僕は自分の車まで走って行き、ハンドルをつかむとジニョンを乗せたタクシーを追った。
タクシーのすぐ後ろから、つけて行く。
視線は目の前の車に乗っている女性にぴたりと据えたままだ。
心臓は不安のあまり激しく鼓動をうっている。
・・・これは夢ではない。
本当に君が戻って来たのだ。
その目には僕が誰だかわからなかったにせよ、とにかく君は戻って来た・・・
手のひらにじっとりと汗がにじんでくるのを感じ、ハンドルを持つ手が少し滑る。
僕は君が市立美術館の前で降りるまで、ずっと後をつけて行った。
僕の目の中に、冬空の太陽の下にいるほっそりとした君の姿が映っている。
まばたき一つできない。
もしまばたきしたらその瞬間に君の姿が空中に消えてしまう、
そして僕の人生からまたも消えてしまう、そんな恐れでいっぱいだ・・・
君は建物の中に入っていった。
僕はここで待っていよう・・・
・・・この一年、君のことを一瞬たりとも忘れることができなかった。
君を失った痛みがずっとつきまとい、
君のいない寂しさは、どうやっても治すことのできない病気のようなものだった。
その寂しさは昼も夜も僕を苛み、
心の痛みは僕の肉体の中にまで入り込んで、
君を失った痛みを取り去ることがどうしてもできなかった・・・
僕は仕事に没頭し、仕事をする事で自分の感覚を麻痺させてしまおうとした。
しかし依然として、いくら精神的に無気力な状態に自分を持って行っても、
安らかに眠れる夜はやってこなかった。
部屋の中に君の存在を感じてしまう。
どこを見ても、どんな隅も、何かしら君を思い出すものを見つけてしまう。
自分の部屋にいても、僕には君がそこに立っている姿が見え、優しい笑顔が頭にうかび、
明るい笑い声が耳に響いてくる。
そして、君のバイオリン、服、おもちゃ・・・。
君の存在は僕の中にしみ通っていて、目覚めている限り逃れられない。
君のいなくなった寂しさをあまりに強く感じ、肉体的にも精神的にもずっと苦しんでいた。
時々、つらくて思わず君の名を呼んでしまう。ジニョン!ジニョン!
・・・レオが言っていたな。
ボス、ボスは確かにまだ生きてはいるが、心を失くしてしまったみたいだな、と。
僕は以前よりさらに他人に冷淡になり、もっと距離をおくようになってしまった。
ひとりぼっちの生活をただただ続けているだけだった・・・
僕は自分にもう一度君に会えるチャンスがあるとは考えていなかった。
君が僕と共に過ごした数ヶ月の記憶を失くしてしまっているのもわかっていた。
ただ、ただ、自分に言い聞かせていたんだ、
君がこの世に生きている、それだけで十分なはずだと。
それだけで十分だった。
君はついに美術館から出てきた。
髪が以前よりずっと長くなって、先の方が少しカールしている。
何も変わっていない。変わったとすれば前よりさらにきれいになったくらいだ。
それは十分あり得ることだ。
サンドイッチを買う君は、とてもうれしそうで気楽そうに見えるよ。
ずいぶんシンプルな朝食だね、それとも昼食かな?
君がすごく簡素で、いかにも足りなそうな食事で済ますところなんて、
何だか見ていられない感じがするよ・・・
君がサンドイッチを買って、店を後にすると、
突然、顔色が紙のように白くなり、痛みに顔をしかめるのが見えた。
僕は急いで駆け出した。
サンドイッチは服の上にばらまかれ、君は痛みのせいでそれ以上立っていられず、座り込んでしまったようだ。
両手で頭を抱え込むのも見えた。
君のそばまで来ると、僕は心配で、どうしたのかとたずねた。
頭が痛くて、割れるように痛いの、と君が答えた。
今は痛みのせいで涙までこぼしている。
鎮痛剤をホテルに忘れてきた、とも言った。
僕はすぐに君を抱き上げると車まで運び、赤信号まで無視してひたすら車を走らせた。
やっとホテルに戻って来ると、僕は君を抱いたまま部屋まで上がった。
君は痛みに耐えかねて、大声で泣き叫んでいる。
君のつらそうな声を聞くと、僕はますます心配になってくる。
鎮痛剤は一体どこにしまってあるんだろう?
やっと鎮痛剤を見つけて、君に服ませる。
だが、痛みのあまり自分の動きも制御できなくなっていた君は、
薬を服ませようとした僕の指を無意識のうちに噛んだ。
僕の指先から勢い良く血が噴き出してきたが、まるで気にならない。
君のことだけが心配なんだ。
やっと君の表情がゆるみ、痛みもやや治まってきたように見えた。
そのままずっと君を僕の腕の中に抱きしめていた。
ああ、ついに、君がまた僕の腕の中に戻ってきたんだね。
どうしてもキスをせずにはいられない。
なんていい匂いだろう・・・
君の気分が良くなるにつれ、君の体からだんだんと力が抜けて行き、
全身が柔らかくしなやかになっていく・・・
僕は君の髪をそっと優しくなで、君の体をぴったり僕にくっつけた。
僕の心臓の上に君を感じたかったから・・・
君のおかげで、また僕の心臓が生き返り、拍動を始め、目覚める。
僕の頬をそっと君の頬に押しあてると、
滑らかな肌と女らしい香りを感じる・・・
ああ、僕はまた生き返ったような気持ちだ・・・
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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria
2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)