AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  24-1 週末

 

kohaku1_title.jpg





美奈にとって、久しぶりの土曜休みだった。

ここ一週間のことは全部ぼやけて思える程、
ただただ、電話と取材の対応に追われていた。

雑誌編集者は、夜遅い時間に連絡して来る者が多く、
打ち合わせが後へ後へとずれ込み、深夜まで会社に居残る日が続いた。

どうあっても、この週末に会社に来たくなかったので、
昨日はずっと会社に詰め切って、連絡と段取りを済ませ、
それから、いつ、どうやって帰ったのか、あまり覚えていない位だ。

家に帰ると会社の匂いが染み付いているようで、
とにかくシャワーだけ浴びると、何もかも放り出したまま、
泥のように眠ってしまった。





電話が鳴っている。

無視しようか、と思ったが、
外がずいぶん明るくなっているようにも感じて、
やっとの思いで手を伸ばして携帯を開いた。


「・・もしもひ・・・」


ふふ・・・と、電話の向こうで笑い声がする。

何で笑うのよ。
もう、くたくたなのに、やっと寝られる日が来たのに・・・。


「誰よ、いきなり電話で笑う奴って」


発信者も確かめずに電話を取ったことを悔やむと、
さらに大きな笑い声が聞こえた。


「俺だ。悪い、邪魔したみたいだな。」

「あああ、綿貫さん・・・。

 まだ・・・寝てたの。
 だって、毎晩1時に帰ってたんだもん。
 もう死ぬ。疲れた、ダメ。」

「大変だったな。
 でももう、そろそろ昼だろ?
 出られるなら、出てこいよ。飯でも食おう。」


昼ぅ?

そう言われて時計を見ると、もう11時だ。


「・・・・・」

「何だよ。めんどくさい?」

「だって、シャワー浴びて即寝ちゃったから、髪も何もめちゃくちゃで・・」

「寝癖なら、驚かないぞ。
 いいから出てこいよ。」

「う〜〜〜ん、わかった。
 どこに行けばいいの?」

「まだ汐留にいる。今日はもうそろそろ終われそうだ。
 何時頃なら出て来られる?」

「・・・3時。」


また笑い声がした。


「晩飯だな、それじゃ。
 わかった。新宿まで来いよ。
 あっちにも用事があるから・・・」


もうろうとしたまま、待ち合わせ場所をメモすると、
美奈はまたベッドに潜り込んでしまった。





3時過ぎに新宿3丁目から少し外れた
スターバックスで待ち合わせた。

美奈が入っていくと、綿貫は新聞を手に持ったまま、
ひとり掛けのソファにもたれて、半分目を閉じている。


「わたぬきさん・・・!」


美奈が声を掛けると、ぱっと目を開いて、
一瞬、不審そうに美奈を見た。


「うっ、お前、なんでサングラスなんか掛けてるんだよ。」

「冬の陽射しって斜めに入ってくるから、
 目が痛くなっちゃうことがあるんです。
 わたし、目が良過ぎるから・・・。」


寝過ぎでまぶたがぶわっと腫れてるから、なんて言えないわよ。


「あれ!」


カフェ・ラテとマフィンを手に、向かいに座りこんだ美奈が、
綿貫が持っていた新聞を手に取ると、スポーツ新聞だった。


「やだ、綿貫さん、スポーツ新聞なんて読むんですか?」

「何で、別に普通だろ。」

「へ〜え、どうだか・・・ほら、スポーツ新聞って、
 この辺にエロい記事とかいっぱい載ってて、
 電車の中で目を覆っちゃう。
 うっわあ!これは特にひどいわあ。」

「お前がそう言うのばっか、読んでるからじゃないのか?」


綿貫が不機嫌そうに、美奈をねめつけた。

美奈は構わず、スポーツ新聞をガサガサめくっていたが、


「野球もサッカーも終わってるのに、今頃どんなスポーツがあるの?
 競馬、じゃないし、ラグビーも終わったし・・・。
 あ、もしかして、お相撲が好きなんですか?
 しぶうぅ・・・。

 あら・・・!」


美奈がめくった芸能欄に、先日、本の出版記念会をした、
タレントの美月えまが、インタビュー記事になっていた。

ぽってりした唇が女らしい微笑を含んで、
紙面から笑いかけている。

この写真で見ると、儚いイメージ と言うより、
わりに肉感的なタレントにも見える。


「コレですか?」

「ああ・・・。
 ああいったライフスタイル本なのに、
 一部の男性にも売れているらしい。
 男性誌からも、ちょこちょこ引き合いがあって、
 グラビアとは違う扱いで、取材が増えているそうだ。
 『結婚したいタレントNo.1』とかでね。」


は〜〜〜ん・・・。


「笑顔が優しくて、お料理が上手で、
 家庭的で、お家のことが好きそうなのに、
 あんまりぬかみそ臭くない。

 だからかなあ。
 男の人は仕事して帰ってきたら、
 こんな奥さんが迎えてくれたらって夢に見るのかしら・・・」

「たぶんね。
 それに、何というか、しっとりした色気がある・・・」


む!


綿貫の言葉に、美奈の唇がとんがって来た。


「どうせ、わたしには無いものばかりですよ。」

「ああ。そうだな・・・」


さらっとした言い様に、よけい腹が立ってくる。


「何よ、普通は、そんなこと無いよって言うもんなの!」

「悪い・・俺は嘘が下手で困る・・・」


全然悪いと思っていなさそうな口調で、
綿貫がすましてコーヒーを飲むと、ふと美奈の方をみやった。


「美奈の食ってるの、それ何だ?」

「あ、コレ?
 起きてから何も食べてなかったから・・・。
 なかなかイケますよ。一口食べてみる?」

「チョコレートなのか?何だか不思議な色だ・・・」

「ああ、チョコじゃないです。
『黒豆ひじき赤味噌マフィン』・・・。
 ほら、ひと口あげる。」


美奈がマフィンを一口分割り取って、綿貫に差し出す。

目の前で大きく手をふって断りながら、


「なに?ひじきとか赤味噌とか聞こえたけど・・」

「だから『黒豆ひじき赤味噌マフィン』だってば。

 食べると一瞬チョコかな、って思うんだけど、
 ようく味わうと赤味噌の濃厚な味で、
 最後に舌先に残るのが、チョコチップかなあって思うと、
 実はひじきなんです。

 健康に良さそうでしょ?
 綿貫さんも食べた方がいいわよ。」


ぱくぱく平らげる美奈を、
恐ろしいものでも見るような目つきで眺めながら、


「そんなもの、本当に食う奴がいるのか・・・」

「あら、頭固いですねえ。
 和素材と洋菓子のコラボって、今や世界的に人気だそうですよ。
 広告屋の癖に、これくらい食べたことなくて、どうするんです?
 ほら・・・トライ!」


美奈の差し出す手を、新聞でブロックした。


「いらん!
 甘いのは基本的に食べないって言ったろ。
 それに・・・そういう頭で食べるものって好きじゃない。」

「頭じゃなく、ちゃんと口で食べてるわよ。
 どうせなら、おいしくて、体にも良い方がいいじゃないですか。

 他に『ゆず西京みそパウンド』もありますよ。
 そっちの方が試してみやすければ、買ってきてあげましょうか?」


立ち上がって、すぐにも注文コーナーに行きそうな美奈の服の端をつかんで、
あわてて引き留める。


「やめろ。いいって言ってるだろう!」


綿貫は自分が服の裾をつかんだせいで、
目の前に現れた、美奈の素足の太ももを見て、
改めて、立っている美奈の全身をながめ直した。


「何だか、今日のお前、
 会社にいる時とは、全然雰囲気違うな・・・」

「うふふ・・・今日は、ちょっとこういう気分だったんです。
 どう?」


美奈がちょっと照れくさそうに、ポーズした。

寝癖がひどかったので、髪の上部分をひっつめ、
くるくるした栗色のエクステンションでごまかした。

大きな茶色のフレームのサングラスを掛け、
デニムのショートパンツにブーツを合わせている。


確かに、会社にはちょっと着て行きにくいかな。
でも、たまにはいいじゃない・・・。


「変ですか?」

「いや、変じゃない。
 もう5才くらい若いと、もっと似合うかもしれないが・・・」


美奈はスポーツ新聞をつかんで、
綿貫の頭にさっと振り下ろしたが、
間一髪で躱され、新聞の先が整った鼻先をかすめた。


「ふん!
 一緒にいると、綿貫さんがおじさんに見えるかもね。」


ふくれた美奈が、綿貫に言い返した。
綿貫の方は、極細ペンシルストライプの濃紺のスーツだ。


「何とでも言え。
 ところで美奈は、A百貨店の売り場、見てきたのか?」

「何回か行きましたけど、土曜日のこの時間はないです。
 一緒に見に行きますか?」

「いや、俺はさっき見て来た。
 人と香水の匂いでごった返しているが、
 こんな日は、男が化粧品売り場をうろついても
 誰も気にしないのがいい。」

「じゃ、もう一度、一緒に行きましょうよ。」

「いや、一度で沢山。
 匂いだけで、酔いそうになったくらいだ。
 俺はこの先の本屋の『ジュンク堂』で探しものをしてるから、
 美奈が終わったら来いよ。」


綿貫は立ち上がって、
スポーツ新聞をゴミ入れにねじ込むと
あっけに取られている美奈に手を振り、
さっさと店を出て行った。





土曜日とあって、ジュンク堂の背の高い本棚の前にも人の姿が目立ち、
各本棚の横に作られた椅子には
ひとりずつ、誰かが、本を持って座り込んでいる。

他の書店とは、本の並べかたが違うのだが、
そこがまた面白くて、綿貫はゆっくりと本を見ながら移動していく。

30分ほど経ったあたりで、
そろそろ美奈が来る頃か・・と
綿貫が顔をあげかけると、


「やったあ!!
 今日こそは、綿貫くんとツーショットデートぉぉぉぉ!!」


およそ、本屋に似つかわしくない大声が響いて、
誰かが、綿貫の左腕をがしっとブロックした。


うっ!


綿貫が自分の左腕を救おうとしたが、既に遅く、
でっかい目の賑やかな顔の持ち主が、
しっかり綿貫の腕を抱え込んでいた。


「やっぱり、綿貫くんじゃな〜〜い!

 最近、会社でも滅多にスレ違わないのに、
 広い東京のこんなところでバッタリ出くわすなんて、
 すっごい偶然。
 やっぱり私ら、運命の赤い糸がつながってると思わへん?」


同期の江田が、大きな目をぐるぐるさせて、
綿貫の左腕を胸に抱え込んでいる。

やわやわと押し付けられた胸の、
豊かなふくらみが感じられて、居心地が悪い。


「相変わらず、大げさだな。
 こっちにも一度来てみると、他で見つからない本があったりして、
 時々覗いてるんだよ。」

「うん、わたしもそうだな。
 わたしと同じ趣味の人が、本棚の構成してるんじゃないかって思う時ある。
 で、結局、ついつい買っちゃうんだよね。」


江田も愛しそうに本棚を見渡した。


「そんな事より、本は逃げないけど、
 この偶然は逃したらいけないと思うわあ。
 ね、ね、これから一緒に飲みに行こうよ・・」


江田が素早く綿貫の袖をひっぱって、促した。


「いや、待てよ」

「何よ。これ以上、運命の神様に逆ろうたらあかんよぉ。
 行こ行こ!!」


綿貫の左腕を強引に自分の腕の下にはさみ、
そのまま引っ張って行こうとすると・・・


「あのう・・・?」


壁のようにそびえる本棚の脇から、
丸い目とくりくりの巻き毛が、ぴょこんと覗き、
ブーツをはいた足がためらっている。

美奈にしては遠慮がちに、すぐには近づいてこない。

江田は綿貫の腕を挟み込んだまま、
突然現れた美奈と綿貫の顔を、交互に見比べた。


「あれ、もしかして・・・、
 また本屋デートの途中だったの?
 ひゃああ、またまたお邪魔しちゃったみたいで、消えますぅ。」

「別に、あわてて消えなくても大丈夫だ。」

「いやあ、綿貫くん、はよ、言ってよぉ」

「江田が言わせなかったんだろ?」


自分の腕をやっと江田から取戻すと、
目をぱちくりさせている美奈に向き直り、


「広通の同期の江田さんだ。
 で、こちらは小林美奈さん・・・」

「よろしくお願いします!
 うわあ、可愛い人。
 ほんまに綿貫くんは、隅に置けないわあ。

 でも、どこかでお見かけしたような・・・。
 あの・・どちらのタレントさんでしたっけ?」

「違います!」


美奈が真っ赤になって否定した。


「そう?
 じゃ、どこで見たのかしら・・え〜と」


江田が首を傾げている。


「KAtiEのプレス担当だ。」


綿貫が横から付け加えると、


「ええ〜っ!
 じゃあ、もろクライアント先じゃない?
 そら、マズいよ。中原部長に言いつけてやろうっと。
 何て言うかなあ・・・」


綿貫がにらむと、江田が軽く舌を出した。


「あの・・・大学の後輩でもあるんです。」


美奈があわてて、釈明した。

そうなの?





せっかく出会ったんだから、という美奈の言葉で、
結局、3人で飲みに行くことになった。
行き先は、江田が旨いと主張した、大阪お好み焼きの店である。

女二人はすっかり意気投合してしまい、
鉄板の前で、ビール片手に気勢を上げている。

結果的に、綿貫が3人分のお好み焼きを作る羽目になった。


「へえ、江田さん、そんなこともなさるんですか。」

「そうよ。
 広告屋なんて、クライアントさまの命令で、
 嫌と言えることなんて殆どないのよ。
 笑顔で受け流しながら、
 頭の中で相手の顔を、百回くらい靴で踏みつぶしてるの・・」


江田がこぶしで、ガシッガシッとテーブルを叩いて見せる。


「きゃあ、おかしい!」

「本当よ。
 美奈さんは、優しいクライアントになって下さいね。」


江田がビールのジョッキをぐっと空けた。


「ね、ところで綿貫くんは、
 学生時代から、あんなコワイ顔してたの?」

「そ〜〜です!
 あんなもんじゃなくて、もっとコワイ顔で、
 デン、といつも不機嫌そうに睨んでました。
 すごく切れましたけど、もう怖くて、怖くて・・・」

「そうだろうねえ・・・。
 最近、幾分丸くなった気がしたけど、
 入社当初はもう、ぴりぴりとナイフみたいに尖ってて・・・、

 あ、もういいんじゃない?」


江田が綿貫の方を見て、お好み焼きを指差す。

綿貫が、飲んでいたビールグラスを置くと、
不機嫌そうに手を伸ばした。


「会社に入ってからもそうだったんですか?」

「そら、もう、取っ付き悪いったら・・・
 同期の間でも怖いって有名で」


やっぱりぃ〜〜!!


女二人がきゃあきゃあと盛り上がる中、
黙って、人数分のお好み焼きを引っくり返していた綿貫が、


「俺の悪口を言うのが楽しそうだな。」

「ん〜〜、すっごく楽しい!!」


二人が声をそろえるのをきいて、呆れた顔をすると


「何だよ、じゃ、俺は帰るぞ・・・」

「あら、あかんよぉ。
 綿貫くん、意外とお好み作るの上手だし、
 酒のつまみが消えてしまったら、つまらんやん。」

「俺はつまみか?」

「そうよぉ。黙って座ってるだけでつまみになるんやから、
 もうちょっと、我慢して座っててよぉ。」


江田の言葉に、きゃらきゃらと傍らで美奈が声を立てる。

憮然とした顔の綿貫が、お好み焼きの真ん中に、
ぐさっとへらを突き立てると、4つに切り分けた。


「でも、綿貫くんの連れとしては意外なタイプやねえ・・・」

「ええ、それ、どういう意味です?」

「いや、綿貫くんがこういう元気で、
 すぱすぱ物を言うタイプが好きとは知らんかったなあ。
 わたしは口説く戦術を間違えたわ・・・。」

「綿貫さんを口説いたことあるんですか?」

「だって正真正銘のイケメンやん!
 わたし、こう見えても面食いやから、何度、押し倒そうと思ったことか!

 でもこっちが必死に粉掛けてるのに、全然乗ってこないのよぉ。
 どっか欠陥あるんと違うかな、と思ってたとこ。
 やっぱ、しっとり路線で口説いたんが間違いだったんかな。」

「『しっとり路線』?」


綿貫が斜めに見返しながら、江田の言葉を繰り返す。


「いやあ、わたしの女らしさがわからんとは、と憤慨してたんやけど、
 もっと元気に押し倒したら良かったんやねえ。
 ああ、損した、損した・・・」


江田がさばさば言って、またビールのジョッキを空けた。





さんざん飲んで騒いだ後、店を出たところで、
江田が美奈に手を振った。


「じゃ、ここらへんで邪魔者は消えるわ。
 このお兄さんの面倒見たってねえ・・・」

「そんなあ、これから一緒にカラオケ行こうって、
 さっき言ってたじゃないですか。
 行きましょうよ。
 綿貫さんと二人で行ったって、つまら・・・」


江田は美奈の肩をつかんで自分のそばに引っぱり、
耳元に唇を寄せてささやいた、


「また今度!
 アレが居ない時に、二人きりで思いっきり行こ。

 ね、あの顔見てみなよ。だい〜ぶ、たまってるよ。
 これ以上邪魔したら、わたし来週、会社でリンチされるかもしれない!」


これだけ美奈に言うと、綿貫に向き直り、
わざとらしい位の笑顔を見せた。


じゃ〜〜〜ねえ、わたぬき君、ばいば〜〜い!


少々足取りの怪しい江田が、歌舞伎町の歩道を
手をふりながら、遠ざかって行った。

美奈が応えて盛大に両手を振り返し、


「楽しい人だったわ。
 すごく気に入っちゃった。また会いたいな。」

「じゃ、会えば・・・」


江田の言う通り、確かに綿貫は不機嫌だ。

やっぱり○○っているってこと?


美奈が妙な目つきで、綿貫を見つめると


「何だよ。変な目つきして・・・」

「いえ、何だか、今日はせっかく会ったのに、
 綿貫さんと全然お話してませんねえ・・・」

「俺のせいじゃないだろう」


まあまあ、そんな怖い顔しないで・・・。


美奈がするっと綿貫の腕の中に自分の腕を滑り込ませた。
綿貫が一瞬たじろぎ、横目で美奈をにらみつける。


「まあ、いいじゃない。たまには・・。
 歌舞伎町じゃ、はぐれると危ないから、
 こうやって歩く方が安全でしょ?

 でないと、酔っぱらってるから、
 どっかにはぐれちゃうかもしれないし・・・」

「はぐれたって死なないだろ・・・」


あくまで綿貫は不機嫌だった。

何でかしら。
リクエスト通り、一緒にご飯食べたのに。


「綿貫さん、もう帰るんですか?」


綿貫の足がふと止まって、美奈の顔をしげしげと見る。


「美奈はどうする。
 もう帰るのか・・・?」

「ううん。だって出て来たのが3時過ぎだし、
 まだ8時回ったところじゃないですか。
 早いですよ・・
 綿貫さんの顔も、あんまりちゃんと見てないのに・・・」


上目遣いで、機嫌を取るように言ったつもりなのに、
綿貫は全然、表情を変えない。


「俺は帰る・・・。」

「え〜〜っ!もう???」


美奈が口を尖らせると、


「じゃ、一緒に来い!」


今度は、美奈の方がぎゅっと肩をつかまれて、
片手を上げると滑り込んできたタクシーに、
たちまち押しこめられた。



 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ