AnnaMaria

 

月見る月は・・・ 1

 

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渋谷は相変わらずの混雑だ。
駅の周りのうねるような人並みは、文字通り24時間途切れることがない。

駅前の放射状に広がる横断歩道を、ランダムにすれ違う人を避けながら、
ファイヤー通りの方へ向かって歩く。

職安通り近くのオープンカフェに行く途中、ふと思いついて携帯を鳴らしてみる。


「薫?今どこだ?」

「あ、省吾。今、○-ムスの前にいるの。あ、省吾が見えたわ!」


顔をあげて、大型のセレクトショップの店先を見ると、
グレーのニットにデニムのスカートをはいて、手を振っている薫がいた。
手に大きな袋を抱えている。

通りを渡って、薫の側に行くと、大きな黒目をくるくるさせながら、
嬉しそうに小首を傾けて、手に持った袋を掲げる。


「何を買ったんだよ。」

「ん、11月の学内ファッションショーに使う、生地とアップリケ用のフェルト。
 生地だけなら日暮里の方が安いけど、渋谷には面白い生地を扱ってる店があるから・・・」



西巻薫ちゃんは、都内の某服飾大学の4年生だ。
知り合って半年、付き合ってどの位って言えるのかな。

9月の初めに、新潟で開かれたアート祭に一緒に行ってから、やっとお互いに
「付き合っている」と認め合えるようになって、あれから何度か会っていた。

服飾関係の学生にしては、やや服装がまとも過ぎるかもしれないが、
今日みたいに渋谷で会ったりすると、それなりに気を使ったスタイルで現れる。
それが、いかにも彼女らしい着こなしで、会う度感心していた。


「足に模様が付いてるね。」

「やだ、アーガイル柄のタイツ履いてるだけでしょ!
 10月になったからブーツ解禁したんだもん。」


秋らしくてファッション的には可愛いんだけど、
僕としては、薫の白い素足がちらっと見える、夏スタイルが好みだったな。


「省吾は仕事どうなの?」

「忙しい。先週末もずっと事務所に出ずっぱりで、2回も泊まった。
 ひどかった・・・。」



僕は大学を卒業してから、建築設計事務所に勤めている。
3年目に入ったばかりで、仕事には慣れてきたが、まだまだだ。


「そうなの。またコンペかなんかあるの?」

「ああ、来週が締め切りだから、さすがにひと山超えたんだけど、
 桜井さんはまだ満足してないみたいだな。
 でも、もうじき解放されそうだ」


二人で何となく、店内に入り、2階のフロアを歩く。
フロアの半分は服が並んでいるが、他の広いスペースに最新の家具、オーディオ、
アートやらをディスプレイする事があり、渋谷に来ると時々寄る。


「わたしは来月に入ったら、ホントに徹夜しなきゃならないかもしれない。
 ファッションショー、見に来てくれる?
 友だちにモデルを頼んでいるんだけど、ダメならわたしが着なくちゃならないわ。」

「どんな服?思いっきり透けてるとか?
 だったら喜んで見に行くけどなあ・・・」

「やだ!そんなんじゃないわよ。
 そうだわ、デパート少しだけ付き合ってくれる?
 見たいお店がひとつだけ入ってるの。」



薫は柔軟な感性の持ち主で、田舎の自然の中にいても、都会の最先端の場所にいても
しっくりとなじむような、不思議な存在感がある。

今日の彼女は、好奇心にあふれていて、色々な行きたい所へのエネルギーが湧いているらしい。

仕方ない、付き合うとするか・・・



薫の手を取って、公園通りのデパートへ向かった。

エスカレーターを上がったフロア。
メンズ、ウィメンズ共、売り場に広く展開している
別の大型セレクトショップの入り口に、ブルーのゲートがしつらえてある。


何のキャンペーンだろ?

そんな事を考えながら、何気なく僕が先にゲートをくぐると、
パァ〜ン!シュッパ〜ン!パチパチパチッ!

派手なクラッカーの音がしかたと思うと、
頭の上にセットされていたらしい、小さな青いくす玉がぱかっと割れ、
紙吹雪と共に「おめでとう!30万人」の垂れ幕が降ってきた。


「おめでとうございます。
 当ショップ、Cafe-Pが、ここに入店以来、
 実に30万人目のお客様をお迎えすることができました。

 今年は当ショップ立ち上げ10周年を記念して、
 30万人目のお客様には記念のプレゼントがございます。
 ささ、こちらへどうぞ!」


細身のダークスーツに真っ白なシャツを着て、
柔らかいブラウンの髪をしたハンサムな店員が、奥のカウンターへ案内してくれた。

店内の女性店員や、近くにいたお客さんからも拍手が起こる中、
薫の手を引いて奥のカウンターの椅子に座る。

スーツの男性が、白い歯を輝かせながら、


「記念のプレゼントは2種類ございまして、
 信州の人気No.1老舗温泉旅館にペアで一泊ご招待券と
 当ショップと限定コラボ生産いたしました、○ッチのバッグとがございます。

 どちらになさいますか?」

「温泉一泊招待券!」
「○ッチの限定生産バッグ!」


二人で同時に答えてしまった。
スーツの男性がちょっと困ったような笑顔で、僕ら二人を見比べながら、


「あ、ご意見が割れてしまいましたね。どちらにいたしましょう?」


薫の方を振り向くと、


「薫も○ッチのバッグなんて欲しいの?」

「う〜ん、だって、限定品だって言うし、いつか持つかも知れないし・・・。」

「なんだ、今どうしても欲しい奴じゃないんだな。わかった、決まり!」


ダークスーツの男性に向き直って、はっきりと


「宿泊招待券の方を・・・」と言うと、

「かしこまりました。では、本日はおめでとうございます。」


男性とは思えない程、つやつやしたきれいな手で、僕に水色の封筒を渡してくれた。


「ご予約は、旅行会社を通じ、お客様のご希望に合わせて行います。
 詳しくは、こちらの封筒に入って居りますので、どうぞ目をお通し下さい。
 それでは、ゆっくりお買い物をお楽しみ下さい」




○ッチの限定生産バッグを手に入れ損ねた、ちょっとふくれ気味の薫は、
別の階に続くエスカレーターを降りて、わざとぐたぐた隣を歩きながら、


「それ、ご両親に日頃の感謝を込めて、プレゼントでもするの?」

「ん?」


僕は薫の顔を振り返った。
悪いがそんなこと、全く考えてもいない。母上さま、許してくれ・・・。


「一緒に行ってくれないの?」

「ええ〜〜〜〜っ、わたしぃ?そんな、温泉なんて・・だって・・」


声が大きいよ。


「女性の旅行客の間で、全国人気No.1になった事のある温泉旅館だって。
 普段でもなかなか予約が取れないらしいよ。

『お湯が最高でお肌はすべすべになるし、
 お料理も細やかな気配りの感じられる絶品を堪能しました。また絶対に来たい!』
 って、ここに行った人の感想がある。」


薫の顔を横目で見る。
まだ、下を向いているけど、僕の言葉が聞こえているのは確かだ。


「『山の秋は特に素晴らしい。
 お部屋からの絶景と渓谷の楓越しに眺めた、美しい月が忘れられません』

『温かいもてなし、随所に心配りの行き届いたお宿。
 好きな人と一緒の滞在をお勧めします』

『忘れられない宿です。
 こんな素敵な所、彼と一緒に来れば良かった、と心から後悔しました』」


ここで、手にしたパンフレットを読むのを止める。


「行きたくない?」


薫の側に寄って、貝殻のような可愛らしい耳にささやく。


「う〜ん、そりゃ行きたいけど・・・」


薫のとんがっていた唇がほどけて、黒い瞳が迷っているように揺れる。


「行こうよ」


肩越しに振り返った薫が、僕をしばらくじっと見ていたが、
やがて、小さくこくんと頷いた。

やった!薫と旅行に行けるぞ・・・。





学内ファッションショーの準備で忙しい薫と、
コンペに追われていた僕の都合を合わせるのは少し難しかったが、
旅行会社の「平日でしたら、週末より一段良いお部屋を予約させて頂きます」の言葉に、
平日に一日休みをもらことにした。


僕の勤めている設計事務所の所長の桜井さんは、客観的に見て、
若き日の田村正和ばりの、やや古風な美男である。

40代半ばを越え、50に手が届きそうな年齢。
3年程前に、奥さんと離婚してしまったらしい。現在独身、子どもなし。

桜井所長のパートナーを勤める三浦さんによると(こちらは既婚、一男一女の父)
別れた奥さんは、整った顔立ちが冷たく見える程の美人で、
笑うと、ぱっと花が咲いたように明るく印象が変わる
魅力的な女性だったらしい。

何故、別れてしまったのかはわからないが、
僕はその元奥さんの面影の片鱗を少しだけ偲ぶことができる。



仕事が忙しくなると、あちこち声をかけてアルバイトを頼むのだが、
女性の場合、面接して採用された子の面差しがどことなく似ているのだ。
整った目鼻立ちの美人、やや長身、笑うとガラリ、印象が変わる。

もちろん、この事を桜井さんに指摘したことはないし、
採用したアルバイトの女の子に、桜井さんが声をかける、と言うこともなく、
それどころか、仕事上はかなり厳しく当たることもある。

だが、アルバイトの子がうつむいて熱心に仕事をしている姿を、
じっと見守っている桜井さんの表情を時折見てしまうと、
男って、結局同じタイプの女の人に惹かれる傾向があるのかなあ、と
やるせなく思ってしまう。



「桜井さん、今週金曜日にお休みを頂きたいんですが・・・。」


土日もぶっ通しで付き合ってきた僕が、珍しく休みが欲しいなどと言ったので、
桜井さんが少し驚いたような顔で僕を見た。


「いいよ。ずっと頑張ってくれてたんだし、この辺で一息入れるといい。
 何か予定があるの?」

「ええ、ちょっと温泉にでも行こうと思っているんです」


どうせなら、最初から本当のことを話しておけば、後でぐたぐた言い訳する必要もない。
だが僕がそう言うと、桜井さんも、
後ろを向いて仕事をしていた三浦さんまでが、ふり向いて僕の方を見つめ、


「ほう・・・」


と、同時につぶやいて、しばしの沈黙。

何だよ。

僕がちょっとにらむと、


「あ・・・まあ、ゆっくり楽しんで来なさい」




帰り際、三浦さんが「これ二人からの餞別だから・・・」と言って、
小さな紙袋を渡してくれた。

帰りの電車の中でふと思いついて、鞄の中でそうっと覗き見てみると、
白封筒に入った一万円札と、むむむ・・・こ、これは何だ!

慌てて鞄を閉め直し、家に着くのをひたすら待った。




自分の部屋で開けてみると、
何と色々なタイプがちょこっとずつパッケージされた、スペシャル○○○ームセット!

凸凹&メントール付き、ホット(温感)、つぶつぶ加工付き、味と香り付き、
表面にデザインが施されているもの、超うす型ロングタイプ・・・
こ、こんなに種類があるのか。

くっそ〜、しかし色々趣向を欲しがる中年と違って、
こんなもの、若くて健康な俺に必要なワケないじゃんか!
まして、一緒に行くのが、あの純で可愛い薫なのに・・・・
見ただけで逃げ出されそうだ。あ、見ないかな?見るかな・・。


コホン。
ま、そういう目的で行くのではない(多分)。
用意は必要だが、コレではない。

こっちはこのままゴミ箱に捨ててやる!

とも、思ったけど、ふと思い直し、
ま、そのうち使うこともあるかもしれないからしまっておこう。
腐るもんじゃなし・・・。

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