AnnaMaria

 

青いプロフィール 4

 

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モノトーンでまとめられた店内は、満席で、
店のあちこちにさり気なく、生花が活けてある。

カジュアルな雰囲気と値段の割に、手の込んだ和食が出て来ると、
予約の取りにくい、人気の店であった。

奥に、掘りごたつ形式の座敷になった個室もあり、
カウンターから、ちょっと奥まったテーブル席まで
多種な席があるせいか、様々な客層が入り乱れていた。


 
「いやあ、クライアントの前で何を言うかと、時々スリルがあったが、
 江田、お前、意外と座持ちがいいな。
 助かったぞ。礼を言う。」


接待の終わった上司はご機嫌で、
隣に座る新入社員の江田に向かってビールのグラスをあげた。


「え、スリルですかぁ?
 そんな風に言ってくれるんでしたら、
 次はもっとドキドキさせるように頑張ります!」

「おいおい、そんなスリルは味わわせてくれなくていい。
 ただでさえ、気疲れするんだ。寿命を縮めないてくれ・・」


江田のチームの営業課長が、接待のクライアントを送り出した後、
何となく店に戻って、バーコーナーで部下数名と飲み直していた。


「でも、この店、感じいいですね。
 お料理は和食だけど、それほど気取ってなくて、バーまで付いてて、
 いいとこ、連れてきてもらってラッキーです。」

「ちょっといいだろ?
 あのクライアント、洋物料理が苦手らしいんだ。
 かといって本格懐石じゃ、固いし、高過ぎるし・・・。
 場所探すのも苦労するよ。」


江田はバーコーナーで、鮮やかなルビー色のカンパリを飲みながら、
大きな目で、店の中をぐるっと見渡した。


あ・・・。
あれって綿貫くんのチームの木下さんかな・・・


江田が少し先のカウンターに並んでいる二人連れの片方に、
木下の大きな体を認めた。

さり気なく見ていると、木下は隣の髪の長い女性に
盛んに話しかけているようで、江田の視線に気づきもしない。


ふ〜ん、ずいぶん、ご執心みたいだなあ。


ちょっと意地悪い目線で二人を見ながら、
カンパリのグラスに視線を戻そうとしたところ、
木下の隣の女性がちょうど席を立って、こちらにやって来る。

化粧室にでも行くのだろう。

その女性が江田のすぐ脇の通路を過ぎた時、
好奇心から、ちらりと顔を見て、
あっと急に思い出した。


綿貫君が新宿の本屋で紹介してくれた、彼女じゃない!


夏休みに偶然でくわした綿貫を誘い出そうと、しゃべっていたら、
長い髪のあでやかな女性が急に現れて、恐縮したことを覚えている。

だけどその彼女が何だって、今夜は木下なんぞと一緒に居るのだろう。

江田は、その女性が引き返して来るのを待ち、
もういちど、脇の通路を通り過ぎる顔を見て、
間違いなくあの時の女性だと、確信した。





木下と綿貫の確執は、江田にもそれとなく伝わってきた。

元々は同じ大学の先輩後輩だった二人らしいが、
一緒のチームの中で何かと折り合いが悪く、
新人の綿貫の旗色が著しく悪いことも、漏れ聞こえてくる。


まさか、木下さん、綿貫君に嫌がらせするとか、
そういう目的じゃないよね。


江田は、綿貫の新人らしからぬ冷静さと、
的を得た着眼に、一目も二目も置いていた上、
恐ろしく整った横顔の美しさにも惹かれて、
密かに綿貫の味方を自認していた。


最近、綿貫くん、メチャクチャ忙しくて、
彼女の相手してる暇ないんと違うかな。

どうしよう。
言った方がいいのか、黙ってた方がいいのか・・・。


木下が戻ってきた彼女の椅子を引いてやり、
大男が魅入られたように、彼女の顔を見つめている表情を見て、


あちゃあ、こりゃ、こっちも本気みたいだわ。
彼女もわかってて、ここに居るんだろうか・・・


江田は、隣の上司の自慢話を聞き流しながら、
どうしても気になる二人連れに時々、目をやらずにいられなかった。





木下が連れてきてくれた店は人気のようで、
特にカウンターは中々予約が取れないと、
隣の男性が得意そうに連れに話したのが、かおりにも聞えてしまった。

料理人が目の前で調理をし、熱いまま、切ったままの料理を、 次々にカウンター越しにあげて来る。
どれも気が利いていて、おいしかった。

また、木下の話は面白い。

仕事にまつわる様々なエピソードを、次から次へと話してくれて、
飽きることがなかった。


だが、木下と綿貫が同じチームにいることは、
広通の人事部にいる友人から聞いている。

木下の話は、最近のクライアントにまつわるものだから、
当然、綿貫も関わっていると思われるのに、木下は決して直人の名を出さない。

かおりは、だんだんと喉が渇いてくるような思いをしながらも、
笑顔で木下の話を聞いていた。


「そしたら綿貫が・・・
 ああ、止めよう」


「え?」


ちらりとその名を出しただけで、かおりは思わず、
目を見張って、身を乗り出してしまった。

慌てて、視線を隠そうと目を伏せる。


木下の言葉が止んだ。
気まずい沈黙の後に、低い声が続く。


「そうだよな・・・。
 かおりが、綿貫以外に気を惹かれるはずなんかなかったな・・・。」

「わたしは・・・。」


かおりは、すぐには答えられなかった。

木下はしばらく黙っていたが、


「会社での様子を聞きたいのか?」

「いいえ、そんなつもりはありません。
 お仕事にまつわるお話は、とても面白かったですけど・・・」


かおりは、できるだけ背筋を伸ばして、
木下の顔をまっすぐ見て言ったつもりだ。

木下は静かに微笑むと、


「俺だって、二人がずっと前から付き合っているのを知っているんだから、
 別に隠さなくたっていいだろう。
 あいつが心配なんだな。」


かおりは思い切って言ってみた。


「心配と言えば、いつも心配です。
 普段からあんな調子だし、何も話してくれないし・・・。
 
 でも仕事のことを心配したって、
 何もならないのはよくわかってる。
 だから、何を聞くつもりもないんですが・・・」

「そうか。そうだろうな・・・。」


木下の口調は優しかった。


「かおり、綿貫は大丈夫だ。心配なんか要らない。」

「ええ・・・。」


かおりは知らず、震えてきてしまう声を落ち着かせようと
息を深く吸った。


「木下さん、ありがとうございます。
 今日はとっても楽しかった・・・、来て良かったです」

「もう過去形になるのか?
 気が早いな・・・。」


木下はしばらくためらっていたが、ようやく口に出した。


「実はかおりにひとつ『頼み』があったんだが・・・。」

聞いてもらえそうもないな・・・。

最初から諦め口調だ。


「何でしょう?わたしでできることなら・・・」


かおりは首を傾げた。
木下は尚もためらうようだったが、


「仕事がらみの関係で、どうしても行ってみたい店があるんだけど、
 一緒に行ってくれるような相手がいないんだ。
 悪いが、もう一度だけ、
 そこに付き合ってくれると嬉しいんだが・・・」


かおりは即答できずに、だまっていた。


「不愉快な思いはさせないと約束する。
 本当にこんなことを頼む相手がいないんだ。
 聞き入れてくれると、実に助かる・・」

「木下さんに、相手がいないなんて・・・、
 信じられません。」


かおりは、横目でにらんだ。


「本当だよ。何しろ、朝から晩まで仕事だらけだからな。
 休みも不規則で、すぐに予定が入る。
 それは、かおりだって知っているだろう?」

「はい・・・でも・・」


二度と無理は言わないから、との言葉に、
結局、かおりは木下の頼みを聞くことになってしまった。





「どうしたんだ?こんな所に呼び出して・・・」


自動販売機がずらっと並ぶ、会社の休憩コーナーで、
直人はコーヒーのカップを取り出しながら、
目の前で黙っている江田に問いかけた。


「ここじゃないわ。あっちの非常階段よ。」


江田は、それだけ言うと、ずんずん先に立って進んで行ってしまう。

わからないながらも、直人はちらりと時計を確認して、
仕方なく、江田の後を追った。

非常階段の扉がしまると、やっと江田はこちらに向き直った。


「迷ったんだけど・・・、やっぱり言った方がいい気がしてさ」

「何の話だ?」


江田は、先日、木下とかおりを見かけたことを直人に伝えた。


「相手が木下さんじゃなかったら、黙ってた。
 人のことに首を突っ込むのって趣味じゃないから・・・。
 でも木下さんの様子を見てたら、ちょっと心配になって。」


直人はふっと笑って、江田に答えた。


「ああ、彼女も木下さんも俺も、実は大学の同じサークル出身なんだ。
 でもわかった。聞いておく。」


そう言うと、早くも踵を返して、非常階段のドアに手をかけた。


「あの人、マジだよ。」


江田の言葉が直人を追いかける。
直人は一瞬立ち止まったが、振り返って江田に軽く手を挙げると、


「じゃな・・・」


と言って、先に一人で非常階段を出た。


江田はあっという間に一人で非常灯の下に取り残される。


「ったくもう!見てないから、平気でいられるのよ!」


壁に向かって、ぶつぶつ言い返した。


 
直人は自分の席に戻りながら、江田の言葉に胸の内で返答した。


そんなこと、ずっと前から知ってる


かおりの気持ちを疑ったことは一度もない。

なのに、胸の中に黒い雲が湧き起こってくるのを、どうしても止められなかった。

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