AnnaMaria

 

This Very Night 第11章 -レオの眼差し-

 

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「なんでそんなにびっくりするの?フランク・シンって人知ってるの?」

ジニョンは聞いてみた。

「わたし・・・わたし、ああ・・・いえ、知らないわ。そんな人知らない」


ソンジェは混乱していた。

     ・・・これって単なる偶然の一致かしら?
     シン・ドンヒョクのクリスチャン・ネームがフランク・シンでって、あるわけないわ
     よね?
     でも・・・もしそうなら、彼って本当に何なんだろう・・・

     ジニョンがまだたった1日しかニューヨークにいないのに、
     もう彼はジニョンを見つけたってわけかしら?・・・



ソンジェはジニョンが記憶を取り戻し、韓国に帰国しようとした際、
ジニョンの父がシン・ドンヒョクのオフィス宛に通告したことを思い返してみた。

ジニョンの父は、シン・ドンヒョクに対し、
今後一切ジニョンに連絡を取って欲しくない、
それを守れば代償として、ジニョンの一家は彼が8ヶ月もの間ジニョンを隠匿していたことを訴えない、
と通告した。
ただし、シン・ドンヒョクが実際にジニョンに連絡を取ろうとしたりすれば、
そのときは法的な手段を考えるだろうと。

これはまさしく脅しだった。
だがどのみちソンジェは、シン・ドンヒョクは誰かを使って
ジニョンの跡をつけるようなことはするまいとも考えていた。
フランク・シンとシン・ドンヒョクが全く別の人間だとしたら、
今回のことは、偶然の一致にしてはできすぎだ。


「ソンジェ、何だか変よ!
 彼との夕食をキャンセルするために電話するって言い出したのはあなたでしょ!」

「あ、わたし・・・わたし、ダメだわ。ジニョン、ごめん!
 急に出なきゃいけなかった用事思い出したの、だから今晩夕食は一緒できないわ。
 ね、代わりに明日会わない?」


ジニョンはちょっとがっかりしたように見えたが

「わかった、いいわ、明日ね」

「そのフランク・シンとかいう人と何時にどこで待ち合わせたの?」

「ホテルのロビーで7時よ」

「そう・・・。じゃ、明日会いましょう、もし何かあったら電話して!
 わたしの携帯番号、ジニョンの電話に登録しておいたから・・・」


ソンジェはジニョンを軽く抱きしめると、手をちょっと握り、そそくさとその場を後にした。
そうしながらも、ソンジェは自分に言い聞かせていた。

     ・・・考える時間が要るわ、頭の中がすっかりごちゃごちゃになってしまって、
     とにかく考えなければ・・・



ジニョンは急いで去っていく友人の背中を見ていた。

     ・・・何だか変だわ。
     あのコーヒー大好き人間が好物のカフェラテを飲み終わってもいないじゃないの。
     一体どうしたって言うのかしら?・・・


ジニョンはソンジェがこんな風にそわそわしたり、慌てたりする姿を見たことがなかった。

     ・・・はあ・・・今夜のディナーから逃れる道はもうないみたいね。


ジニョンはため息をついた。





ドンヒョクはジニョンをホテルに送り届けた後、まっすぐにオフィスに戻り、
オフィスに備え付けてある、自分専用の寝室に入っていった。
顔を洗って、新しいスーツに着替えたかったのだ。

ドンヒョクは以前ジニョンがお気に入りだったネクタイを探した。
このタイを締めると、ジニョンがいつも甘い声で

「ドンヒョク、すてき」

と言ってくれたのを思い出した。

その思い出にふと微笑むと、ていねいに顔を洗って着替えをした。
今夜のディナーを待ちきれない気持ちだった。

なんとか仕事に集中しようと努力し、とにかく、できるだけ早く仕事を片づけることだけに専念した。
他のことを考える時間が惜しかった、
ドンヒョクはもう後戻りできないところまで来ていたのだ。




レオは黙ってボスを見ていた。

     ・・・恋のために何もかもが見えなくなっている、この愚かもの・・・


レオはあの時、ドンヒョクの泣く声を聞いてしまった。
それは、罠にかかって傷ついた獣の鳴き声のようだった。
あの後、ドンヒョクは以前よりもっと冷たくなり、まわりに対してさらに無関心になった。

     ・・・何故なのか?
     俺が考えるに、奴は心を失くしてしまったのだ。
     ここにいるのは、からっぽの殻だけだ・・・


レオはそう考えていた。




M&Aの仲間内では、フランク・シンの名前はかなりの重みを持ってささやかれており、
そのビジネス上の鋭敏な嗅覚や手腕は有名だった。
彼がこなせなかった案件が、それほど多くあったわけではない。

だが、彼自身の評判・・・こちらの評判の方はかならずしも良いものばかりではなかった。
獲物を仕留めるハンター。
ねらった獲物を特定すると自分の前に立ちふさがる邪魔者は全て取りのけ、破壊するまで全力をつくす。
温情やあいまいな感情など一切入り込ませない。

そんなところだった。

仕事上のつながりを別にすれば、ドンヒョクには友人と呼べる存在はいなかった。
実に痛ましい人生だ。
ドンヒョクには家族も友人もいない。
レオのことにしたって、ドンヒョクにすれば単なる仕事上のパートナーとしてしか見ていないだろう。

そんな彼の人生に芽生えたたった一度の恋。
だが、この生涯の恋人は彼をもう覚えてもいない。



レオはかつてドンヒョクとこんな会話を交わしたことがある。

「ボス、仕事だろうが、人生だろうが、
 ボスみたいに何もかもそう極端に走りすぎない方がいいぞ」

ドンヒョクは他人を気にかけることも、他人にチャンスを与えることもしなかったからだ。

だが、ドンヒョクはこう言い返した。

「俺が犬みたいに捨てられた時に、俺のことを考えてくれた人がどこにいた?
 誰も俺にチャンスをくれなかったのに、何故俺が他人にチャンスをやらなきゃならないんだ。
 俺がどう思っているかなんて気にかけてくれた人はいなかったのに、
 どうして俺が他人のことにかまける必要がある?」


     ・・・俺はお前のことを気にかけているし、心配もしている!・・・


レオはそう言いたかった。

だが、その言葉を口に出すことはしなかった。
たぶん、彼の年齢がその言葉を思いとどまらせたのだろう。




ドンヒョクが、ニューヨークの路地で彼の「バラ」を拾い上げた時、
レオは彼の中で何かが変わったのがわかった。
彼の激しい性格に急激な変化がもたらされたのだ。


     ・・・そうだ・・・愛の力を見くびるもんじゃない。


レオはドンヒョクが違法にジニョンを匿っていることについては、もうとやかく言わなかった。
相変わらず、ことの性質の違法性には反対してはいたものの、
ドンヒョクの生涯をかけたこの強烈な恋を守れるように助けてやりたい気分だった。


しかし、物事はそのように運命づけられていなかった。
ドンヒョクのバラはついに彼の元を去ってしまった。
しかも彼をただ置き去りにしただけでなく、彼のことを全て忘れてしまったのだ。

ドンヒョクがこの女性に注いだあらゆる感情が、全てどこにも行き場を失くしてしまったのを見るのは
あまりにも痛ましいことだった。

彼が人生において初めて見つけた、自分の時間と情熱を捧げるに値する女性。


     ・・・しかし・・・シン・ドンヒョクにはいつも悲劇が起こるようになっているの
     か?それを止めることはできないのか?・・・



ドンヒョクが教会で祈る姿を、時々レオは目にしてきたが、その祈る姿は実に真摯だった。
ドンヒョクが一心に祈りに身を捧げているのは、聖書に書いてある教えに全てに従う気持ちからではなく、
何かに希望を見いだそうとしているのだろうと、レオは考えていた。

あるいは、この痛みを取り去って欲しいと、ただひたすら神に願っていたのだろうか。
神はいつか幸運の女神をドンヒョクの元にお遣わしになるのだろうか。
長いことドンヒョクと組んで来て、ボスがいくぶんか普通の人間らしい行動を取ったのを見たのは、
ジニョンが彼のそばにいたあの8ヶ月間だけだった。




この一年間というもの、ドンヒョクは生ける屍も同然だった。
レオは本気でボスが狂ってしまったのかと思った時もあった。

ドンヒョクは時折ジニョンの写真を見ては、話しかけていた。
もっと言えば、写真とまじめに会話を交わしていた。
指先でそうっと写真に触れては、彼女を見、彼女を感じていたようだった。



一度、レオとドンヒョクに急ぎの用件があった際、ドンヒョクが自分の車で行こうと言い出したことがあった。
だが、彼はレオを助手席にのせるのを拒んだ。

レオはドンヒョクの車の内部を長い事見ていなかったが、後部座席に座ってみてショックを受けた。
ドンヒョクの乗っているジャガーXJは子連れのファミリーカーのような有様になっていた。

人形がいくつも置いてあり、昼寝用の毛布まで備えてある。

もっと驚いたのは、ドンヒョクがカーステレオをかけた時だった。
ドンヒョクがかけたのは、ジニョンが言葉を習い始めた時にお気に入りだった音楽で、
車内に子供の歌声が響き渡った。

     ・・・これは狂っている!・・・


だがレオが心底ぞっとしたのは、ドンヒョクが誰も座っていない助手席に向かって話しかけたことだった。
小さな子供に話すような言葉で、なだめたり、ほめたりしている。

後部座席のレオはドンヒョクの横顔をそっと見た。
今はもういないジニョンに話しかけているドンヒョクは、実に穏やかな表情をしていた。

     ・・・狂ってる、完全に狂っている!・・・


レオは心の中で何度も繰り返し、長い時間口を開かなかった。




二人で車を降りてから、レオはドンヒョクに精神科の受診をすすめた。
レオにはドンヒョクがまともな感受性をなくしてしまっていること、心を病んでいるのがわかっていた。

レオはドンヒョクが忠告を聞き入れて、専門家の助けを求めるかどうかは怪しいものだと思っていたが、
ほどなく、ドンヒョクの車は車内を一新し、独身のビジネスマンにふさわしいものに戻っていた。



レオは考えていた。

     ・・・こんな愛は本当の愛なのだろうか。
     ボスは単に心の中にある思い出を愛しているだけだろうか?
     それとも彼女を愛しているという考えに溺れてしまっているのだろうか?・・・


     ボスの感情は極端に激しい。
     その激しさがいつか、ボス自身をも焼きつくしてしまいはしないかと、
     俺は心配している。


     あの頃、ボスの孤独は頂点に達していて、
     彼女はどこまでも純粋で無垢だったから、彼の心をとらえることができたのだろう。
     ボスは今まで、自分の心の内側を固くガードしていて、
     決して誰にも入り込ませなかった。

     しかし、傷ついたジニョンは多くの愛と思いやりと世話を必要とする、
     子供のような存在だ。
     ボスは初めて、必要とされることや、求められることがどんな気持ちなのかを知った
     のだろう。
     だから自分のよろいを解いて、弱く無防備になった瞬間、
     心から彼女を愛してしまった・・・

     このことは意図したものではなかったにせよ、
     ボスもすぐに気づいたはずだ。おそらく彼女への愛が始まってしまってから・・・。

     美しさ、喜び、楽しみ、そういったものを追い求め、奴は目を開けたまま、
     この恋の炎の中に飛び込んでいった・・・




     ・・・今朝、いきなり彼女に出会った時は、俺もショックだった。
     自分の目が信じられない気持ちだった。
     ボスの方はと見ると、顔色が紙のように白くなり、おびえたような表情をうかべてい
     た。


     ・・・ボスのあんな姿を見たことは一度もなかったな・・・


     俺には奴の気持ちがわかった。
     これは別の彼女なのだ。
     このジニョンはシン・ドンヒョクに対して何の思い出も持っていないのだ。

     ボスにしてみれば、彼を全身で頼っていたあのジニョン、
     彼の言葉のひとつひとつに喜んで、無条件に彼を愛していた、
     可愛い人形のようなジニョンではない。
     ここにいるのは自分の意志を持った女性だ・・・


     ・・・そういった女性がシン・ドンヒョクのような男を愛することがあるだろうか?

     シン・ドンヒョクは彼女の今いる世界とは全く別のところから来た人間だ。
     彼女はボスのような人間をどう思うのだろう?・・・


     俺はボスが彼女を追っていくのを見た。
     奴が戻ってきたのは、午後も遅くになってからだ。

     朝方ボスを見たときは、奴のスーツはいつも通りスマートでシャープな印象をかもし
     出しており、まっさらだった。

     だが、午後オフィスにもどって来たときは・・・や、どうしたことだ!

     スーツがあちこち汚れている!・・・
     これはあの路地でひろったバラの仕業に違いない・・・


レオはそう思った。


レオがドンヒョクの方を見ると、コーヒーを飲んでいるところだったが、口元には笑みが浮かんでいた。

     ・・・やれやれ、恋に夢中のガキそのままだな・・・


だが、ドンヒョクは果てしない悪夢から目覚め、また生気を取り戻したように見えた。


「レオ、今から出かける。仕事を片づけておいてくれるか?」

「ああ、もちろんだ。行ってこいよ」



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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