AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  26-3 関西出張

 

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12時過ぎにホテルに着き、フロントでそれぞれの鍵をもらうと、
翌朝、レストランでの集合時間を決め、「おやすみなさい」を言い合って、
三々五々部屋に引き取った。

真也、長田、美奈が同じフロア、
広通組の中沢部長、綿貫、加澤が同フロアの部屋だ。



美奈は部屋に入るとすぐにシャワーを浴び、
ほこりと汗を洗い流した。

午前中、会社の仕事を片付けてから新幹線での移動。
着く早々、混雑する売り場を歩き、
夕方から他の店の化粧品フロアも視た。

やっと終わって流し込んだビールの酔いも回り、
体はくたくたに疲れているのに、
頭の芯が冴えて、どうしてもすぐに眠れそうにない。

ホテルの部屋備え付けの冷蔵庫から、ミネラルウォーターを出して、
一気に飲み干すと、どうしても我慢ができなくなってきた。


会いたいな・・・。


一つ上のフロアに恋人がいるのだ。

この間の週末は珍しく二人でゆっくり過ごしたけれど、
あれからまた、会社や売り場ですれ違う日々を過ごしている。

何よりさっきのバーで、近くにあの顔があると
すぐにも側に寄って、甘えたくなってしまう自分に呆れた。

宴席と言っても、完全なる仕事の場ではないか。

そうわかってはいても、あの低い話し声を聞いているだけでうれしくて、
綿貫の姿を追いかけてしまいそうになる。
倉橋が綿貫に話しかけるのを見ただけで、心がざわめく。

要するに、あの姿が見えると、
気にせずにいられないのだ。


今から会いたいって言ったら、怒るかな・・・。


逡巡しながらも、美奈は携帯を開く手を止められなかった。


「もしもし・・」

「ああ。
 どうした?」

「うん、シャワーを浴びたの。」

「ああ。」


綿貫の声は全く平静で、さっき別れたままの調子だったので、
次の言葉を押し出すのに、少し勇気が要った。



「ねえ・・・」

「なんだ」

「今から会いに行ってもいい?」

「お前、さっき疲れてぼうっとしてたじゃないか。
 もう遅いだろう・・・」

「そうっと誰にも見つからないようにする。
 ちょっとだけ、顔が見たいの。」

「さっき見ただろ」

「もっと近くで見たいの。いい?」

「・・・・」

「顔を見て落ち着いたら、すぐ戻るから・・・。
 ね?いいって言って。」


しばらく沈黙があり、
やがて、電話越しに小さなため息が聞こえた。


「わかった。
 俺は8102、左が中沢部長で、右が加澤の部屋だ。
 絶対に間違えるなよ。」

「わかった!8102ね」


携帯を閉じる手ももどかしく、
美奈は、着ていたTシャツの上に大急ぎでコートを羽織り、
素足に靴をつっかけて、部屋を忍び出た。

美奈の部屋の両隣は、真也と長田の部屋だ。

ドアから顔を出し、廊下を見渡して、誰もいないことを確かめ、
エレベーターのボタンを押して、8階のフロアに降りる。

なるべく足音を立てないように廊下を急いで歩き、
8102の部屋の前に来ると、立ち止まって息を整えた。

ドアのノブに手を触れるか触れないうちに、
内側からドアが開いて、部屋のあかりを背に綿貫の顔が細く見えた。

開けてくれたドアの隙間から、するりと体を入れて、
部屋の内側に入る。

背中でドアの閉まる音がすると、はあっと息を吐いて、
胸を撫で下ろし、部屋の中を見回した。



美奈の部屋より幾分広いようで、
ベッドが二つならんだツインルームだ。

目の前で、綿貫が腕組みをして、美奈を見下ろしている。
髪がまだ少し濡れたままだ。

しばらく見つめあったあと、綿貫がほんの少し微笑んで、


「・・・気がすんだか?」


そう問いかけられて、
美奈の方から思いきり抱きついた。

ぎゅうっと背中に手を回して抱きつき、
顔を綿貫の首にこすりつけて、目を閉じ、息を吸い込む。


「会いたくて・・・」


綿貫も黙ったまま、じっと美奈を抱きしめてくれた。





お互いの温もりが行き交って、触れ合えた喜びに満たされる。

綿貫の手が美奈の背中をたどって首筋で止まり、
鼻先をすぐそばに近づけたまま、
じっと美奈を見つめた。

美奈は目を開けていられなかった。

目を閉じて、綿貫の視線を受け止め、
頬にかかる熱い息を感じ取る。

その後に来た唇の甘さに、体中が震える程だった。


キスをひとつ、ふたつ、みっつ・・・
までは覚えている。

その後は、自分からコートを滑り落とし、靴を脱ぎ飛ばした。

長い指が美奈の皮膚からTシャツをはぎ取り、
その他も全部あらわにする。

二つ並んでいたベッドの手前に美奈を押し込むと、
綿貫も着ていたものを脱ぎ捨てて、
シャワーでほてった躯をぴったり重ね合わせた。

お互いの感触を、てのひらで、お腹や背中の皮膚で、
熱くなった腿で、確かめ合う。

冷たくて平たいベッドの上を、二人で上になり下になりして、
抱き合ったまま、何度も転がり回った。



美奈の息は、すぐに熱くなってきたけれど、
綿貫は後ろからつかまえている恋人の白い背に、
浮き上がった骨の一番上あたりに、ひたと唇をつけたまま、
右手だけは、美奈の体の中心へと移動する。


「あ・・・!」


こんな場所で声を出してしまった自分の唇を掌で覆う。

綿貫がちょっと笑って美奈を覗き込み、
息だけでささやいた。


「こら・・・声を出すな」


美奈は大きな目で綿貫を見上げながら、
甘えるようにほんの小さく頷いた。

頷くと、すぐに綿貫の体が下りて来る。


「!」


美奈が唇を噛んで、こらえている。

額にうかんだ、苦しそうな表情を見ているうちに、
綿貫の息もあがってきた。

声を出してはいけないとわかっているのに、
綿貫の腕は、ますます美奈を強く締め付けて、
容赦なく攻撃を加え、
ベッドの奥に逃げようとする美奈を追いかける。


「あ!だめ・・・そんな・・あ」


壁際まで追いつめられて、胸一面に口づけられ、
きゅうっと強く吸い上げられると
美奈の背中がぐん、と反り上がって反転し、
すかさず、強い腕の中に捕まえられて、奥の奥まで突き通される。

あ、と、開いた口から出そうになった声を呑み込むと、
美奈の全身にびくり、と大きく震えが走り、
追いかけていた綿貫は、ますます止まれなくなった。


あえいでいる美奈の腰をしっかり腕の中にしめあげて、
構わずに追いつめる。

追いつめている筈が、いつしか、追いつめられてくる。

いつもの無邪気で快活な恋人の姿はそこになく、
自分の指に体に敏感に反応して、
一枚ずつ花びらを開いていくような、しどけない姿。

腕の中にいる生き物が、うす紅色に色づき、
大きくあえいでいるのを見ると、
ますます煽られてしまう。

声を出せずに我慢している美奈をいい事に、
綿貫は思い通りに、そして執拗に美奈を責め続けた。





美奈の大きな目が潤んだように焦点を失って、
じっと自分を見上げている。

大きく抵抗できない美奈を抱いて、
どの位経ったのかわからないが、
やっと美奈を解放してやることができた。

胸の中で、白い体はぐったりと力が抜け、
普段、おしゃべりな唇が言葉を失っている。

何だか、無理をさせてしまったようで気が咎め、
こちらに向かって、もの言いたげに開いた紅い唇を
軽くついばんだ。

唇を落とすと、わずかにキスを返してきたが、
まだ何も言わずに、だまって自分の目を見つめ続けている。

その視線が愛しくて、綿貫は何度も美奈の頬を撫でてやった。


すべすべと滑らかでほんのり紅く上気していて、
柔らかい桃のような頬。
その後ろのつやつやした黒い髪。

淡く微笑みながら、ゆっくりと手の甲を滑らせ、
頬や額にかかっていた髪をどけてやる。

美奈が身動きして、綿貫にまた寄り添ってきた。
しなやかでなめらかな体が、ぴたりと脇腹に吸い付く。


「ねえ・・・」


ごく小さな声で美奈がささやく。


「・・・・」

「あなたに・・・夢中みたいなの」


夢見たような表情で、美奈が囁いた。

綿貫はうるんだ目を見て、ほんのわずか唇の端をあげると、
また胸の中にしっかりと美奈を抱き込み、
てのひらで、少し冷たくなった肩から背中へと撫でていった。


「美奈・・・」


うっとり目を閉じた恋人のまぶたに口づける。
自分の想いもまた、この指先から伝わることを願いながら・・・。


恋人たちのまどろみは甘く続いている。

夜が明けるまで、もう少しだけ・・・。





ホテル備え付けのダイニングルーム。
バイキング形式で、各々の好きなものを選んで行く。

KAtiE関係者は、一応、ひと塊になってテーブルを囲み、
少々眠い顔で挨拶を交わした。

長田はご飯と出し巻卵、納豆と味噌汁を、もうすすっていたし、
中沢部長も和食の膳を選んでいた。

綿貫は和食のご飯と味噌汁、卵の乗ったトレイを前にしていたが、
それほど食欲があるようには見えない。


「綿貫は、いつも朝飯は食わないのか?」


中沢部長が尋ねると


「あまり食べないですね。
 牛乳飲んでパンかじることはあるんですが、
 こういうのは・・・」


自分の前の和食の膳を途方にくれたように眺めている。


「今日は昼飯がいつ食えるかわからんから、
 ちゃんと食っといた方がいいぞ。」

「はい、わかっています。」


美奈は一番窓際の端っこの席で、トレイに、
クロワッサンひとつとヨーグルト、オレンジジュースを乗せ、
まだ夢を見ているみたいなぼうっとした顔で、
オレンジジュースのグラスだけ持っている。


「いやあ、昨夜、部屋に引っ込んでから急に思いついたことがあって、
 綿貫さんの部屋に行こうと思ったんですよ。」


やせの大食いで、のっぽの加澤がオムレツの上にベーコンを乗せて、
盛大にぱくつきながら言い出した。

綿貫が黙ったまま、加澤に視線を滑らせた。


「で、シャワー浴びたあと、ちょっと行こうかなと思ったら、
 廊下だか、綿貫さんの部屋だかで、
 ガタンって大きな音がしたような気がしたんです。」


美奈もオレンジジュースを持ったまま、加澤をながめている。


「気になったんで、そうっと廊下のドアを開けてみたんですよ。
 そしたら・・・」


加澤が綿貫の方を見た。


「スーツ着たよっぱらいの親父が、
 綿貫さんと俺の部屋の向かいあたりの廊下に座り込んで、
 頭を抱えているんです。
 何か、どっかにぶつけたみたいで・・・」


綿貫がそのまま加澤の方を見ている。


「それで?」

「『大丈夫ですか?』って一応声掛けたんですけど、
 聞こえなかったみたいで、
 そのうち、立ち上がってふらふら〜っと行っちゃいました。
 綿貫さん、あの音、聞こえませんでしたか?」

「いや・・・」


綿貫が目を伏せて、小さく首を振った。


「そうですか。
 それで何となくドア閉めてベッドに戻ったら、
 用事忘れて、いつの間にか寝ちゃってたんですよ。」


言い終わると、美奈がにっこりと加澤に微笑みかけた。

その笑顔が妙に艶っぽくて、いつもの美奈に似ず、
どきりとするような不思議な印象を受けた。


あれ、俺、何かやったかな?
もしかして・・・


こっそり横目で綿貫を窺っても、
だまって味噌汁の椀を取り上げているだけで、
何も変わったことはない。


ま、いいか・・・


加澤は最後のベーコンを呑み込むと、
べっとりとケチャップのついたオムレツに取りかかった。


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