AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  15. パーティ

 

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プレス発表会はまだ続いていた。
先ほどから、簡単なオードブルが出て、カクテル・タイムになっている。

KMプランニングの金子は、次々と業界の人間を紹介してくれた。


「お、Qちゃん、久しぶり!
 彼ね、今、注目のイラストレーターなんですよ。」

「初めまして・・・」


カーキ色のカバーオールに、キャスケットをかぶった、
髭の若い男が美奈にむかって手を出す。


「よろしく!」

「こちらこそ・・・」

「彼はサウンドのミキサー。
 インディーズ系のバンドもやってるんです。
 ケン、少し売れてきた?」


髪を長く伸ばし、
目元まですっぽりとヘアバンドを下ろした男性が
美奈に向かって小さく会釈すると、金子に答えた。


「まあまあです。
 まだあっちじゃ、食べられませんけど。」

「そりゃいい!
 ケンにはまだ仕事して欲しいもの。
 腕がいいんだからさ・・・」


金子が笑うと、細身のミキサーは肩をすくめて
横を向いたまま、うなずいた。

照れ屋らしい。
美奈にも直接視線を合わせようとしない・・。

最初に紹介された、イラストレーターの男性が
美奈に料理の皿を持ってきてくれた。

顔見知りにあいさつしながら、
さりげなく美奈にも知人を紹介してくれる。

向こうの方にいた長田が、こっちの輪の中の誰かを認めて飛んできた。


「あのぅ、『prescription』のケンさんですよね?
 僕、大ファンなんです!ライブ、行かせてもらってます!
 いやあ、感激だなあ・・・」


長田は熱烈な音楽ファンで、
あちこちのライブハウスにまめに足を運んでいるらしい。

残業していたかと思うと、
時折ポッと消えるように居なくなっている時がある。
今はすっかり紅潮した顔で、ケンと話を始めていた。

美奈も、日頃接点の無い業界人と話ができて刺激的だった。
だんだんと加わる人間が増え、輪が広がってくる。

中心にいる金子が、上手に場を仕切っている。




「ね、楽しくしてる?」


気が付くと、かつえと前田部長がすぐ側に来ていて、美奈に囁いた。
金子にも挨拶している。


「どうも。金子さん、お世話になりっぱなしで・・・・。
 うちの小林と顔見知りになってもらえたようで良かったわ。」

「おお、かつえ社長、メイクの腕もさすがですが、
 ますますオーラに磨きがかかってますなあ。
 うちの連中から聞いてますが、
 今度のライン、期待してますよ。」


かつえの近くに寄って、そっとささやくと、
前田に、

「前田さん、この前、こちらの小林さんを紹介してくれませんでしたね。
 今日どうやってお声を掛けたらいいのか、
 ずいぶん、考えてしまいましたよ。」

「そりゃ、ワザと遠ざけておいたんですよ。
 うちの大事な生え抜きプレスですからね。
 ま、知り合ってしまったのなら、仕方ない。
 これからも宜しくお願いしますよ。」


前田が面白そうに、大きな笑い声を立てた。


「綿貫さんと加澤さんの広通ペアはどうしたの?」

「仕事だそうで、一足お先に失礼すると、先ほど・・・」


長田が答えた。


「あらまあ、また綿貫さんに逃げられたわ。
 この前、中原部長に麻雀付き合ってもらって、
 散々な目にあったから、部下でうらみを晴らそうかと思ってたのに・・・!」

「綿貫さんは、リスクに対するアンテナが発達しているようですな。」


金子も大声で笑った。


「かつえ社長、まだ夜は長いですよ。
 麻雀より、皆で一軒行きませんか?
 かつえ社長とお話したい面々もいますし・・・」

「あら、素敵な男性だったら大歓迎よ。」


かつえが素早く受けると、金子の周りの何人かが
名刺を片手に、かつえに自己紹介を始めた。


「いつもお世話になっております。
 ビジュアルをやらせて頂いているQです。」

「サウンドをやってます、ケンです。」


かつえは忽ち、輪に囲まれてしまった。


「わかった、わかった!
 じゃ、この後一軒行きましょう・・・
 小林さんも一緒に来てよ。」


美奈にウインクすると、前田部長と連れ立って、


「あっちに挨拶してくるから・・・ロビーで待っててね。」


モデル並の細身シルエットがカツカツと遠ざかって行った。


「じゃ、かつえ社長もああおっしゃってるので、
 ロビーに移動しましょう・・・」


金子が音頭を取って、さりげなくパーティ会場からロビーの方へと
移っていく。

長田はケンとの話に夢中だ。





いつの間に手配したのか、金子がレストランの個室を予約していた。

5Fのフロアの奥の部屋で、窓から青山通りのイルミネーションが見え
特異なシェイプのプラダビルの向こうに、
遠くきらめく六本木ヒルズを望む。

パーティからの流れで、15人程がグラスを片手に乾杯し、
気楽な会話を楽しんだ。

金子の関連でKAtiE と仕事をしている者も多く、
今後のヴィジョンについて、かつえに直接質問をぶつけている。


「女性に年齢はないけど、肌には年齢があるわ。
 肌の美しさを保つ為には、最新の技術と最高の品質が要る。

 でも、女性の美しさを出すためには、
 最新のコスメテクが要るわけじゃないのよ。
 引き算メイクの方が、その女性本来の魅力を際立たせること多いわ。
 だから、カラーや、テクスチャー感には、対象年齢を定めたくないの。」


美奈ちゃん、ちょっとだけ協力して・・・。


かつえが目配せしたので、美奈が側に寄った。


「彼女は元々肌も綺麗だし、若い。
 こうやって、ほんのちょっとチークを掃いて、
 ここにハイライトをつけると、まるで素肌みたいでしょ?」


いつの間に取り出したのか、かつえの手にブラシが握られている。
自分の顔にその場の皆が注目しているのが、恥ずかしい。


「でももっと彼女の魅力を大きく引き出すのは、
 心の中の動き。
 例えば、今、誰か好きな人が目の前に現れたら・・・」


真也がちらりと自分を見たのがわかった。

その視線が苦しくて、思わずここに居ない人の視線を求めてしまう。

うふふ、とかつえが笑っている。


「ほら、表情が変わると、別の魅力が出るでしょう?
 女の人のこんな瞬間をもっと輝かせてあげたいのよ。
 美奈ちゃん、ありがとう・・・」


やっと、かつえが解放してくれたので、すぐに窓際へと逃げる。


「ふふ、お疲れさん!!」


Qと名乗った髭のイラストレーターの男性が、
すぐに飲み物を渡してくれた。


「ありがとうございます。
 モデルじゃないので、あの程度であがっちゃって・・・」

「そこがいいんですよ。
 小林さんの表情は実にいい。
 僕、カメラもやるんですが、
 今度、小林さんをモデルに撮ってみたいな。」


Qが笑顔を向ける。


「いえ、とんでもない!わたしなんか・・・」

「あはは、警戒しなくても大丈夫です。
 無理強いはしませんから。
 でも本気ですから考えておいて下さいね。」


そう言うと輪の中に戻って行った。




2時間近く経つと、金子とかつえに挨拶して、
ぽつぽつ席を立つものが出始める。

長田とインディーズミュージシャン兼ミキサーのケンも
二人に挨拶して、どこかへ行くようだ。

イラストレーターのQも、名残り惜しそうに美奈に別れを告げにきた。


「今日は次があるので残念だな。
 でもさっきの話、忘れないで下さい。
 また連絡させてもらいますよ」


かつえは望み通り、麻雀の面子を確保したようだ。


「今日は行けそうな気がするわ〜!」


かつえの意気は高い。



残っているメンバーは数える程・・・。
その中に真也がいる。

金子は美奈に、

「小林さん、シングルモルトウィスキーは試したことあります?」

「ええ、一度だけ・・・」


以前、綿貫に連れて行ってもらったバーで飲んだことがある。


「ほう、美奈さんはお酒が強そうですな。

 どうです?
 実にいいのを出してくれるバーがあるんですが、
 一杯だけひっかけて帰りませんか。」


美奈は金子の穏やかな笑顔と
落ち着いた紳士らしい物腰を眺めた。


どうしようかしら・・・?


気のせいか、真也が自分を見ているような気がした。


「長くはお引止めしませんから、如何ですか。」

「ええ、ありがとうございます。
 では、一杯だけお付き合いします。」


綿貫さんに自慢してやろう!
あの人も知らないバーを、一つくらい覚えて帰りたい・・・。


「これは嬉しい。
 では、ご一緒しましょう・・・。」


金子がにっこりと笑顔を向け、軽く美奈の肩に触れて、
出口へと促した。

今度こそ、真也がこっちを見ているのがわかっていたが、
敢えて振り返らない。


わたしはもう歩き始めているのよ・・・。


美奈は胸の中で、真也に告げた。





「ちょっとヨーロッパ的な雰囲気の店でしょう。
 場所が少し辺鄙なんですが、居心地は最高ですよ。
 お気に召しましたか。」


金子が連れてきてくれたバーは、
渋谷の奥のこぢんまりしたホテルの4階にある。

壁も天井も飴色のオーク材風の仕上げで、
シャーロックホームズの時代からある、
英国の古いクラブを思わせた。


「ロンドンにある、女性禁止の社交クラブみたいな雰囲気ですね。」


美奈があたりを見回しながら言うと、


「ほう、正解!
 家具や調度品はロンドンから運んで来たそうです。
 美奈さんは、お目が高いですな。」


背筋の真っ直ぐに伸びたバーテンダーが
にっこりと金子に微笑みかけた。


「いらっしゃいませ」

「ありがとう。」


バーテンダーにうなずくと、
美奈に向き直り、


「さ、何を飲みますか。
 先ほど言ったシングルモルトウィスキーも良いですが、
 きれいな色のカクテルもまた、おすすめなんですよ。」

「そうですねえ・・・」


美奈は、鈍い光沢を放つ天井や壁を眺めながら、
ゆっくりと返事をした。



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綿貫と長田は、自分たちのデスクの傍のテーブルを占拠して、
資料を積み上げ、今後のプロモーションの進行状況を確認していた。

綿貫は腕まくりをし、厳しい調子で、
加澤の組んだ進行をひとつひとつチェックしていく。
既に11時を回っていた。

ブルルルル・・ブルルルル・・・・。

綿貫のシャツのポケットに差し込んであった。
携帯が震えている。


「ああ、マナーモードのままだったな・・・」


呟いて携帯を抜く。


「綿貫です。」

「綿貫さん?
 あの、わたしです。小林です。
 お願い、助けて・・・。」


ひそめたような声が聞こえてくる。


綿貫の顔色は変わらなかったが、急に唇を引き結び、
眉間にぐっとしわが刻まれたので、
加澤は何があったのか、と綿貫の顔を仰いだ。


「・・・・」

「わかった。どこだ?」

「ああ・・・」


短い返答の後、携帯をぱたんと仕舞うと、
こちらを見上げている加澤に向けて、


「急で悪いが、先に出る。 
 後は適当に頼む・・・。」


言いおいて、デスクに戻ってジャケットを着ると、
コートをつかみ、加澤にうなずくと、風のように出ていってしまった。


「何だろう・・・?」


加澤はぽかんと、綿貫の座っていた椅子を眺めてつぶやいた。

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