AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム番外  揺れない瞳2

 

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定食屋チェーン店の、明るい店内に向かい合って座った。
あちこちで見かける店の全てが深夜営業ではない。
新宿、渋谷店は、眠らない街に合わせ、24時間営業なのだろう。

深夜0時をとっくに回っているが、若者のグループ、
女の子の二人連れ、カップル、スーツの男性、と
昼間と何ら客層は変わりない。

彼女は料理がやってくると、うれしそうに


「いただきます」


箸を取って、ものも言わずに食べ始める。

鶏肉と野菜を黒酢でからめた料理だ。
ここの人気メニューだと、壁に張ってある。
その旺盛な食べっぷりに、若さを感じずにはいられなかった。

こちらの視線を感じたのだろう。
急に箸を止めて、手を膝に置くと


「あ、すみません。
 あたし、二宮夏希です。
 さっきは助けてくれて、ありがとうございました。」


深々と頭を下げた。

改めて正面から見ると、
いわゆる造作の大きい、派手な顔立ちとわかる。

手足はすんなりと伸びてバランスがよく、
タンクトップを重ね着した胸のあたりは
かなりの量感があった。

モデルをやったことがある、というのは嘘でもないだろうが、
モデルにしては、やや肉感的な体つきに思える。


「なんであんなところにいたんだ?」

「学校で紹介してもらったバイトなんです、
 スタイリストのアシスタントってことで・・・」

「あの時間にか?」


口の中のものを呑み込みながら、夏希が答える。


「前にも一度、学校の掲示板の紹介で、
 そのスタイリストのバイトやったことがあったの。

 と言っても、昼間、車の中でずっと待ってて、
 どっかに着いたら、走って洋服とか抱えてついて行って、
 また洋服を持って帰って、
 またまた車の中でずうっと待つって感じだった。

 撮影場所にもプレスルームにも入れてもらえなかったけど、
 スタイリストがどんな仕事か、少し分かった気がしたの。
 
 それで、今度は直接電話もらって、TV局の仕事で、
 深夜ニュース番組のキャスターのスタイリングだから、
 午後10時に事務所に来てって。」

「・・・・それで?」


答える彼女の歯切れが、やや悪くなった。


「10時に、スタイリストの事務所に行ったら、
 今日はもう別のアシスタントが決まったからいいって。

 で、前にモデルのバイトやったって聞いたから、
 モデルクラブの人を紹介するから、話をしてみれば、って。」

「・・・・」

「それでその人と一緒に事務所を出たら、
 今すぐ、モデルスタジオに行こうって言われて。
 渋っていたら、他の怖そうな人たちが来て、それで・・・」


大きなアーモンド型の目が、しょぼんと閉じた。


「あたし、売られちゃうところだったのかな・・・」

「わからないが、行き先がモデルクラブじゃないことは間違いない。
 そのスタイリストもグルなんだ。
 君、何才?」

「21歳。」

なるほど・・・。

未成年者に仕事をさせた場合、面倒がおこると罪が重い。
そのあたりは奴らも確認しているのだろう。

そう言うと、彼女が顔をあげて、


「でも、ちゃんとしたスタイリストだったんですよ。
 あの先生、この前仕事やった時、いろいろなこと教えてくれて、
 TV局は24時間営業だから、午前2時に集合っていうのもあるって。

 だから今日はそうなるんだな、って思って、親にも言ってきたし、
 あたしも全然疑わなかったの。」

「ああ。
 でも今日のことを、
 学校に言っておいたほうがいいかもしれない。
 君と同じ目に会う子が出る前に。」


空っぽの大皿を前に、夏希という娘がふっくらした唇をかみしめる。


「忠告してくれた人もいたんだ。
『あのスタイリスト、やばいって話だよ』って。
 でも焼き餅だって思って聞かなかった。
 あ〜あ。」

悔しそうに頭を振っていたが、

「でも助かった、あなたのおかげで・・・。
 ああ、おいしかった!」

そう言って唇を舐めて微笑むと、こっちの顔をのぞきこんでくる。

「あなた、結構きれいな顔してるね。
 モデルさんとかしてたの?だから、こう言うのくわしいの?」

「いや、全く。なろうと思ったことも一度もない。」

「じゃ、何の仕事?」

「君に関係ないだろう・・・」


ふうん・・・ま、いいか。
あたしの知ってる仕事なんて、ごくわずかみたいだし・・・。


「あたし、モードの学校行ってるんです。
 スタイリストになりたいの。
 でも、自分で色んな服を着れるモデルも
 ちょっとやってみたら面白いなって思ってさ。
 つい、さっきみたいな奴にひっかかっちゃった。

 いつもはもっと慎重なんだよ。
 ちょっと声かけられたからって、誰にでもついて行くわけじゃない。
 男の子の友達には不自由してないし・・・」


腹がいっぱいになったせいか、
彼女の口がほぐれて、滑らかにまわる。


「じゃ、今すぐ、そのうちの誰かに連絡を取って、
 迎えに来てもらえばいいだろう。」

ううん・・・と彼女はかぶりを振る。

「BFも専門学校の男の子とかが多いから、
 優しいけど、ちょっと頼りないの。

 みんな、あたしのことが好きらしいんだけど、
 あたしが好きになるには、何かが欠けてる気がして、
 どうしても物足りないんだ。
 
 だから、BFはいっぱいいるけど、彼氏はいないってわけ。」


話をしながらも、表情がくるくる変わる。
まつ毛が濃くて、日本人離れした顔立ちだ。


「かといって知り合いになるリーマンとか、大人の男の人は
 話がつまんないし、ダサイし、
 すぐやりたがって、どっかに連れ込もうとするから嫌なんだ。

『お願いするよ』なんて言うんだよ。
 そんな奴、絶対にお断りだわ」


店の麦茶をがぶ飲みしながら、
大きな瞳が挑戦的に光った。

勝ち気な「少女」というよりは、もう大人の年齢だ。
でも大人の女の自覚はまだない。


「スタイリストとモデルとどっちになりたいんだ。
 それによって、行く場所が違うだろう」

「スタイリスト」


即答した。

「服をデザインするより、着こなしをコーディネートする方が好きなの。
 でもモデルも、もっとやってみたい。」

「モデルになりたいんなら、
 自分の写真を添付して、モデルクラブや雑誌に送って
 オーディションを受けるのがまともな方法だ。」

「そうなんだ。
 あたし、モデルって全部、街でスカウトされるものかと思ってたよ。」

「確かにそれも多い。
 だが、それより、街頭でモデルやタレントのスカウトしてますっていう
 詐欺商売が、本職のモデルスカウトの10倍くらいいるのが事実だ。
 どうしたって、そっちに引っかかる確率が高くなる。」

そうだろうね・・・。

少し威勢がなくなって、しょぼんと縮んだ肩に栗色の髪がすべる。


「飯をごちそうさま。じゃ、俺はこれで失礼する。」

「こんな夜中に、どこへ行くの?」

「仕事先に届け物がある。
 だから、さっきの隣のビルに用があった。」





階段を下りて店を出ても、街は相変わらずの光景だったが、
夜が深まった分、少しは人通りが減ったかもしれない。

センター街を行かず、いったん表通りの道玄坂まで出て、
遠回りになるが、さっきとは違う経路でパーキングに戻る。

社用のバンの傍に立ち、ずっとついて来た彼女に向かい

「ここでお別れだ」というと、
彼女が素早く回り込んで車の側に立ちはだかった。


「お願いだから連れてって。絶対邪魔しないから。」

「無理だ。」

「あなた、そんな手で運転できるの?
 ちょっとやってみたらいい。」


暗いところでよく光る茶色の目に押されて、
運転席に乗り込み、キーを回すと、
反対側の助手席に、あっという間に彼女が乗り込んできた。

ちゃっちゃっとシートベルトを嵌めている。


「おい!」

「いいじゃない。ほんとに邪魔しないって約束するから。
 どうしても邪魔になったら、その場でおろしていいよ。
 お願いだから、置いて行かないで・・・」

「仕事と言ったろう。」

「お願い。
 ここにいたら、また、
 どこかであいつらに会っちゃうかもしれないし・・・」


懇願するような目の中に、かすかな怯えを見ると
どうしてもとは突き放せなくなった。

勝手にしろ・・・!

そう思って、バックにギアを入れ、
ステアリングを握ると、左手に激痛が走った。


「つっ!」


はっと彼女が身を寄せて、ステアリングに乗っていた左手を取り上げる。
包帯に血がにじんでいた。


「大丈夫だ。
 考えずに、いつも通りにつかんだから、こうなった。
 そうっと握れば運転できる。」

彼女が俺の手をはなさずに、手の甲側をトン、とたたいた。

つ!

走った痛みの激しさに、思わず彼女の目をにらんだが、
涼しい顔をしている。


「やっぱり無理だわ。あたしが運転するよ。」

「冗談だろ。君、運転できるのか。」


こちらの言葉も終わらないうちに、さっさとシートベルトを外し、
ドアの外に降りて、運転席側に回って来た。
とんとん・・とガラスをノックする。

勢いに押されて、運転席を下りると、

「こういう車、運転したことは?」

返事の代わりに、夏希が運転席に乗り込みながら、


「あたしの家、パン屋なの。
 だから、家にいるといつも配達を手伝ってるのよ。
 夏休みだったから、ここんとこ毎日運転してた。
 こういうバンじゃなくて軽だけど、平気だよ。」


手慣れた調子で、シートの具合を調整している。


「ね?慣れてるでしょ。」


ニッと得意そうな笑顔で言われると、返す言葉がなかった。


「道は?」

「全然わかんない。ナビして・・・」

「ちゃんと前見てろよ。」




ったく、エラいことになった。
若い女の子の助手席なんて、未体験だ。

何だか保護者になったような、だまされているような、
どこか後ろめたい、妙な気持ちが湧く。

この車の保険が果たして21才をカバーしているのか、少々不安だったが、
バイトの学生が運転しているのを見た覚えがあるので、
たぶん大丈夫だろうと、深く考えるのをやめた。

渋谷からお台場までは、深夜なら40分もかからずに着くだろう。





細かく指示を出しながら、玉川通りから青山通りを抜け、
明治通りに入ったところで、しばらく息をつく。

自分で言っていただけあって、夏希の運転は手慣れていた。
アクセルの踏み込みが強く、加速と減速が多いのが、
若い運転と言えば、言えた。

渋谷を離れると、都心の道路はガラガラで、
3車線の道路に車が2台しかいない、と言った光景もザラだ。
ビルのネオンとコンビニの明かりだけが生きていて、
あとはただ、暗く沈んだビルが続く。

白金を通り、三田を抜け、芝にさしかかった辺りで、
遠くの空がわずかに光った。

雷だろうか?


「君、家どこ?」

「え、埼玉の○○です。」

「都内を運転したことある?」

「ううん、一回も。」


それにしては、迷いがなかった。
が、食事をしている時と違って、口数が少ない。
それだけ緊張しているのだろう。


「傷、痛みますか?」

「平気だ。気にするな」


だが運転もせず、ただ座っているだけの立場になると、
傷の痛みがよみがえって来た。

実際、さきほどから傷口がズキズキと脈打って、
その度に痛みが走る。
しかし、どうなるものでもない。


「さっきごはん食べた時、痛み止めを渡すのを忘れちゃったなって。
 せっかく、あのコックの人にもらったのに。
 今、飲めば?あたし、お水持ってる。」


赤信号で、すばやくバッグから、
白い錠剤とミネラルウォーターのペットボトルが取り出された。


「あたしがひと口飲んじゃったけど足りるでしょ?
 それとも、そういうのイヤ?」


手渡されたタブレットと、3cmほど減ったペットボトルを見つめた。


「そういう薬って、運転する時ヤバいけど、
 運転してないから、いいんじゃない?
 飲んだ方がいいよ。」


運転席の横顔をちらりと見て、
錠剤を口に放り込み、思い切ってペットボトルの水を流し込んだ。


「ありがとう・・・」


信号で止まった時、彼女にペットボトルを返すと、
受け取った様子が、どことなくしおらしい。


「ううん、早く効くといいね。」





高速道路のガードをくぐり、日の出桟橋方面に出ると、
正面に黒い海が見え、そこからは海岸通りを海沿いに走る。
車の数は極端に少ないが、大型トラックが時折ごうっと行き過ぎた。

左手の海の上に時おり、光が走る。
やはり遠雷だ。
音はまだ聞こえてこない。


「ねえ、行き先はどこ?
 会社?」


運転していた夏希が、不意に聞いた。


「テレビ局だ。朝までに届けることになっている。」

「それってもしかして・・・フ○テレビ?」

「ああ・・・」

きゃ〜、やった!やった!

ステアリングを手のひらで叩きながら、
運転席の上で、ぽんぽん体を弾ませている。


「あ、荷物が大きいから、あたしも中まで運ぶの手伝うからね。」

「・・・・」


聞こえないようにため息をつくのが、精いっぱいだった。

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