AnnaMaria

 

ふたりの距離(DISTANCE) 2 - 大地の芸術祭に寄せて -

 

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「次はどんな処なの?」

薫ちゃんが前を向いたまま、聞いてきた。


「小白倉集落で、古民家を会場にして、生け花アートとのコラボだって。
 一週間単位で会場になる民家や、アートが変わるらしい。
 来場者の中でも人気が高いアートだそうだ。」

「ふうん、お花がいっぱい見られるのかしら?
 それとも、また変わってるのかな。楽しみね。」


薫ちゃんはくすくす、と笑った。




車外を過ぎていく風景は、どこか日本の原風景を感じさせる。
なだらかに山が広がり、杉林があちこちに濃い緑を宿す。
坂道をうねるように行くと、山間に抱かれて茅葺き屋根の民家の集落がある。

美しい日本のむら景観コンテストで、賞をもらったこともあるらしい。
ここでも美しい棚田が見える。

このエリアの基地となる元小学校に車を停め、坂下の古民家の展示場まで歩いていく。



途中の小道にも色々、面白いアートが作ってあった。
木を何本か並べた上に、小石、皿、木の実などを乗せて、
どこかオブジェ風に仕立てたもの。

古い竹を細かく割って、丸い巨大な鳥の巣のようなボールを作ってあるもの。
木々の足元に、不思議に燃え上がるオブジェがさり気なく置かれているもの。
畑の一部に、でっかい松ぼっくりのようなものが、急に栽培されているように見えるもの。

どれも、ここの素材を使ってあるのだろう。

造形はここに無いものでも、素材のお陰で子供のいたずらのようなアートが、
まるで以前からあったもののように、周りの景観としっくりなじんでいる。

すれ違う、来場者の数もぐんと増えた。



「可愛いね。わたしでも作れそうだな。」

「子供が作ったのもあったらしい。」

「ホント?何だか、ここらへんにある石とか草とかをいたずらしたくなっちゃうね。」


薫ちゃんはすっかり元気になり、携帯カメラで次々と小さなアートを撮っている。
実際、歩く度にと言っても良い位、振り向くと、あちこちに面白いものが転がっていた。


僕の方はこういう蒸し暑い空気にちょっと弱くて、参っていた。


「省吾さん、くたびれたの?ずっと運転させちゃってるもんね。
 ごめんね。」


薫ちゃんが心配そうに、バッグから出した扇子で僕を仰いでくれる。


う〜、優しいなあ。もうちょっとぐたぐたしてようかな・・・。


「ほら、アレ!」


薫ちゃんが指差した先に、古い水飲み場があり、
「名水」と看板がかけられていて、でっかいマグカップが釣り下がっていた。


「あれ飲むと、元気になるわよ。」


先に水飲み場のところへ行き、マグカップに水を汲んでくれて、
僕に差し出した。


「いいよ。薫ちゃん、先に飲んでみて。」


ん、と頷いて、薫ちゃんがおいしそうに水を飲んだ。
赤い唇の脇から少し水がこぼれて、つぅ〜っと白いあごを伝い、胸の方に垂れていく。

思わず、手を伸ばしてあごの水を拭き取りそうになり、あやうく止める。


「すっごくおいしい!省吾さんも飲んでみて。」

「省吾でいいよ。」


受け取って一気に飲み、カップを返しながら薫ちゃんの顔を見る。
大きな黒い瞳がこっちを見ている。


「僕も薫って呼んでいい?」


薫ちゃん、いや、薫はこっちを見たまま、少し笑ってうなずいた。





家に通じる小道の脇にも沢山の、花や植物素材を使ったアートがある。

コスモスが一面に咲いている、ちょっとこんもりした形の花壇の脇には
『鯉するコスモス』


なるほど、超わかりやすい。
全体が鯉が泳いでいるような形に盛り上げてあったのだ。

飛び石を歩いて、古民家の脇に立つ。


花の咲き乱れた庭先に、建具を取り払って、座敷が開け放してあり、
鴨居の上に、ご先祖の遺影がずらっと並べられた仏間のような雰囲気の座敷も見えた。

玄関から入ると、都会風の服装をした女性が何人か、
「こんにちは〜」と声を掛けてくれる。

そのうちの一人が片手にハエ叩きを持っているのがおかしい。


「何で、ハエ叩きを持ってるの?」


チケットを買ったおつりを受け取りながら、僕が思わず聞くと、


「ここでは必需品なんですよ。さ、奥へどうぞ〜!」


僕と薫ちゃんの後から、さっきのハエ叩き女性がずっとついてくる。

20帖くらいの座敷で、建具や鴨居が黒くつやつやと光っている。
よく手入れされて、今まで大切に住まわれてきた家なのだろう。

塗り壁に、一面に金色の大きな葉っぱが貼付けてあった。
そのまま金の葉っぱは奥の床の間にまで続き、床の間には金の葉っぱがぎっしりと
お釈迦様の光輪のようにはりつけてある。


「この葉っぱは、お味噌をくるんだりする朴の葉なんです。
 で、金色に染めたものをこちらに付けて、千手観音のイメージを出しています。」


さっきの案内の女性が説明してくれた。


なるほど・・・。
そう見えなくもない。


ここには他にも幾つかの生け花アートがあり、
竹とオブジェを組み合わせた作品も目を引いた。


座敷につながる小部屋のような場所には、
一面ぎっしりと縄が絡み合ったようなオブジェが空間を塞いでいる。


タグを見ると、
『きみのなわ』


「それは、来場して頂いた皆さんが、一房縄を切り取って、
 おみくじみたいにここに結んでいただいているんです。
 いらして下さった皆さんによって、今も少しずつ増殖しているアートなんですよ〜!」


なるほど、その2。

そう言われれば、畳の上に、縄が幾条も放り出してある。

薫を目で探してみると、朴葉の千手観音をじいっと覗き込んでいる。


「薫、こっちへおいでよ。」


僕の声に振り向いて、うれしそうにこちらへ歩いてきた。
何故か、その後をさっきの女性もついてくる。

ん、まだ言うことがあるのかな?

と思っていると、


「失礼、こうしている間にも、お客さまのきれいな足をねらって・・・」


さっきの女性が空中で目を泳がせている。
何だろう?


パァ〜〜ン!


ハエ叩きが一閃し、畳の上に無惨につぶれた、でかいアブの死体が転げた。


「すご〜い!」


思わず、二人でそろって拍手してしまう。


「いやあ、ここへ来て毎日戦っているうちに、腕があがっちゃって、
 もう百発百中に近いんですよ。
 では、お邪魔しました〜」


ちょっと恥ずかしそうに笑うと、軽く会釈をして、玄関の方へ下がっていった。


「折角だから記念に一つ結んで行こう。」

「うん!」


僕が縄を切り始めたけれど、太くてなかなか切れないので、
予め切ってあった縄を取って、おみくじのように別の縄に二人で交互に結んだ。

何か一緒に参加したような気になる。


いいなあ、これ。


薫も僕を見上げて、またにっこり笑ってくれる。


いいなあ、これはもっと。


畳の表を踏む薫の白いかかとに、つい、目が行ってしまう。

そう言えば、さっきストッキングを脱いでから、素足になったんだ。

長めのスカートから、ちらちら見える白いふくらはぎも僕の目を打つ。

こういう昔の暗めの民家の座敷だと、女の人がぐっときれいにみえるんだな。
改めて、妙なことに感心してしまった。




靴をはいて、もう一軒の古民家の方へ向かう。
ずいぶん沢山の来場者とも、すれ違うようになった。

中年のカップル。子供連れ。地元の人らしい、おじいさんの集団。
孫まで連れた、6人ほどの家族連れ。
美大系らしいカップル。
女の子の二人連れ。

けっこう、色んな人が来ているんだな。
こんな遠くの、言ってみれば辺鄙なところまで足を伸ばさせる力が
ここにあるんだろうか。





別の古民家の庭先に着くと、やはり座敷が一望できる。

薫がちょっとトイレに行くと言っていたので、
先にひとりで庭先からアートを鑑賞する。

畳からやや曲がった太い竹がにょきにょき生えていて、
ご丁寧に、根元の方に丸い石が二つ、竹を挟んでくくり付けてある。
それが何本も何本も天井の方を向いて屹立しているのだ。


これって、どう見ても○○○だよなあ。
途中を黒い糸で縛ってあるのが、また痛そうだ・・・。

後ろに人影が差したので、薫かと思って振り向くと、
まん丸い顔をした若い女性と目が合ってしまった。

うふふふ・・と笑われる。


「これ、すごいですねえ・・」

「はあ・・面白いですね。」


他に何と言えばいいんだ。


「トマトとは思わなかったわ。すっご〜い!」


え?トマト?
見ると、さっきの竹のアートの隣の座敷に、別のアートがあった。

天井から一面に試験管が釣り下がり、中に水と赤い花、実が入っている。
畳を一部ずらして、内部のずれた所に、一面に大きなつやつやしたトマト、ミニトマト、
赤い花びらがぎっしりと敷き詰めてあった。


アート自体はややグロテスクなのに、このトマトの瑞々しい生命力が
どこか、このアートを明るく健全に見せている気がした。


「そうですね。おいしそうなトマトですね。」

「これ、何日かすると全部取り替えるんでしょうね。
 そうしたら、トマトはどうするんでしょう?」


女の子が無邪気に聞いてくる。女子大生って感じかな?


「う〜ん、きっとアーティストたちの晩ご飯になるんじゃないかな。」


僕がそう言うと、彼女がまたコロコロと楽しそうに笑った。

うん、この子も健康そうで可愛いなあ。

そんな風に思った瞬間、ふと視線を感じると
薫が庭に戻っていた。

どことなく冷たい視線なので、何もやましい事はないのにちょっとたじろぐ。

女子大生風の彼女は「じゃ、お先に〜!」と僕を置いて行ってしまった。


「省吾さん、鼻の下が伸びてる・・・」

「省吾でいいって言ったろ?伸びてないよ。」


薫がまじまじと竹のオブジェを見つめているので、何となくどぎまぎする。

と、こっちを見て、


「面白い形だねえ。何に似てる?」


え?そんな事言わせるのかよ。


「ちょっと剣呑な発想だけど、大砲が空向いてるみたいに見えない?」


薫が自分で答えを言った。
大砲に見えるかな、どう見ても○○○だけど。
待てよ、薫は見たことないのかも知れない。
という事は、もしや○ージン?

ああ、何て下らないことを考えているんだ。俺は!
今時、20過ぎた○ージンなんぞ、いるわけないだろ。



<続く>




このお話は、2006年7/23〜9/10まで新潟で開かれた
「大地の芸術祭 - 越後妻有アートトリエンナーレ2006 - 」から題材を得ています。


<作品紹介> 
・ 小白倉いけばな美術館(川西エリア)

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