AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  26-2 関西出張

 

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真也、長田、美奈の三人で、再び売場に戻ると、
9時の閉店まであと一時間という刻限だった。

お客の数はさっきよりぐっと増えているようで、
フロア中に女性客があふれ却っている。

KAtiEブランドのカウンターには、
相変わらず行列があったが、一本だけ。
キット販売の列のみである。


「本日分のメークアップレッスンは、もう締め切ったんだけど、
 明日の予約を入れて帰る人が沢山いて、
 すでに結構埋まっているんだよ。
 明日購入されたお客様に対応しきれるか、不安だな・・」

瀬尾さんに、ピンチヒッターで入ってもらうかなあ・・・。


真也がつぶやいていると、フロアにあふれる女性客の波の中を、
綿貫と加澤の、のっぽペアがやって来るのが見えた。
後ろに誰かもう一人居る。

美奈たちのところまで近づいてくると、
綿貫が、後ろに居た人間を前に押し出して


「芳賀さん、ご紹介します。
 うちの大阪にいる小松です。」


紹介された小松は、真也や美奈、長田に向かって名刺を出し、


「初めまして。今回のアートディレクションを担当させて頂く、
 広通、大阪の小松です。」


170cmそこそこの、やや青白い顔の男性で、
髪の毛が真ん中から後ろまで立ち上がっており、
衿とカフスが白いクレリックシャツをノーアイロンで着崩し、
太めのデニムを穿いている。
 
いかにもアート畑の人間という雰囲気で、
濃紺ストライプスーツの綿貫や、
体にぴったりした、細身シルエットのスーツを着込んだ加澤とは、
まるで感じが違う。

名刺交換をした後、真也が


「もう上で始めているのですか?」

「ええ、7階のお客様は大方いなくなったろうというので
 先に組み立て始めています。
 私は先にそちらに行っておりますが、
 どうぞ、ここを見届けてから、おいで下さい。」

「わかりました」


倉橋に挨拶をしようとしていたが、
混み合ったカウンターで接客中なので、合図すら送れない。


「終わったら上がってくるでしょう・・・」


真也があきらめたように小松に言うと、
小松と綿貫たちが一礼し、先に7階の催事場に向かって行った。

もうそんなに時間がないはず、と売場に目を戻すと、
フロアの端から、サングラスにシルバー・コートの女性が
背筋をぴんと伸ばしたまま、鋭い目で見つめている。


「かつえさん!」


美奈が走り寄ると、かつえが微笑んでサングラスを取り、


「お疲れさま、本当にぎりぎりになってしまったわ・・・。」


ちょうど売場から出て来た部長に合図をし、
かつえの来店を知らせると、
急いで中から出て来た倉橋に、かつえが弾んだ声を掛けた。


「どう?」

「いいわよ!」


二人で肩をバンバン叩き合うと、大きな声を立てて笑っている。

それから、かつえは迷いなくコートを脱ぎ捨て、
バッグと共にビューティ・アドバイザーに預けると、
入店証をつけた、真っ白いパンツスーツ姿になり、
来店の客に向かい、よく通る声で挨拶をした。


「本日は『KAtiE』においで下さってありがとうございます。
 今後とも、よろしくお願いいたします。」


きゃあ、かつえさんじゃない!
という声がカウンターの客から上がり、
列に並んでいた女性が飛び出して握手を求めるとそれを制し、


「ありがとうございます。
 折角お並び頂いているので、ここでお待ちいたします。」


笑顔で女性を列に戻すと、キットの列の先頭にいた女性に、

「お買い上げ、有り難うございます。」

と頭を下げた。

女性がうれしそうに手を差し出すと、かつえが応えて握手をした。

それをきっかけに、キットを買って下さったお客ひとりひとりに声を掛け、
握手をしていく。

KAtiEの周りにいた客まで立ち止まって、
かつえが挨拶をしている様子を見、
あれこれとささやき交わしている。


かつえさん本人?
メークアップアーティストの・・・
このブランドって、そうなんだ。

へえ。知らなかった・・・
TVで見るより、背が高くて、細いのね。


何事かと、売り場に寄って来る客もいて、
KAtiEの周りはますます混み合って来る。




9時に閉店の放送が流れたが、お客の列は続いたままだ。
列に並んでいた最後の客にキットを販売し、
かつえが微笑んで握手をすると、すでに9時半を回っていた。

やって来たフロアマネージャーに、かつえが挨拶をしている。
倉橋も隣に並び、真也と美奈、長田も傍らで話を聞いた。


「『KAtiE』さん、さすがにすごかったですね。
 いやあ、うちも本当に嬉しいです。
 今日の売り上げが出るまで、まだ1時間以上かかりますが、
 わかり次第、催事場の方へお知らせしましょう。」


フロアマネージャーの言葉に、一同がうなずいて礼をした。


「では、わたしも会場の確認に行かせて頂きます。」


かつえが言って、倉橋の先導で7階の催事場へと移動した。





催事場に着くと、一面に青いシートが拡げられて、
足場が組み上がり、背景パネルの設置に入っていた。
装置の男性たちがバンダナを頭に巻いて、作業している。

背景が組み上がったところへ、
Tシャツにカーゴパンツのデコレーターが7人ほど、
脚立をもって移動し、黒い布をドレープさせて釘で固定している。


トントントン・・
ガンガン、ガンガン、ごとごと、ガッキ〜ン・・

大勢の人間が一斉に作業する音で賑やかだ。

かつえと綿貫、それに大阪側の小松が図面を拡げ、
セッティングの確認作業に入っている。
加澤は現場の質問に、図面を拡げて説明している。

真也は上がって来たフロアマネージャーと
入り口と出口、途中の席の並べ方等を確認し合う。


「明日のモデルは3人で行きます。
 美奈ちゃん、ちょっとここに立ってみて・・・」


美奈はモデルの代わりに、立ったり、座ったり、
歩いたり、ターンしたりと、かつえや真也の言う通りに動き回った。

綿貫と小松は、進行表の変更点をチェックしている。

そのこうするうちに、明日のモデルがマネージャーと共に顔を出し、
MC担当の女性もやって来た。


「おはようございま〜す!」


かつえが、モデルやMCと顔合わせをする間にも、
どんどんセッティングは進み、床と足場部分はほぼ仕上がって、
床や舞台の奥から、ぎっしりと花を置いていく作業に移っている。


「ここに短いランウェイを作りますから、
 足元、気をつけて下さいね」


装置の男性の説明で、モデルがその上を歩いてみる。

進行の微調整をこなすうちにも、作業は続いており、
3時間弱でショーのセッティングが完成した。




「甲斐さ〜〜ん!」

モヒカンにも、単に寝癖にも見える不思議な髪型の小松が、
後ろにむかって呼ぶと、ひときわ小柄なデコレーターの女性が
脚立を身軽に降りて来て、かなづちを持ったまま、小松の隣に並んだ。


「綿貫、紹介する。
 よく仕事を頼んでいるデコレーターのチーフ。」

「甲斐です!よろしくお願いします。
 小松さんにはお世話になっています。」

「僕の方がお世話になっているんだよ。」

「それはそうかもね・・・」


甲斐という小柄なデコレーターはカラカラと楽しそうに笑った。


「綿貫は僕の同期で優秀なんだけど、スーパードライってあだ名でさ。
 ほめない、笑わない、『うん』と言わない、と、
 内輪ではすごく評判悪いんだ。」

「綿貫です。こちらは、うちの加澤です。」
「初めまして・・・加澤です。」


小松の冗談めかした紹介にも全く動じず、綿貫が自己紹介をすすめた。


「小松さんと一緒に仕事してた方って聞いたので、
 どんな変わった人がおいでかと思ってたら、
 こ〜んな素敵な方がいらして下さって、
 うれしくてカナヅチを持つ手が何度も震えちゃいました。」

「いえ・・・てきぱきした仕事ぶりを見せて頂きました。
 仕事が速くて、ていねいだと聞いていましたが、本当ですね。」


綿貫はにこりともせずに、甲斐に向き合って答える。

「まあ、あなたのような人にほめてもらって・・・うれしい」

甲斐がやや頬を染めて、答えると

「どうも・・・」

と、ひげ面の男がぬっと、後ろから顔を出した。


「あら、やだ!余計な所に顔出して・・・」

と甲斐がひげ男をにらむと、小松が割って入った。

「わははは、甲斐さん、ダンナのチェック入っちゃったな。
 綿貫、ご主人の三田さんだ。」


綿貫や加澤が、三田と名刺交換をしている間、
妻のデコレーターはふくれていた。


「わたしが命の洗濯しているところに、いっつも割り込むのよ。」

「いや、亭主としては、一応、釘刺しておかないと・・・」


二人の調子に、傍らで見ていた真也や、美奈も思わず笑ってしまった。
二人とも、こういう場面に慣れていると見える。


いいなあ・・・。

美奈は仲の良さそうなデコレーター夫婦を見て、
ちょっと羨ましかった。

ご夫婦で、あんな風に仲良く、
一緒の現場を勤められるなんて、あんまりない。




セッティングを終え、打ち合わせが全て終わると11時半だった。
 
フロアマネージャーが、初日の売り上げを報告してくれた。
この売り場面積にしては、驚異的な数字だ。
絶好の滑り出しと言える。
 

「皆さんのご協力で、ついにうちのブランドが船出しました。
 明日は、さらに多くのお客様に来て頂いて、
 こちらのお店とうちのブランド、双方にとって、
 記念日となるような日にしたいと思います。

 では、明日また、よろしくお願いします。」


かつえが百貨店のマネージャー、デコレーター、
および、広通の面々に向かって深々と頭を下げ、拍手をもらった。


百貨店の通用口から滑りでて、夜の舗道には
KAtiEと広通の面々だけが残った。


「かつえ社長、いかがでしょう。
 この先に、ちょっとした立ち飲みの場所があるんですが、
 皆さんで一杯だけやって行きませんか?」


小松の言葉に、かつえが飛びついた。


「うれしいっ!
 誰かが、そう言い出してくれないかと待ってたの。
 このまま、部屋に帰れって言われたら、どうしようかと思ってた。

 うん、一杯だけ!明日があるもんね。
 今日を締めて帰りましょう・・・」





小松が案内してくれた場所は、オープンな感じの
スタンディングバーだ。

金曜の夜なので、店内はかなりの賑わいだったが、
小松が先に話を通しておいたものか、
奥にある、カウンターだけしつらえた穴蔵のような場所に案内され、
たちまち、生ジョッキがずらりと並べられた。


「んじゃ!お疲れさま!
 初日の売り上げ目標達成バンザ〜〜イ!」


かつえがジョッキを上げて、吼えると、
次々にジョッキを打ち付けて、

「バンザ〜イ!」と唱和した。

倉橋が珍しく一気に、半分ほどジョッキを空けてしまったのを見て、
営業部長が


「倉橋常務、大丈夫ですか?」

「だってもう、あとはホテルで寝るだけでしょ?
 明日は9時に集合すればいいんだし、
 もう、喉がカラカラだったのよ。おいしいっ!」


そう言いながら、見る間にジョッキを空けてしまった。
倉橋の顔が紅潮して、目がきらきらしている。


「かつえさ〜ん!もう一杯頼んでいいですか?」

「いいわよ。わたしも行くわよぉ!他の人も飲んでね」


倉橋とかつえは肩を組んで、大声で笑い合っている。

この人たちって、最強の戦友だわ・・・・

二人の様子を見ながら、美奈はつくづく感心をした。


残りの面々、いつもの広通ペア、KAtiEチーム、
それにモヒカンの小松を交え、
今日の報告やら、明日の予定をあれこれ話し合っていたが、
美奈は、だんだん、みんなの声が遠のいていくような感じがした。


「・・・なんですか?」

え?


気がつくと、小松が自分に向かって何か尋ねていたようだ。

他の者の視線も美奈に集まっている。


「あ、すみません。ちょっとビールでぼうっとしちゃって・・・。
 もう一度、言ってもらえますか?」

「いえ、当然ですよ。
 朝から会社の方を片付けて、こちらに飛んでいらしたんでは、
 さぞ、お疲れでしょう。
 そろそろお開きにした方がいいかもしれませんね。」

「いえ!まだ、全然大丈夫です」


美奈はそう言い張ったが、男性陣は誰も聞いてくれなかった。
綿貫は、ちらとも美奈の方を見ない。




「じゃ、美奈ちゃん。よく眠って明日お願いね。」

「かつえさんは、一緒のホテルじゃないんですか?」


かつえが倉橋と並んで、シルバーのコートを振りながら、


「一応、わたしたちVIPだけ、別のホテルにさせてもらったの。
 前に泊まったら、あそこの『ヘブンリーベッド』が気に入っちゃってさ。
 天国の寝心地をまた、味わいたいの。
 悪いわね。」


かつえが一同にウィンクして、タクシーを捕まえ、
宿泊先のウェ○ティン大阪へ向かって行った。


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