AnnaMaria

 

セピアの宝石  16-2

 

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結局、紙袋をまたひとつ増やして、仁の部屋に到着した。



窓から見下ろす雨のお台場は、イルミネーションがにじんでいる。
仁は佳代子を置いて、シャワーを浴びに行ってしまった。

かすかに聞こえる水音を聞いているだけで、
なんだか、むずがゆいような、手持ち無沙汰なような気分になる。



だがそれも仁が戻ってくる間だけのことだった。

シャンプーの香りがする張りつめた肉体がそばにやってくると、
たちまち、部屋の空気が一変する。

髪の先がまだ濡れて光っていた。


「コラムを先に片づけよう。
 ラグビーのどこらへんが一番わかりにくい?」


ぜんぶ・・・と言いそうになるのを呑み込んで、


「ん~、ポジションごとの役割かな。
 全部はわからなくてもいいから、ざっとわかるといいわね。」

「よし、じゃあ、画面で確認しよう・・」


濡れた髪を拭きながら、笑顔でTV画面をオンにした。





「今日は強く握りしめないようにするよ・・・」


ほとんど消えかかった、二の腕の痣を撫でながら、
仁が佳代子を見つめ、うすくなった痣の痕にそっと唇を触れた。

見つめられるだけで、金縛りにあったようなのに、
無骨な手が、肩からウェストにつらなる線をなでおろすと、
いっぺんで震えが来る。


「いい眺めだ・・・」


佳代子は、半ば閉じていた目をまた開いて、
今言ってくれた言葉を、彼の表情で確かめようとする。

仁は半身を起こして、微笑んでいた。



「佳代子の肌はきれいだよ。
 お世辞でなく、指が吸いつくようだ。
 温かくて、すべすべしてて・・好きだな・・・」



大きなたなごころで、すっぽりとヒップの丸みを包まれると、
佳代子は声をあげそうになったが、
何とか呑み込む。


「こうすると、もっといい色になる・・・」



仁の手がそのまま、佳代子の中に滑り込むと、


「あ・・・・」


佳代子はもう溶け出してしまう。

あとは、仁の為すがままだが、
きつくつかまないように、気をつけてくれているのがわかる。

それでも、柔らかい内ももに唇が這うと、
佳代子がのけぞってたわむのを、強い力で押さえ込まれる。


「あっ!きゃ、仁、やめて・・・!」


仁の舌は容赦がない。

かすかに音が聞こえるだけで、
恥ずかしくて、足を閉じそうになるが、
身動きすらできない。


「ああ、あ・・仁!お願い、もう許して・・・」



息もたえだえに訴えると、代わりに熱い刺激が送り込まれて来た。

どうしても、一瞬、うっ!っと息を詰めてしまう。
仁の顔にも緊張が走り、唇が横に結ばれるのが見えた。

仁を迎え入れるのには、まだ慣れない。
慣れないが、仁の大きな体に包まれると、
無上の喜びを感じた。



「佳代子、言ったろ?俺には全部見せるんだ・・・」


佳代子が耐えきれずに横を向き、顔をそむけようとすると、
仁の手が頬をつつんで、優しく自分に向け直し、
黒い瞳がまっすぐ貫く。

柔らかく命じるような仁の言葉に、揺れ続けていた佳代子は、
たくましい胸に自ら口づけることまでしてしまった。

仁が佳代子をさらに揺らす・・・。



ひとつひとつの仕草はとても優しいのに、
なぜ、こんなにも強く激しく、支配されてしまうのか。

首すじに口づけられるたび、声が漏れる自分に驚く。


小さな船になったように、大きな波に翻弄されるまま、
くるくると回りながら漂っていく。

仁はなかなか放してくれない。
一体、いつ、凪の海に出たものか・・・。


規則正しい鼓動に包まれて、海のようなシーツで、
しっかりと抱きしめられながら夢を見る。

仁が好き、仁でいっぱい・・・。
とても、しあわせよ・・・・。








何の音だろう・・・。

雨の音?ちがうわ。雨の音はこんな風じゃない。

夢うつつに、ぼんやり考えていたら、
佳代子を覆っていた温かい体が、軽い舌打ちをして、
名残り惜しげに背中を離れた。


「誰だ、こんな早くに・・・」


しつこく鳴っていたのは、携帯の音だったらしい。

一旦切れたのに、また鳴り出している。

仁がベッドを離れるのを気配で感じたが、
まだ目が開かない・・・。


「ああ、大輔か。
 今日、この雨なら練習はないと思ったんだけどな。」


仁の応える声が聞こえてきて、やっと頭が働き出す。


「いや、今はだめだ。
 都合が悪い。
 
 だから・・・とにかくダメなんだ。」


仁の声が少し戸惑っている。


「無理を言うなよ。
 取り込み中という奴だ。」


「・・・そう言っても、無理は無理だ。
 ああ、そういうことだ。
 今度ちゃんと、お前にも紹介する・・・」


「・・・大丈夫だよ。
 本当はすぐにもそうしたいんだが、今はちょっとだめだ。
 また今度・・・」


佳代子のいるベッドをちらりと見た。


「・・・それはいいが、ややこしくするなよ。
 じゃな。」


ぱちんと音を立てて携帯を閉めると、
寝ている佳代子の隣に座った。


「どうしたの?」

「ん?ラグビー部の大輔たちが、ここの下まで来ているんだ。」

「ええっ!」


佳代子は驚いて、ベッドに起き上がった。

仁が笑いながら、佳代子の肩に手を置いた。


「大丈夫だよ。断った。
 練習がないから安穏としているだろうって、
 俺の寝込みを襲うつもりだったらしい。」


でも・・・・。

ここは7階だから、下から見えないこともない。


「二人でテラスに出て、大輔たちに手でも振ってやろうか。」


仁の手がぐっと自分をつかんだので、


「と、とんでもない!」


佳代子は体を縮めた。

あははははは・・・・


「嘘だよ。こんな姿をちらりとでも見せたくない。」


佳代子の白い肩先にキスをすると、びくっと身を震わせるのを
仁は嬉しそうに覗き込んで来る。


「まだ感じるんだな。もう一度、する?」


佳代子の両肩をつかんで、たちまちベッドに押し倒す。


「仁!」


すぐにも押し入って来そうな大きな体の下敷きになって、
佳代子が軽くパニックしていると、仁が笑った。


「佳代子は可愛い。」



え?



「可愛いって言ったんだ。
 こんな風に言われるのは、いやか?」



耳元でささやいた。



「わたし・・・」

「ん?」



すぐ上で仁が眉をあげるのが見えた。



「可愛いなんて言われたことないかも。」

「へえ、そうなのか。
 見る目のない奴ばかりで助かった。
 俺は最初から可愛いと思っていたのに、
 佳代子は、俺なんか眼中になかったからな。」

「そんな・・・」


ふと横を見た佳代子のあごをつかんで、正面を向けさせた。


「入社直後は、近寄り難い処女の雰囲気だったのに、
 最近じゃあ、バリバリの主任そのものだ。」

「ひどい!」


仁の背中に回っている手で、ボコボコと固い背中をたたいた。

 
ははは・・


「でも、この佳代子は可愛い・・・」


仁が人差し指で、佳代子の鼻をつつき、
真顔で視線が向けられると、
佳代子は自分が赤くなるのを感じた。


「すごく可愛くて、すぐにかじりたくなる。
 いやだって言うなよ。
 でないと大輔たちを呼びつけるぞ・・・」


大きな手で佳代子の胸を探りながら、仁が肩先に軽く歯を立てた。

佳代子はため息でしか、答えられないが、
仁の唇が笑いを含んでいるようで、少し悔しい。


「さて、今朝は、どういうのを試してみる?」

「仁!」


佳代子が叫んで、体に引き寄せた手を、
仁は笑いながらどけると、強い力で体を開かせた。

目の前の白い体がくわんとたわんだが、
仁は動きを止めない。


恥ずかしがらなくていいさ。
俺の前ではためらうなよ・・・。



「いいな」



迫って来る体を見て大きく目を見開いただけなのに、
仁はもう目を閉じて、佳代子の上をさまよい始めた。








「ねえ、どういうことなんです?
 仁さん、まだ寝てるの?」


大きな包み、恐らくは朝飯だろうと大輔が見当をつけた籠を、
雨に濡らさないようにしっかり胸に抱いて、
由加が、電話を切った大輔を問い詰めている。


「ああ、そうだ。
 今朝は、とても起きられないってさ」

「だって、もう9時だし・・・」


由加が不安そうに唇を尖らせている。


「知らん。
 徹夜仕事でもしたのか、ラグビーの試合でも見てたのか、
 それは俺も知らんよ。
 とにかく、今日は都合が悪いんだそうだ。」


電話の内容をそのまま由加に聞かせる気になれず、
大輔は困惑した。


「どっかで朝飯でも食ってこうぜ。
 由加ちゃん、食べてないんだろ?」


がっかりしている由加を気づかってかけた言葉だったが、


「誰か・・・・女の人でもいたんですか?」

「いや。そうじゃないと思うけど・・・。」


大輔の答えに、由加がきっと振り向いて、


「うそ!
 でなければ、わたしたちがここにいるのを知ってて、
 ずっと出て来られないなんて、仁さんが言うはずないわ。

 大輔さんは何か知ってるんでしょ?」


この娘は自分に正直だな。

大輔は感心しながら、由加の顔を見ていた。



自分の勇み足で、由加を傷つけてしまう結果になってしまったのが、
悔やまれた。


「知ってたら、ここまで由加ちゃんを連れてきたりしないよ。
 実は俺もよく知らないんだ。
 今度、ちゃんと話を聞いとく。
 ごめんな。俺が余計な提案しちゃってさ・・・。
 
 行こう。あいつらが待ってる。
 飯でも食って帰ろう・・・」


大輔がそっと背中を押すと、
由加もそれ以上、逆らわなかった。

交差点の向かいに停められた車の中に、
雨を避けて、ラガーマンたちが待っている。

信号を渡り終える頃には、由加もどうにか笑顔を装えるようになっていた。

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