これは全くどうでもいいお話ですが、
1話で省吾が事務所の上司からもらった
○○○ームセットにまつわる、ほんのつけたしです。
月曜日、事務所に行くと、桜井所長と三浦さんはもう来ていて、
二人で図面の前に立ち、こそこそと話をしていた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
買ってきた温泉まんじゅうをデスクに置きながら(桜井さんはすんごく甘党なのだ)、
「先日は結構な餞別をありがとうございました」
精一杯の皮肉をこめて、あいさつをした。
桜井さんの端正な顔の上で、目がまんじゅうの箱にちらっと動いたのが見えた。
「あ、あれね。役に立ったんならよかった・・・」
「いえ、別に役に立ったわけでもなかったですけど。」
そう言うと、二人がちらっと顔を見合わせた。
「そうか、役に立たなかったのか・・・。」
桜井さんが眉間にしわを寄せて額をたたき、さも気の毒そうに言う。
三浦さんまで、何度もうなずいて同情の念を表している。
「いや、そういう意味じゃありませんよ。持って行かなかっただけです。」
「ほう、持って行かなかったの、それはまた・・・」
いちいち、気になる言い方をするじゃないか。
「何だって、あんなのくれたんです?愛用品なんですか?」
また、二人がちらっと目を見交わす。
三浦さんが、シャツの衿を引っぱりながら、
「いや、あの日、昼飯を喰いに行った時、たまたま見た雑誌に、
若者が餞別にもらったら嬉しいものっていうリストに載ってたんだよね。
で、すぐそこに店があるっていうから、社会見学を兼ねて、二人で行ってみたんだよ。
イヤ、若い女の子がいっぱいで恥ずかしかったなあ。
修学旅行の高校生までいてさ。
店の人に人気商品はどれですかって聞いて、ちょっと買ってみたわけ・・・」
うわ、この二人があの店で品物を選んでるところを考えると、背筋が寒くなるような・・・
回りの連中はリサーチと思ったか、息子にでもやろうと考えたとか、ってとこかな。
「自家用にも買ったんですか?」
「ん、そうだねえ。一応、僕も独身だから持っててもいいんじゃないかと思ってね。」
桜井さんが、男にしては妙に赤い唇で、何だかうれしそうに言う。
「いやあ、うちはもうそう言うの、要らないからなあ」
三浦さんがボールペンを回しながら、つぶやいた。
「買わなかったんですか?」
「いや、買ったけどね、後学のために。」
狸のような顔で、三浦さんが答えた。
何だよ、一体!僕はダシにされただけか・・・。
この二人、かなり好奇心旺盛だから、思わず出かけていっちゃったんだなあ。
「最近はネット販売で買うのが多いみたいですよ。」
「ネットで?ああ、それはいいかもしれないねえ。うん、色々選べるだろうしねえ。」
桜井さんが人差し指をふり回しながら言う。
「でも、僕はいいけど、三浦くんとこなんか、
受け取るとき、ちょっと困るんじゃないかな。」
「ええ、面白そうな物だと、うっかり子どもが開けて、中身を取り出しちゃったりしますからねえ。
あれ、カラフルでしたし・・・」
それは怖い図だぞ・・・・。
「で、省吾は全然そういう機会がなかったんだ。」
桜井さんがまた、同情するような目つきで蒸し返す。
「いや、彼女は清純派ですから・・・」
僕がそういうと、二人は大げさにのけぞり、
「ええ〜?やっぱり女の子と温泉に行ったの?
三浦くん、聞こえた?
彼女とだって。ご家族とじゃなかったねえ。」
「はあ、やっぱりそうだったんですね。」
二人でうなずき合ってる。
このぉ!そう思ってなかったんなら、何であんな餞別渡すんだよ!
「で、アレは開けてみたの?」
「まだ、開けてませんよ」あやうく、ゴミ箱に突っ込みそうだったことは黙っていた。
「そうなんだ。ちょっと具合を聞いてみたかったんだけど・・・。
だって、味つき、香りつきって言うから、どんなものかなあ、と
聞こうと思ってたんだ。」
「だから、使ってません!」
「あ、そうだったね。
じゃ、もし開けて、試すチャンスがあったら、ぜひ感想を聞かせてよ。」
桜井さんが、微笑みながら事もなげに言う。
「ご自分で試してみたらどうです?」
「え、僕も温泉行くの?そうだなあ、誰が行ってくれるかな。
ちょっと電話してみないとなあ・・・」
そう言いながら、アルバイトの女の子の机の方をちらっと見る。
今日はまだ来ていないみたいだ。
所長好みの美形の彼女と?
う〜ん、20近く離れてるし、ちょっと目はなさそうだな・・・
誰が行ってくれるかなあ・・・と、桜井さんはまだ長い指を顔の上で組み合わせ、
宙をみながら、考えているようだ。
この人、設計以外の時は、ちょっと変わったテンポの持ち主だから危ないぞ・・。
「桜井さん、コンペ終わったんですか?」
「ん?ああ、おかげさまでもう提出した。ちょっと一息ついてるとこなんだ。」
「僕の行った温泉、すっごくいい旅館でしたよ。
女性客の人気No.1に何回もなったことがあるそうです。」
三浦さんが興味深そうに
「へえ?そりゃ、いいな。省吾、ちょっとその連絡先教えてくれよ。
パンフレットとかないの?」
「ありますよ。結構なお値段ですけどね。ネットにもHPがあったかな。
本当に至れり尽くせりでしたよ、おすすめです。」
桜井さんは、温泉まんじゅうの箱を机の上でくるくる回しながら、
「省吾、そんないい所に行って、風呂だけ入って帰ってきたの。
そりゃ、ちょっともったいなかったねえ。」
「別にそういう訳じゃありません。アレは持っていかなかっただけです!」
あ、しまった!
桜井さんと三浦さん(今日はこの二人、全然仕事してないな)は、
また椅子から少し、身を乗り出して、
「ほうぅ・・・何だ、そうだったの。」
「心配しちゃったよなあ。」
また、二人でうれしそうに顔を見合わせる。
何だよ、この二人は!僕のいない間、何を話してたんだろう、全く!
「じゃあ、省吾、そのうち、感想を伝え合おうな!」
桜井所長がにっこり笑って、都会的なムード漂うジャケット姿のまま、
温泉まんじゅうの箱をこわきに抱え、机の向こう側に歩いて行った。
やれやれ・・・。
あれでも結構モテるんだからなあ。
本当に試しかねないぞ。