AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  17-2.新しい朝

 

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美奈は・・・俺が好きなのか・・・?


思いがけない問いを受けて、うずめていた顔をあげ、
綿貫の瞳を見つめた。

冷静な、いつも通りの顔の中で、
目だけがきらきらと濡れて光っている。


そんな瞳で何てことを聞くの?


答えずにいるうちに、
綿貫が美奈を胸の中に抱き直し、髪に頬を押しつけた。


「俺は美奈が好きだ・・・」


思わず、綿貫の背中のシャツをぎゅっとつかむ。


「それを告げたつもりでいたんだが・・・」


美奈は胸に顔をこすりつけたまま、ゆっくりと頭を横に振った。


「お前が欲しいと・・・・言わなかったか。」

「『欲しい』と『好き』は違うわ・・・」


綿貫は、美奈のあごをもちあげて、自分の方を見させると、


「そうだ。そういう場合もある。
 あの時の美奈は、俺が欲しいと言ったが、
 好きではなかったんだな。」

「わたしの話じゃないわ。」

「じゃ、誰の話?」

「い、一般的に・・・そういう場合もあるでしょう・・・」

「じゃ、美奈は?」


綿貫の目を間近に見ていると吸い込まれそうだ。

返事ができない。
わたしの中で答えは決まっているのだろうか・・・・。


即答できない美奈を見て、綿貫はまた胸の中に抱き寄せた。


「いい。無理に言わなくていい。」

「違うの・・・。」


美奈が腕の中で顔を上げた。


「わたしは綿貫さんが好きだった。

 新入生の頃からずっと憧れていたけど、
 怖いし、近寄りがたいし、怒るし・・・。
 何より、かおりさんがずっとあなたを見つめていた。

 誰がいても、何を言われても、かおりさんの目の中には
 綿貫さんしかいなかった。

 とても・・・適わないと思ったの。
 わたしには、とても、あんな強さはないと・・・」


言い終わると、また綿貫の胸に顔を伏せてしまう・・


そうか・・・


肩を震わせている美奈の背中を、
綿貫の大きくて、繊細な掌が何度も上下する。

美奈の背中がだんだん、静かになる・・・。
綿貫の頬が美奈の首筋にぴったり寄せられる。


ああ、また流れ込んでくる・・・・

二人が触れたところから、電流のように流れ込んでくるもの。
これは何、綿貫さんの思い、エネルギー?


綿貫はそのままの姿勢でしばらく美奈を抱いていたが、
もう一度あごに手をかけると、唇を重ねた・・・


美奈が好きだ・・・・


彼の声が聞こえてくる。
本当の声なのか、心に聞こえてくる声なのか、区別がつかない。

でもいい。どっちでもいい・・・


ずっとずっとキスが続く。

美奈の唇を全部、味わってしまおうとするように、
何度も何度も包みこみ、こすりつけ、
唇の隙間から、温かい舌をからめる。

美奈の全身からすっかり力が抜け切ってしまうまで、止めなかった。

美奈の唇がうっすらと赤くなった頃、
やっと綿貫の唇が離れたが、顔はまだ離してくれない・・・。

美奈の目の数センチ先に、綿貫の顔があり、
こちらをじっと見つめていた。
金縛りになるような視線・・・・


「俺の声が聞こえた?」

ええ・・・


視線をそらさずに何度かうなずく。

綿貫の目が少し細くなり、
この上ない優しい瞳で微笑みかけてくる。


「なら、いい・・・」

お前の言葉は、もう少し待っている・・・


美奈はすっかり言葉を失って、
腕の中にすっぽりと納まっていた。

いつの間にか、音楽が止んでいた。





乾燥機のピー、ピー、と言う音で、美奈ははっと我に帰った。
綿貫の腕の中で、むくむくと顔をあげる。


「あれ、乾燥機の音?」

「そうだな・・・」


美奈が綿貫から手を放して、目の前で組み合わせると、


「ああ、良かった!これで帰れるわ。」

「そんなに帰りたかったのか?」


綿貫が不満そうに聞いた。


「そうじゃ、ないけど・・・
 でも、わたしだけパジャマなんだもの。
 落ち着かないわ。」

「じゃ、もう一度、洗濯機に放り込んで来よう。
 そしたら、まだしばらくパジャマのままだ。」

「そんな!止めて・・・」


立ち上がりそうにした腕をつかんで、
美奈が切なそうな声を上げると


「何だ、ホントに帰りたいんだな」


横目でにらまれる。


「そう言われると、帰したくなくなる・・・」


両肩をつかんで引き寄せられ、
交差した腕の中に閉じこめられた。


「綿貫さん・・・」

「何?」

「窒息しそう・・・」


かすかに笑い声が聞こえた。
腕の力が少し緩んだけれど、放してはもらえなかった。


美奈の喉を大きな手がこすりあがってきて、
自然に美奈の顔が上向きになった。

唇をふさがれるうちに、長い指がのどの上をそろそろと動き、
あごまで撫で上げたり、すうっと下に降りて来たり・・・・
何度も上下する。

ほんの少し、パジャマの合わせ目から、中に手が入り込んだだけで、
美奈はびくん、と飛び上がりそうになった。


「あ・・!」


唇をほんの少し外して、声が出る。

無礼な手は止まらずに、そのまま、
吸い付くようになめらかな肌を撫でて進み、
柔らかい丸みを包み込む。


「んあ・・・あの・・・待って」


美奈はパジャマの上から左手で、動き回ろうとする手を押さえ、
右手で、綿貫の胸を手で押した。

手の動きは止まったが、そのまま動かない。
問いかけるような眼差しが美奈に向けられただけだ。


「も、もう少しだけ待って欲しいの・・・
 自分でも何が何だか、わからなくて・・・あの・・」


きゃっ!


パジャマの中の手が、美奈を大きくつかんだ。


「わ・・・た・・ぬきさん、そんな・・・お願いです。」


返事はない。

柔らかい唇が、美奈の首筋を這い、
喉元に回って少しずつ降りてくる。

胸を押していた手首はつかまれて、外され、
腕を上から押さえている手だけが、
必死で手の侵攻を止めようとしている。

大胆な唇はいまや、美奈の喉元まで降りて来て、
もう少しで、やわらかい肉の丘へつらなる処まで来て止まり、
美奈の肌に熱い焼き印を押し付けているようだ。


つ・・・、どうしたらいいんだろう・・・


しばらくじっとしていた唇が深い息を吐くと、
熱い息が美奈の胸乳にかかる。


ああ、頭がバラバラになりそう・・・


肌を探っていた右手が、パジャマの胸元を大きく広げると、
美奈の左肩が露出した。
左の胸もこぼれ出てくる。

朝の光があふれている中で、自分の胸の白さに驚くと、
あわてて隠そうとしたが、その手をつかまれてしまう。

右肩もすっかり露になり、右の胸まで半分こぼれ出している。

パジャマのボタンが下の方でわずかに留まっているだけで、
美奈の真っ白な胸全体が、朝の光にさらされていた。


「わた・・・ぬきさん、こんな・・・」


美奈が震える声でつぶやき、胸を覆おうとすると
腕に絡み付いたパジャマごと、両腕を背中にまわされた。


ま、待って・・・


待ってはくれなかった。

白く輝いて、先がうっすらと色づいた柔らかい丸みに
そっと唇を寄せて、そのまま、ふくむ。

胸の先に感じる温かい、濡れた刺激が繰り返されるうちに
美奈の唇から、あらがう言葉は出なくなり、
代わりに熱い息がもれるようになった。


「隠さなくていい・・・
 お前はとてもきれいだ。」


美奈が目を開けると、綿貫の瞳があった。

目が合うとわずかに目を細め、美奈の額の髪を
ゆっくり、ゆっくり後ろに手で梳いていく。

美奈のパジャマは、肘の先にひっかかっているだけ。

上半身がむきだしになり、パジャマのパンツがずれて、
へそまで見えていた。


「わたしの声は聞こえないのね」


美奈は照れ隠しに、口を尖らせて抗議する。
綿貫はかすかに笑って、美奈の首筋にキスをした。


聞こえてる、だけど・・・


「美奈が欲しい・・・」


低い、波の底から響いてくるような深い声。
体中が震えてくるようだ。


「美奈は・・・俺を欲しがってくれないのか。」


また、しびれるように甘い声。

まっすぐに見下ろされる視線が強く、でも真剣に問いかけてくる。
その瞳を見ているだけで心地良かった。


「美奈・・・?」


わたし・・・。わたしは、あなたが・・・。


もう一度、自分を見下ろしている視線を見上げ、
ゆっくりと、両腕を、綿貫の方に向けて伸ばしていく。

綿貫が受け止めて、美奈の躯を固く抱きしめた。

それから、伸ばされた腕を自分の首に巻き付けると、
腕の中の躯を抱き上げ、軽々とベッドへ運んでいった。

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窓から差し込む光と影の位置が変わって、
午後になったことを知らせている。

美奈は、温かい胸の中にすっぽりくるまれて、
うとうとと眠っていたようだ。

彼の肌の匂い・・・・
彼の鼓動の音・・・

そこまでは知っていたような、知らなかったような・・・。

でも、こんな綿貫は全く知らなかった。

自分にとって綿貫は、はるかに先を行く憧れの先輩であり、頼もしい味方で、
その癖、妙に緊張させられる怖い存在だった。

でも、自分をひたすら求め、まっすぐに向かってきて、
熱のこもったキスを体中に降らせたのは、別の男性だ。

シャツを脱いで、むき出しになった体を合わせた相手には、
尊敬も感謝もなく、ただお互いの熱を伝え合う率直さと、
狂おしい欲望が行き交う。

こんなにも熱い人だと思っていなかった。

掌を裸の胸に当てただけで、
彼の思いがこちらにじんじん伝わってくる。

彼の唇が当てられただけで、
体に火がついて、焦げた痕がつきそうだった。


わたしは、この人を受け止めきれるかしら・・・

あの人は、かおりさんは、
どうして、こんな人の手を離せたんだろう?


「美奈・・・・」


男らしい手が美奈の肩をすべる。

大きくて、指が長くて、その癖、とても繊細な動きをする。
肌の上に手を感じるだけで、うっとりと陶酔してしまいそう・・・


「不安な顔をしている・・・・」


美奈は目を上げて微笑むと、自分を見つめる視線を受け止めた。


「あなたも・・・少し不安そう・・・。
 どうして?」


尋ねると、綿貫が苦笑して、
抱きしめる腕に力がこもった。


「この小鳥が逃げようとしているのか、
 俺のところにとどまろうとしているのかが、
 わからない・・・」


そう言うと、ふっと自嘲気味にわらう。


「美奈がどうしても欲しくて抱いたのに、もうこの始末だ。
 バカな考えだとわかっている。
 お前を閉じこめるつもりはないから、そんな顔をするな・・・」


閉じ込めるつもりはないって、どういうこと・・・


ぼんやり考えている美奈のあごを
指の背が優しく撫でる。

くすぐったい・・・

うふ、ふふふふ・・・・

美奈の躯が小刻みに揺れてきた。

しなやかに張りつめた腕がまた、巻き付いてくる。
美奈の肌の表を這って、さっき火のついた場所へと辿っていく。


「待って・・・」


美奈は自分の声が出るうちに、その手を止めた。


「5秒・・・それ以上は待たない」


自分の手をつかんだ美奈の手を交差させて、
左手で拘束したまま、美奈の顔を覗き込む。


「わたしが不安になったのは、
 今日みたいなあなたを見たことがなかったから・・・。
 
 あなたがこんな顔を見せるなんて、思いもしなかった。
 でも・・・」

「何だ?どんな奴だと思っていたんだ・・・」


美奈は、ちらりと微笑んで、綿貫をまっすぐに見つめた。


「嬉しいの。
 新しいあなたも・・・素敵だったから・・・」


優しい額が降りて来て、美奈の額にくっついた。
そのまま唇も降りて来ると、またそこから熱が伝えられる。


「ねえ、ねえ・・・もう壊れちゃうわ。」

「壊れたら、また面倒見てやる・・・」


唇で言葉を封じると、信じられないくらい柔らかな躯を抱き寄せて、
自分の波を伝えていった。


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