AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム番外  ふたりの海岸物語3(最終話)

 

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着いたのは、確かにこぎれいな『マリンハウス』だった。

真っ白で、板張りのポーチが付いていて、
中に入るとカウンター越しに、カラフルなサラダが見えた。


「へ〜〜え、もうこうなると海の家じゃないね。
 れっきとしたお店だわ。」



「だが、夏の間だけの仮設で、8月末には取り壊す。

 この海岸じゃないが、S化粧品が建てたマリンハウスもある。
 砂浜に、主力化粧品のロゴ入りパラソルが翻ってるよ。

 週末の夜に、生バンドが入るところもある。
 いろいろだ。話の種に見て行けよ。」

「ええ・・」


普通のレストランと違っているのは、
壁がなく、客のほとんどが水着姿の点だ。

ワンピースにふわりと布をまとった客もいれば、
全くのビキニそのままに、上半身裸の男とくっつきながら
料理をつついている客やらで、大繁盛。

家族連れもいないことはないが、
カップルや、男女のグループの客が目立ち、
ウェイターもTシャツに水着姿の男性だった。

気のせいか、整った顔や、目立つタイプが多いような気がする。


「けっこう、派手な人が多いような・・。
 わたしの気のせいかしら?」


綿貫がふふっと笑ってビールを口にした。


「ウェイターの志望者が多いらしい。
 可愛い女の子と知り合いになるのに、絶好だそうだ。
 ここのウェイター狙いで通って来る女の子もいるってさ。」


美奈が呆れたように綿貫の顔を見た。


「何でも良く知ってるわねえ。
 本来、全然関係ない分野のようにも思えますけど・・」

「そんなことないさ。
 客を知らないと仕事できないからな。」

「つまり、意外とミーハーなのよね。」

「なんとでも言え。
 もっと伝統的なタイプの海の家で
 カレーやラーメンを食いたかったか?」


美奈は慌てて手をふった。


「ううん。この中にKAtiEのお客だって居るにちがいないから。
 わたしひとりだと、こんなとこ来ないし・・」


美奈は急に仕事の顔つきになって、辺りの客を見回した。


「水着のまま、急にそんな目つきするなよ。」


綿貫が笑いながら、美奈をたしなめた。


「そう言えば、わたしもお客だったわ。」


美奈も笑った。

思いがけなく、真っ赤なトマトが鮮やかな海藻サラダ、
ジャワ風ナシゴレンを食べ、細いグラスに入ったビールを飲んだ。





「綿貫さん。

 偶然ですね、こんなところでお会いするとは・・」


テーブルに近づいて来た、長身の髭の男にどこか見覚えがある。

理由はすぐ後ろの美女二人でわかった。
朝方、ビーチで見た、グラビア風美女二人を従えていた男だ。

一人は、モンローばりのホルターネックワンピから、
メロンのような胸をゆさゆさ揺らし、
その実も半分ピンクに日差しに色づいている。

もう一人は、ブロンズのビキニで覆われていない部分の肌を
オイルだか汗だかで、こんがりと光らせ、野性的な魅力抜群だ。


「一緒に座っても構いませんか?」

「ああ、もう済みましたが、良かったら・・」


答えながら、美奈の方をちらっと見る。

美奈も頷いた。
満席で、外で待っている客も多いようだ。

席に着いてから、髭の男は如才なく、


「○○エージェンシーの田中です。
 おくつろぎのところをお邪魔してすみません。
 でも、さすが綿貫さんだ。
 可愛い女性がお連れですね。」


にっこりと美奈に笑いかけてくる。

笑うと遊び人風の感じが薄らいで、
人懐っこいやんちゃ坊主のようにも見える。

だが、整った顔立ちと、自信にあふれた物腰は、
どこか素人離れしていた。


美奈も何とか笑顔を返したが、
後ろのグラビア美女を見れば、お世辞はあきらかだ。

グラビア美女たちは、美奈にあっさりと挨拶すると、
綿貫に興味が湧いたようだった。





野生美あふれる、ブロンズビキニの筋肉美女の方が
急に、カメラの前で見せるような笑顔で


「綿貫さんっておっしゃるんですか?
 ジェニーです。よろしくお願いします。」

「綿貫です。こちらこそ、よろしく。
 CMにも出ておられますね。知っていますよ。」


綿貫が軽く挨拶をした。


え〜〜、見てくれてたんですか?
もちろんです、目立つCMですよね・・・
嬉しい!


もう一人の、アニマルワンピの美女は、
テーブルの上に、ピンクのたわわなバストを半分乗せ、
ビールを呑みながら、どことなく周囲の視線を気にしている。

美奈はさりげなく、自分の胸元を手で隠した。


やだもう!まるでメロンと桃くらい違うじゃない・・・


美女二人は屈託なく、二人でおしゃべりを始めた。

見事にカールしたまつ毛や、濡れたような唇を見て、
よっぽど愛用の化粧品を聞こうかと思ったが、
止めておいた。

出自をばらすようなものだ。


美奈の唇がだんだん尖ってきたのを見て、
髭の男がうっすらと微笑んで、話しかけてくる。


「すごくきれいな脚をしておられますね。
 バレエか何か、やっているんですか?」


え?


「僕はモデルやタレントのスカウトもするんです。
 だから、仕事柄、つい、女性の脚や首筋を見てしまう・・・。
 不愉快だったら、すみません。」


そう言って、自信たっぷりな笑顔を見せると、
すっとビールのグラスを傾けた。

男はどこかのプロダクションの経営者で、
彼女たちはお抱えモデルらしい。

朝方の綿貫の視線は、知り合いを見る目つきだったのか、と
美奈が納得した。


綿貫と美奈のグラスが空になったところで、
挨拶をし、先にテーブルを立つ。

グラビア美女二人に、


「ばいば〜〜い!また、お会いしましょうね」


陽気に手を振られて送り出されると変な気分だ。



「あ〜あ、お洒落で珍しかったけど、
 海に来たのに、都会のカフェにいるみたいね。
 知り合いには逢うし・・・」

「ああ、悪かったな。つい、そういう面倒を忘れていた」





アルコールの入った体をビーチパラソルの下に横たえて、
文字通り、真っ青に輝いている海を見ながら、夏の風を吸い込む。


「こんなに暑いのに、海をわたってくる風は涼しいね。」

「ああ」


太陽は真上にあり、濃い影が人々の足元に小さく溜まっている。


海にいると、みんな等しく裸で開放的で、
自分の水着姿も、隣にいる人の裸の胸も
段々気にならなくなってくる。

ここは海なのだから、気楽に、好きなように楽しめばいい・・・。

空はますます青くて、あまりの直射日光に黒ずんで見える。





暑くなると、今度は二人一緒に海に入って泳ぎ、
火照った体を冷ました。

最初に感じる、ぞくっとした冷たさも、
すぐに慣れて、海の面に広がる光を楽しみながら、
のんびり沖まで泳いだりした。


こんな風に彼とふたりっきりで、海に来たことってあったかな・・・


浮き輪につかまって、のんびり漂いながら、
不謹慎にも、美奈は付き合った男性とのデートを思い起こしていた。

綿貫は一人で抜き手を切って、少し沖を泳いでいる。


えっとあの時は、グループで遊びに来たし、
高校生の頃、電車に乗って、
男の子とちょっと波打ち際を散歩したって言うのは
入るのかな?入らないのかな・・・?
真也と海に来たこと、あったっけ・・・?ん、ないよ。

知らずに指を折っていた、思案顔の美奈の傍に、
ざぶっと綿貫の顔が浮き上がって、思わず飛び上がりそうになった。


「何を数えているんだ?」

「え、ちょ、ちょっと色々・・」


しどろもどろで応えた美奈を面白そうに覗きながら、


「その指の数は一体何だよ・・・」


え?

美奈が自分の左手を見ると、指を何本か折ったままだった。


「こ、これは、今年食べたスイカの数・・かな?
 何回食べたか思い出せなくって・・・あはは」

「嘘つけ、だました男の数でも数えてたんだろう・・・」


美奈の浮き輪につかまったまま、面白そうに言う綿貫が憎らしくなり、


「だましたなんて人聞きの悪い。
 綿貫さん、泳ぐの全然平気なんだから、
 わたしの浮き輪に勝手につかまらないでよ・・・」

「立ち泳ぎしてて、足が疲れたんだよ・・・」

「だめ、落っことしてやる!」


美奈が綿貫の腕を外そうとすると、
その隙に綿貫が、美奈の浮き輪を抜こうとする。


「やめて!死んじゃうじゃない」

「だって泳げるじゃないか・・・」

「あんまり進まないの。
 20分泳いでも浜まで着けるかどうかわかんないわ。」

「どういう泳ぎだ?」


綿貫がおかしそうに笑った。


「とにかく、ここはわたしの『島』ですから、
 勝手に・・・」


途中まで言ったところで、ぐるっと世界がひっくり返って、
淡いみどり色の海中に突っ込んだ・・・



水の中だ、足つかない、溺れちゃう!・・・


やっと手をひっぱり上げてもらって、海面に顔を出す。


ごほっごほっ・・・


「ひ、ひど・・・、ホントに溺れるところだったじゃない!」


何度も咳き込みながらも、綿貫に食ってかかった。


「自分でひっくり帰ったんじゃないのか?」


背中を叩いてくれながらも、白々しい科白が憎たらしい・・・。

美奈がつんとして離れようとすると、
綿貫がちらりと横を見て、急に美奈の肩をつかみ、
ぴったり引き寄せた。


「ちょっ、いきなり何を・・・」

「しぃっ、ストーカー対策だ、黙ってろよ」


美奈もさり気なく後ろを見ると、さっきのピンクの水着少女の頭が見えた。

浮き輪ごと、綿貫の両腕が美奈の体に回り、
濡れた腕の感触が美奈の胸に直に触れる。


「あの・・・・」


海の中でいきなりの生々しい感触に戸惑っていると、
綿貫は平気な顔で、そのまま、ぴったりと美奈にくっついている。


ポニーテールの頭が反転し、浜辺を向いて、
ゆっくりと泳ぎ去って行く。


「えらく懐かれたんですね。でも、ちょっとかわいそう・・・」

「あの手のタイプは子供でも苦手だ。
 美奈の浮き輪を取って、海に沈めかねないぞ。」


浜に向かっていく小さな頭を見送ったが、
綿貫の体は美奈に接触したままだ。

見えないのをいいことに、しっかり足までからませてしまっている。


「あ・・の、ねえ、もう行きましょうよ・・・」

「う〜〜ん、今はちょっとダメだな。
 もう少し待てよ」

「???」


綿貫の腕が美奈のウェストのあたりにくすぐったい。

くっついているふたりの周りを、
すうっと海の水が通り抜けていく感じだ。

こんな風に、二人で海に漂っていると、
変な気分になってくる。


「もう行こう。わたし、行くわ、泳ぐの遅いし・・・」


美奈がのろのろと進み始めるのを見て、
やっと綿貫も美奈から腕を放して、泳ぎ出した。





海でじゃれていた後は、パラソルの下に並んで体を干していると、
いつのまにか、うとうとしてしまったようだ。

急に近くから聞こえてきた波音に目を覚ますと、
波打ち際がぐっと手前に迫り、
美奈のサンダルが波にさらわれかけている。

慌てて引き上げを決めると、簡単にシャワーを浴びて、
水着を着替えた。





車にエアコンが効いてきても、シートはまだ熱を持っている。


「もう帰る?」

「ん〜〜、折角来たから、まだ海に居たいなあ。」


美奈が呟くと、


「この先の海岸は波が荒めで泳げないけど、
 浜がまっすぐ広がっていて、とても気持ちいい。
 行ってみる?」

「うん、行ってみる」





車を止めた渚はさっきの場所より、かなり静かだ。

薄暮の海は、空のすその方からうっすらとオレンジ色に染まりだし、
一列に浮いた、低い雲が小ぶりの真珠のような輝きを帯びて、
空のふちに並んでいる。


砂浜には、ウェットスーツが目についた。

綿貫の言ったように、広い砂浜に規則正しく長い波が打ち寄せ、
サーフィンやウィンドサーフィンを楽しむ面々が
まだ波の合間に踊っている。

サーフボードを積めるように、キャリアーのついた車が並び、
長い髪の女の子が、浜から恋人の勇姿を眺めていた。


「気持ちいい。ホントに海って感じ。
 この波はずうっと向こうから打ち寄せられてくるんだ・・・」

「ここは早朝に来る連中が多い。
 朝はかなり上手い人も来るよ。」


美奈は、綿貫の顔を見上げて、


「もしかして、綿貫さん、サーフィンやるの?」

「一時やったことがある。

 すごく上手く波に乗れるまでには行かなかったけど。
 でも、のめりこんだら海の近くに移住して、
 毎朝やりたくなってしまいそうなくらい、面白かった。」


目の前のサーファーから目を離さずに、答えた。




風がいっとき止まり、また陸から海へと吹き返し、
少しずつ空と海の色が濃くなって行く。

海の中に、もうほとんど人はいない。

一日、海辺で過ごした二人の肌も
うっすらと赤みを帯びて、優しくなった光に輝いている。

海は人の間の距離を取り去るのか。
もともと引きあっていた二人のためらいが無くなるのか、
浜辺に腕を組んで歩く二人連れの姿が目立ち始める。




美奈も、もう綿貫の腕を取るのをためらわない。

てのひらに感じる、恋人の肌の火照りと熱を感じながら、
ずっと穏やかになった空気に髪をなぶられ、ゆっくりと渚を歩く。


今日一日が終わってしまうのが、とても惜しい・・


その思いをこめて、綿貫の腕に頬を押し当てて目を閉じた。

自分の顔に綿貫の視線が注がれるのを感じる。

一分くらい経ったろうか・・・


美奈が目を開けると、思った通り綿貫の目があった。

微笑まずに、じっとそのまま見つめ続けてくる。
美奈も見つめ返し、少しだけ微笑んだ。

綿貫の左手が、美奈の肩にのせられる。

肩を抱かれて歩いた記憶など、ほとんどない気がする。
恋人の匂いと熱に包まれながら、酔ったような気分で歩いた。





やっと車の所に戻ると、あたりは灰色で
ものの輪郭がぼやけてきている。

空だけは、金の筋を引いて、かすかにオレンジ色の光を残す。

車にもたれると、頬の上に綿貫の指を感じ、その感触にときめいた。

待っていた唇の上に、焦がれていた唇が触れ、
いつもより熱い、濡れた感触にとろけそうになる。

一度触れ合うとたまらなくなり、何度も何度も唇を重ね、
お互いの舌を感じ合った。


ほてった肌、頬・・・。
わたしだけじゃなくて、あなたの頬も口の中も熱い。

こんな海への風を受けながら、あなたとキスできるなんて・・・。


そのまま、大きな胸の中に抱き寄せられた。

海の匂いとあなたの匂い。
何より、いつもより乾いた熱い肌を感じる。

うれしくなって、頬をすり寄せ、
美奈の方からも綿貫の背中に手を回した。

逞しい胸にすっぽりと覆われると、
聞こえるのは波の音、風の音。

見上げると、一面、群青に染まった空に、
金の星が大きく光る。


あなたといられて幸せ・・・。


「ん、聞こえない・・・。
 何て言った、美奈?」


すぐ傍に顔を近づけて、綿貫の声がささやいた。


「いいの。もう言ってあげない・・・」


美奈は満足なため息をつくと、
綿貫の胸に深くもぐりこんで、目を閉じた。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

最後まで読んで下さって有り難うございました。
尚、別館のマリンハウスへは、
金魚にまたがっておいで下さい。

そこは、かなり「大人の竜宮城」(R指定)
純情な方、乙女の方は
帰り道がわからなくなるといけないので、
ぜひ、この浜辺でお待ち下さいね。

- AnnaMaria -

「大人の竜宮城」(R指定)

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