AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  21-3.わたしの居場所

 

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キッチンテーブルに置かれた袋から、魔法のように次々とパンが飛び出す。


「美奈、一体何人分、買ってきたんだ?」


袋から取り出す手を休めずに、


「ん〜〜と、お店に入る前に、『二人分だけ』って
 おまじないかけて入ったんだけど、

 やっぱり、ちょっと多かったかな・・・」


空豆のフォッカッチャ。黒ごまのフォッカッチャ。
トマトとチーズのマルゲリータピザ。
ドライいちじくとクランベリー入の全粒粉の田舎パン、
ベーコンを巻き込んだフランスパン・・・。


「まだあるの・・・」


ぱりぱりのアップルパイ、
アーモンドクリームの入ったパイのビティビエ、
ダークチェリーのクラフィティ


こんなものかな?

袋を逆さに振って、もう出てこないことを確認すると
にっこり笑いかけた。

綿貫は心底呆れているらしく、腕組みして黙ったままだ。


「だってさ、どれもこれもおいしそうで、
 これ以上減らせなかったんだもん。

 食べきれなかったら、明日の朝、綿貫さんの朝ご飯に
 丁度いいじゃない・・・ね?」


バッグから、小さなガラス瓶に入ったジャムまで
二つ取り出して、ぽんとテーブルに置いた。


「さ、食べよっ!
 お腹空いてる時に選んじゃったから、もう待ちきれないわ。
 一瞬、卵とかも買おうかと思ったけど、止めて良かったぁ」

「ったく、もう・・」


綿貫が美奈の頭をつかんでぐしゃぐしゃにすると、
ケトルを火にかけ、コーヒーミルを回して
聞き慣れた音を響かせた。





「綿貫さん、もっと食べてよぉ。」

「いや、もういい。
 俺はもともと、朝はあまり食べないんだ。
 この量を見てると、余計、腹がいっぱいになる。」

「もう朝じゃなくて、昼に近いわよ。
 ちゃんと栄養も補給しないと、
 だしガラみたいなものなんだから・・・」


なんだよ、ソレ!


隣から腕が伸びて来て、コツン、とやられる。


「とんでもないことを言うヤツだ。」


コーヒーを飲みながら、パラパラの髪をかきあげる。


「でもね、すっごく気持ち良さそうに眠ってたよ。
 うふふ、綿貫さんの寝顔、初めてじっくり見ちゃった。
 悔しいくらい、きれいなんだもん・・・」

「バカ!男に言う言葉か。
 男に言われるようになってみろ・・・」

「じゃ、言って。」

「そう言われて言えるもんじゃない」


美奈がまた、ふくれ気味になった。


ふ〜〜んんだ・・・機嫌悪いの。


口元からパイくずをはらいながら、そっぽを向いた。


「いきなりいなくなるなよ・・・」

「え?」

「いる筈だと思っていたものが傍から急に消えると、
 ちょっとショックだ・・・」


綿貫を見ると、伏し目のままコーヒーを飲んでいる。


「・・・前に、そういうことがあったの?」


大きな目を見張って、興味津々で覗き込む美奈に、


「そういうわけじゃない・・・」

「女の人に逃げられちゃって、それでトラウマになったとか。」

「こいつ!!」


綿貫が、美奈の頭をつかんで、腕の中に引っ張り込んだ。


きゃ〜〜ん!心配してあげたのに・・・・。


「俺にそんなことを言うのは、
 ホンットにお前だけだよ・・・」

「だから好きになってくれたの?」


腕の中から、大きな目が尋ねる。


「そんなこと、俺が知るか・・・!」


うふふふ・・・。

ぎゅうぎゅう締め上げられながらも、美奈も腕を回して、
綿貫の腰に抱きついた。


心配しなくていいよ・・・わたしはここにいるからね。


は・・・というため息が聞こえて
綿貫の腕もやっと優しく、美奈を包んだ。





「約束したでしょ?」

「確かに約束した・・・・。
 だけど、本気で食うのか?」


美奈と綿貫は、行列ができている鯛焼き屋の前にいた。

散歩したくなった、という美奈に引っ張られて、
ここまで歩いてきたものの、
すぐに、いい匂いをまき散らしている、
鯛焼き屋にひっかかってストップしている。


「さっき、たらふく食ったばかりじゃないか・・・」

「鯛焼き一個くらい何てことないわよ。
 だって前から、ずううっと食べてみたかったんだもん・・・」

「じゃ、一個でいいんだな。」


さっと店の方に行こうとする綿貫の袖をつかんで、
振り向かせると、


「折角だから、3個くらい・・・ね?」


そこの公園で待ってる、と美奈が告げて、
すぐ傍の児童公園でジャングルジムによりかかり、
綿貫を待っていた。

ふと見ると、ベンチに座っている母子連れも
並んで鯛焼きを食べている。

反対側の砂場の近くのベンチのカップルも
二人で鯛焼きを頬張っていた。


はああ、ここは鯛焼き公園なのね。
なんだか、いいなあ・・・・。


空が青く、空気は澄んでいたが風はなく、
日向はぽかぽかと暖かい。

杖をついたおじいさんが、別のベンチで休んでいる。


いかにも日曜日って言う日だよね・・・


やがて、公園の柵を大股で超えてくる、
背の高いシルエットを見ると、うれしくて飛びつきたくなる。


でも、おどかすと鯛焼きがつぶれちゃうからな・・・


ゆっくり近づいてくる、ジーンズの長い脚と革色のシューズを待ちきれず
美奈がぴょんぴょん跳ねて迎えに行った。


「きゃ〜〜、ありがとう!
 おいしそう、熱い、パリパリ、分厚い、
 うれしいぃ・・」

「礼と感想を同時に言わなくていい・・」


綿貫が笑いながら、小さな白い包みを美奈に渡した。
中にうす茶色の焼き立ての魚が3匹いる。


「綿貫さんも一つ・・・」


美奈が手渡そうとすると、


「俺は本当にいい。」

「何で?」


「甘いものをほとんど食わないのに、今朝はもう三口くらい食った。
 今月分は終わりだ・・・」


ふ〜〜ん、かわいそう・・・
こんなに焼きたてなのに、食べてもらえなくて。


「わたしが代わりにぜ〜んぶ食べてあげますからね・・・」

「全部はやめとけよ。」



鯛焼きの胴体を、真ん中からゆっくりちぎると、
濃い紫いろがかったあんこが見えて、
ぶわあっと白い湯気が立ちのぼる・・・。


ちぎったしっぽの方から、美奈がぱっくり噛みついた。


「おいし〜〜〜い!」


両手を震わせて感激している美奈を、
綿貫は呆れて見ていた。

美奈は頭の部分をさらに半分にちぎると、


「ほら!」


と綿貫の口の前に突き出した。


ホントにおいしいから・・・!


急に目の前につきつけられて、下がりきれず、
仕方なくぱくりと食べる。


「う・・・これで来月分も終わりだ。」

「でもおいしかったでしょ?」

「どっちかというと、しっぽの方がパリパリしていて好みだ。」


わ、やめろ!


綿貫の制止も間に合わず、美奈が2匹目の鯛焼きの
しっぽをちぎり始めている。


「じゃ、もう一回・・」


にこにこと魚のしっぽをぶら下げて、美奈が迫って来る。


ホントにもういい!
もう、口の中が甘ったるい・・

あら、大丈夫よ。
この鯛焼き、甘さ控えめだもん・・・


顔の前に両手をあげてじりじり下がる男を
女の方がうれしそうに追いつめる情景を、
ベンチの親子連れが不思議そうに眺めている。

結局、綿貫が拒み通して、
2個目の鯛焼きは、全部美奈が食べることになった。


「う〜〜ん、お腹いっぱいになって来たなあ」


3匹目の魚を見ながら、思案顔の美奈に近づかないように、
綿貫は鉄棒の反対側まで逃げてしまっている。


3匹目は連れて帰るか・・・・。


まだ温かい紙袋をハンカチでくるんで、
バッグにしまうと、綿貫のところへ走っていった。


「食い終わったのか?」

「うん!」

「全部?」

「ううん・・・」


答えて、また美奈が
バッグから何か取り出そうとするのを、手で押さえて、


「やめろ!
 お土産にしたらいいだろ。」


その言葉に、美奈の動きが止まって、
またバッグの口を閉めた。

綿貫は、実にほっとした顔をした。





満腹になって、やっとおとなしくなった美奈と共に、
公園の回りをぶらぶらと散歩する。

あらゆる木の梢に赤く大きく芽がふくらんで、
今にも破裂しそうだ。


「ほう、ぱんぱんだな・・・」


と言ってから、ふと傍らの連れを見ると、
お腹を押さえて、黙り込んでいる。


「美奈?」


う〜〜ん・・・・


美奈の視線が前に行ったまま、動かないのが気になった。
別に前方に何かあるわけじゃないのに。


「わたしも、ぱんぱん・・・みたい。
 ちょっとお腹が・・・痛いような・・・」


あわてて回れ右をすると、美奈の肩を抱えるように引きずって、
それほど離れていない、綿貫の部屋まで急いで戻った。


玄関を上がると、美奈がお腹を抱えたまま、


「う〜ん、ちょっと行ってきます・・・」


そのまま、洗面所の方角に消える。




あんまりそっちを気にしないように、
ラックからCDを選んでいると、
ずいぶん経ってから、
やや体を折り曲げ気味にした美奈がよろよろと出て来た。

ごろん、とソファのクッションにもたれかかると、
動かなくなってしまう。

ため息をついて、美奈の前にしゃがみ込むと


「あんまり一度に食い過ぎるからだ・・・」


ソファの青い顔が、うんうんと頷いて目を閉じる。

ふわり、とブランケットをかけてやり、
CDをセットすると、綿貫もソファに並んで座った。

おしゃべりの恋人には珍しく、
黙り込んだ体を自分にもたせかけると、
じっと寄り添ったまま、
バッハのメロディが、部屋の中を縫っていくのを聞いていた。





バッハの弦楽曲集が終わりに近づいた頃、
ブランケットの中身がもぞもぞと動き出して、


「ああ、助かった・・・ごめんなさい。
 もう、だいじょうぶみたい・・・・」


ぴょこ、とブランケットから顔を出し、
頭を綿貫の肩にのせた。


「しょうがない奴だな、お前は。」


やっとピンク色に戻ったすべすべの頬を、そうっと撫でてやる。


「だけど、美奈・・・。」


苦笑いを引っ込めると、美奈の顔を見つめる。


「今日は楽しかった・・・」


照れ屋の恋人の思いがけない言葉に、
美奈の顔がぱっと明るくなった。


「ほんと?」

「ああ、お前がいると退屈とだけは無縁だ・・・」


またまた、美奈のほっぺたがぷうっとふくれ出す。


「他に言い方はないんでしょうか?
 腕利きプランナーさん・・・」


人差し指をかざしながら、つめ寄ってくる。


「女性は褒めてくれないと、きれいになれないのよ。
 女優さんやモデルさんは、もともと綺麗だけど、
 ほめられるからもっと綺麗になるんだと思うわ・・・」

「そうだな。
 彼女達はそれを言ってもらうために結構な努力をしてるね。
 その努力を認めていますよ、というサインとして、
 俺みたいな者でも、なるべく気がついた時には言うようにしている。

 『きれいだ』と言うと、
 笑顔が100倍くらい良くなるモデルやタレントが多いし・・・」

「わたしも同じなんですけど」


ふくれ気味の横顔を見ながら、綿貫は微笑んだ。


「あんな言葉が欲しいのか?」

「欲しい。
 あの人たちと、おんなじ女性だもん。」


ふふふ・・・


ふっと美奈の耳元に唇を近づけて、低く囁く。


美奈はもう十分可愛いから、
それ以上可愛いくならなくていい・・・・


え?

わたしの聞き違いかしら・・・?


目をみはって、こちらを見る美奈から体を離し、 


「努力するのはいいことだと思う。
 
 メイクもファッションも立ち居振る舞いも
 気にしている人といない人では、まるで違う。
 どんどん頑張ればいいとは思うんだが・・・」


だが、何・・・?


めずらしく女性の話をする綿貫を、
ちょっと真面目に見つめ直した。


「美奈には、仕事と同じ言葉を言いたくないな・・・。
 お前はもっと違うところがいいんだよ」


ふんふんとこちらを見て、次の言葉を期待している、
ふっくらした頬をつついて、


「だから・・・

 酔っぱらってへろへろだろうが、
 食い過ぎでダウンしようが、
 俺にはこのままの美奈がいい・・」


???

美奈が難しそうな顔をした。


「もっと素直に言えないの?」


照れ男がちらっと横目で微笑むと、


「これくらいで勘弁しろよ・・・」

「ふ〜〜んだ、じゃ、もっと素直に
『可愛いよ』って言ってくれる人と、
 遊んじゃおうっと!!!」


こら、聞き捨てならない科白だ・・・


美奈の体を根こそぎさらって、ぎゅうっと締めつけ、
呼吸困難を呼び起こす・・・。

逃れようともがきながら、


「だって、わたし、優しい人が好きなんだもん!!」


だから、優しいこと言う奴が、
優しいわけじゃないだろう・・・


その言葉で、美奈の動きがぴたっと止まる。


「・・どうした?」


ぴたっと止まったまま、
ビー玉のような目で宙をにらんでいたが、
不意に、ゆっくりと綿貫に顔をすり寄せてきた。


「そうだった。そうだよね・・・
 また、忘れるところだった。」


大きな目が綿貫を見つめ、
白くて、細い指が頬にあてられると、
そうっとそうっと撫でられる。


「わたしも、素直じゃなくて、頑固で、
 その癖ゴーインで、○○○で
 とびっきり口の悪い男の人が良くなっちゃったみたい。」


さらさらの髪と柔らかい頬が、綿貫の顔をくすぐって、
温かで華奢な体が飛び込んで来る。


大好き・・・・


「何だか、逆説的な告白だ・・・。」



腕の中のとんでもなく柔らかい感触を確かめながらも、
何か言いたそうに開いている、ぷっくりとした唇に
触れずにはいられない。


困った・・・。
また帰せなくなるとマズいな・・・


背中にうずく、くすぐったい感情に戸惑いを覚えながらも、
また、お互いの唇の感触に夢中になっていた。



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