AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  27-2 番組収録2

 

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TV局の玄関まで来ると、雨が降り出していた。
そのせいか気温もぐんと下がって、息が白く見える。


「わ、降ってきちゃったなあ。」


長田が暗い夜空から降り注ぐ、針のような雨を見ながらつぶやいた。


「美奈さん、足、大丈夫ですか?
 車、こっちに回しますからね。」


持っていた美奈の荷物を綿貫に預けると、加澤が車を玄関に回してきた。
乗って来たのはバンで、後部にはキャンペーン用荷物が積み上げられたままだ。


「美奈さん、こんな車ですが、お宅までお送りしますから心配しないで下さいね。
 その前に、一度会社に寄らせてもらいますけど。
 瀬尾さん、リエさん、長田さんも傘ないでしょう。
 駅までどうですか?」
 

加澤が相変わらずの笑顔で、のんびりと申し出たが、


「いや、僕は傘持っていますから、駅まで歩きます。
 じゃあ、みなさん、明日朝一番で名古屋入りなので、ここで失礼します。」


瀬尾は一礼すると、足早に消えて行った。

残りの面々は、ぎゅうぎゅうとバンに乗り込み、
加澤が車を出した。

長田が会社に連絡を入れると、
真也がまだ残っていて、状況を心配していた。
何とか無事に収録が終わったことを伝えておく。

間もなく神谷町の駅に着くと、


「美奈さん、場合によっては明日、病院に寄って来た方がいいですよ。
 僕、芳賀さんに伝えておきますから。
 じゃあ、皆さん、お疲れさまでした。」

「わたしもここから帰るわ。
 綿貫さん、今度こそ、お部屋に寄るからね!」


長田とリエが車を降り、雨の中を歩き去って行く。


「美奈さん、後ろひとりですから、遠慮なく座席に足のせててくださいね。
 でも、本当に病院行かなくていいですか?
 この時間でもやってるところ、探せばあると思うんですけど・・・」

「ありがとうございます。本当に大丈夫です。」


加澤が、何くれと細かく気を遣ってくれるのが申し訳なかった。
足首は痛いというより、しびれて動かしにくい感じだ。

再び車が走り出すと、加澤は美奈に話しかけるのを止め、
低い声で綿貫と仕事の打ち合わせを始めた。


まだ夜の9時過ぎ。

あの深夜番組は生放送だろうと思い込んでいたから、
こんな早い時間に収録するのが意外だった。
放送の深夜1時までに細かい編集を済ませ、即、オンエアするのだろう。

綿貫がすぐに交渉してくれて、本当に助かった。
うっかりあのままにしておいたら、自分のトンでもない醜態が
今晩中に電波へ流れていたかもしれない。

家族には、TV収録のことを伝えていなかったが、
KAtiEの関係者は当然、チェックする筈である。

うう・・・

美奈は頭を抱えた。
間一髪で回避された、恐ろしい事態を考えると背中が寒くなった。





「美奈さん・・・。」


気がつくと車が止まり、加澤が後ろの席をのぞき込んでいる。
美奈はぼうっとしていたらしい。


「あ、はい!」

「会社に着いたんで、僕、ちょっとデスクに寄って来ます。
 すぐ戻りますから、その間ここで待っていてもらえますか?」


見渡すと地下駐車場だ。
辺りのスペースから、車が減ってがらんとしている。


「はい、このまま待ってます」

「じゃ、綿貫さん、僕すぐ戻りますから。」

「俺も戻る。」

「ダメですよ。
 美奈さん、具合悪いんだから、ちょっとだけここに居て下さい。」


言い終わると加澤がすぐに車を降りて行き、
あとの薄暗がりに美奈と綿貫が残される。


「あの・・・」

美奈が自分はタクシーで帰れるから、と言おうとするとメールが鳴った。
見ると倉橋常務からで、出先からTV収録のことを訊いてきている。

あわてて、今収録が終わった旨だけ伝えるメールを打ち始め、
打ち終わって送信する頃に、今度は綿貫の携帯が鳴りだした。


もしもし。

「綿貫さん・・」

加澤の声だ。

「印刷の後藤さん?今ごろ、来てるのか。
 わかった、俺もあがる。え?」


美奈はぼんやりと綿貫の電話を聞いていた。
一度だけ、綿貫がちらりと後ろを見る。


「本当に来てるんだろうな?・・仕方がない、わかったよ。」


パチンと音をさせて携帯を閉じる。


「あのう、わたし、ここからタクシー呼んでもらって帰れますから、
 綿貫さん、お仕事に戻っていいですよ。」


そうは行かない。

綿貫はいったん車を降りると、すぐ運転席に収まった。

「足をのせたままにしとけよ。」

一声かけると、返事も聞かずに車を出した。




駐車場から外へ出ると、夜の雨で道路が黒く光っている。
車内は温かかったが、外はぐっと冷えこんできているようだ。
歩いている人が、傘の中で体を丸めている。

美奈が片足をのせて座っている後部座席からは、
運転する綿貫の横顔すら、ちゃんとは見えない。
頑に会話を拒否したような肩先と、耳と頭の後ろがのぞくだけだ。

収録が終わってから、綿貫はほとんど口を利かない。
自分のことを怒っているのだろう。
彼女(?)たちの挑発に乗って、ヤラセまがいのでんぐり返りを披露してしまった。

あ〜あ・・・

美奈はひそかにため息をつくと、窓をたたく雨の筋に目をやった。





「美奈、着いたぞ。美奈・・」


すっかり眠りこんでいた美奈は、綿貫の声で目覚めた。
滴だらけの窓から見えるのは、まぎれもなく自分の実家だ。
最初に美奈の家の住所を訊いただけで、あっさりここに着けたらしい。


「ホントにうち?」

ねぼけているせいもあって、そんな言葉が口から出た。
綿貫がさらって行ってくれるかもしれないと
100分の1くらい期待していたのに。

加澤はそれを見越して、わざとらしく会社に戻ったのだと思っていた。

しかし綿貫は、見事にちゃんと家に送り届けてくれた。

窓の外の雨が激しくなっていた。
掛けたままのワイパーが最速に近い。

ひどい雨だなあ、とぼんやりしていると、綿貫が車を降り、
後ろのトランクを開けて、ごそごそ探った挙げ句、
埃っぽいゴルフ傘を取り出した。

それを開いて美奈の席側に回って来る。
緑と白の派手な傘で、綿貫が持つとまるで似合わないが、大きさは十分だ。
外からドアが開けられ、


「気をつけて。自分で降りられるか?」

傘をさしかけ、美奈が濡れないように気遣いながら、
手を貸して、美奈が車から降りるのを手伝ってくれた。

しっかりと美奈の背中を右腕でささえると、雨の中を少しずつ門へ進み始める。
大きな傘なのに、美奈にばかり傾けるから、綿貫の肩先を雨がたたく。


「送ってくれてありがとう。」

「いや、こちらこそ、怪我をさせてしまって申し訳なかった。
 今夜はゆっくり休んで欲しい。
 じゃあ、おやすみ。」

「おやすみなさい・・・」


そのまま去って行こうとする傘を、思わず美奈が呼び止めた。
何ごとかと戻って来た綿貫の腕の中に飛び込んで、「ごめんなさい」を繰り返す。

しばらくすると、傘を握っていない手が、
ほんの少しだけ、美奈の背中を包んでくれた。


「ほんとは怒ってるんでしょ?
 あんな醜態さらしたから。」

「怒ってない。お前は十分頑張ったよ。
 痛い思いして大変だったな。」

こちらの事前リサーチが足りなかったせいでもある。
クライアントに怪我をさせるなんて、本当に申し訳ない。

「そのうち、芳賀さんにもお詫びに行くよ。」

「なんで真也が出てくるのよ。」

「美奈の上司だろ?俺のクライアント先の担当者だ。」


そう言われて、綿貫の肩に頬をすりつけていた美奈が固まった。


「じゃあ、とにかくゆっくり休め。
 風邪を引かないように。」


美奈の体を離しながらの優しい言葉が、却って距離を感じさせた。

思い切り怒られて、お説教されて、
お尻のひとつもぶたれた方がずうっと良かった。
このままもう一度車に乗って、綿貫の部屋まで連れてって欲しい。
失敗して、笑われて、怒られて、ぺしゃんこのボロボロになった心を、
綿貫の手でなでて、抱きしめてもらえたら・・・。

だが、そうは言えなかった。


「ほら、早く入れ。」

「やだ。ここで綿貫さんが行くのをお見送りする。」

「送って来たのは俺だ。お前が門をくぐるのを見届けないと帰れない・・」


自分を見る視線の厳しさに、それ以上何も言えなくなった。

傘の中、しぶしぶ綿貫の体を離し、
門を開けて中に入った。


「ちゃんと入ったよ。もう行って。
 ぐずぐずしてるとお母さんが出て来ちゃうかもしれないよ。
 いいの?」

「今日はご挨拶せずに帰る。
 お母さんにもお詫びを言っておいてくれ。」

じゃ・・・。


綿貫が車に戻り、エンジンの音がして、
暗い雨の中、グレーのバンが消えていった。







「おっしゃ、キクちゃん、じゃ、もういちど最初っから行くよ。」

「いいけど、ホントに大丈夫なの?加澤ちゃん・・・」

「大丈夫、大丈夫!今日はもう誰も来ないからさ。」


陽気に答えて、加澤は手を振った。
上着もネクタイも脱ぎ捨て、シャツ姿のまま、
スケートボードを部屋の隅まで引っ張ると、
「いいよ〜〜」と声をかけた。

部屋の反対側にいる、ドレッドヘアの若い男がやや困惑顔で携帯のボタンを押すと、
結構な音量でヒップホップが流れ出し、
その音に合わせ、加澤が部屋の隅から滑り込んで来ると、
真ん中へんでくるくる回転を始めた。


「お、今度はいいカンジ!腕を付けるともっとクールなんだけど・・」

「うでぇ?こんなカンジ?」


加澤は中央でスケボーを回しながら、両手を体のまわりで大きく振った。
シャツのすそが全部パンツの外に出ていて、加澤が動くたびあっちこっち揺れる。


「いい、いい!そのまま、次のビートで天井に突き上げて・・」

Hop! Hop! Hey、ho! Hey、ho! Hey、ho!・・・・

リズムに合わせて、拳を天井に突き上げながら、
加澤のボードが部屋の中央でゆっくり回っている。


OH〜〜!うまいよ、もっとひざ柔らかく使って・・・!そう、そう!


バタン!!

いきなりドアが開き、振り向いた二人は凍り付いた。
ドアの内側に立っている姿が信じられない。


「い?わ・・・・綿貫さん、戻って来たんすか?」

「さっき、印刷の担当者が来てるから、
 これから打ち合わせるって言ったのはお前じゃないか。」


綿貫がポケットからハンカチを取り出し、
盛大に濡れそぼった肩口から水滴を払っている。

音楽が止むと、いきなり室内に静けさが戻った。
加澤の髪はくしゃくしゃ、顔も背中も汗みずくで、
胸の真ん中あたりまでシャツをはだけ、首筋にも汗がたまっている。

ドレッドヘアの男は、どうなることかと固まって息をひそめている。


「ででででも、みみみみなさんが怪我してるから・・」

「ちゃんと送って来た。」


やあ、ごくろうさん・・・。

びく。ドレッドヘアの体温が一気に下がる。

「ほんとに後藤くんが来てたんだな。」


怖いほど穏やかな声で綿貫が微笑みかけると、
ドレッドヘアの背中を冷や汗が走った。


「で、打ち合わせは終わったのか?」

「はっ、一応、終わりました・・・」

「見せてみろ」


加澤が汗と冷や汗の混じった額を拭きながら、
綿貫に仕上がりの色校を渡すと、

ふむ・・・

言ったきり、じっと見入る。

見入っている綿貫の頭越しに、加澤とドレッドヘアで目配せし合い、
ドレッドヘアが、そぉ〜っと加澤の乗っていたスケボーを拾い上げ、
抜き足で部屋の隅に行こうとすると。


「下の階から言われたぞ。」

へ?

「うちの企画会議室からガッタンゴットン音がするけど、
 一体何をやってるのか?って。」

「あ、そ、そ、そうですか?それはすみませんでした。」

「会議室でスケボーの練習するとは、いい度胸だな。」

「あ、いえ、その・・・。」

「ずうっと前、廊下でスケボーやった者がいるのを知ってるか?」

「知ってます。デザイナーの○○○さんですよね。
 いやあ、僕もあやかれたらいいなあ、なんて・・・」

加澤がむなしい笑い声をあげると、綿貫の手が止まり、ゆっくり顔が上げられた。

「いや、冗談です。」

ドレッドヘアは、さっきから交互に綿貫と加澤の顔を見ている。

「後藤くん、今日はもう遅いだろう。この先は後日にしてもいいかな?」

「はいっ!そうさせてもらいます!」


ドレッドヘアは直立して答え、闇雲に荷物をかき集めると
最後にスケボーを小脇に抱え、そそくさとドアの前に立った。


「では、失礼しましたっ!」

「あ、ちょちょ、ちょっと待って!俺もそこまで送ってきます。」


あわてて加澤もドアに向かい、二人そろって部屋を出た。
しばらく無言で二人、廊下をとぼとぼ歩いていたが、

「ねえ、加澤ちゃん、大丈夫?」

ドレッドヘアが心配そうに見上げると

「う〜ん、今度キクちゃんがココに来たときは、俺、もういないかも・・・」

情けない声を出したが、慰める言葉がない。

「てっきり今頃、彼女としっぽりやってると思ったんだがなあ」

誤算だった・・・。


いったい何と言って謝れば許してもらえるのか、
考えあぐねて、加澤は途方にくれていた。




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