AnnaMaria

 

セピアの宝石  13-3  「お台場デート」

 

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仁が手をひっぱって、佳代子を立たせると、
正面の窓の横から、ベランダへと出た。

大きく広がる空はまだ青かったが、
海に近い裾の部分から、金色に輝きだしている。

左下手にならぶ商業施設ビルの面も
夕日に光っていた。


「空が広々としているのね。
 こんな夕陽を毎日見られるなんていいなあ。」


「毎日なんて全然見られないよ。
 朝の景色は見られても、
 こんなにゆっくり午後を過ごしたのは、
 帰国して以来初めてだ。
 
 ずっとバタバタしていたからな・・・」


仁の髪が風になびいて、横顔の輪郭を
オレンジ味を帯びた光がかたどっている。

海なんかより、あなたを見ていたい・・・

そう思っていても、つい目を逸らしてしまう。


佳代子・・・



はっと顔をあげると、仁の顔がすぐ近くにあり、
左肩にごつごつした手が乗せられた。

たちまち心臓が踊り出す。


「まだ・・・駄目?」

「え・・・」

「俺が触れるたびに、びくっと震える。
 何を怖がってる?」

「・・・・」

「力を抜けよ・・・」


引き寄せられて、後ろからすっぽり包まれる形になった。

胸の前に仁の張り切った腕が見え、
背中からじわじわと体温を感じる。

眼下の景色が、急に見えなくなった。


「仁・・・」

「なに?」


耳のすぐ後ろに温かい息を感じると、
自分がこわばるのがわかる。



「ごめんね。嫌なんじゃないの。
 だけど、どうしてもこうなっちゃう。
 わかって・・・」


仁が笑って、ぎゅっと、さらに腕の輪を小さくした。
髪に仁の頬が押し付けられる。


「わかってる。

 俺も佳代子がびくっとなるのが可愛くて、
 何度でもつんつん、さわってみたくなる。」



「ひどいわ。
 遊んでるんじゃない・・・」


何とか陽気につくろって言い返したものの、声が少し震えてしまった。


ほんとは・・・



「ずうっと抱きしめていたいんだけど・・・」


回された腕に、さらに力が加わり、
きゅうっと締め上げられる。

めまいを起こしそうだ・・・。

肺の中の空気が全部なくなって、心臓がばくばくもがきだす・・。

仁の頬が佳代子の頬にぴったりと当てられた。



「仁、やめて・・・」

「どうして・・・いや?」

「ううん。
 目が回って、ベランダから真っ逆さまに落ちそう・・」


後ろから、笑い声が聞こえたかと思うと、
回されていた腕がやっとゆるんだ。

思わず、ほうっと長いため息をついて
くたくたと手すりに寄りかかると、
面白そうに見ている仁に気づいた。



「そんな・・・見ないでよ。」


顔が熱い。

きっと赤くなってると思うと、
余計に熱くなり、両手で頬を覆った。

仁の視線を感じながらも、どうしようもなくて、
黙ったまま見あげる。


仁の目元は優しかったが、顔は笑ってはいなかった。



「たく・・・まいったな・・・」


そうつぶやくと、先にベランダを出て部屋の中に入ってしまった。



いい加減に、あきれられちゃったのかも・・・。


少し悲しかったが、仕方がない。
男性と付き合った経験が極端に少ないのだ。

それとも、こんなだから、付き合う機会が少なかったのかしら?



気持ちを落ち着かせようと、もう一度、ベランダから頭上を見る。


夕陽はいつのまにか、沈んでしまったらしい。

景色の色調が、一段暗くなって、
レインボーブリッジや、
夜空に輪を描く観覧車のイルミネーションが、
ひと際鮮やかに浮かび出す。


ようやく風が頬を冷ましてくれたのを感じて、
うす暗くなった部屋に戻ろうとすると、
キッチンの壁に、仁が腕を組んで軽く寄りかかっていた。

部屋に入ろうとする佳代子の手を黙ってつかみ、
胸の中に抱き寄せる。


仁の匂いに包まれ、
今度は佳代子も、おずおずと背中に手を回した。


「やっと来たな・・・。
 ずっと待っていたのに」



「え?」



「ベランダの佳代子を見てた。
 ちっとも中に入って来てくれないからさ。

 夕陽を浴びて、風に髪がなびいて・・・きれいだった。」


それはあなたよ・・・

言おうとして上を向くと、
黒くて丸い瞳に、小さく自分が映るのが見え、
何も言わず、広い胸にそっと寄り添った。

仁の体温を頬に感じると、
ここがとても懐かしい場所になったように思える。

大きな手が佳代子の頬をゆっくり撫で、
柔らかくあごの下に指が回ると、
もう一度、キスが落ちて来た。

部屋に入った時のキスより、
もっと甘くて柔らかい。

仁の顔はうす闇に溶け、
唇の触れ合う感触だけが生々しく、
意識の中をさかのぼって行く。





ふと、肌の上に指を感じた。



つつつ・・・と、首すじからゆっくりすべりおりて、今はちょうど
ブラウスの第二ボタンあたりの皮膚をさまよっている。

しばらくして、その手がすっと胸の方に入り込む。

唇を合わせたまま、佳代子の体が一瞬で固くなり、
まっすぐな棒のようになる。



肌の上を動いている手は止まらない。

そのまま、やわらかい肉の上をそっと進み、
今まで誰にも触れられたことのない、胸の先に届いた。

何かが背中を、ずうんと駆け上る。



その衝撃で、体をひねって唇を離し、
乾いた指先からのがれようとしたが、
強い左腕が佳代子の腰を捕まえていて、離さない。


「仁、待って・・・お願いよ」


佳代子のべそをかいたような声に、
動いていた右手がようやく止まる。

そろそろと手を抜いて、暗い中で器用に、
ブラウスを元通りにすると、大きく抱きしめた。



ふう・・



仁のため息が聞こえる。



「まだ・・・怖い?・・・」



「・・・」



「何が怖いんだ?

 俺が怖いのか、男が怖いのか、
 それとも誰かとこうなるのが怖いのか、
 傷つくのが怖いのか・・・

 どれなんだ?
 教えてくれよ。佳代子・・・」


「仁が怖いんじゃない。
 仁に夢中になりそうなわたしが怖いの。」


我ながら驚くほど大胆な言葉がこぼれた。

仁は大きく目を見開いたが、
しっかりと抱きしめ直してささやいた。


「俺はぜひ、夢中になって欲しいな。」

「・・・・」



柔らかい微笑が広がり、耳たぶに小さくキスをすると、
佳代子を離してくれた。



「まあいいや。
 無理矢理に押すつもりはない。
 佳代子がここに居てくれるんなら、何でもいい。
 
 ワインでも開けようか?」

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