 でも、わたし、子供の面倒なんか見たことないのよ。
 回りに子供いないんだもん。」


「何とかなるよ。
 じゃ、明日午前中、なるたけ早めに家に来てくれ。
 待ってるよ。」


という訳で、まどかはみるくさんとのアポ後に
まっすぐ隆の家に向かうことになったのだ。




隆が迎えに来られないので、
駅からタクシーで家に向かう。

ベルを押して、玄関のドアを開けてもらうと、
見慣れない小さな靴があった。


「どうぞ、あがって・・・。
 紹介するよ。」


隆が微笑んで、まどかを居間に通した。


いつもの居間の様子が一変して見える。

子供が乗るらしい、小さな車のおもちゃがあり、
床には、一面プラスチックの汽車の線路が広がって、
カラフルな汽車が何台か、レールに乗っている。

ソファの前のテーブルには、絵本がうずたかく積み重ねられて、
そこに一人、茶色の髪の男の子が座って、
スケッチブックを手にしていた。


"Kevin! May I introduce my friend to you?" (ケビン、友達を紹介してもいい?)

"Yeah・・・"

ふっくらした横顔がペンを持ったまま、隆を見上げて、うなずく。


「まどか。僕の友達のまどかだ、よろしくね。
 まどか、ケビンだよ。日本語もわかる、仲良くして・・・」


まどかは、ソファの脇に膝をつくと、


「初めまして、ケビン。
 まどかよ、一緒に遊んでね」


手を差し出した。

大きな茶色の瞳がゆっくりまどかの方を向く。
肌が白くて、栗色の髪がところどころクルクルと巻いている。

まどかの顔をじっと見ていたが、
まどかが微笑んで、もう一度、手を前に出すと、
小さな手でそっと指先を握ってくれた。

うわあ、可愛いわあ・・・。




隆が近くの椅子に座りながら、


「ケビンのママは、週末、仕事が入って、
 いつも預かってくれているおばあちゃんの都合が
 急に悪くなったから、家に来てくれることになったんだよ。

 明日までずっと一緒だから、仲良くね。」


「わかったわ。(ホントは全然わからないけど・・・)
 ケビンは何才かな?」


隆は答えずに、ケビンの顔を見た。

ケビンが隆の顔を見て、まどかの顔を見、
指を4本立てた。


「4才なのね。おっきいじゃない。」

「もうじき、誕生日が来たら、5才になるんだよ。
 ね?ケビン・・」


ケビンは声を出さず、うんうんと頷いている。


「良かった。
 まどかが来たら、ランチの用意をしようと思ってたんだ。
 
 まどか、ともだちになってもらってね。」


隆はキッチンの方へ行ってしまった。

小さい子と話すのって久しぶりなんだけど、どうしたらいいのかしら。


ケビンは足をソファの座面に上げ、膝の上にスケッチブックを広げて、
熱心に何か描いている。


何だろう?


邪魔してはいけないと思いながら、そうっとケビンの隣に座り、
横から、ケビンの絵を眺めた。


大きな木があって、近くに窓の沢山ある家が描かれている。

木は鮮やかな緑色に塗られ、
そこに、一面、赤い色がぽんぽんと点描してあり、
木に梯子らしいものが2本立てかけられている。

すごく正確で、ていねいな絵だ。

わたしより上手いかも・・


ケビンが手を止めたので、聞いてみた。


「ね、これは何?」


緑の木に一面飛んでいる赤いものを指差した。


「cherry・・・」

「"cherry" さくらんぼかあ。(わたしでもわかる単語で良かった!)
 おいしそう。びっしり生ってるわ。」


「このハシゴに上って、取るのね?」


ケビンを見つめると、うんうんと何度も頷く。


「これはケビンの家?」


黙ったまま、首を横に振る・・・。

違うのか。


「他の絵も見せてもらっていい?」


ケビンが、スケッチブックをまどかの手に渡した。


二人でゆっくりスケッチブックを見ながら、
絵の説明をしてもらった。

車の絵(オープンカーだ)、車を積んだトラックの絵、
船にのった海賊の絵には、海賊旗と、アメリカ国旗がついている。

操舵しているらしい、ちっちゃい海賊の帽子にも
ぶっちがいの骨の(どくろは無かった)海賊マークが描かれていて、
なかなか凝っていた。


「ケビン、ほんとうに上手ねえ。
 わたしより、上手だわ。」


ケビンがにっこり笑って
"Thank you"と言ってくれた。




「どう、仲良しになった?
 まどか、ランチの用意を手伝って・・・」


隆に呼ばれて、キッチンに行くと、
トレイにずらっとホットドッグ用のバンズが並べられ、
プチトマトとブロッコリーがお皿に積まれている。


「気楽に手で食べられるものにしようと思って・・・」


隆が、グリルパンでソーセージを焼き上げては、
大きな皿に入れている。


「まどかは、そこのオニオンとザワークラウトをパンの底に敷いて・・」


隆に言われるままに、パンの底にちょっと酸っぱい香りのするキャベツと、
オニオンとピクルスのみじん切りを置き、
マスタードを塗り付け、焼き上がったソーセージを挟む。

全部やろうとすると、隆が2本だけ脇に取りのけ、


「ケビンのは、マスタードなしにしよう。」




ケチャップを添えて居間に戻ると、
ケビンがスケッチブックから顔を上げてこっちを見た。


「ケビン、一緒にお昼食べよう!」


ダイニングテーブルに手招きする。

少しためらっていたようだが、おいしそうな匂いに釣られて、
こちらにやって来てくれた。




いただきます、と言ってから、3人で熱いホットドッグを手に取る。

パンもソーセージも熱くて、香ばしくて、
キャベツの酸味とマスタードがぴりっと利いておいしい。


「うわ、わたし、こんなおいしいホットドッグ食べたことないわ。」

「そりゃ、嬉しい。ありがとう!」


そう言って、隆がウィンクすると、ケビンに向き直って、


「どう、おいしい?」


ケビンは、小さい手に、
半分に切ってもらったホットドッグに
ケチャップをたっぷり垂らしたものを持って、
はじっこから、遠慮がちにかじっていた。


隆に見つめられて、うんうん、と大きな瞳を動かしてうなずく。

隆が耳に手を当てて、聞こえないよ、と言うジェスチャーをすると、


「おいしい・・・」


ケビンの口から、言葉が出て来た。

隆が嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑うと、
ケビンの頭を撫でた。


「ありがとう!」


食べている間、あまり話しかけるのも、と思ったが、


「ホットドッグって、良く食べるの?」

「あっちでは、おなじみのものだね。
 ケビンは、どこで食べた?」


大きな瞳が考えるように動き、隆を見ると


"At the ballpark."


小さな声が応える。




「Ballpark、野球場だよ。定番なんだ。
 色んな名物ホットドッグが売ってて、あっちこっちでかぶりついてるよ。

 ホームランが出ると、うわあっと皆が立ち上がって、
 そこら中にケチャップや、ビールが飛び散ることもあるよね。」
 

まどかに説明した後、隆が早口でケビンにも言った。
ケビンが時間差だが、うれしそうに笑って、

"Did it!!"

と言って、ホットドッグを空中に差し上げた。


あわわ、落ちるじゃない・・・

まどかが慌てて、手で止めた。


「こんな話をしてると、ビールが飲みたくなるなあ・・・」

「飲んだらいいじゃない。」

「いや、大事な王子さまを預かってるから、今はやめとこう・・・」


隆が今度はケビンにウィンクして、
自分の分のホットドッグを平らげにかかった。

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