AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム番外  ふたりの海岸物語2

 

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浜に置きっぱなしにされた美奈の方は、すっかり退屈していた。

まわりは親子連れと、べたべたしたカップルばかり・・・。
グループは、波打ち際でビーチボールで遊んでいる。
残りは、だらりと寝そべって、気持ち良さそうに海を眺めている。

サングラス越しにも強い太陽光線が刺さってきて、
目の奥に痛みを感じる程だ。


「んもう、どこ行っちゃったのかしら。
 全然、戻って来ないじゃない・・・」


パラソルから出ていた足のつま先が熱くてたまらなくなり、
ちょっと海の水で冷やしに行きついでに、
綿貫の姿を探してみようと思いついた。


「まったく!海の中は携帯通じないのよ、
 このまま、会えなくたって知らないから!」


ぷすぷすふくれながら、波打ち際から水に入る。

細かな砂が足の裏に気持ちがいい。

白とベージュの混ざったような砂色に、
レースのような細かい、繊細な波が押し寄せる。


わああ、ほんとに海だわ・・・。


太陽にきらめくコバルトブルーの海を広く望んで、
美奈はすっかり嬉しくなった。



少しずつ、少しずつ、沖の方へ。

膝まで、腿まで、もう少し上までと歩いていくと、
波が押し寄せて来て、一気に胸の上までざぶうんん、と濡らして行った。


きゃあん、久しぶりの感覚!
気持ちいい・・・





やや小さくなった波に乗りながら、
ボディボードを楽しんでいる人たちが沢山いる。

波頭にさっと乗っかり、すう〜〜っと気持ち良さそうに、
浜の方へ滑って行く。


いいなあ。
今度、わたしもアレ、やってみようかしら・・・。


美奈が波をやり過ごしながら、
楽しそうに板に乗った親子連れの姿を見ていると、


バコッ!!

きゃっ!


いきなり目の前に、赤い物が直撃してきた。

思わず腕で庇ったが、かなりの衝撃を肘の辺りに感じ、
ううっと声が出て、体が前屈みになる。


「すみません!」


髪の長い青年が、美奈のところにバシャバシャと飛んできた。


「大丈夫ですか?」


美奈が肘のあたりを押さえて体を曲げていると、


「本当にすみませんでした。
 あの、ぶつかった箇所を見せてもらえますか・・・」


陽に焼けた顔が心配そうに、美奈の腕を覗き込む。

反対側から、髪にバンダナを巻いた青年も近づいてくる。
他にも近くにいた青年がやってきた。


「どしたの、お前、ぶつけたの?」

「手から滑って、脇にボードが飛び出しちゃったんだ。
 この人に怪我がないといいんだけど・・・」


最初の青年が、ためらいがちに美奈の腕に手をのばし、
ぶつかって赤くなった辺りを覗き込んでいる。


美奈がやっと顔を起こすと、


「大丈夫です。ちょっとぶつかっただけですから・・
 もう平気です。」

「いえ、今は平気でも後ですごく腫れてくるかもしれません。
 ちょっと触ってもいいですか」


そうっと美奈の腕を取ると、ゆっくりと伸ばし、
ぶつかった辺りをたんねんに調べて行く。

そのうちに、赤と黄色のスイカ帽をつけたライフガードまで寄ってきて、


「事故ですか。
 救護室に行きます?」


髪の長い青年が、美奈の顔を見て真剣に、


「行きましょう。
 ちょっと見てもらった方がいいですから・・・

 俺、一緒に行ってくるわ」


グループの仲間にそう告げると、
青年が美奈の手を取って、背中をそっと押し、
波打ち際の水を蹴立てながら、
ライフガードの後をついて行った。


「誰か、お連れの方はいないんですか」

「いえ、居たんですけど、ちょっと別の方に泳ぎに行っていて・・・。」


美奈が歯切れ悪く、もにょもにょと答えた。

青年は美奈の肘を自分の腕の中に大事に抱えて、
挟み込むように連れていった。





ライフガードの本部に行くと、救護用のテントがあり、
白衣を引っ掛けた医者が座っていて、美奈の具合を見てくれた。


「う〜ん、打ち身かな。後で青く腫れてくるかもしれない・・」


医者の言葉を聞くと、青年はますます申し訳なさそうな顔をした。


「痛いですか」

「もう大丈夫です。」

「今はしびれてて痛くないけど、後でズキズキするかもしれないね。
 でも、海で湿布貼ってもなあ。
 ま、なるたけ、冷やす事だね。」


連絡先を書き付け、救護テントを出ると、


「本当にすみませんでした。
 あの、これ俺の連絡先です。

 治療に金がかかったり、ひどくなったりした時は
 かならず、知らせて下さい。」


青年が、救護テントで書いたらしいメモを渡してきた。
名前、住所、携帯番号が書いてある。


「あの、もし良ければ、そちらの連絡先も頂いていいですか?」


青年が遠慮そうに言い出した。
陽に焼けた胸に、メタルのリーフ型ペンダントトップが揺れている。


「わかりました。名前と携帯メールだけでもいいですか。」

「もちろんです。ご迷惑おかけします。」


青年が差し出したメモに、書き付けるとすぐに渡した。


「あの、どこら辺にいたんですか」

「あそこの『海の家』がある場所の、真下のパラソルです。」


「そこまで送ります。
 お連れの方にも事情を説明しなくちゃいけませんし・・。」


青年は、美奈の肘を抱えたまま、言った。


「いえ、大丈夫です。まだ戻っていないかもしれないし・・・」


青年は不思議そうに美奈を覗き込んだ。


「あなたをひとり、置いて行っちゃったの?」

「ええ、あの、泳ぐのがすごく好きみたいで・・・」


やや、へどもどと美奈が答えると、
へえ、心配じゃないのかな、というつぶやきが青年の口から漏れ、


「一緒なのは、彼氏?」

「ええ、まあ・・・」


ホントにそうなのかな、といまだに迷う時が多いけど・・・


美奈が歩いている間、青年は美奈の右腕をずっと支えていた。


「あ・・・もう大丈夫ですから。」


美奈が言って、手を放そうとすると


「あの・・・怪我をさせた俺が言うのは何だけど・・・。
 
 もし、まだ彼が戻っていなかったら、
 しばらく、一緒にこっちに来ないかな?」


美奈の肘を支えたまま、やや照れくさそうに言った。

青年は綿貫ほど背が高くはなかったが、がっしりした筋肉質の体をし、
茶色がかった髪が揺れて、瞳が優しそうだった。

いや、優しいに違いない。
ずっとここまで美奈を気遣ってくれたのだから。


「いえ、あの・・・」


その時、見慣れたシルエットが、何か濡れたじょろじょろしたものを持って、
すぐ近くに立っているのが目に入った。


「あ、綿貫さん・・」


美奈が手を挙げると、綿貫の脇から、ピンクのビキニを着た、
中学生くらいの少女が現れた。

美奈の視線が動くのを見ると、青年が


「あちらが、連れの人?」

「ええ。」


美奈の返事を確認すると、青年が進みでて


「すみません。
 僕の不注意で、ボディボードがこの人の腕に当たってしまって、
 今、救護所で見てもらってきた処なんです。」


ああ、そうですか、と綿貫が答え、


「痛むのか?」


美奈に尋ねた。


「ううん、もうそれ程でもないの。」


美奈の返事を聞くと、


「ああ言っていますから、大丈夫でしょう。
 ごていねいに付き添ってもらって、お世話をかけました。」


あっさりとした綿貫の言葉に、青年は何か言いたげだったが、
黙って頭を下げ、美奈に向かって


「じゃ、痛んだり、腫れたりしたら連絡して下さい。
 本当にすみませんでした。」
 

軽く一礼すると、広い肩幅を見せて渚を去って行き、
一度だけ振り向くと、また頭を下げた。





後に謎の少女と、綿貫の腕の中に濡れた毛ばたきみたいなものが残った。

毛ばたきが、ひょっくりと首を上げたので、
これはどうも犬らしいと見当がついたが、この娘は・・・?

最初に口を利いたのは、少女だ。



「この人、お兄さんの彼女?」

「ああ・・・まあね」


へええ、そうなの、と少女がなめるような目で美奈の全身をチェックし、


「脚はまあキレイね。他は普通かな・・・」

「・・・!」


美奈の頬が少しふくれたが、子供相手に大人気ないと思い、


「この辛口のお嬢さんはどうしたの」

「海の中で知り合った。」


綿貫の言葉にかぶせて、


「今まで一緒に泳いでたの!」


綿貫の腕につかまりながら、
焦げたあんぱんのような丸顔を出して報告した。


「ね、この人、さっきの男の人と腕組んでたよ。
 わたし、見たもん!」

「だから、それは・・・!」


美奈が真っ赤になって、言い返そうとし始めると、
綿貫がいきなり、抱いていた犬をバサッと少女の手に返し、


「さ、もういいだろ。」


冷静な声で宣言した。

少女はじいっとこっちをにらんでいたが、


「この人と泳ぐの?」

「ああ。」

「他に、何するの?」


ほんの少し綿貫が微笑んで、


「楽しい事をたっくさんするんだよ。」

「ちょ、ちょっと、子供にその言い方・・・」


美奈が慌てて口を挟みかけたが、綿貫は平気で


「じゃあな、気をつけて戻るんだぞ」


と言い渡した。

少女は綿貫の顔を見、美奈の顔を見ると、悔しそうに後ろを向き、
挨拶もなしに、すたすたと波打ち際を歩いて行ってしまった。

身長はそこそこあるものの、
まだ茶色の棒のように真っ直ぐな体つきが
少しずつ渚を遠ざかって行く。

やっと元の二人に戻ったようだった。


「色々あったようだな・・・」


綿貫がこちらを向く。


「そうよ、色々あって・・・
 もおう、綿貫さんに会えないかと思ったわ。」

「悪い。ひと泳ぎしてすぐに戻るつもりだったんだ。
 戻ったら美奈の姿がないから、
 どこかふらついているうちに、
 迷子になったんじゃないか、と思ってた。

 本当にもう痛くないのか?」


美奈の肘のあたりに、そうっと手を触れる。


「実はまだ左手が少しじんじんするの。

 全くぅ・・・。
 あれ以上遅かったら、
 本気で別の人について行っちゃおうかと・・・」


綿貫の視線が、きらりと太陽光線より強く挿し込んだ。


「あ、コホン!
 綿貫さんこそ、あんな小娘になつかれて変な趣味!」


「海の中で強引に誘われたんだ。」


綿貫が少女と知り合った時の話を簡単にした。


「犬を使うなんて、上級テクね。」


末恐ろしい子だわ・・・と美奈が呟くと、


「あんなでっかいボディボードが除けられないなんて、
 よっぽど美奈がぼ〜っとしてたんだろう。

 一人で歩けない程、痛んでいるようには見えないのに・・・。」


美奈をちらりとねめつける。


「それ以上言ったら、帰る」


急に表情を消した美奈の固い視線に、
今度は、綿貫が軽く咳払いをした。


「で、少しは泳いだのか?」


美奈の濡れた髪を見ながら訊く。

ものすごく珍しいことに、
歩きながら、綿貫が美奈の手をつかんでいた。


へええ、手をつないで歩くの、大嫌いだった癖に。


美奈の心の声を読んだように、


「また迷子になったら困る。その姿じゃ帰れないだろうし・・」


そう言うと、前を向いてしまった。


「だから、迷子になってたんじゃないったら・・・」


美奈も口の中で呟いて、
大きな手と自分の手をちゃんとつなぎ直した。



小さな波が絶えず打ち寄せる砂浜を、
二人で手をつないで歩いていると、
お互いの温もりが伝わって来て、
だんだんと胸のわだかまりがほぐれて来る。

ざぶうん、ざぶうんと波の砕ける音がする。

海は沖に行くにつれ、鮮やかなコバルトブルーに染まり、
きらきらと海面が輝く。
右手には、ぼんやりと大きな半島の影が見える。

しばらくは人を縫うように、黙って並んで歩いていたが、


「ね、どこ行くの?」

「この先にマリンハウスがある。」

「『マリンハウス』?海の家のこと?」

「ああ、まあね。」


綿貫は美奈の手を引いて、さっさと歩いて行った。

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