AnnaMaria

 

セピアの宝石  11-2

 

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負け試合の後、盛り上がらない飲み会のカウンターで、
仁はほとんど口を利かずに、黒ビールを呑んでいた。


「お~い、仁!こんなところで考え込むなよ。
 駄目だな。
 こいつ、試合に負けると哲学しちゃう癖があるんだ。」


仁が顔を上げると、大輔と由加が後ろからのぞき込んでいる。


「仁さん、うちの試合観たの、ひさしぶりでしょう?」

「ああ、そうだな」


仁はようやく自分がどこにいるのかを思い出して、表情をゆるめた。

ここは、本格的な英国ビールやエールを出す英国風パブだ。

日曜の午後である今は、試合観戦帰りの社員たちの貸し切り状態で、
めいめい、カウンターやボックス席に陣取り、好きに呑んでいた。


「この間、みんなで仁の部屋に行ったんだよ。

 どっかのショールームみたいで、すげえカッコいいんだけど、
 全然生活感がないんだ。
 でも眺めは良かったよ。お台場の海が見渡せてさ。」



「へえ、行ってみたいですね。」


由加が憧れたような声を出したのを聞いて、
大輔が横から、仁にも聞こえるように由加にささやいた。


「今度、寝込みを襲ってやろうな。
 ひとりっきりで、あんな部屋もったいない。」


由加がくすくす笑っている。


「開発部で仕事ばっかしてるんじゃ、体も鈍り切ってるだろう。
 OB同士でチーム組んでる。
 由加ちゃんは、そっちのマネージャーも手伝ってくれてるんだ。
 そろそろ顔出せよ。」


「ああ、そのうち。

 だけど帰ってきて、やっと引っ越しがすんだと思ったら、
 週末毎にお前らとか家族やらが押しかけて来て、
 まだ、ゆっくり一人っきりを味わう暇がないよ。」


ははは・・・と大輔が笑った。


「都心からすぐだし、春休みにでもなったら、 
 親戚の子供なんかが遊びに押し掛けてくるぞ。
 お台場で一休みするのに、最高だ。」



「勘弁してくれよ・・・」


仁がビールジョッキをくるくる回しながら、首を振った。


「仁さんは、自分で食事とか作ってるんですか。」



由加が聞いてきた。



「いや、今のところ、ほとんど作っていない。
 今度、試してみようとは思ってるんだけどね。」



「お前、料理できるのか?」



大輔が割り込んでくる。



「う~ん、得意とは言えない。」




苦笑いを浮かべながら、仁が答えた。



「由加ちゃんがこの間、差し入れを作ってきてくれたんだけど、
 すっげえ料理、上手くてさ。
 うちの奴よりか、ずうっと手が込んでたよ。」



「そんな・・・大したもの持って行ってませんよ」


由加が急いで、否定する。


「料理が得意なの?」


仁が尋ねると、由加の顔が少し赤くなる。


「得意っていうか、好きなんです。」


「由加ちゃんはいい奥さんになれるよ。」



大輔の言葉は、少々わざとらしかった。





入り口の重い木の扉が開いて、また10人ほどの一団が入って来たらしい。

カウンターにいた仁が振り向くと、佳代子や詩織、
それに広報や営業の面々だった。


「あら、仁!こんなところにいたの。
 いい所にたどり着いたわ。ああ、もう喉がカラカラ・・」


詩織が切なそうに声を出した。

佳代子は他の面々と、そばのテーブルに落ち着いたようだ。
すでに何人かは顔が赤い。

佳代子も寒風にさらされていたせいか、
頬が赤くなって、目がきらきらしている。


「まっすぐ、ここに来た?」



仁が、横に立っていた詩織に聞くと


「えへへ・・。
 実は我慢できなくて、近くで一杯やってきちゃった。

 でも日曜でもう閉めるっていうから、こっちに流れて来たのよ。
 全然、飲み足りなかった!」


しおりさ~~~ん!



テーブル席から声がかかる。



「あ、じゃ、行ってくるね!」



詩織が席に着くと、待っていたように乾杯の声が聞こえる。



佳代子の隣は、さっきの営業の若い男だ。
半分酔っぱらって、佳代子の顔ばかり覗き込んでいる。

佳代子の顔がどんどん赤くなって、
目がとろんとしているのに、隣の男がまたビールを注いでいる。

見ていられなくなり、由加に振り向くと、


「何、飲んでる?」



「え、わたし?ビール頂いてますよ。」



「こっちも乾杯し直そう・・・」


由加がうれしそうに小ジョッキをかざすと、
大輔もでかい手に大ジョッキを掲げて、三人で乾杯した。



「仁さんの得意料理って何ですか?」

「そんなに言うほど何もできないよ。飯が炊けるくらいだ。」



佳代子の隣の男は、佳代子にしなだれかかるようにして
何か熱心にしゃべっている。

佳代子がほとんど脇の壁にくっつきそうにしているのに、
それでもまだ止めない。



「君は、何が得意なの?」

「え、わたしですか。和食を習っているんです・・・。
 ちらし寿司とか、煮魚とか・・・」



佳代子さ~~ん・・・。
グラスが空いてますよ。次は何、飲みますかぁ?



佳代子の顔全体がバラ色になっている。

仁はイライラしてきた。



「・・・あと、今、お魚のさばき方をやってます。
 包丁を研ぐところから始めるんですよ・・・」



佳代子の肩に、隣の男がしなだれかかったところで、
我慢できなくなった。


「ちょっとごめん!」



自分に話しかけていた由加に断ると、
ビールを持って、佳代子たちのテーブル席に行き、
佳代子に絡んでいる若い男の隣に滑り込んだ。

テーブルのほかのメンバーは少々驚いたようだ。

詩織は席を外している。



「威勢がいいな。」


若い男の肩を抱き、無理矢理、自分の方に向かせると、
空いていたジョッキにビールを並々と注いでやった。

20代半ばに見える、営業マンは一瞬不満そうな顔をしたが、
仁の顔を見て、ぱっと表情を明るくした。


「あ!大場仁さんですね。
 僕、ファンだったんです。

 この会社に決めたのも大場さんが居たからで・・・。
 そう言えば、帰国されたんですよねえ・・・」



仁に向けた目は、屈託が無かった。



「僕も及ばずながら、高校時代、ラグビーやってたんです。
 もちろん、仁さんみたいに有名じゃなかったけど。」



「ポジションは?」



「バックスのウィングです。脚だけは速かったんで・・」



相手のひょろひょろっとした体格を見て、
フォワードじゃない事はすぐにわかった。



相手は佳代子を離すと、今度は仁に向かって、
威勢良くしゃべり始めた。

佳代子は横目で話を聞きながら、とろんとした顔で頭を支えている。

同じテーブルにいた者も、仁のような元選手と話すのは初めてのようで、
沢山の質問が飛んできた。

一通り話に花が咲いたところで、佳代子を見ると、
壁にもたれて、半分目を閉じている。


こりゃ、出来上がってるじゃないか。
送って行こうか、どうしようか・・・。


仁がふと目を上げると、今まで自分がいたカウンター席に
詩織が座って、由加や大輔と盛大に話し込んでいた。

仁はテーブルの連中に軽く挨拶して、
さりげなく立ち上がり、詩織のそばに近づいて袖口をひっぱると
「ちょっと来い」と入り口近くに引っ張っていった。



由加がびっくりして、二人を見ている。


仁は誰にも聞こえないところまで来ると、手を離し


「詩織、部下の仕込みが悪いぞ・・・」



仁が不機嫌そうに言うと
詩織は、肩をすくめた。



「ああ、ごめんね。
 ちょっと席外して、別の子と話しているうちに、
 お佳代がからまれちゃった。
 あの子、お酒が入らないと真面目でいい奴なんだけど・・・。」



詩織が眉をしかめた。




「おかげで佳代子がへろへろだろ。」



詩織が呆れた顔をした。



「ったく、お佳代しか心配してないのね。

 ええ、私の監督が悪かったせいですから、
 責任とって、お佳代は、『私』が送ります。
 ご心配なく。

 仁だと、どこへ連れ込むかわかんないしぃ・・・」



詩織は仁がにらむのをほっぽって、
さっさと自分のテーブル席に戻って行った。



仁が不機嫌な顔で、カウンターに戻ると、



「話が途中になってごめん。」



由加に詫びた。

「あ、いえ、いいんです。」



由加がどぎまぎした顔で下を向く。
大輔が仁に向き直った。


「仁、何をイライラしているんだ。
 由加ちゃん、ごめんな。
 こいつ、普段は冷静なのに、試合の後だけは駄目なんだよ。」


仁の視線が詩織のテーブルから離れないのを、由加も気付いた。

詩織が佳代子に引っ付いた若いのを、またひっぺがしているのを見ながら、
あいつ、覚えていろ、と、その若い男の顔を脳裏に刻み付けた。

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