AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  33-1. 婚礼 1

 

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その日は、やや曇り空だった。

一週間ばかり続いた酷暑ののち、
午後から雷雨の荒れ狂う日が2~3日続き、
荒天を案じて、何度も予報を聞き直すうち、
薄い灰色の雲に覆われて、夜が明けた。

この神社の跡取りで禰宜でもある信之が、
狩衣姿のまま、神社の本殿に向かおうとすると、
境内にそびえる大楠の傍らに、背の高い姿が認められた。


「隆・・・・」

「ああ、信之、久しぶりだな。」


黒紋服と仙台平の袴装束に着替えた隆が、
従兄弟の姿を目にして微笑んだ。


「本日は誠におめでとうございます。」


信之が恭しく挨拶を述べると、


「ありがとうございます。
 暑い中、造作をかけて痛み入ります。」


負けずにしかつめらしく礼を返すと、
お互い顔を見合わせて笑った。


「久しぶりに会えたと思ったら、めでたい婚礼の日だ。
 花婿がこんなところでウロウロしてていいのか?」


信之が問うと、


「ああ、男は簡単だからって先に着付けを済ませて、放り出された。
 今は、3人がかりで花嫁の着付け真っ最中さ。
 
 今日は、暑くなるかな。」


隆が大楠ごしに白っぽい空を仰いだ。


「いや、先週のようなことにはならないだろう。
 あの時は、もう今頃、30度を軽く越えていたからな。
 暑い?」


信之がどっしりした隆の装束を見て笑った。


「いや、暑いけど、まどかはもっと暑そうだからなあ。
 衣裳の間にいろいろ綿やら、タオルやら挟むって聞いて、
 卒倒しそうになっていたから、心配になっただけだ。」


隆が楠の幹に手を当てながら、
軽くあくびをしたのを信之は見逃さなかった。


「朝っぱらから眠そうだな。
 前日まで仕事か・・・大変だねえ。」


いやいやと手を振って、隆があくびをかみ殺した。


「悪友どもに引きずられて、朝になっちゃったんだよ。
 あいつら、ゆっくり寝てから午後行く、とぬかしやがった。」



忌々しそうな隆の様子に、信之は笑った。


「朝まで何やってたんだよ。
 吐くまで呑む年でもないだろうに。」

「いや・・・それが・・・。
 吐くどころか、魂まで抜かれるところだった。」


隆がため息をつくのを面白そうに見ると、


「ふううん、何をしたのか知らないが、
 あんまり褒められたことでもなさそうだな。
 おい、花嫁より先にぐうぐう寝こむなよ。」


「まさか!
 たった一晩徹夜したくらいで、そんな不様な真似をするかよ。
 もう一晩、徹夜する位の元気はあるぞ。」


隆の言葉に、声をあげて笑った信之の狩衣は、
様々な錦糸が縦横に織り込まれ、
日を浴びると微妙な綾を見せる。

信之のやや古風な風貌にしっくりと合い、まるで平安時代の青年のようだった。


「ふうん。すっかり板についているな・・・」


隆が感心して従兄弟を見ていると、向こうで手を振る者がいる。


「叔父さんたちが着いたんだろう。
 そろそろ戻った方がいい。」

信之が隆を促し、二人で本殿へと戻って行った。






「新郎さま、こちらでございます。」


隆が案内された控え室。

濡れ濡れとした黒髪を高島田に結い上げ、
白無垢の衣裳に包まれた花嫁が座っている。

傍らに、まどかの母親が微笑んでいるから、
確かにこれが彼女なのだろうが、普段とはまるで違う。

古い物語に出て来る、白鷺の精のようだ。

しっとりとうつむいて、何も言わないので、
隆もうっかり声を掛けられずに見とれていると、


「隆さん、ふつつかな娘ですが、
 どうか、末永くお願いいたします。」


まどかの母親に挨拶をされ、慌てて、


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


礼を返したが、喉に貼り付いていた声が、やっと出た感じだった。


「それでは、お式前にお二人立ちの写真撮影を致しますので、
 あちらの方へお移りいただけますか。」


女性の声で、何とか我に返り、
まどかを立たせようと手を差し出すと、
黒いパンツスーツ姿のコーディネーターが


「ああ、裾やら、お袖やらをお持ち致しますので、
 わたしが花嫁さまにお付きします。
 新郎さまはどうぞ、先にお進み下さい。」


あっさり言われ、まどかの顔をちゃんと正面から見ないまま、
撮影場所に追いやられることになった。


襖を立て回した、古いが広い座敷の一隅に、
金のスクリーンがしつられられ、小さな椅子が置いてあり、
その前に立つように言われた。

まどかの座り姿に隆が寄り添った形だが、
カメラマンの注文が細かく、その度にコーディネーターが
裾やら袖やらの具合を直して、慌ただしい。

高島田に結ったままの姿と、綿帽子をかぶった姿の両方を
カメラに納め、どうにか撮影は終わったが、
まどかはほとんど何もしゃべらない。

緊張しているのだろうか?


「まどか・・・」


たまらなくなって、隆が声をかけると
まどかが正面から視線を戻し、やっと隆を見上げて微笑んだ。


「おい、何か言ってくれよ。」

「何かって言われても・・・」


困ったような顔をする。


「すごくきれいなのに、じっくり見ている暇がないな。
 あちこちどうなってるのか、けっこう興味があるんだけど」

「わたしも着せてもらうばかりだったから、
 全然よくわからないのよ。
 どこまでが自分で、どこからが自分じゃないのか・・・」


まどかが情けない声を出した。


「どこからって、全部まどかだろう。
 よく似合っているよ。」


カメラマンの向こうに、両家の両親が顔を揃えているので、
あちこち着物をめくって見せたり、あまり勝手な話もできないが、
隆が微笑んだまま、自分を見つめる視線にしびれてくる。

まどかは改めて、隆を見直した。

隆の紋服姿は、凛として堂々と、
ほれぼれするような男ぶりだったが、
なぜか、素直にそう言えない。


「隆さんは、結婚雑誌のモデルみたいね。
 決まり過ぎだわ。」

「決まり過ぎって何だよ。
 似合わないってことか?へこむなあ」


隆が自分の姿を見下ろしながら、ブツブツ言っていると、


「それでは、花嫁お一人の写真を撮りますので、
 新郎様は、先に皆様のところでお待ちいただけますか。」

ほら、また追い出される。

隆は不満そうにつぶやき、まどかの耳元にかがみ込むと、


「とてもきれいだよ。僕はすこぶる満足だ。」


そう囁くと、まどかの顔がぽうっと赤くなり、
上目遣いににらまれる。

その顔が可愛くて、もう少しからかいたくなったが、


「あの・・・」


なかなか離れない隆を見て、付き添いの女性が声を掛けかねている。


「はい、あちらに行っています。では!」


今度こそ、さっと立ち上がり、大股で座敷を出て行った。





玉砂利の敷かれた境内に、夏の日を浴びて、
白い綿帽子姿が幻のように浮かび上がった。

巫女が朱傘をさしかけて、強烈な陽射しから
花嫁を守ろうとする。

深くうつむいたまま、付き添いの者に手を取られ、
しずしずと皆の待つところへ進んで来ると、
拝殿の手前で待っていた、隆の伯父である宮司が、


「では、これより参進致します」


厳かに声を掛け、
両家の親族がそろそろと本殿に向かって進み始める。

しんがりに新郎の隆が、白無垢姿のまどかと並んで、
ゆっくりゆっくり進んでいく。

隣を行く綿帽子の横顔が妙によそよそしく見え、
ふと確かめたくなった隆が、
さっと体を曲げて、下から花嫁の顔を覗き込む。


「ダメよ」


その抑えた声と、綿帽子からのぞく小さな顔が、
確かに恋人のものだとわかると、
隆は一瞬、笑顔を浮かべて、
ゆっくりと前に向き直り、胸を張った。

花嫁の付き添いがかすかに笑ったように見えた。






一同が拝殿にそろうと、宮司が神殿に向かって拝礼し、宣じる。



「これより、神待里隆と栗原まどかの婚礼の儀を執り行います。」


殿内に笛の音が響き、ひちりき、笙の音色がかぶったかと思うと、
信之ともう一人が面を付け、拝殿に入って来て向かい合い、
舞を奉納し始めた。

ふと見ると控えの間に、それぞれ楽器を手にした者たちが並んで、
雅楽の音を奏でている。



婚礼は親族が原則だが、伯父一家が宮司を務めているため、
隆の上司である、マーク・ショーン夫妻を始め、
同僚や友人もちらほらと混じり、
拝殿に並んでいるのは国際色豊かな顔ぶれだ。

ドン、ドン、と腹にひびく太鼓の音が挟まり、
大きく場所を入れ替わったり、回ったりと、動きのある舞を、
不可思議な面と共に、興味津々で眺めているのが伝わってくる。


舞いが終わると、宮司が祝詞をあげ、
朱塗りの杯で三三九度の盃事が行われた。

教会での誓いにあたる、誓詞をおこない、
隆とまどかの名前が神々に伝えられる。

玉串を奉納した後、親族一同で「固めの盃」を交わす。

列席した客の前にそれぞれ白い盃が置かれ、
巫女が酒を注いでまわり、
端から順に盃を干していく。



まどかの白い指が、大振りの袖からそろりと出て、
白い盃を手にとり、朱色の唇がふくむと、
それで終わりとなった。


「これにて、神待里隆と栗原まどか、
 両家の婚儀が無事、整いました。
 ご列席の皆様方、まことにおめでとうございます。」


宮司は隆の伯父でもあるので、
この神社と隆との関わりにちらりと触れ、
神々は、この後、幾とせも変わらぬまま、
二人を見守っていくだろうと、話を結んだ。






記念写真を撮ろうと、再び拝殿の外に出たときは、
今朝ほどの薄い雲は払われ、夏の青空が広がっていた。

神社にある無数の古木から、うるさいほどに蝉時雨が降りしきる。

アスファルトの地面と違い、
樹木の多い境内を渡ってくる風は、思いがけなく涼しいが、
日なたの暑さは避けようもない。

夏の木漏れ日を浴びながら、
石段に整列し、暑さに耐えながら記念写真を撮った。



隆の父が、親族みんなに挨拶をして回り、
それをきっかけに、列席者の口がほぐれて、
なごやかな雰囲気になる。

まどかだけは、綿帽子姿のまま、付き添いに手を引かれ、
そろり、そろりと境内を辞していく。



「舞をありがとう。
 楽を奏でてくれた方たちにも、感謝を伝えてくれ。
 佳き日の思い出になったとね。」


隆が信之に頭を下げた。


「そう言ってもらえるとうれしい。
 他ならぬ隆の婚礼だ。
 喜んで奉納させてもらった。
 いずれ、遊びに行くから覚悟してろよ。」


信之が微笑む。

この二人、ふだんは和と洋を絵に描き分けたようだが、
こうして和装で向かい合うと、
二人とも長身で、整った容貌がどこか似ている。


「覚悟って何の?」

「ふふ。お前が悪ガキの頃から知ってるからな。
 色々嫁さんにばらしてやる。
 こんな気取った顔してるが、元はこうだったんだって。」

「僕のまどかはそんなことじゃ、揺らがないさ。」


隆が片目をつぶって言い放つと、信之が両手を広げて呆れた。


「ごちそうさま。新婚ほやほやに何を言っても無駄なのを忘れてた。
 じゃ、無事に今日を乗り切ってくれ。
 僕も、午後のパーティに顔を出させてもらうよ。」

「ああ、待ってる。」


隆が微笑んで受けた。

端正な狩衣姿で信之が境内を遠ざかって行くと、
ふと、時代を間違えてしまいそうな気がした。

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