AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム 52 提案

 

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あったかくて、ゴリゴリして、ちょっと窮屈だった。
美奈は寝返りを打とうとし、体の上にのっている腕に気づく。
一瞬、自分がどこで眠ったかを忘れて、焦ったが
ひさしぶりの天井が見えて、ようやく思い出した。

すぐ隣の体から、寝息がほとんど聞こえてこない。
生きてるよね?と心配になり、そうっと顔を近づける。
温かい息が顔にかかり、暗い中でも端正な寝顔が見えた。
こんな近くで顔を見たのは、久しぶりの気がする。
しばらく眺めてからほっと息をつくと、そのまま動かずに目を閉じ、
首の下にある腕の堅さと、腰に置かれた腕の重さをじっと味わう。

愛しい重み、愛しいぬくもり。

心の底から喜びが湧いて来て、そろそろと隣の体に寄り添う。
懐かしい匂い、堅い胸の感触。
触れたら起こしてしまうかも、と思ったものの、
手で確かめずに居られない。
胸から肩をそっとたどって、首すじに顔を寄せ、あごの先にキスをした。
不意に触れていた体が動き、腕が背中に回ると、
ぐっと引き寄せられる。

まつげが動いて、ゆっくりとまぶたが開いたり、閉じたり。
かなり眠そうだ。
それでも抱き寄せられる力は強くなった。

もう、目が・・・さめたのか?

かすれた声が唇から漏れた。

ううん・・・まだねむい。

息だけの声で伝えると、体を寄せてさらにしっかり抱きついた。
大きな背中、肩甲骨、首すじまでを指でたどると、
す、と首がすくめられた。

くすぐ・・たい。

その様子に、声を立てないまま美奈が笑う。
うなじをたどって、髪の中まで指をもぐらせると、
綿貫が頭を振って、す、と息を吸った。

うふふふ・・・ここ、弱いよね。

言ったとたん、するっとぬかるみを撫でられた。
今度は美奈が大きく息を吸い込むと、綿貫が体を入れ替えて
上からのしかかり、目をひらいて顔をのぞきこむ。

お前が起こしたんだぞ。

目を閉じて、2度、3度口づけると
すぐに体を割って、入り込んできた。
まだ半ば眠っていた体を大きく割られて、美奈が喘ぐ。
上に乗った恋人は、寝起きとは思えないほど、
強くみしみしと体を押して来る。

あ!・・まって・・・う・・ん

切ない喘ぎ声にも、動きは止まらない。

待つわけない。
あれもこれもしてやろうと、考えてたんだから。
え、いつ?
ずっとだ。

ぐん、と体を突き上げられると、美奈の口から大きく悲鳴がもれた。

お願い、もっとゆっくり・・。

涙まじりの嘆願にそっと体を横向きにすると、
暗闇に白いふくらみがふるふる揺れた。
つかみとって手のひらに包み、柔らかさを確かめ、口に含んでころがす。
美奈が大きく反って、ぴいんと張りつめた。

願いに応えるよう、ゆっくりと奥まで挿しこむ。
しなやかな体がくっと締まり、また声が上がった。

まだまだ・・・

喉にひとつ口づけると、足を抱えて肩にかけた。
瞳の焦点がゆらいでいる。
体はこんなに反応しているのに。
そのまま、容赦なく押し込むと美奈の両手が泳いで、
切ない声がもれ、綿貫をあおった。

もっともっと。

体の奥から聞こえてくる声に従い、引きずり上げては責めこむ。
熱くよじれ、うねる体を押さえてかき回すと、
きゅうっと締め上げられ、綿貫からも声がもれた。
二人そのまま、真っ直ぐに駆け上がる。



気だるい体を、背中からすっぽり覆った。
柔らかな髪を撫で、こめかみにそっと唇を落とす。

とろとろの体は声を立てないまま、背中をくん、と反らしたが
こめかみの唇を離さず、さらに強く押し付けた。

う・・・ん
動くな。美奈を味わってる。

抱く手をゆるめず、唇だけ移動させる。
柔らかい髪、なめらかな肌、温かい体。
こんな風に毎朝、目覚められたら・・・?

腕の中の恋人は、ぐったり目を閉じたまま。
何を言っても聞こえまい。
離したくなくて、宝物のようにじっと抱きしめると
しなやかな体から、さらに力が抜けていく。
そっと揺らすとそのまま、眠ってしまったようだ。




まぶた越しに白い光を感じて、美奈は目を開けようとしたが、
まぶしくて開けられない。
目の上に腕を乗せて、片手で隣をさぐると布だけの感触。

あれ・・・?

なじんだ温もりがない。

てのひらで、ざらざらシーツを撫でていると
そっとその手をつかまれた。
見上げれば、ぼんやりと人影。
傍らに重さが加わり、ベッドが少しかしぐ。
目を閉じたまま手をのばして触ると、布の感触。
服を着てるのね。

おはよう、目がさめたか?
う〜ん。

目をこすって、体を起こそうとすると、
ベッドに座っている綿貫がひっぱり上げてくれた。
そのまま、自分のひざに裸の美奈を乗せてしまう。
綿貫に巻き付いた美奈が「つめた・・」とつぶやくと、
小さく笑った。

「お前はあったかいな。」

白っぽい唇を少しひらき、とろんと半眼にひらいた恋人を
ひざに抱え直し、額と額をこすりつけ、顔を見てからほおずりをした。

あ・・
何だ?
ひげが生えてる。
ああ、悪い。まだ剃ってないからな。

確かめさせるように、もう一度、頬をこする。
柔らかい体がもぞもぞ、顔をそむけようとするのを抱き直した。

「お前、今日はこのまま、何も着なくてもいいぞ」
「しゅけべ」

鼻にしわを寄せてつぶやいた美奈に、低く笑って頬に口づけた。

「どんな服を着るより、きれいだ。」

照れくさいほめ言葉は、い〜っとしかめっ面で返されたが、
しなやかな腕が首にまきついた。

「どこ、行ってたの?」

「朝飯を買いに。パンの匂いがしないか?」

目をとじたまま、美奈がくんくんと鼻をうごかす。

「する。お腹空いた。」

綿貫がまた、低く笑った。

「お前がシャワーを浴びている間にコーヒーを淹れておく。」

「あなたみたいに、すぐには出て来られないわ。」

「わかった。ジュースも買って来たから、コーヒーは後で淹れよう。
 ゆっくり浴びて来い。」

う〜ん・・・

美奈が綿貫の顔に鼻をこすりつけ、首に巻いた腕に力をこめた。

「まだ眠かったのに。」

「ふむ、じゃあ朝メシをやめて、もう一度寝るか?」

人魚のような体を抱きしめ直すと、
美奈がひざの上ですりすりと腰を動かした。

「こら!襲うぞ。」

抱きしめている体から、うふふふ、という笑い声がもれて
いたずらな指が綿貫の髪をかきまわす。

「しゅけべ」

大きな目が開いて、こっちをじっと見たかと思うと
ちょん、と耳たぶに口づけ、
お尻を動かして、綿貫を刺激した。

こいつ!
うふふふ・・・

ベッドに押し倒したところで、美奈がさっと体を入れ替え、床に立ち上がった。
意外にすばやい動きだ。
近くに落ちていた、大きなシャツを肩にはおると、
獲物を捕まえ損ねて、半身を起こしたハンターを見下ろす。

「朝ごはんをお願いね!」

うふふふ・・という笑い声を残し、鹿のように逃げてしまった。


テーブルについた美奈は、食べながら沢山しゃべった。
生まれたばかりの甥っ子や、母親のこと。
曽根元副社長と森の、かつての仕事ぶり。
りり花のセミナーでの様子などなど。

「大したもんだ。」

「何が?」

「食べながら、よくそれだけしゃべれるな。」

カシューナッツの入ったクイニーアマンに、ざくっと歯を立てながら
恥ずかしそうに美奈が笑った。

「ほめてくれてありがとう。」

「ほめた、というか、呆れたというか・・・」

「ちがう!さっきよ。」

着ている服をひっぱりながら、美奈がうつむいた。

「もう、お洋服、着ちゃったけどね。」
ああ・・・

綿貫がオオカミのような視線を、ささっと走らせると

「いつか、裸のまま、メシを喰わせてやる。」

い〜〜っ、しゅけべ。

鼻にしわを寄せて言い返したが、ふと宙を見る。

「その時は、綿貫さんも裸なの?」

「俺はどうでもいい。」

「ふたりでアマゾンの裸族みたいに、ごはん食べるのもいいかもねえ。
 メニューもそれらしくして、葉っぱのお皿に盛って。
 頭にお花を挿したりして・・・」

うふふふ・・・

「何を考えた?」

「え?綿貫さんが腰ミノ付けて、槍を持ったところ。
 あんまり似合わなそう。メガネのせい?」

「勝手に妙な想像するな。」

「ふ〜んだ。裸族っていうから、それらしく考えてあげたのに。
 アマゾンごっこするんでしょ?」

「そんなこと言ってないだろう。」

あははは・・・

「おいしいパン買って来てくれて、ありがとう。」

「どういたしまして。溶けたように眠ってたから、起こさなかった。」

「うん。でも今度は、一緒にパン屋さんに行きたいな。」

「食べたいのがなかったのか?」

「そうじゃないよ。いっしょにパンを選んだりしたいの。」

美奈が笑って、残りのパンに取り組み始める。
綿貫は自分のベーグルを食べ終えると、コーヒーを注いだ。

美奈の髪はまだ少し濡れている。
濡れてウェーブになったあたりを、ぼんやり見つめてみる。
美奈が気づいて大きく目を開け、微笑んで見つめ返してくる。

「音楽をかけよう・・・」

綿貫は棚の前に立つと、バッハのコンピレーションアルバムを抜いた。
食べ終わった美奈は、テーブルから皿を運んでいる。
二人分の皿をあっと言う間に洗い終え、ソファに戻って来た頃、
オルガンの旋律が流れ出した。

綿貫が新聞を開いて読み始めた。
美奈は、しばらくソファで音楽を聞いていたが、
ソファのクッションを取り上げると、本棚の前に落とし、
本や雑誌をいくつか抜き出すのを、綿貫は横目で見ていた。

それっきり壁に背をもたせたまま座り込んで、
じっと紙面に集中している。
二人が黙って過ごす時間を、チェロに替わった旋律がゆったりと縫う。
他に聞こえるのは、時折、綿貫が新聞をめくる音と、
コーヒーカップを取り上げるかすかなコツ、というひびき。

綿貫がそれとなく美奈に目をやると、写真集、業界雑誌、
ナショナル・ジオグラフィックまで積み上げ、
たった今は業界雑誌の記事を読んでいるようだ。
先ほど、食卓でしゃべりまくっていた彼女とは別人のように集中して、
何の物音もしない。

あまり静かだと逆に気になって、
綿貫の視線は新聞から離れては、たびたび美奈を追ってしまうが、
向こうは、まるでこちらに興味を向けない。

その無防備な顔が綿貫に、ある思いをもたらした。
一度、考えると止まらなくなる。


「美奈・・・」

一瞬、誰に呼ばれたのか、というような顔をしたが、
美奈が読みふけっていた雑誌から顔を上げ、
大きな目を見開いて、綿貫を見た。

「一緒に、暮らさないか・・・」

言われたことが頭に入るのに、数秒かかった。

「それって・・・どういう意味?」

「言葉通りの意味だ。」

「あの、もしかして・・・プロ・・?」

「ああ、そう取ってくれていい。」

美奈は綿貫の顔をまじまじと見、読んでいた雑誌をぱたんと閉じた。

「本気で言ってるの・・・?」

「本気だ。」

「どうして、わたしと・・・?」

「その質問はないだろう。
 今現在、お前とつきあっていると、少なくとも俺は思っているんだから。
 美奈は違うのか?」

「や、そういうわけじゃないですけど・・・」

美奈の目が泳ぎ、何かを求めて、視線がうろうろと動く。

「美奈は・・・俺とは暮らせそうもない?」

大きな目がまた、ぱっとこちらを向く。

「ああ、悪かった。
 今すぐ答えてくれなくていい。
 ちょっと考えてみてくれ・・・俺は本気だから。」

美奈の目がこちらを見たまま、じっと止まる。
と、次にめまぐるしく色々な表情が現れたが、
綿貫にはそれを分析する能力も、余裕もなかった。
美奈の脳がぶ〜んと音を立てて働くのが見えるだけ。

そのうち、不意に美奈が向こうを向き、そのまま動かなくなった。

綿貫はしばらく待ったが、美奈の動き出す気配が全くないので、
あきらめてソファから立ち上がった。

キッチンに行くとトールグラスをつかみ出して、
クラッシュアイスを詰め込み、冷蔵庫に残っていたライムを取って
ひとすじ皮を剥くとグラスに投げ入れ、適当にジンを注ぐ。
くるくるグラスを回し、残りのライムを一気にぎゅうっと
種も構わず、果汁を絞り入れる。

かなり、酸っぱいジンライムが出来上がったはずだ。

「!!」

美奈が後ろから、綿貫の腰を羽交い締めにしてきた。
抱きしめ返してやりたいが、何しろ指がライムジュースでべとべとだ。

「美奈・・・」

手が・・と言おうとしたが、美奈の激しさに言葉を失った。

「一緒にいる・・」

「え?」

「あなたと一緒にいたいの。それでいい?」

指がべとべとなのも構わず、美奈の顔を上に向け、
目を真っ直ぐに覗き込んだ。

「ホントにいいのか?」

「うん。そうしたい!」

真っ直ぐな視線でそう告げると、今度は正面から
首っ玉にかじりついてきて、その勢いによろめきそうになる。

美奈・・・
大事な美奈。
愛しい美奈。

俺がどうしても欲しいのはお前らしい、だから・・・。

「俺の・・・美奈になってくれるのか?」

「うふふ、俺のって・・・如何にも俺様綿貫さんのせりふ。」

わたしね・・・
美奈がふふと笑って、綿貫の頬にキスをした。

「今から、あなたを綿貫さんって呼ぶの、やめる。
 いい?」

「ああ、一体いつになったらやめてくれるのかと思っていた。
 綿貫さん、と呼ばれる度に、大学のサークル室か、
 KAtiEの廊下に引き戻される気分がしていた。」

「何て呼べばいいかな。何て呼んで欲しい?」

「別に。美奈の好きにすればいい。」

じゃあねえ・・・

美奈がいたずらそうに目をくりくりしながら、
綿貫の顔を見つめる。

「直ちゃん!」
「え?」

綿貫があまりにぎょっとした顔をしたので、
美奈が大声で笑い出した。

「だって、好きに呼んでいいって言ったじゃない。」

「限度はある。それだけは勘弁してくれ。」

綿貫の苦そうな顔つきを見て、美奈の笑いはなかなか治まらなかったが、
ふと、真顔になり

「綿貫直人。」

「あ?」

「だから、直人って呼ぶことにする・・・」

「いきなり呼び捨てか?」

「だって、パートナーになるかもしれないんでしょ。 
 直人にするわ。
 直人!」

綿貫は一瞬むっとした表情で、美奈の方へ顔を向けた。

「そんな顔したってダメよ、もう決めたんだから。
 それとも『直ちゃん』とか『直クン』の方がいい?」

綿貫のしかめっ面が目に入って、
我慢できずに、また美奈が笑い出す。

「ほら、直人!返事は?」

「ああ・・・」

美奈は綿貫の膝にのりかかると、綿貫の髪に指を梳き入れて掻き回した。

「お返事は、『ハイ』なのよ、直人。わかった?直人?」

「わかったよ。」

ったく。
俺をからかって、いい気になってるだろ。

美奈を捕まえて、あごをつかんだ。

美奈の顔、目がきらきら輝いて、喜びにあふれて見えて、
自分をそそる唇が、こちら向きにわずかに開いている。

ゆっくり、少しずつ綿貫の顔が動き、
美奈の大きな瞳を見ながら、ほんのわずかずつ唇を近づけて行く。

美奈の温かい息が綿貫の唇にかかって、
温かく湿った感触が伝わるくらい、ぎりぎりまで接近すると

「美奈を、愛してる・・・」

そっと囁いて唇を重ね、そのまま深く押し付けた。
美奈は目を閉じてゆっくりキスに応えたあと、大きく見開いた。

「ねえ・・・
 一生に一度だけなんて嫌よ。」

「何が?」

「愛してるって告白・・・」

もうバレたか。まいったな。

返事をせずに、綿貫は美奈の柔らかい唇を何度もついばみ、
舌を差し入れて探り、そのまま深くキスに没頭していった。








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