AnnaMaria

 

This Very Night 第9章 -見知らぬ人-

 

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だんだんと痛みがひいて行き、彼女はゆっくりと目を開いた。


     ・・・誰か男の人がわたしのことを抱えている。

     ・・・この人、この人ってなんだか今朝エレベーターの中にいた人みたいだわ。
     わたしが走って飛び込んでしまった方の人。

     でも・・・でも、なんであの人がここにいるの?
     それにどうしてわたしのことを抱いているのかしら?


ジニョンはこんなにも異性とぴったりと接近した経験がなかった。
抱えられているだけじゃなくて、ぴったりと腕の中に抱き寄せられている。


     ・・・彼の顔、わたしの顔のすぐそばね、
     彼の息とわたしの息が混じり合ってしまうくらい近い・・・
     彼の目もびっくりするほど間近にあって、その目がじっとわたしを見つめている。
     ああ、彼の目の中に映っているわたしが見える。

     サングラスの下に、こんなにきれいな目が隠れていたのね。
     すごく深いまなざしで、このままじっと見ていたら
     彼の視線にうっとりと酔ってしまいそうだわ・・・


突然、彼女は自分が今も彼の腕の中にいることを思い出した。
顔が真っ赤になる。

体の向きを変えようと、少し身をよじったが、彼は彼女を抱きしめる力を一向にゆるめない。
依然として彼女をしっかり抱きしめたまま、心配そうな瞳でジニョンを見つめた。


「どうしたの?まだ頭が痛い?・・・病院へ行った方がいいかな?」


おお!
彼の大きな手が彼女の頬をそっと撫でてくれて、
ほてった頬に、ひんやりした彼の手の感触が気持ちよかった。
そのまま、彼はまるで幼い子をあやすようにジニョンの背中を軽くトントンとたたいてくれる。


     ・・・なんて気持ちがいいのかしら・・・。

     だけどこの人・・・誰?


彼女はやっとの事で口を開いた。


「ああ、もう大丈夫です。
 あの・・・それで、下ろしていただきたいんですが・・・」


ドンヒョクは全然、彼女を下ろしたくなかった。
このまま彼女を離したくなかったが、そうするしかないのはわかっていた。


「あの・・・あ、あなたが助けて下さったの?
 あの、あら、なんて不思議な偶然なんでしょう!あの・・・」


彼女はどもりながら言った。

唇が乾いていたので、舌で自分の唇をなめると、血の味がする。
そして、彼のシャツを見てみると、
サンドイッチで汚れた跡があり、マヨネーズやら、キュウリまでくっついていた!


     ・・・ああ、どうしよう!ネクタイはコーラの染みもついているわ。
     それにあの、待って、なんだか指先に血が付いているようだけど。
     わたし・・・?わたしが噛んじゃったのかしら?・・・


「わたし・・・あなたのこと噛んだの?」


彼は答えずに、彼女の方を見ると言った。


「どう思う?」


ジニョンはものすごく申し訳なくなり、彼に悪いことをしたと思った。

無意識にホテルの部屋の中をぐるぐると回り始め、


「おお・・・ほ・・ほんとにごめんなさい。クリーニング代、お払いするわ」


彼は軽く首を振って、にっこり微笑むと


「構わないよ。ねえ、君お腹が空いているでしょう?
 昼食でも食べに行きませんか?」


彼女の方は彼の行為に対してどうやって報いたらいいのか、考えているところだった。


「いえ、あの今お腹空いてなくて」


と、答えたそばから彼女のお腹が抗議するようにぐうっと鳴った。

ドンヒョクは笑顔を向けると


「さあ、行こう」と声をかけた。

「あなたの手・・・」

「大丈夫ですよ」

「ダメよ、待っていて」。


ジニョンは自分の荷物のところに行くと、携帯用の医療用セットを取り出した。
彼の指をよく見てみると、人さし指にちょっとだけかじり取られたような傷がある。
彼女は血を見るのが怖かったが、やったのは彼女なのだ。
血を見る勇気を振るいおこして、彼の傷口の消毒をすることにした。

まず傷口の消毒を済ませると、そのまま傷口に息を吹きかけて


「ごめんなさいね・・・ふうっ・・・ふうっ・・・。
 ほら、痛くない、痛くない・・・」


ジニョンは顔にいろんな表情をうかべながら、まるで子供に話しかけるように言った。



何て可愛いのだろう、とドンヒョクは思った。
彼はジニョンを抱きしめ、唇を奪いたくてたまらなかったが、それができないのもわかっていた。
ジニョンは可愛らしい絵のついたバンドエイドを彼の指に巻き付けると、安心してほっと息をつき、立ち上がった。

彼の肩をぽんぽんとたたいて、


「はい、おしまい!」と言ってしまった。


ジニョンはやってしまってから自分の行動に驚いて、また真っ赤になった。
彼の方は、彼女の行動に何の疑問もなく、おかしいとも思っていないようだった。



彼は軽く彼女の腕を取って、ホテルの外へ連れ出した。


「おいで、車に乗って」


彼女は車に乗り込むとたずねた。


「どこへ行くんですか?」

「ランチ!」

「わたし、あの、サンドイッチでも食べますから・・・」


彼はジニョンがシートベルトを着けるのに手を貸すと、穏やかに彼女を見つめた。
彼女が言いかけた言葉を飲みこむと、彼は車を発進させた。





ジニョンは彼が運転に集中している間、彼のことをじっくり観察した。


     ・・・おお!この人って笑ってないときはすごく冷たそうね。
     なんだか厳しい表情だわ!


それでも、彼が実にハンサムだということは認めざるを得なかった。
ジニョンの心臓がドキドキしてくる。
彼のことをそんなに見つめている自分に気づかれるのではないかと思い、
ジニョンは視線を無理矢理に窓の外の美しい景色の方に向けていった。





彼がジニョンを連れてきたレストランはとても洗練された店だった。
ジニョンがサンドイッチで汚したスーツを着たままだというのに、
サービス係は実にていねいに、敬意をもって彼を迎えた。

ジニョンは自分の服装を見下ろした。
こんな場所に来るには、あまりにカジュアルな服装だ。
なんだか少しきまり悪くなり、彼の後ろに隠れた。
彼はジニョンの気詰まりを察したようで、とても自然に彼女の腰に手を回す。

二人は窓の外の景色が見える、落ち着いた席に案内された。
レストランの中はきわめて暖かく、快適だった。


「ワインは?」

彼がたずねた。

「あ、少し」


彼はにっこり微笑んだ。
それからウェイターに注文をし、すみやかにウェイターが下がって行った。
改めて二人きりになってみると、ジニョンはこの沈黙を破るのに、何を言ったものかまるでわからなかった。




彼が自分をじっと見つめているのに気がついた。
ジニョンが何をしていようと、まるでジニョンしか頭にないように彼女から視線を外さない。
彼女はだんだん、少し落ち着かなくなってきた。


     ・・・わたしの顔に何かついているとでも言うのかしら?・・・


彼があまりに見つめるので、それとなく促す意味でも聞いてみた。


「あの、わたしの顔に何かついてます?」


彼の手がすっと彼女のあごを持ち上げ、
ぐっと顔を近づけて、仔細に彼女の顔を観察する。
すみずみまで実にじっくりと眺めると、まじめな調子で言った。


「いや、君の顔はきれいだよ・・・。
 ・・・暑いの?君の顔どうしてこんなに熱いんだろう?
 熱でもあるのかな?」


そう言うと彼はすぐにジニョンの方に顔を寄せて、自分の頬を彼女の頬に当てた。
あろうことか、彼女の首のあたりにさっと手をすべらせて、熱があるのかまで調べた。


「熱はないな」


二人がお互いにかなり親密な関係みたいに、彼の仕草はとても自然だった。
ここに至って、ジニョンの顔はまるで目玉焼きでも焼けそうな位に熱々になっていた。


この時、ウェイターがやってきて、テーブルに料理を並べ始めたので、彼女は神に感謝した。


     ・・・ああ、これで何か言わなくちゃならない状況から解放されたわ・・・


それにすごくお腹がペコペコだった。
あまりにお腹が空いていたので、彼の視線も気にならなかった。
彼女はどれもがつがつ食べ始めた。
彼の方はほとんど何も口にせず、ただワインを飲んでいるだけだった。


     ・・・この人ったら、わたしが食べるのを見てるだけでお腹いっぱいになっちゃうの
     かしら?・・・




彼女はものすごい勢いで食べ続けていた。
ドンヒョクは彼女が喉をつまらせるのではないかと心配になった。

手を伸ばして、ジニョンの手を取り、


「料理が気に入ったんだね?でももう少しゆっくり食べたら」


と言った。


彼の手は大きく、ジニョンの小ぶりな手全部をすっぽりとおおってしまえる。
ジニョンは夢中になって料理を食べていた。

ふと彼の指に目を留めると、
その指先で彼女の手を愛しむようになでているのに気づいた。
ジニョンが振り払おうとすると、彼はすぐに手を引っ込めた。
彼女は彼の目の中に、何だか傷ついたような表情を見た気がした。
が、彼女の思い違いだろう。


     ・・・何だかわたし、ここのところちょっと変かしら?
     少し神経質になり過ぎてるかもしれないわね・・・


その時彼女の携帯が鳴り出し、ジニョンは彼に首だけで軽く会釈して電話に出た。


「もしもし、ジニョンです。
 わ・・・わたし今ランチの途中なの・・・そうお友達と一緒よ。
 お父さん、ちがうわよ。お父さんの知らない人よ。
 そう・・・そう・・・」


彼女は途中でちらっと彼の方を見た。
彼は電話の会話などまるで聞いていないかのように、窓の外を見ていた。


「お父さん、昔のお友だちなのよ。
 ええ、もちろん女友だち。
 ええ・・・でもお父さんも今週の金曜日、学校で演奏会をやること知ってるでしょう?
 ううん、わたしおばさんのところには今回は行けないわ。
 え?ああ・・・彼女?・・・彼女は今お化粧室に行ってるの」


ドンヒョクはこの会話を聞いて思わず噴き出しそうになり、
顔に出さずにいるのにちょっと苦労した。
彼女の目と合い、なんとか笑いをひっこめようと努力していた。
ジニョンの大きな、明るい目が何か探るように彼の顔を見つめている。
ドンヒョクはジニョンがたまらなく可愛く見えた。


「演奏会?」

「ええ、まあ」


と恥ずかしそうにうつむいてしまった。


「わたしの母校でやる小さな演奏会なんです」

「僕が行っても?」

「え?・・・ええ、もちろんいらして下さい。
 これはごく内輪の演奏会ですし、公式なものじゃないからチケットも要らないんです。
 もしおいでいただけるなら、楽屋までいらっしゃればわたしがつかまると思います」


ジニョンはそう言うとメモにコンサートの日程の詳細を書いていった。
自分の名前を書き終わると、ドンヒョクに向き直り


「わたし、まだあなたのお名前を知らなくて」


一瞬、悲しそうな表情がさっと彼の顔をよぎった。


「僕はフランク、フランク・シンです」。

「韓国の方ですか?」

「韓国系アメリカ人です」


ここだけかなり強い調子で言ったので、彼女はびっくりした。

ドンヒョクは自分の声に驚いた彼女の表情を見て、しまったと思ったが、
すぐにいつもの調子に戻ると優しく言った。


「遅くなったね。ホテルまで送りましょう」





ホテルに戻る車の中で二人とも無言だった。
いつものドンヒョクなら、かなりの会話上手にもなれるのだが、
今日ばかりは言うべき言葉を失っていた。

何と言っていいのかわからなかった。
彼の頭にあるのはただ一つ、このまま彼女を帰したくない、という思いだった。
彼女を思い切り抱きしめてキスをしたかった。


     ・・・さっきは少し大きな声を出してしまった、君を怖がらせてしまったか
     な?・・・




ホテルの玄関に着くと、少し困ったことになっているのがわかった。
何故こんなに静かなのかと思ったら、彼女がすっかり眠り込んでいたのだ。


     ・・・前とおんなじだな・・・

ドンヒョクはふっと笑みをもらした。


     僕の眠り姫はちょっと重めの食事をするとすぐに眠り込んでしまっていた。
     あんまり良い習慣とは言えないけど、こんなところは前のまんまみたいだな・・・


彼は彼女の方にかがんで、優しくキスをした。
近くに寄ると彼女の香りがする。


     ・・・甘い香り・・・
     なんて素晴らしいんだろう!

     ああ、今日起きたことはすべて現実で、ここにいる君もまさに本物なのだと確かめた
     い・・・


少し迷ったが、ドンヒョクは彼女を起こさないことに決めた。
代わりに車を人気のない、少し離れた場所に移動した。
二人だけになってみると、どうにもたまらなくなって、彼女の唇を飢えたように奪った。


     ・・・君がいなくて狂うほど寂しかった!
     僕は自分で自分が抑えられなくなりそうだよ。
     おお、神様!
     もう一度彼女に会わせて下さってありがとうございます。
     ジニョン、僕の愛しい人・・・僕のたったひとりの恋人!・・・



ドンヒョクはジニョンがもっと寝やすいようにシートの角度を水平に近く倒した。
自分のジャケットを脱いで、彼女に着せかけ、
ジャケットもろとも彼女を抱いていられるように体を寄せる。
彼の鼻先と彼女の鼻先がふと触れ合った。

ドンヒョクは貪るように彼女の香りに浸った。
彼女のむき出しの腕をやさしくやさしくなでていく。


     ・・・僕の天使、戻ってきたんだね。
     もう2度と、あんな風に僕をおいて行かないで。
     僕は君がいないと生きて行けないのを知ってる?
     僕が君を、狂うほど愛してるって知ってる?

     ねえ、知ってる?
     知ってるのかな?

     今の僕は、君にとって全くの見知らぬ他人に過ぎない。

     それは構わない。

     それは全く構わないから、君を愛することだけ許してほしい。
     僕の愛しい人・・・



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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