AnnaMaria

 

セピアの宝石  23

 

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季節はどんどん進んで行く。

仁の部屋から見る海の色が濃くなり、
夏めいた日差しが踊るようになった。


「今週、また上海に行ってくる。
 週末までに戻って来られるかどうか、わからないんだ。」


ラグビー練習の後、メンバーと一緒にランチをして、
さきほど部屋に落ち着いたところだった。

仁はマルチストライプのシャツの袖を大きく折り返し、
日焼けした腕は、たくましく盛り上がっている。

佳代子の髪が伸び、開いた窓から吹いてくる風に、
さらさらと背中で踊っている。

このところ、急に女っぽくなったようで、
風が髪を巻き上げた拍子にのぞいた、
うなじの白さが仁の目を射た。


俺のせいかな?


佳代子は、後ろを向いて、2人のためにコーヒーを入れている。

まろやかさを増した、肩から腰への曲線をしげしげと見つつ、
うぬぼれた考えにひたっていた仁は
自分の女が近づいてくるのを見ると、
喉が渇くような思いがした。


「おい、こっちへ来いよ」


窓際の細長いテーブルにコーヒーを置き、
キッチンに戻ろうとした佳代子の腰に手をかけて引き寄せ、
自分の腿の間に挟み込み、ゆったりと抱きしめた。

佳代子は柔らかく微笑んだだけで、
さからわず、仁の腕の中にすっぽりと収まる。


ふん、こういうところも少し変わったな。


佳代子の背中にそろそろと手を這わせながら、考える。

以前の佳代子は、触れる度にぴくりと反応して、
一瞬、体を引こうとするのを、無理に引っ張り込む楽しさがあったが、
この頃は素直に、身を寄せて来てくれる。

今だって、仁の髪をゆっくりと撫でているのは、
佳代子の細い指だ。

早くキスがしたくてたまらないのに、
妙にゆったりと仁の髪をすいている。


「佳代子・・」


声がかすれた、やばい。

佳代子の瞳が少し大きくなり、


「仁・・・」

唇が開き、何か話しだそうとする。


紅く濡れた唇が動くと、あおってやりたい、
という欲求が急に激しく突き上げてきた。

返事をせず、佳代子のシャツのボタンを二つ外し、
大きな手をしのびこませると、
佳代子の喉の奥がひくっと鳴るのが聞こえた。

その音に満足して、さらにシャツを大きく開き、
やわらかく、良い香りを放つ真っ白な果実にかぶりつく。



仁・・・



佳代子がのけぞる。
左腕で背中をささえ、腿に力を込めて逃がさないようにすると、
スカートのホックもまさぐって外し、
ゆったりと実った腰から下をあらわにする。

前よりもさらに豊かになった白い胸を、
大きな手でつかみながら、クンと固くなった先端に
舌にからめて吸い上げた。


くぐもったうめき声が聞こえる。



仁・・・あ、あの・・。

なに?



手をやすめないまま、ほんのわずか佳代子の胸から唇を離して、
仁が答えた。

佳代子はなんとかまっすぐに体を立て直そうとしながら、


「わたし、仁に話があって・・・」


言いかける唇をふさいでしまうと、
膝のうらに手をかけて、佳代子を抱き上げた。
長い髪がふさりと揺れ、仁の腕から流れ落ちる。



甘い匂いの体を運び上げ、海色のシーツにそっと下ろすと、
すぐに上に乗って、体を押さえこむ。

佳代子の息が荒く、
胸にトクトクと、鼓動のはばたきがあたる。


もう止まれない。



ゆっくり頭を下げ、額に額を押しあててささやく。


「あとで、かならず聞くから。
 今は佳代子をもらうぞ」


なおも訴えかけた返事を唇で呑み込み、
舌で探り、からませ、あおる。
ついに佳代子の手が背中に食い込むのを感じると、


「今日は少し、新しいのに挑戦してみようか?」


悪魔のように、ささやいてみる。
大きく目をみはった佳代子に向かって、にやりと微笑んだ。





この所の仁は少し意地悪だった。



最初の、未知の世界へ少しずつ導いてくれるような感じが薄らぎ、
じわじわと責めあげ、佳代子が乱れるのを楽しんでいるような気がする。

やめて、と言っても、微笑んだまま決して止めようとはしないし、
「はずかしい」と訴えると、少し恐い顔をして、
もっと恥ずかしいことを要求する。

お返しに、ときどき佳代子からあちこちにキスしたり、
いろんなところをそうっと撫でたりすると、
仁の黒い瞳の奥にちらちらと愉悦の光がおどり、
ゆったりと官能的な表情を見せた。

佳代子に少しずつ、仁の弱点がわかるようになった。


だが、練習のあとの仁は、いつもやや乱暴で性急だ。

押し倒すとすぐ、大きくてぶあつい体を乗せつけ、
しゃにむに佳代子の唇を奪う。

動くたび、腕から太い根のように筋肉が浮き上がる。

びっしりと黒い毛の生えた胸に顔をこすられると、
仁が放つ強烈な欲求に圧倒されて、体が震えてくる。


「こっちの脚を上げて・・」


佳代子が下から不安げに見上げると、仁が笑う。


「だいじょうぶ、壊したりしない。
 佳代子のことはよくわかってる・・・」



優しい言葉つきとは裏腹な強さで、佳代子の腰をつかむ。


うっ!


入り込んでくる質量の大きさに驚いて息を止めると、
佳代子の両腕をおさえて、仁が上から体重をかけてくる。

隆々と盛り上がった、たくましい体が何度も迫って来て、
ほとんど身動きできぬまま、奥の奥まで押し入られる。
みっしりと体中を支配されているような気分だ。


「ああっ、仁。」


佳代子がわずかに体をよじると、仁の体に震えが走り、
眉間に太い眉が寄る。


佳代子、動くな。


仁の声に切羽詰まったものが感じられ、
佳代子は自分にも力を行使できるのがわかった。

体の向きを少々変えようとすると、仁の唇からうめき声が漏れる。



佳代子・・・



その声を聞き、密かに笑みをのみこむ。

少し悪女になった気分で、仁の言うことを聞かず、
じらすようにほんの少しずつ動きを加えると、
仁の太い眉がぐっとそばめられ、
喉の奥からしゃがれた叫びがあがった。






仁の胸が汗で濡れている。

タオルで拭いてあげなくちゃ、と思うのに、
仁が背中からぴったり佳代子を抱え込んで離してくれない。


「こら、言うことを聞かなかったな。」


回した腕にさらにぐっと力をこめ、首筋に軽く歯をあてた。

佳代子はくすぐったそうに、喉をのけぞらせる。


「ついこの間まで、経験なしだったくせに、
 もう俺を翻弄しようだなんて、恐い女だ。」


佳代子は微笑んだが、後ろにいる仁には見えないはず。

だが、仁の歯が耳たぶに回って、きゅっと噛んだので、
「あ!」と、強い刺激にうめく。


声をあげさせて、少し気の済んだ仁が、
佳代子の体を回すと、向かい合わせにさせ、
首の下に、太い腕を差し入れた。


「話があるって言っていたな。
 言えよ。聞くから・・・」


仁がまっすぐに佳代子を見つめると、一瞬、佳代子が目をそらした。

ベッド横のカーテンに視線をやって、仁を見ない。


「どうした?」


仁は少し不安になって、半分上体を起こし、
上から佳代子をのぞきこんだ。
佳代子の体はくったりと力を失い、肌が湿り気を帯びている。
いつもより、いくぶん体が熱いようだ。

佳代子は仰向けのまま、目を閉じて、すうっと息を吸うと、
仁の方に顔を向けて、視線を受け止めた。


「あの・・・わたし・・・」


なおも言いよどむ佳代子に、仁が軽く眉をあげて先をうながす。


「ちょっと遅れているみたいなの・・」


佳代子の言葉の意味が仁に届くまで、数秒かかった。



「・・・確かなのか?」

「まだ確かじゃないけど、でもそうかもしれない。」



佳代子は視線を下げて、そっと仁の胸に触れた。
胸毛が黒く湿り、盛り上がった筋肉が光っている。


「忙しい時なのに、ごめんなさい。
 わたしが不注意だったから・・・」


消え入るようなつぶやきに、仁が佳代子のあごに指をかけ、
くいともちあげて、自分を見させた。


「佳代子がごめんなさい、と言う必要は全くない。
 万全を期さなかった俺のせいだ・・・。」


こんな早いつもりはなかったんだが・・・。

仁は一瞬空を見つめたが、すぐに佳代子に向き直って破顔した。


真っ白な歯がきれいにのぞく。

「でもうれしい。いいニュースだ。」


じっと見つめてから、胸の中に抱き入れ、
まろやかな頬に唇を寄せると、目を閉じて、
やわらかく何度もこすりつける。


「本当にそう思ってくれるの?」

「もちろんだ。」


佳代子の全身をしっかり抱きしめた。

こんなしなやかな体が子供を宿しているかもしれないなんて、
すごく不思議な感じだ。

この所の佳代子から、匂い立つような不思議なオーラが出ていたが、
あれはこういう意味だったのか。
仁は自分のうかつさに舌打ちしたくなった。


だが、佳代子は不安そうには見えなかった。
むしろ、いつもより落ち着いていたが、
どこか、上の空な感じはあった・・。


仁は佳代子を抱き直し、正面から顔を見つめる。


「だったら、いろんなことを少し早回しにしなくちゃいけないな。」


佳代子はじっとこちらを見たまま、黙っている。

仁は微笑んだ。


「来週にも籍を入れてしまおう。
 ひと月以内に、内輪で結婚式をしよう。
 新婚旅行は・・・う~~ん、これだけは今、むずかしい。」


そんな・・・すごい早さね。


いやか?

佳代子は黙って首をふった。
唇が柔らかな曲線を描き、目元がかすかに光る。


「佳代子・・・・いちおう確認するんだが、
 俺と結婚してくれるんだよな?」


仁が佳代子の肩を抱いて、のぞき込むと、
佳代子がうなずいて、ほほえんだ。
光るものがひとつだけ目じりからこぼれ落ちる。
うれしいせい?ほっとしたせい?


「仁、うちの親に、会ってくれる?」

「そちらの都合がつくなら、明日にでも伺うよ。
 お父さんに竹刀で殴られるかな。
 こっそりプロテクターでもつけていくか。」


仁が冗談めかして言うと、佳代子が笑った。


「正直、ちょっと怖いが、覚悟はできてる。
 お許しをいただけるかな。」


「仁のことはよく知ってるわ。
 ずっとTVで見てたもの。
 ラグビーも好きなのよ。野球の次の次くらいだけど・・。」


これからは、お父さんのために野球も研究するよ。


「佳代子、具合が悪くなったりしてないか?」


仁が聞くと、佳代子がにっこり笑った。


「それが、すごく気分がいいの。
 良すぎるくらいよ。
 ちょっと眠たいけれど、春のせいかもしれないし・・。」


佳代子の笑顔はしっとりと落ち着いて見える。


「俺にできることがあったら言ってくれ。
 それと・・・はっきり確定したら、すぐに教えてくれ。
 いいな?」


ごくまじめな調子で、仁が佳代子の顔をまっすぐに見た。


「うん、そうする・・・」


うなずいた佳代子が仁にぎゅっとしがみついて来た。


「でもねえ、仁。
 わたし、何だかものすごく幸せなの。
 きっとそうだと思うわ。」


「佳代子がそう言ってくれてうれしいよ。
 俺を信じてくれるな?」


佳代子がうなずくと、仁はもう一度抱き寄せ、
ぴったりと胸の中に抱きしめた。








「何ですって?もう、子供・・」


詩織が大きな声を出したので、佳代子はしいっと唇に指を当てた。


「やめてよ。大声出さないで。」


そんなこと言ったって・・。



「何たるスピード!全く驚かされるわ・・・」



詩織はつくづくと佳代子の顔を見た。

ついこの間まで、仁に引っ張り回されて、あたふたしていた癖に、
何だかすっかり落ち着いちゃって、

すでにミセスの風格が漂ってるみたいじゃない。


「で、どうするのよ。」


佳代子は、仁と話し合った今後の予定をざっと聞かせた。

佳代子の両親には既にあいさつを済ませたこと。
今週末に、籍を入れるつもりであること。

会社にはそれからの報告になると言う。


「ねえ、もしもし!
 結婚式は?披露宴は?
 ぱ~~っとした、お祝いパーティは?」


詩織がぐっと佳代子の方に乗り出した。


「まさか、ぜ~んぶ、やらないつもりじゃないでしょうね?」


佳代子は顔を赤くした。

そのつもりよ。
だって、そんなの必要ないし・・・。


「そんなことさせないわよ!」


詩織が断固として宣言した。


「せめて、お祝いパーティだけでも企画させていただくわ。
 お佳代の広報と、開発部と、うちの営業と、
 ラグビー部の面々と、それぞれの同期と・・・」


指を折って数えている。


「どう見積もっても、100人は下らない。
 多分、もっとよ。」

「そんな・・・大げさにしたくないのよ。」


いきなり横を向いて、勝手な妄想にふけり始めた詩織を止めようと
肩にゆすったが、
詩織はすっかり取り憑かれた目をしている。



「お佳代は、それ以外で招待して欲しい人のリストをわたしに提出すること。
 それから、かならず一ヶ月以内にやるから、
 その間にドレスを何とか調達してね。」

 

ああ、忙しくなる。
わたしは何着ていこうかなあ。
まどかと、あのイケメン亭主にも手伝ってもらおう。
また逢えるチャンスだわ。


詩織は頭の中のリストを作るのに夢中だった。







仁がフィールドを駈けると、風が起こる。

仁のところから起こる熱い風がパスになって、
仲間の間をつながっていく。


前半の終わり、それまでプレーしていたスタンドオフをフルバックに下げ、
仁がスタンドオフとして、フィールドに入ると、
観客席からエールが飛んだ。


「行け!仁、待ってたぞ」

「見せてくれ~!」


仁を起点に出されたパスが通って、それまでの劣勢がとたんにゲインになった。

一気に距離をかせぐと、仁チームのスクラムとなる。
大輔が真ん中で懸命に相手を押し返しているはずだ。

ふいに出たボールをスクラムハーフがゲットし、
ショートパントで相手を一人超え、
相手のディフェンスをおさえて、バックスの俊足にわたる。

そのまま、一気にゴールへと走り込む。

10メーター、15メーター、そのまま、トライ!



仁や仲間たちが走りよって、ゴールを喜び合う。


佳代子も立ち上がって、思い切り拍手をしていた。

会社でのビジネスマンもいいけど、仁にはやっぱりフィールドが似合う。

本来の自分を取り戻したかのように、生き生きと動く恋人の姿に
佳代子の胸はいっぱいになった。


強く大きな体の内に熱いエネルギーが踊り、
頭の中は冷たく冴え渡って、瞬時に判断を下す。

ここしばらく、自分の中の変化ばかりを追って、
仁に気持ちが向かっていなかったが、
さっきフィールドに仁が現れてから、
他のものは一切見えなくなった。

こんなに素晴らしい男が、自分の恋人だなんて信じられない。
うれしくて、誇らしくて、涙が出そうになる。



相手の若いバックスがタックルをかけて来ても、
仁は倒れない。

さらに左からひとり組み付いてくると、すぐにボールを回し、

空いたスペースを俊足バックスが走り抜ける。


ボールが次々と仲間の手をわたっていくのを見ているだけで、
佳代子はぎゅっと胸がしめつけられる。


試合は、仁たちのチームの逆転勝ちでノーサイドとなった。


「おめでとう!」「おめでとう!」
「ありがとう!」「よくやったな・・」


現社長令嬢の麻里は、由香が抜けた後、急きょ、仁チームのマネージャーとなり、
観客席で忙しそうにスコアをつけている。

試合が終わると、あわただしくフィールドの方へ降りて行き、
大輔たちと言葉を交わしていた。


仁たちがフィールドから、観客席に向かって大きく手をふった。
佳代子も立ち上がって思い切り振り返し、拍手をすると、
他からも歓声があがった。


あと何回、この姿が見られるだろうか・・・。


いえ、たとえこのフィールドでスタンドオフとして走る姿は見られなくても
また別のフィールドで走り続けるに違いない。

おじさんになっても、おじいさんになっても、
ジャージを着てプレイすればいい。

自分は子供を連れて、あるいはたった一人でも仁のプレイを見に行こう。
どんな仁でも、自分は、見るたび胸が熱くなるだろう。

この姿を覚えておこう。
あの笑顔を覚えておこう。


あなたは、わたしの中で永遠にヒーローだから・・。

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