AnnaMaria

 

セピアの宝石(最終話) - Wedding Party -

 

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「それでは、本日の主役に登場していただきます。
 どうか、拍手でお迎えください」



詩織の元気な声を合図に、仁と佳代子が奥から腕を組んで現れた。

仁は黒いタキシードを上背と広い肩幅で見事に着こなし、
筋肉質な体をすらりと見せている。

佳代子は、髪をいくつもの巻き髪にして、
ウェストからゆるやかにスカートが広がった
シンプルな白いチュールのドレスに包まれている。

ふだんの佳代子とまるで違う、華やかな美しさに
来客から「ほう」と声があがり、驚いた顔も多く見受けられる。

恥ずかしそうに浮かべられた笑顔だけが、
わずかにいつもの佳代子らしい。



主賓として、社長があいさつに立った。


「仁、佳代子さん、本日はまことにおめでとう!
 皆様、よくご存知のように、
 仁はプレーヤーとしても、またビジネスマンとしても最高です。

 しかし、これほど速攻だとは思ってもみなかった。
 男としての手腕にもまったく恐れ入る・・・」


会場から笑いが巻き起こった。


「今日は堅苦しい席ではないそうなので、
 結婚を成功させる12の秘訣を披露するのは止めにしておこう。
 では末永く、幸せに・・・・」


大きな拍手が響いた。


「続いて、新婦の上司である広報室長から乾杯の音頭を」


詩織の紹介に、すでに出来上がりかけている広報室長が、
やや不確かな足取りで、グラスを持って前に立った。


「仁!
 わしは知っとるぞ。

 お前、佳代子がシャツにビール浴びたときから、狙っとっただろ!
 親切そうな顔をしとったって、わしはだまされん。
 大体、あつかましく毎度毎度、うちの佳代子を口説きに現れよって・・」


佳代子は少し首をすくめて仁を見上げたが、
仁は笑顔のまま、まったく動じた様子はない。

黒いタキシードに真っ白なシャツが映え、
その上の浅黒く精悍な顔は自信に満ちていた。


まあまあ、室長、もう済んだことですから・・・。


詩織がなぐさめ顔にたしなめると、
いきなり、室長がグラスを高く揚げ、


「そんなら、とにかく二人の未来に乾杯!」


おう!と言う野太い声があがり、グラスを干す音が続くと、
いっせいに拍手が起こった。


「では、皆さん。
 今日は無礼講のパーティということですので、
 品位をなくさない程度に、楽しく、にぎやかにまいりましょう!」


詩織のアナウンスに再び笑い声が起こって、
あとはにぎやかな話し声が広がっていった。



社長、執行役員の田並といったお偉い組や
それぞれの上司がいるものの、
肉体派ラグビー部の面々に、社内でおなじみの顔ぶればかりなので、
すぐに打ち解けて、忘年会のような騒ぎになる。



佳代子の同期はみな、いそがしく、
それぞれの役割に徹している。

総務のケイコは片隅で会計を締めているし、
詩織は営業の若い後輩と、この先の進行を確認している。

ケイコの夫となった、同期の秦はケイコの隣で仕分けを手伝っていた。



佳代子と一番親しかったまどかは、
結婚以来、少々付き合いが悪くなっていたが、
今日は夫と共に会場に現れ、長身美形カップルとして
周囲の注目を集めている。

まどかの夫である神待里隆は、一時、この会社で仕事をしており、
佳代子とも顔なじみである。

長身で、隙のないクールな雰囲気と、
甘いマスクに似ず遠慮のないはっきりした物言いで、
やや高慢なイメージを与えるが、
妻と一緒にいる時は、とろけるような笑顔を絶やさず、
見ていて、息が詰まるようなハンサムぶりだ。


「佳代子さん、おめでとうございます。」


まどかと共に近づいて来た神待里隆に、
本能的な危険を感じ、仁は佳代子を引き寄せた。


「神待里さん、ありがとうございます・・。
 今日は来て下さって本当にうれしいわ。」


新妻のなにげない一言も、こうも端正な男を前にすると
邪推したくなるくらいで、仁は佳代子の上気した頬を盗み見た。


佳代子って、もともと、この手の正統派ハンサムが好みなんだよな・・。


仁の屈託などまるで気に留めずに、神待里がつづけた。


「佳代子さんは、いちど家に遊びに来てくれましたね。
 今度はぜひ、ご主人とおそろいでおいで下さい。
 バーベキューでもやりましょう・・」


佳代子が神待里を見ながら、うれしそうに返事をしている。


「わあ、うれしい!
 きっと伺います・・・」


神待里が仁にも、にこやかな表情を向ける。

どうもこの手の顔は好きになれない、と仁は心中ぼやきながらも


「ありがとうございます。」


と答えると、神待里のとなりに立つまどかの見事な脚に、
ふと目をすべらせた。

今日のまどかは、大きなペイズリー柄のホルタートップのミニドレスで、
大胆に長い脚を披露している。


ほう!相変わらず、いい脚だな。


仁のつぶやきが聞こえたかのように、
神待里がまどかの腰に手をかけて、ついと自分に引き寄せた。


「それでは、お待ちしています。」


にこりと笑顔を見せると、まどかの腰をしっかりと抱き寄せたまま、
静かに目の前から去って行った。






「仁さん、おめでとうございます!」


旧開発部の面々である。



くせ者ぞろいで、当初はまとまりを欠いたが、
2度の経営会議をきっかけに強い連帯意識が生まれ、
最後はいいチームワークを見せてくれた。

小田島の隣に、由加が立っている。

栗色の髪をゆるやかにアップにして、
ベージュのシフォンのドレスを着ていると、
新進女優のように、可憐で美しかった。


「ありがとう。
 みんなには迷惑もかけた。
 おかげでここまでたどり着けたよ。」


仁はしんみりと答え、由加に目を向ける。


「特に由加ちゃんには感謝しかないな。」



由加のきゃしゃなのど元から、うっすらと紅色が上って来て、
若さの匂う頬を染めた。


「いいえ、わたしの方こそ、とてもお世話になって・・。」


隣で小田島が半分目を伏せながらも、じっと由加を見守っている。



開発部の面々は全員、由加の仁に対する思いに気づいていた。
気づかずにいられないほど、一途な思いだったのだ。

由加に対する仁の態度に納得してはいたものの、
彼女に対する同情から、なんとなく、
身内の大切な花を守る集団のようになっていった。

由加が小田島の思いを受け入れたかどうかは、
まだわからないが、時々二人で会っている節が伺える。

由加にも幸せになって欲しいと、仁も佳代子も心から願っていた。


「開発部も田並さん直轄になったから、
 同じ上司の下で仕事をすることになったな。」


仕事の話がちらりと出ると、一様にうんざりしたような表情になった。


「仁さんも小田島も、由加ちゃんも抜けて、
 代わりに田並さんが来るんだから・・。
 詩織さんにも、相変わらずケツをたたかれまくりですよ。」


げんなりしたように、若手のひとりがこぼすと、


「あら!
 嫌なら行かないわ。
 ひとりで取引先に行ってみなさい。
 さぞ、歓迎されるでしょうね・・・」


後ろからよく通る声が聞こえて来て、若手は首をすくめた。

詩織はそんな面々に、ことさら優しげな微笑を投げ、
仁たちに向き直る。


「本当におめでとう!
 仁、お佳代をよろしく頼むわ。」

「ああ、まかせとけ。」


仁はにやりと笑い返すと、佳代子の肩に手をおいた。

詩織はさらに二人に近づくと小声で、


「しかし、ほんっとに手の早い男ね!
 気をつけなさい、と言う暇もなかったわ。」

「ねらったものを見つけると、つい、体が動いてしまうんだ。
 ラガーマンの習性なんだよ。
 子守りにも来てくれな。」


詩織の嫌みにも全く動ぜずに仁がささやき返す。


「詩織は年下の男が好きなんだろ?」


詩織がにらみ返した。


「年下にも限度があるでしょ!
 赤ん坊に興味はないわよ。」

「面倒みがいがあるぞ。詩織に夢中になるかもしれないし・・」

「あら、女の子かもしれないじゃないの・・」


主役の新郎と詩織がいつまでもひそひそとやり合っているので、
隣の佳代子はおかしくて仕方がない。

ついくすくす笑いを漏らしたのを機に、
詩織が顔をあげて、不意に佳代子を抱きしめた。


「よかったね、お佳代。
 幸せにね。」


寄り添った二人に笑顔を投げて、背中を向ける。

祝辞を述べようと近づいてきたグループと
入れ替わりに立ち去りながら、小さなため息がこぼれた。


まどかも、総務のケイコも、ついに佳代子まで片付いてしまった。

あ〜あ、どんどん一緒に遊ぶ仲間がいなくなるわ。


さすがの詩織も胸中で弱音を吐いた時、
営業の面々の隣に、若い男が立っているのに気がついた。

背はそれほど高くないものの、背筋はすっきりと伸び、
首筋や頬に若さがみなぎって、鼻筋は通っている。


詩織に気づいて、小さく会釈をした顔が少しはにかんでいた。


あら、なかなか可愛いじゃない・・・


長くて器用そうな指につかまれた、
白ワインのグラスがほとんど空だ。

髪型は、ジャニーズの何とか言うタレントに似て、少し長めで、
毛先がほんの少しカールしている。


営業には、もう少し短い方がいいかもね・・。


詩織はつぶやいて、白ワインのグラスを二つ取ると、
ゆっくりと笑顔で若鹿の方へ近づいて行った。






パーティはすっかりくつろいだものになっていた。

新郎の仁は、タキシードの上着を脱ぎ捨て、
ラグビー部の面々と、オールブラックスのパフォーマンスにつきあっている。

ニュージーランド先住民、マオリ族の舞踊から派生した、
独特のパフォーマンスは、腰を落とし、腕を直角に動かして、
大きな声で唱和する。

仁のとなりで大声をあげているのは、元主将の大輔だ。


ラガーメンのマッチョな肉体が、室内にずらっと並ぶとさすがに壮観で、
大柄な仁まで細身で常人なみに見えてしまう。


だが、仁の並外れた体力、忍耐力は、会社でも二人きりの時間でも
嫌というほど認識させられている。



こんなマッチョなタイプと結婚してしまうなんて・・。


佳代子は自分で、何だかおかしかった。

会社に入るまで、ほとんどラグビーを見たことがなかったのに、
今は、ラグビーのコラムをでたらめに書き散らせるほど、
詳しくなった。

変われば変わるものだ。



佳代子はひそかに、会場の隅に目を走らせる。

そこにはかつて佳代子のメンターを勤めた先輩も顔を出していた。

端正な顔立ちは変わらないながら、全体に少しふっくらとして、
ほんの少し頭が薄くなりかけている。


自分はかって、あんな男が好きだったのだ。

一時の心の痛みを思うと、考えられないほど、
その先輩を見ても、憧れも恨みも懐かしさすら何も感じない。

過去に出会った標識を見ているような気分だ。



佳代子がぼうっとよそ見をしているうちに、
わああああっと声があがって、パフォーマンスが終わったようだ。



見る間に仁がこちらに向かって来たかと思うと、さっとすくい上げられ、
あっという間に高々と抱き上げられていた。

のけぞってひっくり返りそうになり、
あわてて仁の首筋にしがみつく。


お客から盛大な拍手とヤジが飛ぶ。


何の予告もなしに、仁の唇が佳代子の頬に
ぎゅっと押し付けられた。

頬が焼けるように熱くなり、驚いて目を丸くしたが、
客席からは、どよめきがわき上がり、つづいてヤジと拍手が起こった。


耳元から、仁のよく通る声が聞こえてくる。


「皆さん、本日はどうもありがとうございました。
 今後も我々ふたりをよろしくお願いします。

 それから・・・
 佳代子をかならず幸せにします!」


そう言うと、佳代子の体を何度か大きく空中にに揺さぶり上げ、
佳代子は悲鳴をあげて、仁のがっしりした首にしがみついた。


近くにいた詩織や、ラグビー部の面々が大声で冷やかしながら、
二人に花びらのような紙吹雪を浴びせかけると、
さらに拍手や喚声が大きくなった。


雪のような紙吹雪の舞う中、愛する仁の強い腕に抱かれ、
佳代子はすでに最高に幸せだった。

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