AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  21-1.わたしの居場所

 

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何となくスネたまま、タクシーを降りた美奈には、
目の前をすたすたと行く背中が妙に憎らしい。

そっぽを向きながら、
マンションの廊下の角でぐるっと方向転換すると、
目測を誤り、少し廊下に飛び出していたダクトに
左手を勢い良くぶつけてしまった。


「つ、痛っ!」


片目から涙がぽろっとこぼれそうになる。

鍵を開けていた綿貫は、一瞬後ろを振り向いたが、そのままドアを開け、
片手をかばって固まっている美奈に、あごをほんの少ししゃくると、
先に中へと招き入れた。

玄関に入って後ろでロックすると、


「どこをぶつけた・・・?」


顔をしかめながら、おずおずと左手をあげると、
その手をつかんで、ゆっくり口元に持って行く。

痛みでじんじんしていた左手に、
綿貫の唇が触れ、熱い息が甲の部分に広がる。

濡れた感触がほんの少し皮膚の上で動くのを感じると
美奈の背中がざわざわっと総毛立ち、
体が震えて、思わず一歩下がった。

綿貫は手を放し、
ほんの少し、口の端を上げて美奈を見る。

その表情が、どこか獲物を見る狼を思わせて、
さすがに不安になった。


「どうぞ・・・」綿貫が先に上がり、美奈も
「お邪魔します・・」と靴を脱いだが、


な、何だかエラいところに来ちゃったのかしら・・・。





「この前、綿貫さんも、真也や長田くんとお店を見に出たんでしょ?」


少しだけ見慣れた部屋を見回し、
コートやマフラーを外してフックにかけながら、
美奈が話しかけた。


「ああ・・。
 青山通りのこっち側から、
 美奈がQさんに荷物を全部持たせて、
 店の真ん前でメモしているのを見かけたよ。

 あれじゃ、まるっきり見え見えだ・・」


ネクタイを外しながらの答えに、
美奈の頬がぷうっとふくれる。


「だって、あんなことしたの初めてですもん!
 すぐに書かないと忘れちゃうし・・・。
 書いたって、最後はぐちゃぐちゃになってきちゃって・・・」

わかってるよ・・・。


綿貫は怒っているようには見えなかった。

この隙に言ってしまった方がいいかしら?


「あのね。Qさんがね。
 わたしに写真のモデルを頼みたいって言うんだけど・・・」

ふむ・・・。


綿貫の視線は何の表情もふくんでいなかった。


「それで、
 美奈はどうしたいんだ?」

「う〜〜ん、写真のモデルってどういうものなのか、
 全然イメージが湧かなくて・・・。
 ほんのちょっと面白そうだなって気はするんだけど。」


美奈は綿貫の顔色をじっと見守っていた。


ふむ・・・


「Qさんの写真があるぞ。見てみる?」

「うん」


綿貫は大股に歩いて、書棚の前に行くと、
さっと雑誌を一冊抜き出し、美奈に差し出した。


「俺は先にシャワーを浴びて、着替えてくる。
 適当にゆっくりしていてくれ・・・」





綿貫が行ってしまうと、美奈は渡された雑誌を膝の上で開いた。

ヴィジュアル系の雑誌で、その号の特集として、
Qの一連の写真が載っている。
だいぶ以前のバックナンバーだ。

ページを開くと、髪の長い女性を撮った作品が目に飛び込んできた。
カラーが多いが、モノクロも幾つか・・。

モデルの女性はうつむいて道を歩いていたり、
こちらを向いて、ほんのりと恥ずかしそうに微笑んでいる。


ふうん、素敵な作品じゃない・・・


女性は、カットソーらしい綿レースのアンサンブルにスカート姿で、
特に目立ったポーズはしていないが、
うきうきした、どこか弾んだ気持ちが伝わってくる。

だが、羽織っているカットソーがわずかにまくれ上がり、
肩とキャミソールのストラップと、その部分の白い皮膚が覗いて、
モデルの彼女があわてて隠すショットがあった。

風か何かで自然にまくれたのだろうけれど、
不意に露出した肌の白さと、彼女の仕草が
見ていて、かなりドキッとさせる作品が何カットか続く。

他も自然でいながら、小味の利いた写真だが、
見終わると、こちらを見る女性の目線が直接語りかけてくるようで
胸を騒がせるところがある。


秘密のデートスナップを覗き見したみたいだわ・・・


ドキドキともう一度、ページをめくり直していると、
綿貫がバスタオルを片手に、たちまち戻ってきた。


「はっや〜い!
 ちゃんと洗ったんですか?」


タオルで髪を拭きながら、こちらをぎろりと睨む。


「何を疑ってるんだ・・・。」


美奈の膝の上のページに目を留めると、


「どうだった?」


美奈は、ぱたり、と雑誌を閉じると、


「うん、とっても素敵な写真だったけど。
 や、やっぱりお断りします・・・・」


立ち上がって、雑誌を差し出す。

綿貫は、美奈の様子をちらっと見ると雑誌を受け取り、
すぐに棚に戻してしまった。


「決めるのは美奈だ・・・」


ソファに戻って、ほんの少し微笑むと、
横を向いて、髪を拭き始めた。


ふうん・・・・


近くに座る綿貫の横顔を見ていると、
何だか妙に胸がざわつく。

眼鏡を外し、半分濡れたままの髪が目元までまっすぐ落ちかかり、
鼻筋から唇、あごから首筋への整ったラインが、
くっきりと浮き上がっている。


ホントにきれい・・・なんだよね・・・


美奈の視線に気付いた綿貫がこちらを見て、


「何だ?」


いきなり間近から視線を浴びせられて、
どぎまぎしそうになったが、


「いえ!
 綿貫さん、帰るといつもこんな風にシャワーを浴びてるんですね。」

「そうだな。美奈はどうする?」

「わ、わたしはいいです。
 帰るかもしれないし・・・」

そう言わずにさっぱりしてしまえ。
どうせ、今日は帰すつもりなんかないから・・・。

「綿貫さんって、部屋に帰ると性格変わりますよね。
 ますますゴーインというか、俺様というか・・・」


いいから行って来いよ。美奈のパジャマも出してやるから・・・


「もう、パジャマ着るんですか?」

「そうだよ。これから『パジャマ・パーティ』を
 するんだからな。」

「綿貫さんは違うじゃない!」

「俺はこれがパジャマなの。
 ほら!」


無理矢理、手を引っ張って立たせると、
バスルームへと押しやり、自分はキッチンの方へ戻って行った。





美奈が結局、シャワーを浴びて戻ってくると、
綿貫がキッチンで飲み物を作っていた。


「それ、何ですか?」

「ただのジンライム。
 生のライムを絞るところがミソ。」


手を止めて、美奈の顔を見ると、


「今日は自分で髪が拭けるのか?」

「もちろんです・・・」

「遠慮しなくていいぞ・・・」


手を伸ばして、美奈のタオルを取ろうとするのを
美奈が手をひらひらさせて拒絶すると、
反対からソファに回りこむ。


だって、綿貫さんに拭いてもらうと痛いんだもん!




綿貫が出来上がったジンライムのグラスを持ってきてくれた。
軽く乾杯して、並んでグラスに口をつける。

ぐるぐると螺旋状にむいた皮がグラスから半分飛び出し、
きりりとライムの香りが立ち上がって、とてもおいしい。


「おいしい!いい香り!
 こんなのが作れるなんて、スゴいな。
 いっつもこんなのを作っているの?」

「まさか。たまにだよ。
 ライムを見つけて買っておいたのを忘れていたから・・・」


しばらく二人で、黙ったまま味わった。
冷たくて、甘さのない香りが心地良い。


「ふうん、こんなの、飲んだことない気がする・・・」

「そうか・・・?フレッシュライムを使うバーは結構あるぞ。」

「そう言えば、綿貫さんって、お酒に蘊蓄のある人だったね。」


またひとくちずつ、美奈が味わっていると、
美奈の携帯がピピピ・・と音を立てた。


「あ・・・」


綿貫がふっと視線を外した。


バッグから携帯を取り出して見ると、学生時代の友人からの
飲み会のお誘いメールだった。


なあんだ・・・・。


短い断りメールを返信しているうちに、
スパイロ・ジャイラのCDが
バッグからざらりとこぼれ出た。

綿貫が目を留めて、


「それ・・・買ったの?」


しまった!これを忘れていたわ・・・


「あの・・・・」


何と言えばいいのかしら・・・。


美奈の固まった様子に、表情をゆるめ、


「そんなに気に入っていたとは知らなかった。
 だったら、美奈にあげたのに。」


すごく優しい笑顔・・・
たまにこんな顔をする。

でも今は、逆に少し胸がちくっとした。


「同じのを持っていたかったの。」


その気持ちは嘘じゃないわ・・・


「そうか。よくこれだってわかったな・・・。」

う・・・・ん・・・。

「何て顔してるんだ・・・
 変な奴だな。
 この曲は古いけど、俺も気に入ってる・・・」


ふ・・・と笑うと
美奈の肩を抱いて、自分の方へ引き寄せ、
ふんわりと優しいキスをくれた。

唇がジンライムで少し冷たい。
これは、ソープの香りかな?


キスがやわらかく、包むようで、
支えてくれる腕があんまり優しくて、
目を閉じて、キスに集中している綿貫の顔を
見るのが切なくなってきて・・・・。


「Qさんにもらったの・・・」


唇が離れて、ふっと見つめあった時に、
美奈が告げた。

一瞬、何のことかいぶかる表情をしたが、
大きな目で不安そうに見あげている美奈に、ほんの少し微笑むと
だまってゆっくりと背中から抱きしめた。


「お店を見に行った時に足がくたくたになって、
 帰りに一緒にビールだけ飲んで帰ったの。
 
 その時にお店の中でこの曲が流れて、気になって固まってたら、
 曲名を知ってるか?とQさんに訊かれて・・・

『知らない、でも気になる曲だ』って言ったら、
 その後、このCDを会社宛に送ってくれたの・・・」


そうか・・・。


綿貫の腕の中で、一気に説明した美奈を
もう一度、柔らかく抱き直してくれた。


ごめんなさい・・・


綿貫の胸の上で美奈がつぶやいた。


「何であやまる?
 何も悪い事なんかしてないじゃないか。
 美奈が気にすることはない・・・」


綿貫の声が直接、体の中に響いてくる。
その言葉の優しさが、逆にちょっとつらい。


「お前らしくしていればいい。
 コマコマと余計なことを気にするな。」


美奈の髪に温かい頬がぴったりくっついていたが、
これを聞いて顔をあげ、まっすぐに見つめた。


「ほんと?」


穏やかな表情を目にして、ほっとし、
美奈が弾けたような笑顔を浮かべると、
綿貫はまた美奈を抱きしめ、耳元で言った。


「図に乗り過ぎない程度にな・・・」


何よ、ソレ!


美奈が腕の中で体をよじって抜け出そうとすると
笑いながらも急に力がこもり、美奈の回りの腕が強く締まる。


く、くるし・・!!


「時々は、俺の心臓のことも考えてくれ・・・」


は、やっぱり少し怒ってるじゃない!


美奈は堅く巻き付いた腕から抜け出そうと
もがきながらも、やっと心が軽くなった。





綿貫の腕の力はすこし弛まったが、美奈の頭上で
深いため息が聞こえた。


お前と来たら・・・、

という言葉と共に、おでこに手が当てられて、
ゆっくりと頬の上を指がすべる。


「どうしたの?」

「いや、美奈がパタパタあちこち飛び回るところを、
 見ているだけで疲れることがある。
 なるべく見ないようにしているんだが・・・」

「何よ!どういう意味よ。」

「美奈が一生懸命なのはわかっている。
 俺が時々、見ていられないだけだ。」


長い指で、すべすべした頬を何度もなでながらも、
美奈へ向けた視線を外さない。


「かつえ社長もやってくれる・・・」

「何を・・・メイクレッスンのこと?」

「・・・・」

「だってわたし、化粧品会社のプレス担当なのよ。
 習ってないとマズいじゃない。」

「それは、そうなんだろうが・・・」

でも・・・
俺はこのままがいい。

すっぴんで、寝癖アタマで、
でっかいパジャマを着てて、あ、着てなくてもいいけど・・・


美奈にぴしゃんと叩かれそうになり、
顔をさっと除けて、綿貫が笑った。


二日酔い気味でふらふら歩いている美奈がいい・・・


「変な趣味、そんなこと言うなら、今夜はう〜んと飲んでやるわ!」

「吐くまでか?やめとけよ・・・また二日酔いになるぞ。」

「だって、その方がいいんでしょ?」


ゆっくりと、またキスが降りて来た。


「ライムの香りがする・・・」

「他に何の香りがする筈がある?」

「さっきのラーメンの匂い・・・イタッ!」


美奈のほっぺたがきゅっとつままれ、
今度のキスはさっきより乱暴だった。


「ちょっと乱暴だわ」

美奈はその方が好きみたいだから・・・な。


今度降りてきたのは、唇にではなかった。

パジャマの一番上のボタンが外されて、
そのそばの布が、少し、手で広げられたところ。

ソファに背中を押しつけ、
きゅうっと吸い上げられると、小さく声が出てしまった。

やわらかく腕をつかまれているようで、
放そうとすると、まるで動けない・・・。

じりじり、じりじり熱い点が下へと下がっていく。

同時に長い指も、じりじりと下がって行き、
容赦なく美奈をあおってくる。

程なく、美奈は体が細かく震えてきて、
口から漏れる声を抑えきれなくなった。

あまりに快楽が激しいので、
のけぞって、自分に回る腕から逃れようとするのだが、
この腕が鋼鉄のように美奈の体にからみついて、
絶対に離れずに、絶え間なく美奈を攻撃する。


「ん・・あ・・・止めて・・・お願い」


お願いは全く聞き入れられることなく、
攻撃が逆に激しくなり、美奈はついに達してしまった・・・・


「きゃぁ・・・ん」


美奈の体が大きくびくびくと震えるのを、
からみついた腕が、満足そうに確かめると、
美奈からさっさとパジャマを抜き去ってしまった。


「ずるい・・・わたしばっかり・・・」


美奈が涙目で抗議したが、
敏感になっている背中に返事らしい唇を受けただけで、
また、体が震えそうになってくる。

遠慮もためらいもなく、美奈の体が後ろから大きく開かれると、
斜めから容赦なく貫かれた。


あああっ!!


大声をあげて、体がうねりそうになるのを
肩と膝をしっかり押さえつけられ、
自由な身動きは許してもらえない。

体に強い衝撃を刻まれる度に、奥の奥まで伝わって、
美奈は大声で叫び出しそうになった。


「待って・・・
 これだと気が・・・遠くなっちゃ・・・」


返事はなかったが、綿貫のものらしいうめき声を
美奈は自分の背中で初めて聞いた。


あれも綿貫さんの『声』・・・?


白く飛びそうになる意識の端で、
ちらっと美奈はそんなことを思った。



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