AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム 37 嵐の前

 

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KAtiE同僚の長田が珍しく風邪で欠勤していた。
いつもひょうひょうと仕事をこなし、体調を崩したところなど
一度も見たことがなかったのに、もう二日も休んでいる。
たちの悪い風邪らしく熱が下がらないらしい。

美奈もふと軽い頭痛を覚えることがあった。
長田の分まで、メールの処理やリストの更新、その他もろもろの用事で
いつもよりさらに長くPC画面に向かい合っているせいだろう。
目の奥がずんと痛んでくる。

「目や腰のためにも、ずっと同じ姿勢はいけません。 
 30分か一時間続けて座ったら立ち上がって、
 ちょっとそこらを一回り」

以前アドバイスしてくれた医師の言葉に従って、
この際、資材ルームを覗いておこうと立ち上がり、廊下に出ると、
思いがけない姿を見つけて固まった。
背の高いシルエットが単独で廊下を向こうへと進んでいる。

綿貫さん・・・

ずいぶん久しぶりになる。この前、鍵をもらった時以来だ。
こんなに長く彼の姿をここで見なかったのは初めてかもしれない。

鍵をもらったものの、先日「地獄鍋」を作りに行った際の
しばらく忙しくなる、という言葉に配慮して、あれ以来部屋を訪れていない。
主のいない部屋にいても、不在をしんしんと感じるだけだと
わかったからでもある。

綿貫はめずらしく一人だった。
お伴の加澤の姿もなく、真也と連れ立ってもいない。


「綿貫さん!」


思い切って呼びかけた声に、真っ直ぐな背中が立ち止まって振り向いた。
美奈の方を向いたものの、驚いた様子もうれしそうな気配も
まるで見られなかった。
むしろ、いつも以上に張りつめて見える。


「ひさしぶりだな・・・」

「会うとそんなあいさつばっかりですね。」


会社の中とはいえ、恋人らしい反応がいっさい感じられないので、
美奈も少し緊張する。


「加澤さんはどうしたの?」

「今日は別口に回っている。」


答えた口調が固い。美奈はさらに一歩あゆみよった。


「どうかしたの?」

「いや、何も。なぜ?」

なんだか構えているように見えたから。

と、口から出かけた言葉を引っ込め、
「ううん、別に」とこちらも答えて微笑んだ。

「かつえさん、帰ってきたんだよ。」

「知っている。だから来た。」


社長のかつえが昨夜遅く、社にもどった。
空港からまっすぐ乗り付け、仕事関係の荷物を大量において行ったらしい。
時刻が遅かったので、恒例の社員への「ただいま宣言」はなかったが、
今朝は早くから出社し、詰まったスケジュールをこなしている。

「じゃあ、今日はこれで。」

立ち去りかける綿貫に「今度の金曜日いる?」と訊いた。

「金曜?」

振り向いた綿貫はかすかに眉間にしわを寄せたが、

「出張の予定はないが、帰るのは遅くなるだろうな。」

言葉を切ってから目を細め、無言で美奈に問いかけた。

「あの・・・金曜日、飲み会に誘われてるの。
 ママもまた大阪行ってていないし、鍵もあるし、どうせなら、あの、・・・
 うんと、酔っぱらって帰るなら近い方がいいかな、って。
 あ、忙しいなら寄るのやめとく。」


声がだんだん尻すぼみになるのを自分でも感じて、
提案をひっこめようとすると、ようやく綿貫の表情が和らいだ。


「好きにしたらいい。
 ミネラルウォーターとスポーツドリンクくらい買っておく。
 来る前に連絡をくれ。」

「わかった。かならず連絡する。」

「飲み過ぎるなよ。」

「だいじょうぶよ。お酒には強いんだから。」


疑わしそうに綿貫が眉を上げると、今度こそ黙って背を向け、
ホールへの階段を下りて行った。






「どうだ?体調は・・」


綿貫が広通の制作ルームに顔を出すと、テーブルについていた
江田、加澤、そらが一斉に顔を上げた。
金髪プランナー、岡本までもが部屋に詰めている。

綿貫の言葉は、もちろん「そら」に向けられたものだ。

そらは2日ほど入院し、小指を折った左手はギプスで固められてしまったが、
脳、その他には異常なく、体の打ち身程度という診断で、
今日から出社してきていた。

一同の前には無残にバラバラになった秋冬のプレゼンボードがあり、
そらが一枚一枚貼付けた葉の備品などは、別の袋に収められ、
それ以外にそらが描いたと思われる水彩画、CG処理の画像などが
並べておかれている。

「どうすることにした?」

綿貫が江田に訊くと、江田はため息をついた後、

「そらちゃん、今からボードもっかい仕上げるっていうの。
 でも手の自由が利かへんから、わたしらも手伝うことにしたん。」

わたしら?

江田の言葉に含まれるのはどこまでかと、金髪プランナーの岡本を見つめると

「僕もお手伝いすることにしました。
 あじさい製菓の仕事はあがってますし、社長さん、気に入ってくれてましたから。
 空いている今なら、ネコの手になれるかな、と。
 僕、もともと制作志望でしたし。」

「慣れない者が大人数で、おたおたしても却って邪魔なんじゃないか?」


綿貫の言葉に、そらが初めてこちらを向き、黙ったまま、
何度も首を縦に振り、小さくつぶやいた。

「ダイジョブ」

いつもすぐ目をそらしてしまう、そらのまっすぐで澄んだ視線に、
却って綿貫が押されそうになる。

「あっちはどうやて?」

江田が心配そうに訊く。
不安な表情を無視して、綿貫は淡々と答えた。

「思った通り、曽根副社長を通して森チームから、かつえさんへ
 さっそく秋冬企画プレゼンの申し出があったらしい。
 あちらはすでに大分前から用意していたようだな。
 プレゼンは明後日になった。
 うちのとあちらの案を両方見てから決めるそうだ。」


あさって・・・。

綿貫の言葉は、座っていた面々にしんと響いた。

「てことは今日と明日だけですな。
 ボードだけじゃなく、映像も一部修正しなくてはならない。」

金髪の岡本が静かに言った。
うつむいていた加澤が顔をあげると、

「うちの担当は綿貫チームだからうんぬん、て風に
 かつえさんが断ったりはしなかったんですね。」

「ああ」

いつになく真面目な顔で、加澤がため息をつくと、
そらの肩に手をおいて

「頑張ろうな、そらちゃん。
 俺たちがついてるから、なんとかして仕上げよう。」

そらは加澤の顔を見て、小さく微笑むと、
こくんと頷いた。

「ダイジョブ」





かつえが汐留の親会社、S社を訪れる回数は、最近めっきり減っていた。
株主総会、取締役会といった公式行事にはもちろんかならず出席するが、
それ以外にKAtiE代表の自分がうろうろすると、
S社内に不必要な刺激を生み出すようなので、必要最低限に抑えている。

加えて、KAtiE取締役でもあるS社の曽根副社長が最近、頻繁にKAtiEに現れ、
そこで話し合いが済んでしまうことも要因のひとつである。

ところが、今朝は特に公式行事も会議もない筈なのに
背筋をぴんと伸ばし、純白のスーツを着こなしたかつえが、
宝塚の男役のようにカツカツと靴音高く、S社内を進んで行く。

傍らに明るいたまご色のスーツに身を包んだ倉橋が、
柔らかいウェーブを揺らしながらかつえに従っている。
目立つ二人連れが廊下を行進していくと、
何事かとS社の人間が次々に振り返った。

二人が来客専用エレベーターに乗り込み、ドアが締まる直前に
ぐうぜん曽根副社長が通りかかって目を剥いた。
二人は箱の中からやんわりと挨拶を送ってきたものの、
止まらずにそのまま昇って行ってしまう。

曽根は傍らの森に向き直り、

「かつえさんは、いったい何の用だ?」

「さあ、わたくしには何とも。」

「ふうん。
 こっちに来たら、かならず先にわたしのところへ顔を出すように言ってあるのに。
 なんだ、あの態度は。」

「お呼出しを受けているのかもしれませんね。」

「呼出しって誰のだ?」

「わたくしにもわかりませんが、あの上は・・・」

「ふん、役員室と秘書室しかない。
 まあいい。帰ってきたらわかる。
 さあ、クリエイターが待っているんだろう?」

「はい。明後日のプレゼンに備えて緊急に来日してくれました。
 ご案内致します。」

二人は急ぎ足で社用車に乗り込むと、ビルを離れて行った。







広通の制作ルームを丸二日押さえた挙げ句、入り口をいちいち閉めて、
ドアの開閉をチェックしているとなると、社内でも少々目を引く。

先日、森サイドの人間がそらに怪我を負わせ、
制作ボードに損害を与えたことは知れ渡っているので、
さすがに今回、あからさまには様子を見に来ない。


「あ〜〜〜っ、もうダメっす。」

「こら!勝手に戦線離脱しない!これが終わるまで立ったらあかん。」

江田がボードの横でチョキチョキ鋏を動かしながら、加澤をにらんだ。

「んなこと言ったって、もう膀胱がぱんぱんで・・」

ハイ。

加澤の前に空のペットボトルが置かれた。

「部屋の隅、行ってしてね。」

「まぢっすか〜〜?ホントに使っちゃいますよ。
 ちょこっと飛び散るかもしれないっすよ、俺、キレが悪いから」

前を押さえながら、ペットボトルを取り上げて立ち上がった加澤を
江田がにらみつけ、

「わかったわ。2分あげるから、はよ行って出して来て。」

「ひょ〜〜、散歩を許された犬の気分っっす!
 行ってきます!」

「途中の柱にひっかけるなよ。」


金髪のプランナー、岡本まで、腿上げで走り出した加澤に
笑いながら声を掛けた。


「なあ。
 そらちゃんこそ、そろそろトイレ行った方がええんとちがう?
 一緒に行ったげるから。」


奥のテーブルのそらは、何時間も座ったまま作業に没頭している。
江田の冗談も全く聞こえないらしい。

そらちゃん、そらちゃん!

何度か大きな声で呼びかけられて、ようやくこちらを向いた。

「女子トイレに、連れションしに行こ。」

江田が片目をつぶって呼びかけると、そらがぱっと笑顔を浮かべ、
テーブルにつかまりながら、立ち上がった。

制作ルームを出たところで、廊下で立ち話をしていた(ように見えた)
森サイドの人間がさっとこちらを見た。

少し離れた距離から頭を下げ、挨拶しているのか、詫びているのか。

「まっだいるの、しつっこいわ〜。
 あの様子やったら、女子トイレにまでついて来そう。」

聞こえよがしの言葉に、近寄るタイミングを逸したようだ。

「ドアの外で張ってたかて、何もならんのにご苦労なことやわ。」

そらをかばうように江田が進んで行き、トイレに着いた。

「そらちゃん、手伝ったげよか?」

個室のドアにギプスの手を掛けたそらが、不思議そうに江田を見る。

「パンツ、ひとりで下ろせる?」

うふふふふ・・・

江田の言葉にそらが楽しそうに声をあげた。

「遠慮せんで言うてね。」

先客の女子社員はこのやり取りに驚いていたが、
江田はかまわず、個室からも声を掛けた。

「この機会にちょっぴりサボッとこ〜」





江田とそらの二人が戻ると、制作ルームの小テーブルに紙袋が乗っており、
中の寿司折を加澤がせっせと運び出している。

「う、加澤ちゃん、手ぇ洗った?」

加澤は振り向いて、両手を見ると

「あ、しまった!2分で戻れってんで、うっかり忘れました。」

「きゃ〜、そんな手ぇでお寿司さわらんといて。」

「あれも、これも、もうさわっちゃいました。匂いついてるかも。」

ひえ〜〜!

叫びながらみんなが集まって来た小テーブルから離れ、
腕組みをした綿貫が無表情でボードの状況をチェックしている。
機嫌がいいのか悪いのか、傍からは読み取れない。


「綿貫さん、差し入れ、ごちそうさまっす。」
「綿貫くん、ごちそうさま〜」
「綿貫さん、ごちそうさまです。」
「・・ゴチソウサマ・・・」


最後の声に綿貫が反応して、声の主の方を見た。
そらもめずらしく、まっすぐに綿貫を見る。

「具合はどうだ?」

こくん、と小さな頭が縦に揺れる。

「無理するなよ。」

ふるふる、と小さな頭が横に揺れ、加澤から寿司折を受け取ると
すとんとテーブルに座る。

「よかったねえ、綿貫くん、今日は返事してもらえて。
 そらちゃん、お寿司買うてきてくれたからって、
 嫌やったらあっかんべーしてええんよ。」


江田の言葉にそらは笑って頭を横に振り、
綿貫が江田をにらむと、一同から笑い声が上がる。

またドアが開き、今度は中原部長がビニール袋と共に入って来た。
中から強烈に焼き鳥の匂いがしている。

「どうだ、間に合いそうか?」
「はいっ、ちょうどぴったり晩飯に間に合いました。
 いただきまっす!」

また一同から笑い声が上がると、加澤がうれしそうに近寄って来て、
中原の差し入れを受け取った。


「小テーブル以外で食べたらダメよ。
 制作にこぼしたら、わたしがこの手で打ち首に処す!」

江田が宣言して、制作テーブルを遠ざけた。
金髪プランナー岡本が、綿貫にも寿司折を差し出したが、
軽く手を振って断る。
寄って来た岡本がそっとささやいた。

「大丈夫ですよ。もうほとんど出来上がりました。
 片っ端からそらがCGに仕上げて、音声も調整しています。
 念のため、バックアップも取ってますし。」

「そうか、わかった。」


そう聞かされても、固い表情がゆるむ気配がない。
中原部長が綿貫へ軽く手招きし、二人で部屋の隅に移動した。


「あちらの秘密兵器を聞いたんだろ?」
「ええ。」

綿貫の表情がかすかに動いた。

「昨夜、あちらがかつえさんと一緒にメシを食いに行ったそうだ。」

「そうですか。」

「最近の彼は、めったに商業関係の撮影は受けない。
 写真展やアート関係のエキジビションで活躍しているし、
 商業カメラマンというより、アーティストと呼ばれたいらしい。」

「映画も撮っているそうですね。」

綿貫が無表情のまま、つぶやいた。

森側の切り札は、強力なコネがないと接触すら難しい、世界的な大物と知れた。
名声と実力はすでにワールドクラスで、本人が気に入った仕事だけ
ごくたまに引き受けると聞いている。

たかが日本の1化粧品ブランドのために撮影を引き受けるなど、
信じられない僥倖で、森側のアイディアが採用されれば、
業界でもすくなからぬ波紋を呼び起こすことになるだろう。

「かつえさんとは、以前から親交があるそうだ。」

「ファッション誌で撮影をやっていた頃からの知り合いと聞きました。」

「そうか。また本人が色男だからな。」

「そうですね。」


カメラマンもいろいろだが、自身の魅力でモデルの緊張を和らげ、
他の人には見せない表情を引き出すのも実力のひとつ。
「彼」は本人に対する取材等は一切受けないが、
会った人はみんな彼を誉め称えるほど、魅力的な男らしい。

そんな男の作品を蹴ることがあり得るのかどうか。
考えると憂鬱になってくるが、こちらはそらを信じて完成させるしかない。


「本人もプレゼンに出席するのでしょうか?」

「それはないだろう。
 部外者だし、万が一負けたら、そんな仕事に関わっていたと
 知られたくないだろうからな。」

「あちらが負けるなんて、あり得るんでしょうか。」


中原部長が急に黙った。
すっと表情が引き締まり、眼光がするどくなる。


「綿貫、状況は絶対的に不利だ。」

「はい。」

「だが、本番でどうなるかは誰にもわからない。」

「はい。」

「もっと厳しい状況でプレゼンをやって、勝ったこともある。
 相手の手のうちは、既にわかった。
 こちらも直前ギリギリまで全力で当たれ。
 奇跡が起こるかもしれない。」

「はい。」

綿貫の肩に手を置き、差し入れの載せられた小テーブルへ向けた。

「食っとけ。まだ食えるはずだ。
 今、食っておかないと最後にスタミナ切れする。」

中原の顔に見慣れたしわがいっぱいに広がり、笑顔が向けられた。
綿貫は軽く頭を下げると、ゆっくりと小テーブルに向かって行った。




手持ちの時間はたちまち過ぎ、プレゼンは明朝に迫った。
明るいうち外出していた綿貫が、10時を過ぎて社に戻ると
疲れた様子の岡本が、制作室のドアを開けてくれた。

見れば、部屋の隅の段ボール上で、加澤が細長く倒れており、
江田が長机に突っ伏して眠り込んでいる。

そらだけが、PCに向かって変わりなく背中を伸ばしていた。
ゆっくり後ろから近づくと、一度だけ顔を上げ、
綿貫の姿を確認すると、すぐまた画面に視線を戻した。

「大丈夫か?」

こんなせりふばかりだ、と思いつつ、一緒にそらの画面に見入る。

「終わったら、通しで見せてくれ。」

そらが綿貫を見て、指をひとつ掲げた。

「1時間後か?」

こくんと小さな頭が動く。
相応に疲れは見えても、消耗しきった顔つきではない。
集中力は途切れていないと見える。

「そらは見かけによらず、タフだな。」

感心した目を向けると、そらがめずらしく微笑み返してきた。
江田が起きていたら何か言うところだろうが、
完全にバッテリー切れのようで、ぴくりともしない。

岡本から聞き取った状況を確認しながら、そらの仕上がりを待ち、
照明を落として壁のスクリーンに試写した。

以前より確かにバージョンアップしている。

「音声もそらが?」

「いや、昼間、ここのミキシングルームで合わせて、映像を変えた部分だけ、
 そらが微調整しているようです。」

「そらは休んだのか?」

「音が上がったあと、江田さんが強引に仮眠ルームに引きずって行って
 何時間か休ませました。それからはずっとあの調子。
 いや、タフですね。」

何度か作品を見直した後、照明をつけると、
部屋の隅から「わっ!」と声がした。

細長い加澤がさらに細長くなって、ひょろひょろとこっちへ向かってくる。

「わたぬきさん、すみません。」
 
「いや、いい。ずっと起きてるのは人間不可能だ。」

「そうです!」

急に勢い込んで綿貫の真ん前に立つと、

「綿貫さんも寝て下さい。」

「俺はまだ大丈夫だ。」

「大丈夫じゃないっす。いつもの怖いオーラが見えないです。
 疲れてひどい顔してるし・・・」

「お互いさまだろう。」

「ダメです。
 綿貫さんのオーラと甘い声も、数少ないこちらの武器ですから、
 部屋に帰ってしっかり仮眠して、
 かつえ社長と倉橋さんを惑わすくらいのパワーを取り戻して下さい。」

「まだパワー切れしていない。」

だから!

加澤が綿貫に歩み寄って手を伸ばし、いきなり両頬をつつんだので
思わず払いのけそうになった。

「なんだ!急に俺に惚れたのか?」

「ちがうっす。ここにもここにもクマができて、色男が台無しです。 
 相手はあのクソ厚かましい森なんですから、負けてもらっちゃ困るんすよ。
 即刻、部屋に戻ってパワーチャージして下さい。」

「俺だけ、今帰れるか。」

岡本まで歩み寄って来て、綿貫のそばに立った。

「綿貫さん、加澤の言う通りです。
 とにかく一度戻ってシャワーと睡眠を取って下さい。
 どうしても気になるなら、朝方戻ってくればいい。
 僕らもどうせ、着替えに帰らなくてはなりませんから。」

綿貫は長机につっぷした江田、背中をのばしたそら、
寝癖で髪の逆立った加澤を順番に見た。

「そらは僕らが見ています。
 何かあったら、即連絡しますから。」

懇願するような岡本の視線に綿貫がうなずいた。

「わかった。頼む。」

綿貫の声に、そらが振り向いて小さく手を振った。


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