AnnaMaria

 

セピアの宝石 「のぞみ」2 "ガールズトーク"

 

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日曜日には、同期の詩織と総務のケイコが遊びに来てくれた。


「おっ佳代〜、元気?
 お〜お〜、もうすぐ弾けそうね。
 君も元気かい?」


詩織が愛情こめて、佳代子のお腹をなでなでする。


「これ、お土産・・・」


ケイコがいたずらっぽく笑いながら、黒い小ぶりの紙袋を渡した。


「もしや、これって・・・?」


佳代子の紙袋を持つ手が震える。
つやけしの黒地に金のロゴ。

そうっと袋から取り出されたのは、シックな黒いジュエリーボックス、
中にうやうやしく納められていたのは、


「きゃああ!
 あななたちったら、何て素晴らしい友だちなの!」


ひとつめには、トップに大粒のゴールドと小さなパールが二つつらなり、
二つめにはブランドのロゴが記され、中央に金箔が輝き、
最後のひとつには、波線模様とダイヤ状のジュエリーが付いていた。
まさに、セピア色の食べられる至宝。


「ありがとう!ほんっとうに最高のおみやげだわ・・」


声をうるませて礼を述べる佳代子を呆れた目で見つめながら、


「お佳代が医者のいいつけで、チョコの総量制限されてるって言うから、
 ほんのみっつに、わたしたちの愛と友情をこめたのよ。
 いやあ、バカバカしい値段ねえ・・・」

「ごめん。
 これだけは、仁に買ってって言えなくて・・・。
 値段見ただけで、怒りだしそうだもん。
 こっそり買うにも気が引けるし。」

「あ〜ら、買ってもらえばいいじゃない。
 あのブランドの一階にあるジュエリーの百分の1か、千分の1の値段でしょ。
 妻はジュエリーより、ジュエリーのようなチョコが欲しいんだって。
 かえって喜ぶかもよ。」

「・・・・」


後ろめたそうに黙ってしまった佳代子を見て、ケイコがおかしそうに笑った。


「仁くんをごまかすのって、結構むずかしそうよね。」

「そうなのよ!
 あいつ、デカイ体の割りに神経が細かくって、仕事でごまかそうとすると、
 ちろっと横目で見るの。あ、ヤバって思うんだけどね。」


詩織は佳代子に応える暇を与えず、しゃべり通した。

佳代子はうっとりとジュエリーボックスならぬ、チョコボックスをながめ、
目をうるませている。


「ね、これの味見、したい?」


おずおずと佳代子が言いかけると


「したくない、したくないっ!
 そのチョコ一個でビールが何本買えるか、ケーキが幾つ食べられるか。
 お佳代はわたしたちが帰った後、それを4等分でも10等分にでもして、
 ちびちび、かけらを楽しんでよ。

 んで、わたしたちには、ビールごちそうして。」


わかったわ・・・。

佳代子はいかにも名残惜しそうに、チョコレートボックスのフタを閉じ、
大切そうにテーブルの端に置いて、のびあがってグラスを取ろうとすると、


「ああ、やめ!やめ!
 わたしたちが取るわ。
 どこにあるかだけ、教えて。」


ケイコに椅子に座るよう、追い立てられると、
詩織とケイコがあっちこっちを開けながら、ビールとグラス、
チーズ、ナッツ、あとは買って来たサンドイッチを並べた。


「何もかも悪いわね・・・」


恐縮した様子の佳代子に、


「仁に頼まれたの。俺の留守中、佳代子をよろしくって。
 臨月の人におもてなしさせる気はないって言ったんだけどね。」


佳代子のグラスには、何も聞かれずに冷蔵庫の麦茶が注がれると、

かんぱ〜〜い!

3人でぐうっとグラスを空けた。

ぷは〜〜、おいしい!昼ビール。

「今、何に乾杯したの?」

ケイコが聞くと、

「そりゃ、お佳代の安産と亭主の留守を祝ってよ。
 あのデカイのが居ないと、部屋が広くない?」


詩織の口調はまったく遠慮がない。
会社でもこの調子で仁と掛け合いを続けているのだろう。

佳代子はほんのちょっぴり、うらやましくなった。


「まどかも、すごく来たがっていたんだけど、
 例のご亭主の関係で、結婚式があるんですって。
 あそこは常に夫婦同伴の世界だから・・・。」

「何でも、下着も一緒に買いに行くんですってよ!」

え〜〜っ、そうなの?


詩織の聞き込んできたネタで、しばし盛り上がった。


「ホントよ。何でもパートナー同伴のランジェリーショップがあるんだって。
 男性はフィッティングルームの外で待ってて、
 女性が次々試着して見せるのを、あれこれ感想やら、注文やら言うらしいわ。」

「いちいち見せるの?」

「そりゃ、そうよ。その為に行くんだから。
 自分好みの下着を買うかどうか、見定めに行くんでしょ。」

「あら、まどかによると、ご主人が勝手にまどかの下着をどんどん買って来ちゃって、
 それを着なかったら、すごく喧嘩になっちゃったから、
 妥協案として、一緒に行く事になったって言ってたわよ。」

「ふうん、アヤシイ店ねえ。」

「う〜ん、店自体は高級でハイソなんだけど、
 わっか〜い愛人と親父の組み合わせとかと、しょっちゅうすれ違うんだって。」

「どうやって愛人ってわかるのよ。」

「そりゃ、年が離れてるし、親父がやたらベタベタ、さわりたがるから、
 こりゃあ夫婦じゃないなって。
 夫婦ってもっとあっさりしてるもんじゃない?」


詩織のせりふに、新婚のケイコ、佳代子ともども黙ってしまったので、
詩織がにやりとした。


「あらあ、新婚さんは別みたいねえ。
 お二人は結婚してても、べたべた、いちゃいちゃしているんだものね。。
 いいわねえ。お熱くて・・・。」

「まどかのところ程じゃないわよ。」


顔を赤くしたケイコが言いつけた。


「でも、まどかのご亭主、そのランジェリーショップで別の女性に誘われたみたいよ。」

「どうやって?」

「ご亭主だか、パトロンだかが携帯にかかった電話で外に行っている間に
『ねえ、これはどうかしら?』って、フィッティングルームのカーテンをはらり・・・。
『あら、ごめんなさい、連れが待っていると思ったので』って。」

「まどかも大変ねえ・・・。」

「まあねえ。今頃、くしゃみしてるでしょうよ」


詩織がおいしそうにビールを空けながら、豪快に笑った。


「で、詩織はどうなのよ?今、誰か付き合ってる人はいるの?」

「う〜〜ん・・・」


途端に煮え切らない返事になったのがおかしくて、
佳代子もケイコも声をあげて、大笑いした。


「詩織、今、猛アタック受けてるのよ・・・」


ひそひそとケイコが言いつける。


「別に猛アタックってわけじゃ・・。」

「猛アタックよ。彼、わたしを呼び出して、あれこれ詩織のこと聞いてきたんだから。」

「誰よ、誰?」

「それがあの・・・某機械メーカーの御曹司らしくて」

「ええ?」

「彼の元カノから脅迫状が届いたりしたのよ。もうタイヘン」

「ええ〜〜っ!」


それまでずっと黙っていた詩織が、


「別に御曹司って言えるかどうかわかんないわ。
 あっちの会社自体、調子いいって言える状態でもないらしいし・・」

「僕が立て直してみせますから、機会を与えてくださいって、
 自ら経営陣に名乗ってでたそうよ。
 まだ24才なのに。
 ね、すごく詩織が弱そうな男の子でしょ?」

「そ、そうね。」


あれほど調子にのってしゃべりまくっていた詩織が、急に黙りがちになって、
お台場の景色なんか眺めたりしている。

ひょっとして、これは・・・。


「でも珍しいわね。
 いつも詩織の方から、若いのに手を伸ばしてって言うか、その・・・
 えっと、おつきあいのきっかけを作ることが多いのに。」

「そうなのよ!
 でも今回、あちらの一目ぼれっぽくて、もう大変なの。」


詩織をちらっと見ると、今度はベビーベッドコーナーをしげしげと観察している。

母ゴコロがついたとか?まさか・・・。


し、お、り、ちゃ〜〜ん・・・。

佳代子は椅子に座ったまま、小さく手招きしてみせると、
詩織はのろのろとテーブルに戻ってきた。


「ねえ、口説かれたきっかけは何なの?」

「え、つまらないことよ・・・」


既に知っているのか、ケイコがくすくす笑っている。


「セミナー後のパーティでおしゃべりしながら、カクテルを頂いていたら、
 うっかり中のオリーブがころがり落ちたの。」

「どこへ?床へ?」

「う〜んと、ちょっと開きの深いシャツを着てたんだけど、
 その胸の谷間にすぽっと落っこっちゃって・・・」


信じられないことに詩織が赤くなった。


「で?」

「みんなが見てたから、会話が急に途切れて、
 そのままパウダールームかなんかへ行ってから、取ってもよかったんだけど、
 妙に挑発的な気分だったから・・」


詩織は、パーティ会場でのきまずい沈黙をほぐそうと
『しつれい・・』
にっこり笑顔のまま、じりじりと自分のバストポケットに指を潜り込ませて行き、
呆然と見つめる男性陣の顔をみつめながら、しばらくゴソゴソと胸の谷間を探って、

ほら!

ピックに刺さったオリーブを笑顔で指先につまみ出してみせた。

そこにいた、5、6人のうち、ほとんどはきまり悪そうな笑顔を浮かべて
「あ」とか「へえ」とか曖昧な言葉を発しただけだったが、
ひとり、一番端にいた若い男は無表情のままで、
詩織が輪を離れたとたん、すっと後をついてきた。


『いくらですか?』

『え?』


詩織がけげんそうに相手を見つめると


『さっきのオリーブです。僕はあれが欲しいな。
 いくらでゆずってくれますか?』
・・・


「きゃ〜〜〜っ、なんてアブナイ男なの!
 大変なもんだわ、この無敵のしおりにそんな台詞が吐けるなんて・・」

でしょでしょ?


聞いていたケイコと佳代子は興奮して、すっかり手を取り合っていた。


「で、何て返事したの?」

ええと・・。


詩織はやや、めんどくさそうに腕を組んで、

『あなたのしている時計。それと交換なら・・』

相手が一瞬黙ったのを見て笑ってやった。

『冗談よ。わたしをからかった罰』

くるりと背中を向けようとした時、若い男はさっと手首から時計を外すと、
詩織に突き出した。


『では、これで・・・』


詩織の手に握らせると、代わりに自分の手のひらを差し出した。


『冗談だって言ったでしょ。馬鹿なこと、やめなさい。』

『からかったのは僕じゃなくて、あなたの方なんですか?
 僕は本気ですよ。』
 

むっとした詩織がだまって時計を返そうとすると、


『僕はあのオリーブが欲しいんです。』


詩織はしばらく若い男の顔を見ていたが、
まだ指でつまんでいたオリーブをピックから引き抜いて、
ゆっくりと口に入れた。

ふたくちで飲み込んでしまうと、にっこり笑い、


『ごめんなさい。対象物がなくなっちゃったから、これもお返しするわね。』


そういって、今度こそ彼の手の中に時計を握らせ、後ろを向いて去って行った。
本当を言うと、がくがく震えそうで怖かったのだが。



「か〜〜〜っ、すごいヤツじゃない!」

「でしょでしょ?ウチのがそれを横から見てたのよ。
 で、教えてくれたってワケ。そっからもう怒濤のアタックで・・」

「きゃあきゃあ、すごい!会ってみたい!」


ケイコと佳代子の興奮ぶりに醒めた目を投げかけながら、


「お佳代、そんなに騒ぐと生まれちゃうわよ。」

「あら、まだ大丈夫よ。このチョコレート食べるまでは絶対生まないわ。」


佳代子ったら・・・もう!

3人で笑い崩れた。


「ああ、ガールズトークって久しぶり!
 何だか体の細胞が好奇心でうずうず活性化するみたい。
 詩織、その大胆な男の子との続き、ぜひ教えてね。」

「ガールズって言えるかどうかが問題ね。」


ケイコが言うと、また3人で笑い転げた。




賑やかなおしゃべりで、飛ぶように午後が過ぎ、
空になったビール壜もゴロゴロと増えた。


「ふうん、仁ったら、変わったビール飲んでるのね。」


冷蔵庫から何本目かのビールを取り出しながら、詩織がラベルに目をこらした。


「ベルギー製?」

「頂き物よ。どんどん飲んでいいわ。仁は最近、少し控えてるから。」

「なんで?
 どっこにも脂肪がついているようには見えないけどね。
 赤ん坊をもちあげるために筋トレとかしてない?」

「してるけど、赤ちゃんのためじゃないでしょ。」


じゃあ、誰のため?
と詩織のからかうようなまなざしに、佳代子は少し赤くなった。


「全く、もう現役じゃないのに、無駄にいい体作ってるわよね。
 お佳代がああいうマッチョタイプにさらわれるとは、思ってもみなかった。」

「タックルにタックルを重ねられた感じねえ。
 もうトライを決めちゃって、本当に速いこと!」


ケイコが佳代子のお腹をそっと撫でる。


「よしよし・・・いい赤ちゃんが無事に生まれますように。」


赤ん坊が中からぼこっと蹴って、返事を寄越した。


ひっ!と一瞬、飛び退いたケイコだが、


「まあ、もうご挨拶できるのね。えらいわあ。いい子、いい子・・・」


風船玉のようなお腹をケイコが撫で続ける。

キッチンでは、詩織がビール瓶を片付けながら、


「お佳代〜、買い物してきて欲しいものない?
 ちょっと酔い覚ましに、歩いて来ようと思うんだけど・・・」

「そうねえ、じゃあ、お願いしようかな。」

うんうん・・・。


詩織がジャケットを羽織って、買い物かごを持っている。

なんとありがたい友人たちだろう・・・。

遠慮のないおしゃべりが、これほど楽しいのをしばらく忘れていた。
仁が不在の不安が吹き飛んでいったようだ。
佳代子はごく短い買い物メモを書き始めた。






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