AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  14. 氷解

 

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美奈が身支度を整えて、玄関に降りると、
綿貫と、加澤、長田の3人が待っていた。

会場のホテルまで、タクシーを拾い
助手席に加澤が、後部座席に美奈、長田、綿貫の順に座ったが、
車内では、もっぱら今日のパーティの進行について話をしていた。


「タレントの○○を呼んであるそうですね。」
「サッカー選手の○○も出席だそうですよ。」
「うわ、じゃ、奥さん連れて来るかな。あの人、好きなんだ・・」


長田と加澤は前後に座りながらも、情報交換に楽しそうだ。

綿貫は、黙ったまま窓の外を見ていて、時折、振られる質問に
機械的に答えている。


やっぱり、わたしがいると気詰まりなのかしら・・・・


美奈は、なるたけ綿貫の方を見ないようにしながら、
今日のパーティの事を考えていた。





ホテルの大広間を借り切って行われた、
親会社主催の春キャンペーンのプレスパーティは華やかだった。

人気の女子アナが司会進行をし、
TVや雑誌で見たようなタレント、女優、スポーツ選手らが顔を揃え、
一人一人ステージに呼ばれては、短いコメントを述べて会場を沸かせる度、
カメラのフラッシュが光る。


うちとは、規模が違うのね・・・


美奈は、会場の華やかさに気圧されないように、
なるたけ背筋を伸ばして立つと、
会場の隅からそれとなく、進行を観察していた。

来賓の挨拶の中で、かつえが祝辞を述べ、
ここのコスメが現役のメークアップアーティストに
どんなに人気があって使いやすいかを褒め、笑顔で結ぶ。

美奈がぼうっと拍手をしていると、
美容ライターのリエが近づいてきた。


「あら、何だか今日は感じが違うわね。
 すごくきれいで、タレントさんのようよ・・・。
 これ、おたくのリップ?」


早くも唇に指を伸ばしながら、興味深々で美奈の顔を覗き込んでくる。


「かつえさんがメイクしてくれたんです・・・」

「へえ、どおりで・・・。
 あか抜けてるけど、あなたらしさは無くなってないわね。
 すごく似合ってる。

 あ、綿貫さん!」


リエは会場にいた綿貫を見つけると、駆け寄っていった。
陽気に話しかけると、綿貫も微笑をもって応えている。

リエの率直さがうらやましかった。

自分の存在が、綿貫にとって何なのか、どんどんつかめなくなってくる。
社内でもタクシーの中でも、避けられているとしか思えない。


何で?どう考えたらいいのかしら・・・。


美奈はプレス発表の進行を眺めながら、
相変わらず、頭の中で堂々巡りをしていた。



「綿貫、そっちはどうだ?」

「おかげさまで何とかやっています。
 今日はおめでとうございます。大成功ですね。」

「いやいや、今、KAtiEの社長さんが来てるだろう。
 ふだん日本にいないけど、ビジネスにもやり手だっていうじゃないか。
 出店予定店舗にもいちいち自分で出向いているってホントか?」

「本当です。」

「そうか。来日中にTVや雑誌に、集中的に出演を組んでいるんだろう。
 社長みずから、広告の旗ふりで大変だな。」

「そうですね・・」


美奈は綿貫に話しかけてきたのは、同じ広通の社員だと気付いた。
確か、今回のキャンペーンに関わっている筈である。


ふ〜ん、こっちの様子を探ろうって言うのね。


同じ代理店の中でも、クライアントが違えば、激しい競争相手となる。

綿貫が穏やかに、友好的に、
のらりくらりと質問に応えていながらも、
どこかでぴーんと緊張しているのが伝わってくる。

綿貫も、元は親会社の担当だったと聞く。

そこから独立して、新たに中原ディレクターとチームを組み、
チーフプランナーとしての初仕事でKAtiEを担当したらしい。

同じ社内の人間は綿貫のお手並み拝見とばかり、
成り行きを面白そうに見守っているだろう。


絶対にこの仕事に失敗したくないのは、
かつえさんも綿貫さんも同じなのね・・・


美奈は業界のし烈さを垣間みたような気がした。

ステージでは、新作を使ったメイクショーが始まっている。


「綿貫さん!」


さっき春ラインの新商品を使って、
見事、ステージ上でイメージチェンジをして見せた、
新進の若手モデル、セリが綿貫に近寄って来た。


手足がすらりと伸びやかで、
シャンパンゴールドのドレスの胸元から、
たわわなふくらみがたっぷりと覗いてみえる。


「綿貫さん、こっちの担当から替わっちゃったんですって?
 残念だわ。撮影とかに行ってもお会いできないのね。」

「新しくKAtiEブランドの担当になりました。
 セリさんにお会いできなくなるのは、寂しいですね。

 でも、同じ業界ですので、これからも度々、
 お目にかかる機会があるかと思うので、
 その時はよろしくお願いします。」


綿貫が会釈をすると、セリが上目使いで、


「さっきのステージ、見ててくれました?」

「もちろんです。
 今までのセリさんとまた違った魅力を見せてもらいました。
 全く別の女性が生まれたようで、ゾクゾクしましたよ。」

「きゃあ!綿貫さんにそんな風に言ってもらうなんて、
 何だか意外だわ・・・。
 恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい!」


セリは綿貫の隣に並んで、嬉しそうに綿貫を見上げる。
美奈は胸がむかむかした。


「またの機会なんて、いつあるかわかんないわ。
 ね、今夜、飲みに連れていって・・・」


綿貫の腕につかまって、ささやくように言うのが、
却ってこちらまで漏れ聞こえてくる。


「マネージャーの大槻さんに殺されてしまいますよ。
 僕は小心者ですから・・・。」


綿貫はちらりと笑みを浮かべて、セリに返事を告げた。

その様子を見ると、ますます胸が灼けて来る。

セリが名残惜しそうに手を振りながら、部屋を出て行くと、
綿貫が軽く会釈をしながら、後ろ姿を見送っていた。


あ〜〜あ!鼻の下伸ばしちゃって、
なんか、悩んでいるのがバカらしいわね。


美奈は、綿貫の踵を、
後ろから蹴り飛ばしてやりたいような気分に駆られていた。




「失礼ですが、自己紹介させて頂いてもよろしいですか。」

「はい?」

美奈と長田が振り向くと、


「広告制作をやらせて頂いています、KMプランニングの金子です。
 長田さんには、以前、お目にかかったように思いますが・・・。」


ほんの少し、グレーとブラウンが混じった髪の、
50がらみのソフトな紳士。

美奈は思い出せなかったが、長田がいち早く会釈して、


「ええ、うちの前田からご紹介いただきましたね。
 覚えております。」


金子は、きれいに刈り込まれた髭の下から
血色のいい唇を大きく開いて、笑顔を見せた。


「覚えていて下さいましたか。
 いや、こういう言い方をするとご不快かもしれませんが、
 こちらの女性が、どこのタレントさんかとずっと考えていました。

 それで、長田さんがKAtiEの方だったのを、
 さっき、やっと思い出したのです。」


金子は、美奈に向かって笑顔を向けながら、名刺を差し出した。


「KAtiEにこんなに可愛い担当の方がいらっしゃるとは、
 前田部長も教えて下さいませんでしたよ。」

「そんな・・」

「金子と申します。

 うちの者は、広通の綿貫さん経由で、
 既に、そちらとご一緒にお仕事をさせて頂いていると思います。
 ご挨拶が遅れまして・・・。」

「初めまして。小林と申します。
 こちらこそ、よろしくお願い致します。」


美奈も名刺を出して、交換する。

金子が声を掛けたところから、
綿貫と加澤も横から、あいさつをして来た。

金子がしきりに美奈を持ち上げ、
美奈が戸惑って手を振っているのを、隣で加澤が見ていたが、
綿貫は横顔を見せたままだった。

ステージでは、メイクショーが終わり、
モデルたちがウォーキングをしながら、ステージを闊歩している。


「おい、そろそろ行くぞ・・・」


綿貫がステージを見ながら、加澤に言うと、
そのまま、会場を横切って歩き出した。

加澤は慌てて、

「お先に失礼します。」

美奈と長田に軽く会釈し、綿貫の後を追う。

美奈は金子と話をしているところだったが、
遠ざかるまっすぐな背中を見ていると、
急にこれ以上、我慢できなくなった。


「ちょっと失礼します。
 すぐ戻ってくるから・・・」


後のせりふは、長田に投げ、小走りに会場を抜けていった。



人で混み合う階段を降り、ロビーを通ってホテルの玄関を走り抜け、
外の大通りに出てあたりを見回す。

折しも、少し先で車を停めた二人が
タクシーに乗り込もうとするところで、追いついた。

加澤が先に車に乗り込み、今、綿貫が乗ろうとしている。


「待って!」


車の中で、加澤が後ろを振り向くのが見えたが、
綿貫は前を向いたままで、車のドアが閉まる。


「待てっ!!!綿貫直人!!」


通りを走りながら大声で呼び止め、
発進しようとするタクシーの前に両手を出して飛び出した。


「逃げるの!」


加澤がこっちやあっちを向くのがフロントガラス越しに見えた。

ドアがまた開いて、綿貫の半身が現れ、


「あぶないじゃないか・・」


再び歩道に降り立った綿貫の前に、
息を切らせて、美奈が立ちふさがった。


「どうしてわたしを避けるんですか?」

「別に避けてはいない」


綿貫が冷静な口調で切り替えそうとするのを遮って、


「嘘よ!わざとらしく余所見ばかりして。
 わたしなんかの顔も見たくないって言うこと?」


美奈の強い視線を受け止めると、横を向いて目を閉じ、
小さなため息を吐いた。


「大変、元気になったようで結構だ。
 だが、こっちの顔も見たくないのは、美奈の方じゃないのか。」

「わたしが何故?」

「・・・・」

「わたしを軽蔑しているんなら、そう言って下さい。
 二度とご迷惑を掛けないようにします!」

「そんな事は思っていない。」

「じゃあ、どうしてわたしから逃げるの?」
 

思わず涙がぽろっとこぼれて、美奈は我ながら情けなくなった。


「ここで泣くな・・・」


綿貫の少し狼狽した声を聞くと、また止まらなくなる。


「ただでさえ、怖くて話しかけにくいんだから、
 あんなおっかない顔してたら、足がすくんで近づけない。」

「車の前に飛び出しておいて、よく言うよ」

「せめて普通に声が聞きたかったのに、
 わたしを避けてばかり。
 こんなのって耐えられません!」

「そうじゃない。
 もう美奈に俺は必要ないだろう。
 あの時、一緒にいたからって負担に思うことはない」

「そんなこと、勝手に決めないで下さい!」

・・・・・・





加澤はタクシーの運転手に頼んで、
二人から少し離れた所まで進んで停めてもらい、
メーターを倒して、綿貫を待っていた。

二人の会話が聞こえてくると、


「運転手さん、すいません。窓を閉めてもらえますか?」

「はあ、真っ昼間から取り込み中だね。聞きたかないの?」

「聞くと後が怖いんで、聞かないことにします・・・。」

「ふうん、色々大変だなあ。若い人も・・・」


運転手は、面白そうに笑って窓を閉めてくれた。

加澤は窓の外を見ずに携帯のキーを打っていたが、
どこからか、二人の声、というより、
美奈の声が途切れ途切れに聞こえてくる。

ハンドルにもたれて、バックミラー越しに二人を見ている運転手が、


「お!すげ・・、兄さん、兄さん!見ないの?」

「見ません。命が惜しいので・・・」


加澤は思わず振り向きたくなる頭を、
必死に前向きに保った。


うちのスーパードライにだって、プライバシーはあるよな・・・


「おわっ、真っ昼間から、よくやるよ。
 うわあ・・」


と言う運転手の声に惹かれて、思わず後ろを見てしまうと、
綿貫が大股でこっちに向かって来るところだった。


「ひっかかったね、お客さん・・・」

「ち!」


くくく・・、運転手が含み笑いをしている。


綿貫が黙って乗り込んできた。
南極の氷並みにクールな表情をしている。

加澤はそっちを見ないようにして、携帯画面から目を離さない。

やがてタクシーが発進し、走り出しても、加澤は何も言わなかった。


「加澤・・・」

「はい」

「待たせてすまなかった・・・」

「いえ」


そのまま、キーを叩き続ける。


「・・・・」

「・・・・」

「お前・・・」

「はい」

「ちょっとわざとらしいぞ」


腕組みをした綿貫が、横目でぎろりとにらんだ。


「は、そうですか・・・」

「・・・・」

「そう・・言われても。だって・・・」


小難しい顔をした綿貫を見ると、突然、加澤は我慢できなくなり、
大声で笑い出してしまった。

その笑い声に釣られるように、運転手まで笑い出したようだ。


わ〜っはっはっは・・・、うわっはっはっは・・。

くっくっく・・・はっはっは・・・。


「運転手さん、前見ないとあぶないでしょう。」


綿貫の氷点下の声に、運転手は涙を拭きながらハンドルを握り直す。

加澤の方は体を折り曲げて、涙が出るまでひとしきり笑ってしまうと、
口元を押さえて、何とか笑いを締め出そうとした。


「すいません、綿貫さん。
 でも大変ですね、これから・・・。」


腹筋の辺りがわずかに震える程度の笑いに収まったが、
隣の綿貫にはきっとわかっていたに違いない。


ったく、無茶苦茶だ・・・。


綿貫は、フロントガラス越しに飛び出した美奈の姿を思い出すと、
憮然とした顔のまま、目を閉じてシートにもたれた。

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