AnnaMaria

 

This Very Night 第12章 -ソンジェの眼差し-

 

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間もなく7時になるが、ソンジェは柔らかなソファにしずみ込んだまま、ホテルのロビーで待っていた。


彼女の知っているジニョンなら、
友だちが自分のことを見張っているなどとは考えもしないことはわかっていた。
だが、もしフランク・シンが本当にあのシン・ドンヒョクだったとしたら、
話はまた別になってくる。


7時ちょうどになった時、ロビーにジニョンの姿が現れた。
ソンジェはジニョンの様子を見て思わず微笑んでしまった。


     ・・・ジニョンって、時々本当に子供みたいだわ。
     と言うより子供みたいに分かりやすいと言うべきかしら。
     自分の気持ちを隠したり、ごまかしたりができないのね・・・




二人が友だちになってから、ずいぶんと長い時間が経った。

ジニョンはいわゆる深窓のお嬢さま育ちだった。

ジニョンの父がかなり厳しい躾をしていたせいか、ジニョンは気質も性格も少しおとなしい少女だった。
派手な行動で周囲の目を引くようなタイプでは無いが、かと言って全くの弱虫というわけでもない。
いざ、何か困難なことが降りかかってくると、彼女の中に潜む強さを見せることもあった。

笑っていないときのジニョンは、無垢で純粋な話しぶりの愛らしさが目にとまる。
だが、きれいで形のよい唇とそこからこぼれる真珠のような歯をみせて笑ったときの彼女は、
顔全体がぱあっと輝くような笑顔になり、周囲に向かって本当にまぶしい光を発するのだ。

友だちの輪の中にあっても、ジニョンはいつもプリンセスのように周囲に守られていた。



ソンジェはジニョンと学生時代に初めて出会った時の事を思い出した。

誰かが引き合わせてくれたのだったが、ソンジェは、ジニョンの服装やすねた様にとがらした唇を見ると、
いいこぶりっ子なんだな、と自分の中であっさり彼女を切り捨ててしまった。
幸福な少女時代を送り、過去に一度もつらい目に出会ったことなどないようなタイプに思えたのだ。

ソンジェは自分の育ってきた環境や、家にいる病気の母親の事を思いめぐらせると、
ジニョンに会った瞬間から、二人は全く別の世界の人間で、友だちになどなれないのだと決めつけてしまった。
ソンジェは、自分がすぐにその場を去ったのも覚えている。



あるきっかけで、ソンジェはジニョンがだんだんと好きになっていったのだが、
それは彼女の母親が亡くなった頃のことだ。

ソンジェの母は結核を病んでいて、ある日突然息を引き取った。
家族は母親の死の床に集まり、なす術もなく母親を見つめ、
胸が破れそうになるまで泣くより他にどうしようもなかった。

その後ソンジェの父は仕事に没頭し、仕事の中に伴侶を失った慰めを得ようとしているようだった。
父親は、家で泣いている10代の子供たちをなぐさめる為に時間を費やしたりはほとんどしなかった。




ある、どしゃぶりの雨の日の出来事。

クラスメイトの母親たちが放課後、傘を持ってそれぞれの子供を迎えに来ていた。
ソンジェはその情景を見ると、突然母の死が胸にせまってきて、急に涙がこぼれだした。

雨のせいで涙が出たとは言えなかった。
ただ、背中のリュックのベルトを命綱のように固く握りしめ、うつむき、下唇をかみしめる。
そうして、涙が流れるのを止めようと少々頑張ってはみたが、やはりうまく行かなかった。
涙があとから、あとから頬を伝って流れてきて、
せめて大声で泣き出さないようにと必死で自分を抑えていた。
自分のこれ程のもろさ、弱さを誰にも見られたくなかった。


雨は相変わらず降りしきっていたが、突然自分のすぐそばで誰かのすすり泣く声が聞こえた。
戸惑いながらソンジェが振り返ると、ジニョンだった。

ジニョンもとても悲しそうで、うちひしがれて見えた。

二人の少女は少しの間黙って涙を流していた。
しばらくして、ソンジェがほぼ泣き止んでも、ジニョンはまだすすり泣いていた。
ソンジェは自分の悲しみはおいて、ジニョンにたずねた。


「どうしたの?何で泣いてるの?」

「ヒ、ヒック、ヒック・・・あなたのお母さま亡くなったのよね」

ソンジェは驚いてたずねた。

「そうだけど、亡くなったのはうちの母よ、あなたのお母さんじゃないでしょ?」

「わかってるわ。でも、あなたがかわいそうで・・・」

「まあ、おばかさんねえ、あなたって」

ソンジェは優しく言った。


しかし、そんな事があってから、二人は急速に親しくなり、
ソンジェはジニョンを自分の友だちの輪の中に引き入れた。

お互いを良く知るにつれ、ソンジェはジニョンの優しくて純粋な心にうたれていった。
ジニョンの優しい笑顔、感受性、他人を思いやる気持ちなどに比べると、
他の少女たちが、気が利かなくて鈍感な存在に見えてしまう。

ソンジェが自分の父親の料理の腕が悪いのを嘆くと、
次の日からジニョンは、ソンジェへ余分に弁当を持ってくるようになった。
卒業するまでの何年もの間、ソンジェはジニョンの母親が作ってくれた弁当を食べて過ごしたのだ。



二人がそろってニューヨークに留学すると、ソンジェにもジニョンの抱えているプレッシャーがわかった。
ジニョンはたとえ自分に類いまれな才能がなくても、とにかく必死に勉強し努力している事を
自分の父親に証明しようとしていた。

ジニョンが疲れ果てて涙がこぼれるまで徹底して練習する姿を、ソンジェは何度も見てきた。
途方もないプレッシャーに押しつぶされそうになり、泣きながら眠ってしまう夜も多かったようだ。
ジニョンが卒業にあたり、素晴らしい結果を残したのを目にしたが、
ソンジェには、ほんのひとかけらも妬む気持ちなど起きなかった。
彼女はジニョンがどんなに努力したかよく知っており、ジニョンこそ、この成功に値することを良く知っていたのだ。


     ・・・たぶん、ジニョンの優しく素直な人柄が、
     冷酷で、他人に無関心だったシン・ドンヒョクを惹きつけたのだろう。
     そして彼女の優しい素直な心が、長らくシン・ドンヒョクの生活に欠けていた部分を
     埋めていったのだろう。

     優しい無垢な心、このジニョンの魅力の本質ともいえるものがシン・ドンヒョクを魅
     了し、狂おしいほどの恋に陥らせたのじゃないかしら・・・


ソンジェはそう考えていた。





ソンジェから見えるジニョンの表情から推して、
彼女が今日のディナーの約束をそれほど心待ちにしている風には見えなかった。
かなり落ち着かない様子に見える。

が、ちょうどその時、
ソンジェは、駐車場に通じるエレベーターの方から歩いてくる長身の男性の姿が見えた。


周囲から抜け出したような雰囲気をもった風貌だった。
彼が一歩その空間に足を踏み入れた瞬間、周囲の視線を集めずにはおかないような存在感がある。

メガネをかけて、洗練された雰囲気を漂わせており、貴公子のような風貌は贅沢に作られた高価なスーツでさらに強調され、プロポーション抜群の肉体と完璧にマッチしていた。
気が急いている様子さえなかったら、どこかの国の王子のようにも見える。


彼はジニョンの立っているところへまっすぐにやって来た。


     ・・・彼は....まさにシン・ドンヒョクだ。
     フランク・シンとシン・ドンヒョクは全くの同一人物だった・・・


ソンジェは自分が見えないように隠れるのを忘れてしまっていた。
いつのまにか、立ち上がっていたのだ。

ソンジェはもしかしたら同一人物かもしれないと疑ってはいたが、
こうして彼の姿を目の当たりにすると、やはりショックだった。
ソンジェはなす術もなく棒のように立ちつくしてしまい、
慌てて、何とか自然に見えるようにと取り繕ってみたが、無駄なことだった。


ジニョンはこちらに背を向けている。
ドンヒョクはジニョンの方に少し体をかがめて、彼女に話しかけている。
二人が短いあいさつを交わすと、ドンヒョクはそっとジニョンの腰に手を回し、
駐車場のエレベーターの方へ誘った。
ホテルの外のディナーに連れて行くつもりのようだ。

ソンジェは、彼が自分の方を見なくてほっとしていた。


     ・・・こんなに神経質にならなくても良かったのかもしれない・・・


しかし、そう思ったまさにその瞬間、
ドンヒョクの鋭い視線がこちらを射抜いた。
ソンジェは彼が自分を見て、自分が誰だか認めたのもわかった。

だが、それもほんの一瞬だった。

彼は視線を戻すと、二人でエレベーターの方へと向かっていった。



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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