AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  24-2 週末

 

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タクシーの中で、美奈は、
綿貫が眠そうにあくびをかみ殺しているのを見た。


「綿貫さん、寝てないの?」

「このところ、あんまりな・・・。
 でも毎日シャワーと着替えだけ、何とか確保してる・・・」


そうか、寝不足なんだわ。
本当にわたしも帰った方がいいのかも・・・。


そう思いながら隣の綿貫を見ると、腕組みをしたまま、
じっと目をつむっている。


逡巡しているうちに、車が部屋の前に着いてしまい
「適当にしててくれ・・」と
いつものように呟くと、さっさとバスルームに消えてしまった。

待つ程もなく、スーツを着替えた綿貫が髪を拭きながら戻ってくる。


「はあ、ホントに早い。カラスより短いかも。」


美奈が呆れて言った。


「帰った時の切り替えスイッチみたいなものだ。
 手を洗う代わりにシャワーを浴びてる。」


さっきの車の中より、幾分すっきりした顔で美奈を見た。


「何を飲む?」

「うん、何でも。さっきビールを沢山飲んだから、他の物がいい。」


綿貫がだまって立ち上がると、キッチンへ行き、
何やらカタカタ、シュポっ、トクトクトク・・という音をさせている。

急に興味が湧いて、キッチンに行った。

大きめのトールグラスに壜の中身を注いでいる背中に、


「何を作ってるの?」

「ジントニック。あまりジンが入ってない。
 氷とトニックが多め。
 今日はライムがないから、レモンだな・・」


どうぞ・・とキッチンカウンターで、
美奈にグラスを滑らせてよこす。

二人で立ったまま、冷たい喉越しを楽しんだ。

改めて綿貫の顔を見ると、少しあごの線がとがっているような・・。

眉間のしわは、今は見えないけど、
見なれた横顔に少し疲れが見える。

まだ濡れている髪を、無造作に後ろに撫で付けているせいかもしれないが、
連日の激務が響いているのだろうか?


うふふっ、超人綿貫も人間かあ・・・。


美奈は少しおかしくなって、グラスで冷えた指を
隣でグラスを傾けている首筋にきゅっと押し当てた。


うっ!つめて・・・。


首をさっとすくめて、こちらをにらむと、
すぐに持っているグラスを美奈の首すじにぴたりと当てた。


きゃっ!!
ひっど〜〜い!わたしは指だったのに。


綿貫はまた、平然とグラスを空けている。

小憎らしい筈の横顔が急に愛しくなって、
美奈の方から綿貫に抱きついた。

綿貫は少したじろいだようだが、
グラスを置いて、ちゃんと抱きしめてくれた。

美奈は綿貫の首に腕をまわし、背伸びして肩にあごをのせると、
自分と綿貫の首すじをぴったりと合わせた。

そのまま、しばらくじっとしている。


「どうした?」

「・・・こうしていると、流れてくるの。
 あなたからだけ、流れてくる・・・。

 わたしの中に、どんどん流れ込んで来て、
 満ちていくのを感じるの。」

「・・・・」

「わかる?」

「ああ、たぶん・・・」

「いちばん近いのが・・・『充電』かな?」


美奈はおかしそうにくつくつ笑った。


「『充電』?俺は電源か?」

「うふふ・・・。そうかも。
 でもわたしだけが、エネルギーをもらいっぱなしじゃいけないね。」


半身を起こして綿貫の服の肩口をひっぱり、
今度は自分の首すじを、綿貫のむき出しの肩に押し当てた。


「ほら・・・こうするとね、
 今度は、わたしのエネルギーがあなたに流れていく・・。」

「美奈の電源がここにあるのか?」


綿貫が指先で美奈の首すじをさすると、
くすぐったそうに首をすくめる。


「そう・・・ここのね、
 首すじのわきのあったかいところから、こうやって・・・」


綿貫の肩にそっと首すじを当て直すと、
ついでにとがったあごの先にキスした。


「あなたはわたしに、生きる元気をくれたんだもの。
 わたしもお返しに、エネルギーをあげたいな・・・。
 ちょっと、お疲れモードみたいだし。」

「だったら、もっと別の場所から、充電して欲しい。」


綿貫が美奈の唇をじっとみつめる。

美奈は、その視線にわずかに微笑むと、
広い両肩に手をかけて、首を伸ばし、
唇にゆっくり、自分の唇を押しあてた。

そうっと、何度も、何度もくちづける・・・。

綿貫の唇がすこし開いて、美奈のキスを受け入れ、
背中をさまよっていた手が美奈の肩を押さえると、キスを返した。





今夜は、二人でからまりあっていても、
どこか『交流』しているみたいだった。

エネルギーを与え合い、満たし、
相手の肌からの温かい流れを直に受け取る。
体中に喜びが、温かい思いが広がって行く。

そうやってゆっくりと動き合った。

そのうちに段々と美奈の体が震え、
漏れる声が大きくなって行く。

綿貫を受け入れているけれど、
自分の中の欲望がふくれあがって、
そのまま、綿貫にぶつけそうになる。


「どうした?」


美奈が大きな目で、自分を見上げたのに気付いて、
上からかぶさっていた綿貫が声をかけた。

美奈は自分の感じを、うまく言葉にできなかった。

だから、そのまま黙って見つめていると、
綿貫が美奈の額に額を押しつけて、
ゆっくりと髪を撫でてくれた。


「こうすると、お前の気持ちが、読み取れるといいのにな・・」

「わたしの気持ちが読み取れたら、
 あなたの気持ちだって読み取れちゃうよ。
 それでもいいの?」

「う〜ん・・たまには。
 そしたら、色々言わなくて済む」

「そんなの、ダメ。」


美奈はうっとり目を閉じたまま、腕を伸ばし、
綿貫の髪の中に指をすべらせた・・・。

そのまま、何度も何度も髪を梳く。


「今日は・・」

「ん?」

「今日は何だか、優しいね。」


そう言って微笑むと、長い指がすべり降りて
美奈の温かいところを素早く刺激した。


きゃっ!


美奈の躯が反り上がって、大きく揺れると、
突き出た胸の先が濡れた口の中にふくまれて、ころがされる。

続いての刺激に耐えられずに、たちまち目が潤んでくる。


「優しいねって・・い、言ったばかりなのに・・」

「物足りないって意味かと思った。」

「ちがうわ。
 珍しく、いじわるじゃなくて優しいって言おうとしたのに」

「どうかな。美奈は乱暴な方がいいんだろ。」

「だから、違うって言って・・・」


美奈の声が途切れる。

さっきより、もっと激しい波にさらわれながら、
今度は必死に綿貫にしがみついていた。





ことん、という音がしそうな位、綿貫の頭が静かに枕に埋まっている。

顔を近づけるまで、息をしていないんじゃないかと思われるほど、
全く動かずに眠っている。


何時間くらい経ったのかな?


その日の午前中、たっぷり眠っていた美奈は、
綿貫の腕の中で目を覚ましてしまった。


時計はどこ?


綿貫のいる側にデジタル時計があった筈だが、
大きな躯が邪魔して見えない。

躯を起こそうにも、後ろから腕がしっかり巻き付いていて、
起き上がれない。

すぐそばの顔がぐっすり眠っていることを確かめながら、
そうっと少しずつ腕を外していく。

やっと全部外し終わって、体を離した時、


「どこへ行く?」


くぐもった声が聞こえた。


「眠ってると思ったのに・・・」


そう言うと、たちまち後ろから腕が伸びて来て、
ぎゅっと抱き直された。

あ、と声が漏れそうになる。


「眠ってたよ。美奈がゴソゴソするから目が醒めた。
どこへ行く気だ?」

「何時かな、と思ったけど、時計が見えなくて・・・」


やっと頭を浮かせると、またも11時だった。
夜の、だけど・・。


「帰らなくちゃ・・・」

「帰る?ああ・・・そうだな」


まだ目をつぶったまま、呟いている。


「眠いんでしょう?起きなくていいよ。」

「じゃ、美奈も寝てろ。」


ぐいっと頭を押さえつけられる。

ん〜〜、もう。ベッドにいると本当に強引だ。



美奈は、綿貫に言わなければならないことを、
急に思い出した。


「あのね、わたしね・・・」


言いにくいな。


綿貫の片目が半分開いてこちらを見ながらも、
まぶたがぱちぱちしている。


眠そう・・・。


「Qさんの写真のモデル、引き受けることにしたの。」


美奈を抱いている腕から、少し力が抜けるのを感じた。


「なんで?」


何の感情も伺えない、低い声。


「うんとね。やっぱりやってみたくなったから。
 Qさんなら、何か信用できる気がして・・・。
 撮ってもらおうかなって思えたの。

 自分がどんな風に写るか、見てみたくもなったし・・・。
 だから、引き受けたわ。」


今度は、完全に自分の体から腕が解かれるのを感じた。

隣を見ると、綿貫が上を向いて、両手を額にあてている。
裸の肩や腕があらわになった姿に、今さらながらどきりとする。

が、まとっている空気は少し冷たくなったようだ。

そのまま何も言わない。
美奈は不安になって体を起こした。


「綿貫さん・・?」

「・・・・」

「わたしが決めていいって、言ったよね?」

「ああ・・・」


やっと開いて、こちらを向いた目は少し赤かった。


「言った。美奈が決めることだ。」


だが、また、それっきり黙ってしまった。

美奈は立ち上がって、近くに落ちていたシャツを羽織ると、
キッチンに行ってグラスを出し、
冷蔵庫に入っていた水を注いで飲む。

ベッドを見ると、綿貫は相変わらず上を向いて寝転んだままだ。

どうしようか迷ったが、やはり、もう一度ベッドに戻り、
綿貫の傍らに座った。

手の下からのぞいた頬のあたりに触れながら、


「ねえ、写真撮るだけだよ。別に何もないわよ。」


綿貫は額に載せた手の下から、ちらりとこっちを見た。


「わかってる。」

「じゃあ、わたし、そろそろ帰るね。
 大丈夫、ひとりで帰れるから・・・」


美奈の言葉に、やっと綿貫がベッドに起き上がった。


「バカ言うな。この時間にひとりで帰せるか。
 送って行くよ。
 ったく、お前は・・・。」

「何よ。」

「お前と一緒だと安心して眠れるんだか、
 眠れないんだかわからない。

 ちょっと気を抜いてると、こうやって爆弾を落とすし・・・」


うふふふ・・・


起き上がった綿貫の髪が乱れているのが珍しかった。


「頭、おもしろ〜〜い・・・」


「何だよ。おかげで、目が醒めちゃったじゃないか。」

不機嫌そうに、何度も片手で髪をかきあげている。

うふふふ・・・


「でもね、今日は綿貫さんから電話くれたから、嬉しかった・・・」


綿貫の視線がすっと美奈に注がれた。


「だってね、綿貫さんに遊んでって言うの、難しいもん。
 週末も仕事してるんじゃないかって思うと、
 いつ暇なのかわからないし・・・。
 メールしても、あんまり返事くれないし・・・

 だからね、嬉しかったの。会えて・・・」


美奈の言葉に、やっと綿貫の表情が少し柔らいだ。


「美奈と飯が食いたくなったんだ。
 できれば・・・・一緒に眠りたかった。」

「ふえ〜〜ん、食べて寝る為?
 すごく原始的な欲求の為に、呼び出されたんだね。

 でも・・・両方できたでしょ?」

「まあな。
 でも、どっちも中途半端だ。
 何だか足りない・・・。」


綿貫が手を伸ばして、美奈の手に触れた・・。
また、びりびりとした感触が走って、手を引っ込めそうになる。

ぐっとつかまれると、引き寄せられ、
すぐそばに唇が来る。


「全然足りない・・・」


言葉と一緒に口づけられる。


ずるいよ・・・帰れなくなるじゃない。


「帰るなよ・・・。」


その言葉で、ベッドに押し倒される。

上から、唇をふさがれ、、
美奈の白い胸を長い指が、また彷徨う。
体の奥が、じわりと熱くなってくる・・・


「帰るな・・・。
 いや、帰さない・・・」


綿貫の顔が美奈の首すじに埋められると、
美奈も、もう抵抗などできなかった。





朝起きて、シャワーを浴びてからは、
綿貫の長袖Tシャツとハーフパンツを借りている。

襟ぐりが少し伸びているので、片方の肩が半分のぞきがちだ。
ブラも洗濯中なので、何だか胸元が頼りない。

落ち着かなそうに襟ぐりをひっぱっている美奈を、
綿貫が面白そうに見ている。


「美奈、今度は着替え持って来とけよ。」

「ここに置いておくって意味?」

「ああ。いない時に、触ったりしないから・・・」


美奈がひゅっと鼻の頭を弾こうとすると、
綿貫がまたも顔を反らせてよけると、にやりとして
宙に浮いた手をつかんだ。

そのまま、美奈の手をこねまわしながら、
少し、黙っている。


「美奈。
 俺がこんなことを聞くのは、
 おかしいのはわかってて聞くんだが・・・」

「なに?」

「お前、昨日、泊まるって決めてから、
 家に連絡していた様子がなかったが、いいのか。」

「ん?」


真面目に覗き込んだ綿貫の顔を、
美奈の大きな目が捕らえて、一瞬、黙ったが、
すぐに大声で笑い出した。


「きゃ〜〜ははは、おかしい!
 だって、帰るなって言ったの、綿貫さんじゃない!」

「だから、おかしいのはわかってるって言っただろ」


笑い飛ばされて、憮然とした綿貫が美奈の手を放り出した。
今度は美奈の方が、綿貫の長い指をつかんで自分の手の中に包む。


「あのね。
 うちの父は大阪に単身赴任してて、
 母はしょっちゅう、父のところに行っちゃうの。
 今でも仲が良くって、毎晩、父から電話がかかって来るのよ。
 わたしが出ても『ママ居る?』って、それだけ。

 姉が結婚して、わりと近くにいるんだけど、
 もうじき赤ちゃんが産まれるの。
 そうでなかったら、母はとっくに
 父のところに行っちゃってると思うな。」

「へえ。そうなのか・・・」

「うん!それで、昨日、母は大阪に行っちゃってて、
 家にはだ〜れも居ないってわかってたから、
 連絡しなかったの。
 これでわかった?安心?」

「よくわかった。
 その間に不良娘は遊び倒しているわけだな。」

「誰が不良なのよ。
 毎日、すっごくまじめに仕事して、残業で遅いんじゃない。
 たまの休日に外泊させたのは誰よ。」


たちまち美奈の頬がふくれて、
両手で包んだ綿貫の手を、ぎりぎりともんだ。


「わかった、俺のせいだ。ふくれるな。
 コーヒーを淹れるから、離してくれ・・」

 
美奈に苛められていた自分の手を取戻すと、
綿貫がコーヒーを煎れに立ちあがった。



いつものコーヒーミルを引く音。
お湯の湧く音。

綿貫が細心の注意を傾けて、
ポットの注ぎ口から細くお湯を注いでいる、
繊細そうな手と、整った横顔。

少しだけ屈めた背中にシャツがぴんと張って、
きれいに背骨が浮き出している。

本人には内緒だが、コーヒーを淹れている綿貫の姿が好きだ。

普段よりずっと穏やかな表情で、
でも真剣に取り組んでいて、
美奈はいつもこっそり見とれている。

やがて、ふわぁっと芳しいコーヒーの香りが、
ソファにまで漂ってくると、美奈の顔も自然とほころんでくる。





コーヒーを前に、美奈はソファの上に両足を乗っけて、
寝室に置いてあった、木彫りの猫を弄んでいた。

綿貫は隣で新聞を開いている。


「ねえ・・・。
 わたしも、ちょっと気になったんだけど」


猫をいじりながら、口を切った。


「昨日、本屋さんで会った時、江田さんが
『また本屋デート』とか『またお邪魔しちゃって』とか、
 言ってたような気がしたんだけど?」


綿貫は新聞から目を離さなかった。


「そう言ったよね?」

「どうだったかな。」


知らんフリで新聞を読み続けている横顔が憎らしくなって、
猫を綿貫の頬にぐりっとすりつけた。


「いてっ!」


綿貫がにらむと、美奈が猫を抱き直しながら、


「な〜によ、しらばっくれちゃって。
 いっつも女の子と、本屋で待ち合わせしてたの?」

「・・・・」

「ふ〜〜んだ。ヤな感じぃ。」


美奈が唇を尖らせていたが、パンと手を打って、


「そうだ!
 今度、江田さんに直接聞いてみようっと。
 昨夜、名刺もらっちゃったしぃ。」


横目で隣の反応を見たが、相変わらず、
澄まして新聞を読んでいる。


はん!気取っちゃってさ。
そのうち見てらっしゃいよ。


綿貫は、急におとなしくなった美奈をちらりと見、
しばらくしてから、ガサガサと新聞を畳んだ。


「Qさんの撮影っていつだ。」

「わかんない。まだ何にも決めてない。
 お受けしますって言っただけ。」


美奈が不機嫌そうに、前を向いてふくれている。


「どこで撮影するって?」

「だから、知らない。
『僕に半日付き合ってくれればいい』って。」


ぷんと、ふくれっ面がそっぽを向く。

コットンのハーフパンツから思い切りよく伸びた素足のひざこぞうが光っている。

綿貫の頭の中に、先日、会社のフロアでの撮影風景が蘇った。


『美奈さん、回りを気にしないで
 僕だけを見て下さい・・・』


あのセリフには、カチンと来たが、
カメラマンとしては仕方がない。

この小鳥・・・籠に入れっぱなしにして置けないのが
最大の難点だ。


自分に背中をもたせかけながらも、
すねて横を向いている美奈を引き寄せながら、
綿貫は心の中で小さくため息をついた。


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