AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  33-2. 婚礼 2

 

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披露パーティの会場は、駅や幹線道路からは少々遠いが、
かつての洋館を改造した瀟洒な建物だ。

芝生の庭とガラス張りのテラス、
天井が高く落ち着いた室内、どれもが気持ちのいい場所である。



デコレーションをケンとエイジが指揮して、
白とグリーン、淡いピンクのみに統一し、
花も植物もリボンもナプキンも全てその色合いに整えられた。


パーティの開始前に到着した客は、
緑の庭やテラスで、先に飲み物を振る舞われ、
まぶしい夏の陽射しをゆっくりと楽しんでいる。


時刻になると、客が続々と到着し始め、受付を済ませると、
入り口に紋付き袴姿の隆と、綿帽子をかぶった白無垢の花嫁が
挨拶に立っているのを見て驚いた。

普段の二人は、長身と足の長さを生かした現代風カップルだが、
黒紋服に収まった隆は、きりりと太い眉が目につく、
凛々しい花婿ぶりだった。

綿帽子のせいで、さらに背が高くなっているまどかは、
うつむきがちに白く柔らかな衣裳をまとい、
たおやかな花嫁姿。

古来の絵のように、寄り添って並ぶ二人の前で、
客も緊張してしまい、


「おめでとうございます。」
「とてもよくお似合いです。」


通りいっぺんの言葉をかけるのが、精いっぱいだった。



朝まで一緒に騒いでいた石井と三村も、
澄まして夫人連れでやって来た。

「有名皮膚科医」の石井夫人は、透き通るような自慢の白肌に、
可愛らしいピンクのドレスで現れ、
臆することなく、にこにこと二人に握手を求めた。


時間になって、客がすべて会場内に着席すると、
新郎新婦も移動して、席に着く。

司会のマイクを取ったのは、
まどかの同僚、詩織である。

紹介の後、隆の上司、ピット&ウィンズ社、
支社長のマークが挨拶に立った。




「皆さん、コンニチハ。
 本日は、おめでとうゴザイマス。

 わたしの役目は、喉の乾いた皆さんに、
 早くおいしいシャンパンを飲んでもらうことです。

 が、その前に1曲、わたしからお祝いの歌を捧げマス。

♪And now, the end is here
And so I face the final curtain・・・」(My wayから)


ほんのワンフレーズも歌わないうちに、会場の隅から
ブー、ブー、とブーイングの口笛が鳴り出した。

隆の同僚たちである。

「Hey Boss!
Do you wanna dry me up?」(ボス、日干しにする気か?)


ヤジに笑い声が混じる。

マークはウィンクすると、片手を前に出して制し、



「おお、失礼。では、二人の幸せに乾杯シマショウ!
 おめでとう!
 Let's have a party, nooooow!!」


グラスを高く掲げて、ほっとした一同に乾杯を促す。

会場中に、グラスのぶつかる音と、乾杯の歓声が満ち、
しばらくグラスを空ける静けさが続くと、
すぐに拍手が湧き起り、「おめでとう!」
「Bravo!」「Congratulations!」の声がかかった。


パーティは一気に砕けたものとなり、
あちこちで賑やかな笑い声が聞こえ出す。

銀のワゴンに乗せられて、
湯気の立った料理が運ばれて来る。

ワゴンの傍にサービス係がつき、
次々に料理を取り分けて皿に盛りつける。

部屋の奥に着席している、やや年配の親族には、
ウェイターがオードブルの皿を順にサービスしていく。


詩織がマイクを握り返し、

「本日のお料理は、料理研究家、畑中えり子氏主催の、
 エリーズ・クッキングスクールと、
 新郎の高校の同級生ケン氏とパートナーが主催される、
 スタジオとのコラボレーションです。
 
 どうぞ、しばらく、お楽しみ下さい。」


傍らから秘書課の榎本ルナが、詩織の言葉を英語で通訳した。


会場の面々が、おいしそうな料理に気を取られている間に、
隆とまどかはこっそり、会場を抜け出す。

まどかを控え室に送り届けて、自分も暑苦しい紋服を脱ぎ、
モーニングに着替えてしまうと、いっぺんに気分が軽くなった。

まどかの仕度ができたら知らせてくれるように伝言すると、
隆ひとりで、先に会場に戻る。

マークに挨拶をし、夫人から頬にキスを受けて、
笑顔で他の同僚達の祝いの言葉を受けた。


「よう、ちゃんと立ってるな。」


いつの間にか現れた緒方が、隆の耳元でささやいた。


「お前こそ、よく来られたな。
 今頃、どこかにしけこんで、
 足腰立たなくなっているんじゃないかと思ってた。」


隆も小さな声で返事をした。


「ふっ!アレくらいで足腰立たなくなるかよ。
 向こうの足腰を立たなくしてやることはあってもな。

 花嫁はどうした、もう逃げられたのか?」
 

鋭い目つきで会場をさっと見渡すと、


「まさか!僕の花嫁は今、お色直し中。
 この暑い午後中、ずっとあの装束でいるわけに行かないだろう。」

緒方は声を出さずに笑った。


「そうだな。ま、あとで紹介しろよ。」

「気が乗らないが、そうしよう。」


長身の二人でひそひそと囁き合っていると、
「神待里さん」の声がして振り向くと、
榎本ルナが立って、微笑んでいた。

深いグリーンのドレスを着ている。




「おめでとうございます。」

「ありがとう。今日は通訳までお願いして申し訳ない。」

いえ、とルナは首を振った。

「お役に立ててうれしいです。
 さっきの和装のお二人、すっごくきれいで、お似合いで、
 昔の絵みたいでした。」

「馬子にも衣装、というからね。」


傍らで、ルナを見るともなく見ていた緒方が、


「おい、紹介しろよ」と囁く。

隆がルナに向かうと、



「僕の高校の同級生で、緒方という悪友です。
 つまり、ルナさんの先輩にもあたりますね。

 緒方、こちらは彼女の同僚の、榎本ルナさんだ。
 僕もとてもお世話になった。」


緒方はにこやかに手を差し出した。
鋭い目の光を消すと、物腰の優雅な青年実業家の顔になる。


「緒方です。
 こんな素敵な方にお目にかかれて、とてもうれしい。
 通訳も板についておいでですね。」

「そんな・・・アマチュアです。」



ルナが少し顔を赤くして、答え、



「NYに居られたんですね。僕より長そうだな。
 どの位ですか?」



巧みに話を始める。


「いいか?彼女の同僚だ。
 妙な誘いをかけずに大人しくしてろよ」


別のテーブルから呼ばれた隆が、去り際に釘を刺すと、
緒方がうれしそうに笑って、囁き返した。


「大人しくしてろって言われると、昔から燃えるんだよ。
 闘志をかき立ててくれて、サンキュっ!」
 

こいつ!と、後ろ姿を見ていると、素早くシャンパンのグラスを取り、
軽い身のこなしでルナをかばいながら、たちまち二人で会場を横切っていく。

ため息をつきながら見送っていると、
また別の友人に捕まった。





「なんだよ。あのキザな男。
 キザな奴のダチは、キザなんだな。
 おまけに何だかちょっと危ない感じだ。」


緒方がナイフのような切れ味で、
榎本ルナをグループの輪から巧みに切り離し、
二人きりでテラスで話しているのを、
反対側から、木田孝太郎と自信家の北林がにらんでいた。




「何をカリカリしてるんですか。
 めでたい結婚式なんだから、もっとにこやかにして下さい。
 焦ると余計、くちびるが膨れて見えますよ。」


一昨日、ルナと打ち合わせついでのデートをして、
気分的には、すっかり余裕の筈の孝太郎だったが、
隆の友人らしい男の様子は北林ならずとも気になった。

見るからに高そうなスーツを着こなし、
ちらっと見える腕時計には、ダイヤが散りばめられていて、
外人並みに話すアクションが大きい。

それでいて、ルナから切れ長の目をじっと放さないところは、
確かに危険な感じも漂っていた。


「何者だろう?
 一発当てたベンチャーのオーナーか、
 ジゴロにしては態度がエラそうだし・・・。」

「この場にジゴロなんか来るかよ。
 カモになるおばちゃんがいないじゃないか。」




「会場の具合はどうですか?」

端っこのテーブルで、受付名簿その他を確認していた佳代子は、
いきなり、バックヤードから出て来た男性に話しかけられて、飛び上がった。


「ああ、失礼!
 一度、式スタッフ顔合わせの時、お会いしましたよね。
 新郎の友人のエイジです。
 ケンと一緒に花屋をやってる・・・」


「ああ、ああ、もちろん覚えています。
 今日は雰囲気が違うので、一瞬戸惑っただけです。」


今日のエイジは上着こそ着ていないものの、
細かく布地を畳んだ白いドレスシャツに、
光沢のあるシルバーグレ-のパンツだ。

ネクタイはせずに、前ボタンを開けている。

スタッフ顔合わせの際は、ポロシャツにデニム姿だったのだ。


「皆さん、新郎新婦のことは忘れて、お料理に夢中のようです。
 ちらっと見ましたが、とてもきれいでおいしそうですね。」


佳代子が答えると、エイジが笑って、


「あなたはまだ、召し上がっていないのですね。

 料理はエリーズに任せたし、他の仕事が落ち着いたので、
 僕もパーティに混ざろうかな、と思って着替えたんですが、
 ちょっと待っていて下さい。」


エイジは、さっと奥に引っ込むと、
器用に、皿とカクテルグラス、カトラリーを持って戻って来た。


「さ、食べてみて」


アンディーブのサラダにスモークサーモンのパイ。
薄いグリーンのさわやかなソースがかかっている。

カクテルグラスには、澄んだルビー色と琥珀色が重なり合い、
真っ白いクリームがかかっている。



「これは何ですか?」

「トマトとアワビのジュレに、ホタテのサワークリームソース。
 夏には気持ちいいでしょ?」


エイジは隣に座って、佳代子の食べる様子を微笑んで見ていた。

さらさらの黒い髪に整った顔立ち。

こういうサービス業より、もっとインテリっぽい感じだわ。
建築家とか作家とか・・・。
モデルさんにも見えるけど。

男性から間近で見つめられて、佳代子は緊張していたが、
同時に胸が高鳴って、わくわくもしていた。


「夏は花のアレンジに苦労するんです。
 何しろ保たない。白いみずみずしい花びらのままでいてくれるのは、
 ほんの数時間ですから。

 ほら・・」


エイジはテーブル上の白い花が、咲き切って反り返っているのを
パシリ、とひとつ摘み取った。


「朝、きれいに開いていても、午後にはこうなってしまう花もある。
 でも・・・全体としてはうまくいったかな。」


会場にとけ込むように飾られた、
白い花々と瑞々しいグリーンを見回し、
同意を求めるように、佳代子に笑いかけた。

佳代子は手がしびれて、フォークを取り落としそうになったが、
何とか気を取り直し、微笑み返した。


「ええ、本当に素敵です。
 上品で清楚な感じがして・・今日の結婚式にぴったりですね。」





入り口近くから黒いパンツスーツの女性が、隆に目配せをした。

隆が気づいて、そちらに行くと、

「花嫁さんのお召しかえが終わりました。
 お迎えに来ていただけますか?」

「もちろんです。」




控え室のまどかは、後ろを向いていた。

黒い髪を上げて、白く細いうなじを見せ、
背中の大きく開いたドレスだ。

ウェストまでは、ぴったりと体に添い、
腰のあたりから、たっぷりとボリュームを持って
ふるふるとしたレースがうずまき、裾が大きく広がっている。

声をかけられると、立ったままこちらを振り向いて微笑んだ。


「おきれいでしょう?
 お背が高いし、スタイルがよろしいし、
 こんなにドレスの映える花嫁さんは、そうはいませんよ。」


コーディネーターさんが、自分のことのように自慢口調なのがおかしかった。


「まどか・・・・」


隆が声をかけると、まどかが目を大きく見開く。


「ほんとにまた、すごくきれいだ。
 僕は、今日、最高にうれしい。」


隆が親指を突き出すと、まどかは頬を染めて、
少しうつむいたが、また顔をあげて、消え入るような声で


「ありがとう・・・」


一瞬、このまま抱き上げて会場まで運んで行こうか、とも思ったが、
それでは折角のドレスがちゃんと見えないな、と考え直し、
裾を踏まないように気をつけて、傍に寄る。


「さあ、みんなに見せつけてやろう!
 今度は僕がエスコートして、いいんですよね?」


コーディネーターさんに確かめると、彼女も笑いながら、


「もちろんです。
 ですが、どうかゆっくりお歩き下さいね。
 慣れるまで、なかなか歩きづらいものですから・・。」



了解しました。



隆が微笑み、まどかに向かって手を差し伸べた。

「お手をどうぞ。」

「ありがとう・・・・」



まどかがレースにつつまれた手をそっと
差し出された手にのせ、隣に寄り添う。

隆がぐっと手を握り直し、
イヤリングの下の首筋に、すばやくキスをした。


「愛してるよ。」


さらに両手をひっぱって、唇にキスをしようとしたのを、
「あ!」と、メークアップ係と、まどかが同時に叫んで身を引く。


「どうして?僕の花嫁にキスしちゃいけないの?」



不満そうな隆の様子に、メークさんは素早く目をそらしたが、


「止めてよ。だってメイクが・・・」

「じゃあ、みんなの前で、ばっちりキスをするからいい」



そんな・・・・。


困ったようなまどかに構わず、両腕を引っ張って抱き寄せ、
隆は思いきりキスをした。

カシャ!

二人が音の方を振り向くと、コーディネーターのみるくさんが、
カメラを構えて笑っている。


「うふふ、つい、撮ってしまいました。いい図でしたよ。」


もう!



まどかは真っ赤になって、隆をにらんだ。


「なんだよ、君は『僕の』花嫁なんだろ?
 さあ、行こう!
 それとも、もう一度キスしてからにする?」


隆が顔を近づけると、まどかが慌てて腕を差し込んだ。


「い、行きましょう!
 これ以上、お待たせしてはいけないわ」



隆がうれしそうに笑って腕を組み直し、控え室から踏み出した。

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