AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  33-3. 婚礼 3

 

hadaka2_title.jpg



会場の中から詩織の声が聞こえた。


「それでは、新郎、新婦の入場です!」


二人で中へ入って行くと歓声と共に、拍手が鳴り響き、
口笛や「Bravo!」というかけ声も聞こえる。

芝生やテラスの方に散っていた客達も戻ってきて、
盛んに拍手を浴びせた。

隆の整った容貌は、喜びでくしゃくしゃに崩れていたが、
しっかりと花嫁に寄り添い、目を放さない。

まどかは、純白のドレスですらりと背を伸ばし、
大輪の白い花のようにあでやかだった。

二人から放射される喜びのオーラが、いっそうお互いを輝かせている。


隅の方にいる、まどかの上司たちは、ひそひそと顔を付き合わす。



「栗原くんって、あんな美人だったかな。」

「いやあ、きりっとして怖い印象でしたけど、変わるもんですねえ。」

「確かにありゃ、文句のつけようがない。」


あまりにも華やかな二人が近くのテーブルに来ると、
妙に緊張して、お祝いの言葉までかけそびれてしまった。






「それでは、お二人がそろいましたので、スピーチをなさりたい方は、
 このマイクを使って、ご自由にどうぞ。」


詩織の声が会場に響く。


「キョウハ、オメデトウゴザイマス。」

金髪の男性がマイクを取り、日本語の挨拶のあと、
英語でスピーチを述べ、
榎本ルナが素早く通訳する。

それをきっかけに、まどかの友人たちも
短いくだけたメッセージを述べる者が続いた。

ルナだけでは追いつかなくなると、隆の弟の明が
通訳の助っ人を買って出る。

陽に焼けた笑顔から白い歯がこぼれ、
隆々とした筋肉を、今日はブラックスーツできちんと包んでいる。




隆とまどかがテラスへ進んで行くと、
二人に花びらが投げかけられた。


きゃ~!まどか、きれい!
ステキ、最高よ!
先輩、うらやましいですぅ。


まどかの同僚や後輩たちである。

たちまち二人を取り囲んで、あびせるように花びらを投げると、
まじまじと近くで二人を見る。


「なんて素敵なダンナさまなの!」
「会社で見てたときより、優しそう・・・」
「まどかの傍だとそうなのよ。」
「いやん、うらやましいっ!」

「すみません、握手して下さい。」
「わたしも!」「わたしも!」「わたしもっ!」
「あ~、一緒に写真撮って下さい。」


女性陣に、ほとんど、もみくちゃにされかかったが、


「ああ、ああ!みなさま、節度を保って下さいよ。」



勢いよく割って入った孝太郎だが、カメラを押し付けられて、
結局そばからケリ出された。


「まどかさん、すごくきれいです!
 やっぱり僕の目に狂いはなかったのになあ・・」


女性陣にカメラを返しながら、
孝太郎が、まどかの大きく開いた胸元に目をやると、
隆の視線がついと孝太郎の上を撫でる。


いけね・・・。この人、結構目が怖いんだった。


「おめでとうございます・・・」


改めて隆に向き直り、祝いを述べると、


「ありがとう」


また、にこやかな花婿の表情に戻った。




北林はテラスの端っこのソファで酔っぱらい、半分崩れかけている。

「有名皮膚科医」の石井夫人は、紫外線の通らない室内で、
白ワインを飲みつつ、女性客からお肌の相談に答えている。

隣では、石井と三村があくびをかみ殺していた。

緒方だけは元気で、ウェイターを呼んで、
テーブルの年配客に飲み物を持ってこさせたり、
くたびれて座り込んでいる女性に、
さっと冷たいものを手渡したりしながら、
司会の近くにいる、ルナをさりげなく見守っていた。




隆とまどかの移動もあって、客の半分は、
光の美しいテラスや、芝生のガーデンに移り、
時折、大きな笑い声が室内にまで響いてくる。


しずしず、という感じで、奥から
淡いピンクのクリームをまとった、
3段のウェディングケーキと、クロカンブッシュが登場した。

詩織がすばやくアナウンスをするが、庭まで声が届かない。


「お~い、隆!早く・・・」


中からガーデンの二人に呼びかけたのは、
金髪に筋骨たくましいフラワーアーティスト、ケンだ。
大胆なプリントのシャツを着ている。

隆が振り向き、さっとまどかを芝生の庭から抱え上げると、
周囲の、きゃ~!わあ!おお!という歓声にも動ぜず、
抱き上げたまま、急いでウェディングケーキの傍まで運んで来た。

テラスや室内にいた客は、笑いながら拍手をしている。

ドレスの裾がまくれて、まどかの足が半分見えてしまったが、
真っ赤な頬のまどかをケーキの傍に着地させると、
会場のどこかに控えていたコーディネーターのみるくさんが、
さっとドレスの裾を直した。


「それでは、お二人にナイフを入れてもらいましょう!」


喚声と拍手の中、まどかと隆がケーキに切れ目を入れ、
いくつものフラッシュが焚かれる。

まどかがナイフを放すと、エリーズのスタッフが
ケーキを巧みに解体して皿に盛りつけ、
クロカンブッシュから飴がけのシュークリームをひとつずつ、
鮮やかなベリーとバラの花びらを添えていく。


新郎新婦に見とれていたゲストたちも、
美しいケーキが出て来ると、
また食欲を思い出したのか、あちこちから手が伸びる。

緒方はケーキの皿をすばやく二つ手にすると、
司会の詩織とルナの席に運んで行った。


「ありがとうございます。
 緒方さんはよく気が付かれますね」


詩織が礼を言うと、


「性分で・・・。落ち着かない、とも言われますが」



向こうに歩きかけていた緒方が、手を振って背中ごしに笑った。


エリーズの畑中えり子が、まどかの元へケーキの皿を運んで来る。


「初めまして。
 ご新婦さまに、お目にかかる機会がありませんでしたね。
 今日はほとんど何も召し上がっておられないのではありませんか?」


やっと座れたまどかは、
うれしそうにケーキを受け取った。


「ありがとうございます。

 実は控え室で着替えている間に、ケンさんたちが
 お料理を差し入れて下さったんですが、
 ケーキはぜひ食べてみたかったので、うれしいです。」


隆は隣で、じっとまどかの表情を見守っていたが、
「うれしいです」の言葉に自分も微笑むと、
えり子にも輝くような笑顔を向けた。

その笑顔のあまりのまぶしさに、
えり子はややひるみそうになったが、
上手にため息を引っ込めて、代わりに笑顔を見せた。


「神待里さん、おめでとうございます。」

隆は手を差し出しながら、


「ありがとうございます。
 エリーズの皆さんが、こんなに心をこめてやって下さって、
 本当に感謝しています。」

「あら!じゃあ、今後のお仕事にも期待していますね。」


まいったな、という隆にからかうような笑顔を向けると、
えり子はひとり、バックヤードに戻って行った。




「あのう、ケーキ用のフォークが足りないみたいなんですが、
 まだありますか?」


誰に聞いていいのか迷ったらしい客の訴えを聞いて、
佳代子がバックヤードに入り、
キッチン側ではなく、備品を置いた小部屋をのぞくと、
エイジの背中が見えた。

あの・・・と話しかけようとして、
エイジの背中の向こうに、目をとじた金髪の顔と
鮮やかなシャツを着た筋骨たくましい体を瞬時に見て取ると、
何も言わずにさっと身をひるがえして、会場に戻り、
入り口にしつらえた、無人の受付カウンターの方に忍び出る。


男同士のラブシーンを見ても、不思議に嫌悪感は全くなく、
ただ、エイジが同性愛者という事実のみに衝撃を受けた。



あんな素敵な人がゲイ・・・


失恋までの時間のなんと短かったこと。

「最短じゃないかしら・・・」

佳代子は独り言を言って、ため息をついた。
涙より、苦笑いが浮いてくるのが我ながら意外だった。




「ブーケトスをしますよ~!お庭のほうにおいでください!」


詩織のアナウンスに、きゃあきゃあ、わあわあという声に、
ガタガタと席を立つ音が響いた。

いいかげん、足元の怪しくなった面々が
ぞろぞろと芝生の庭に出ると、
日盛りはかなり過ぎたとは言え、まだ眩しい太陽が照りつける。


「うへえ・・・ワインが回る。」
「なんだか、靴がきつくなったみたい・・・」


テラスの一段高くなった場所にまどかと隆が上っている。

隆がまどかの手を握り、にこにこしながら芝生の客を眺めている。


「では、先に花嫁のガーターを投げます。
 今、花婿にガーターを外してもらいますから、
 現在、独身男性の方、頑張ってガーターをキャッチして下さいね。」


隆がまどかのドレスの裾にひざまずくと、
ドレスの裾に手を突っ込んで、ゴソゴソやり出した。

きゃあ~、ウソ!
何してんだよ、おい。


時折、上目遣いでまどかにいたずらっぽい視線を投げながら、
隆の腕がさらにドレスの奥に入り込んでいく。

まどかが真っ赤になって「ちょっと!」と飛び退きかけると
「まだ動くなよ」と隆が言い、
見ている客の間から、さらにヤジが乱れ飛んだ。

コラ~、隆、まだ早いぞ!
蹴り飛ばせ!

やっと探り当てた様子で、今度は両手を裾の中に突っ込み、
手の感触を頼りに、すこしずつガーターを下ろしているようだ。

立っているまどかは真っ赤になって、両手で顔の半分を覆っている。

最後にさっと脚からブルーのガーターを引き抜くと、
裾が大きくまくれて、一瞬、まどかの脚が二本とも露になった。

おぉ~~~っ!
ピィ~~~っと口笛も飛ぶ。


「なるほど、たしかにきれいな脚だな。」


いつのまにか庭にやって来た緒方が、隣の三村につぶやいた。

三村がぐふふふと笑うと、夫人がとがめるような目つきをしたので、
あわてて、なんとか顔を引き締める。


隆は手に入れたガーターを、頭の上で2、3度、くるくる振り回すと、
きれいなテイクバックを見せて腕を引き、庭めがけてぽ~んと投げた。

ぱっとジャンプして取ったのは、孝太郎だった。



「ほっほ~い!やった!次は僕だっ!」


孝太郎がレース付きのガーターを回しながらガッツポーズを見せると、
また回りから喚声とヤジが飛ぶ。

何となく緒方と視線が合った。

緒方は皮肉っぽく笑いながらも拍手をしている。




「では、今度は花嫁のブーケです。
 男性は手を出しちゃダメですよ。女性が受け取って下さい」


詩織の言葉に、まどかが手の中の白いブーケに目をやり、
芝生に並ぶ客の方を見ると、期待満々の顔がずらっと見える。


「どうしよう・・・」



まどかが隆にひとり言のようにつぶやくと


「後ろを向いて投げたら?」

「上手く投げられるかな」

「僕が背中をささえてやるよ。」

その言葉に、まどかは決心して後ろを向く。


「行くわよ~!」


まどかが声をかけ、
思いっきりかがむと、前から後ろに向かって、
力いっぱい花束を投げ、弾みで隆の腕の中にころげ込んだほどだ。

花束は大きな放物線を描いて、
真っ青な夏空にほんの少しの間浮かぶと、
バサッ!空中にのばした手の中に収まった。


佳代子である。


「きゃ!」



さっき失恋したばかりなのに、つい受け取ってしまった。
すぐに回りから大きな拍手が起る。


「やったね!お佳代先輩、次ですって。」
「え~?、お佳代、ついにわたしを置いてくの?」


皆からからかわれると、なんとか笑顔を作り直し、
ブーケを高く掲げて、
「まどか、ありがとう!」と
高く手を振って、大声で礼を言った。




佳代子にわたった花束を見届けて、まどかはうれしかった。

あれが幸運のトスになりますように・・・。

でもどうして、わたしは、こんな幸運をつかめたんだっけ?

思い返すと、新宿のビジネスホテルの廊下を、
バスタオル一枚でさまよっていた自分が浮かんで来て、
急に身震いをした。


「どうしたの?」


隣から隆が尋ねる。


「いえ、ちょっと昔のことを思い出して・・・」

「昔のこと?」


隆の目が怪訝そうにすがめられたのを見て、慌てて、


「あなたに出会った日のことよ。
 あんまり思い出さないようにしているんだけど・・・」


隆の表情がぱっと輝き、うれしそうな笑顔になった。


「ああ、ヤクザから裸で逃げ出した、哀れな風俗嬢!
 必死で、気の毒だったけど、でもやっぱり・・・」


ちらりと流し目をくれた。


「かなり色っぽかったなあ。」


やめてよ。

まどかが隆をぶとうとした手をつかまえて、


「でもあの夜、出会わなければ、翌日のプレゼンで会っても
 君に目を留めたかどうか、わからないな。

 だからあれが僕らにとって、決定的な瞬間だったと言える。
 そうだろう?」


うう・・・

まどかは言葉を失って、うなっていた。




回りの客達は、芝生で騒ぎ疲れ、
冷たい飲み物にむらがって、おしゃべりに花を咲かせている。

すっかりくつろいだパーティになった。


「君のバスタオル姿に乾杯する。
 じゃあ改めて、今夜もう一度、見せてくれる?」


耳元でささやくと、ふくれてそっぽを向こうとするのを、
隆が無理矢理引っ張って、こちらを向かせた。

まどかがふくれたまま、上目遣いにぐっとにらむ。


可愛いな・・


しっかりあごをつかんだまま、
抱き寄せて、キスをした。


気付いた近くの客たちが、
ほう!おお!とかいう声を上げるが、隆は手を緩めない。

まどかが腕の中でじたばたし始めるのを感じて、
やっと唇を離すと、回りから口笛やら拍手やらが鳴り響いた。

まどかの肩をしっかり捕まえたまま、隆が一同にウィンクで返すと、
呆れ返った雰囲気もあったが、またヤジや歓声が起る。





「まどかもエラい人につかまったわねえ・・・」


すっかり真っ赤になったまどかを見て、
気の毒そうに詩織が言うと、


「でも、すごく幸せそうじゃない。
 やっぱりうらやましいなあ。」


手の中のブーケを眺めながら、佳代子がため息をついた。


「あら、次はお佳代の番でしょ?
 がんばんなさいよ!」


詩織にどんと背中を叩かれた。

頑張れって言われても、さっき失恋したばかりなのに。
佳代子はため息をつきそうになったが、何とか呑み込んだ。




隆とまどかは確かに幸せだった。



「愛してるよ、まどか・・・」



まどかの耳元でささやくと、大きくうるんだ目で見返される。


「君は?」

「・・・・」


唇を結んで下を向いた花嫁に容赦せず、
またあごを上げさせた。


「言わないと、もう一度キスするぞ・・」


脅しの言葉を囁かれて、一瞬まどかの目が反抗的にきらりと光ったが、
そっと耳元に唇を近づけると、


「わたしも愛してるわ・・・」


隆の耳たぶに小さくキスをする。

花婿は満足そうな微笑みを浮かべて、花嫁を見つめた。

宴はもうじき終わりそうだ。

 ←読んだらクリックしてください。


このページのトップへ