AnnaMaria

 

ふたりの距離(DISTANCE) 3 - 大地の芸術祭に寄せて -

 

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さっき車を置いて来た、元小学校までの帰り道は上り坂だった。

陽射しが容赦なく照りつけるし、じっとりと汗ばむような湿気だし、
風は止まったし・・・。

ちょっと斜めになりながらノロノロと這い上っていく僕を、
薫が後ろから、ちょっと押す。


「大丈夫だよ。カッコ悪いからいいよ!」

「女の子なんかにデレデレしてるから・・・」

「デレデレなんてしてないよ。聞かれた質問に答えただけだ。」

「その割にはわたしのこと見たとき、後ろめたそうな顔したわ。」

「してない!気のせいだ。薫が俺のこと、そういう目で見ているから、そう見えるんだよ。」

「いいよ、別に。わたし、省吾の彼女でもないし・・・」


二人で、言い合いをしながら坂を上っていると、
軽トラックの荷台に、外国人の若者たちが足をブラブラさせながら、
満載されて、坂道を上っていく。

薫が無邪気に大きく手を振ると、荷台の若者たちも大きく手を振り返してくる。
その反応に喜んで、薫が伸び上がってまた大きく手を振ると、
向こうもまた、一斉に振り返してくる。


「ファイト〜!」

薫が声をかけると

「イエ〜〜」と親指を突き出した腕が何本も上がるのが見えた。
そのまま、トラックは遠ざかっていった。

薫は、僕に向き直ると、


「あれ、アーティストの人たちだよね。
 へえ、皆若いんだあ。なんだか楽しそうだなあ。」


名残り惜しそうに、薫がトラックの後ろ姿を眺めている。
僕はもちろん面白くないが、そういう自分も大人気なくて、
仕方なく黙っていた。



何とか坂を上りきって、車を停めてある学校にたどり着いた。

薫に背中を見せて

「ちょっとトイレ!」

と言いおくと、トイレのある体育館に通じる細い坂道を上っていく。




トイレは旧体育館の奥に作られているので、靴を脱いで体育館の中へあがる。

体育館の中では、6人の外国人芸術家たちが、
思い思いに、竹や古材をノコギリで切り落としたり、加工したりしていた。

キュィ〜〜ン、ギュ、ギュ、ギュィ〜ン。

と凄まじい音が体育館中に鳴り響いている。
床には加工中の素材がいっぱいだ。

後ろを見ると、倉庫の中には古いやぐらや、縄梯子と言った、
今はあまり使われなくなった実用品が詰め込まれていた。


可動式の黒板に、英語の文字やら名前らしいものが書きなぐられ、
首にかけたタオルで汗を拭きながら、みんな作業に没頭している。

6人のうち、2人は女性アーティスト。


ふ〜ん、アート製作って、力仕事だよなあ・・・。

妙に感心しながら、しばらく黙ってその作業を眺めていた。


トイレから出ても、何だかすぐには薫のところに戻りたくなくて、
体育館の外の見晴らしのいい場所に立ち、一服する。

素晴らしい眺望だ。
水色の空の下に、遠く青い山陰がうねり、手前の緑の山と稜線を重ねている。
緑濃い杉林の下手に、さっき訪れた茅葺き屋根の集落が見え、
周りの山々を背景に、まさしく絵のような景色を形作っている。


暫く、景色を楽しんでから、ようやく車のところに戻っていくと、
下から英語の会話が聞こえてきた。


”...thanks, your words made me very happy!
I hope you’ll feel something exciting from our exhibition."
"Sure! Your works inspire me a lot!..."


近づいて行くと、学校の廊下の窓に薫がひじをついて、中にいる数名の外国人の若者と話をしている。
薫を取り囲むように、3人の男が窓辺に集まっていて、
中の巻き毛の一人が、窓越しに薫の口元に耳を寄せて、何か聞き取ろうとしている。

僕が戻っても、しばらくは話に夢中で誰も気がつかない様子だったが、
若者の一人が僕に向かって、軽く会釈をしたので、薫もようやく気がついたようだった。


「ああ、今、この人たちとお話していたの。
 こちらはイタリアからで、こちらは韓国の人だけど、今はカナダにいるんだって。」


何となく、僕が軽く頭を下げると、3人ともいっせいに頭を下げた。


「なんかね、アート開催期間中は、ここで製作しながら、みんなで合宿してるみたいよ。
 ほら、もうじきご飯みたい。
 楽しそうねえ・・・!」


中をのぞき込みながら、薫が言った。

ちぇ!楽しそうなのは、君の方じゃないか。

そう言いたかったが、何とかその言葉を呑み込むと、若者たちは中から呼ばれたらしく、
薫に手を振って「bye-bye!」と言いながら、戻って行った。

薫は何となく物欲しそうに3人の背中を眺めていたが、僕に向き直って、


「ずいぶん、沢山の人がいるのねえ」と言った。

「君、英語しゃべれるんだね。」

「大したことないわよ。もっと話したかったけど、もどかしかった・・・」

「へえ、じゃ、話してくれば。」


僕は突き放したように言ったが、薫にはまるで通じない。


「だって、あの人たち、これからお昼ご飯みたいじゃない。
 関係ないものが混ざり込むわけには行かないわ。
 差し入れでも持って来たなら別だけど・・・。」


親指を噛んで、なんだかじりじりしているような様子だ。
昼飯じゃなかったら、中に上がり込んで何時間でもしゃべりそうな勢いだ。

あの巻き毛の背の高い兄ちゃんがよかったんだろうか?
韓国人のやつも妙にすっきりした顔してさ・・・今、通った髭の濃そうな奴なんて、
ブラジルのサッカー選手みたいな顔してるしなあ。

どうせ俺は、普通の日本顔だよ。
特別カッコ良くもないし、アーティストでもないし・・・。


「省吾さん?」

「省吾でいいって言ったろ!」


ちょっと乱暴な口調になってしまった。


「お弁当食べに行かない?」

「弁当?どこにあるんだよ。そんなもん・・・」


薫がくしゃっと笑って、車の後部座席に手を突っ込むと、大きめの紙袋を取り出した。


「ここよ。
 朝早かったし、急いでたから、本当におにぎりとおかずがちょこっとだけなんだけど。
 食べてくれるかな?」


花が咲いたように笑って、袋を空中に高く掲げる。

負けた・・・。その笑顔にはかなわないよ。


「そりゃ、最高だよ!何で黙ってたの?
 どこで昼メシ喰おうか、ずっと考えてたんだよ。」

「うふ、ちょっとね。驚かせてみたかったの。でもほんとに大したことないのよ。」


車に乗り込んで時計を見ると、もう一時半に近かった。
道理で腹が減るわけだ。それで何だかむしゃくしゃしてきたのかな・・・。

薫の手作りの弁当のことを考えると、すっかり機嫌が直った反面、
早くメシが喰いたくてたまらなくなってきた。




途中で通り過ぎたレストランの向かいに、歩いて降りられる河原があったのを思い出し、
そこまで車を走らせると、近くに車を停めて、河原へ歩いていった。

大きな石の上に並んで座り、薫からおにぎりを渡してもらう。


「うまいっ!」


夢中で半分くらい食べてから、ようやく辺りの風景が目に入ってきた。
目の前をしゃらしゃらと流れている川の水は澄んで、流れが速そうだ。
奥の方は結構深そうな淵になっている。

向かいは切り立った崖で、その上に木がびっしりと生え、緑の影を川面に落としている。

木々の中にも萩の花が混じり、緑の背景に絵の具で
ピンク色をちょんちょんとつけたように見える。


「今日はいい日だねえ。」


薫も向かいの崖の方を眺めながら、そんな事を言う。


良い日なのは、君がいてくれたせいだ。


そう言いたかったが、さすがにセリフが臭すぎて、僕でも言えない。

自分の考えに照れて、下を向いたまま、ちょこっと笑ってしまった。


「何で笑ったの?」

「あ、いや・・・」


食べかけのおにぎりを持ったまま、薫が口をとんがらせている。

すっごく可愛くて、このまま食べちゃいたいくらいだが、
こっちもおにぎりを食っている最中だから、落っことすような危険を冒したくない。


「のどが乾いたなあ。」

「任せてよ。ちっちゃいけど水筒も持ってきたんだから。」

「お、さんきゅっ!」


受け取って一口飲む。
最近よく見る、注ぎ口に直接口をつけて飲むタイプの奴だ。
中には、冷たい麦茶が入っていた。

飲んでから、Tシャツの裾でくりくりっと飲み口を拭いてから薫に返す。

薫が何となく、ちょっとためらって、そのまま口をつける。


「あ、間接キスしたな!」

「や、やだ!しょうがないじゃない。余分のカップ持って来なかったし・・・」

「これでもうダメだな。」

「何がダメなのよ!」

「もう一緒のビョーキがうつったよ。逃げらんないな。」

「何よ。変な人!」


おかず入れの中には、黄色い卵焼きと、プチトマト、
串に刺したつくね団子、タコ形のウィンナーが入っていた。


「何これ?なっつかしいなあ。薫が作ったの?
 あ、足がちぎれてる・・・」

「やあね、意地悪ばっかり言って。もうあげない!」


おかず入れを取り上げられそうになったので、あわてて手を抑えて


「ごめん!ちょっと子供の頃を思い出したんだよ。
 すごくうまいから、取り上げないでくれ!」


そう言うと、薫は横目でちょっとにらんで、また僕の脇におかず入れを置いてくれた。


おにぎりもおかずも全部空っぽになると、また交互にお茶を飲んだ。
もうTシャツで飲み口を拭かないで、薫に渡した。
彼女は、まだちょっとためらっている。

赤いふっくりした唇が水筒の口に向かって、少し開かれ
そのまま、飲み口にちゅっと吸い付いていくのを見ていたら、何となくたまらなくなった。

彼女の白い手をぎゅっと握る。

水筒を片手に持ったまま、驚いて薫が僕を見た。
まだ、唇が濡れている。

このまま、一気に引き寄せようかと考えた時、後ろの方で声がした。


「あ、デートしてる!」

「ちゅ〜しようとしてるんだよ。」

「これ、やめなさい!」

「だって、ホントだよ〜」


河原の小石をガラガラと踏みならす音が聞こえて、そっちを見ると、
赤白帽をかぶった小学生の集団が、女の先生と一緒にこっちに向かってくるところだった。


何で、ここに湧いたように小学生が・・・?
と思ったが、以前、あのレストランに寄った時、
窓から小学校のプールが見えたのを思い出した。

でも、敷地内ってわけじゃないだろ?


「何しに来たの?」


寄ってきた一人に、やや間抜けな質問をこっちからしてみた。


「理科の自然観察で、ここへ来たんだよ。
 そっちこそ、何しに来たの?」


何しにって、その・・・。


「『大地の芸術祭』を見に来たのよ。」


薫が代わって答えた。

子供たちは「ああ、そうかあ・・・」と納得した声を上げた。

この辺りの道路沿いや建物にも「大地の芸術祭、開催中」という旗やのぼりが、
あちこちに翻っているので、知っているのだろう。


「俺も行ったよ!」

「そう、どれに行ったの?」

「あの、生け花のやつ。おばあちゃんの家が近いから。」


他の子供たちも口々に体験を述べ始めたが、
向こうで先生が呼んだのでいっせいに去っていった。


これをきっかけに立ち上がり、車に戻った。


「暗くなるまでに十日町の方に行って、幾つか見てみよう」

「ん・・・」と薫がシートベルトをしながら、くぐもった声で言った。


薫もがっかりしたのかな・・・・?
まあいいや、今すぐ帰るわけじゃないし・・・。



   <続く>

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