AnnaMaria

 

This Very Night 第19章 -消せない野火-

 

tvn_title.jpg




ジニョンはホテルのロビーにいなかった。


     ・・・約束の時間に遅れている。
     もう、僕に会いたくないということか?
     僕が嫌いなのか?・・・


ドンヒョクがジニョンに触れたり、親しげな行動を取ったりするのに、彼女がまだ慣れないでいることはうすうす感じていた。
ジニョンはいつも彼の視線を避け、二人の間に距離をおくようにしていた。


     ・・・僕は君に無理強いしているのだろうか?
     君が僕をまた愛してくれるようになるまで、一体どれほどの時間が必要なのだろう。
     僕には時間こそが無いというのに。

     あるいは・・・
     おそらく君があの頃の記憶を取り戻してしまったら、もう僕を愛してはくれないだろ
     うし、僕が君を愛することも許してくれないだろう。

     君は僕のことを忘れてしまったかもしれないが、
     あの8ヶ月は現実のできごとだ。
     あの幸せな時間はたしかに起こったこと、たしかに存在した事実なのだ。

     君の心には、あの頃の記憶の片鱗すら、とどまってはいないのだろうか。


     僕はあらゆる手をつくしてみた。
     でも結局、君を黙って行かせるしかないのだろうか。
     結局は、君に永遠に忘れられたままなのだろうか・・・

     おお神よ!ひとつの扉が閉じられた時、また別の扉が開くとあなたは言われませんで
     したか。
     僕のチャンスの窓はどこにあるのでしょう?
     一体どこに?

     こんな孤独にはもう耐えられない・・・


ドンヒョクは心の中で叫んだ。


     ・・・僕は喜んですべてを捨てる。
     全てを捨てる用意はとっくにできている!
     ただ、君とずっと一緒にいられるなら・・・


ジニョンが未だに姿を見せない理由について、ドンヒョクはあらゆる憶測を頭の中にめぐらせていた。
だんだん不安になり、イライラして来た。


     ・・・もうこれ以上は待てない!・・・


ホテルのフロントに行き、ジニョンの在室をチェックしてもらった。
ジニョンは午後に出かけて、夕方早くに戻り、それからは部屋を出ていないということだった。
ただ、鎮痛剤を2錠持って来てくれるよう、電話をしていた。


     ・・・ジニョンは病気なのか?・・・


ホテルの彼女の部屋をノックしてみた。
最初は静かにノックしてみたが、部屋から何の応答もなかったので、
だんだん、ノックを強くして、最後はドアに激しいノックの雨をふらせた。

ドンヒョクが、ホテルのスタッフを呼んでなんとかドアを開けてもらおう、と考えたその時、
ドアが開いた。


ジニョンが姿を見せたが、ひどく弱っている。
髪はべっとりと顔に張り付き、顔も頬も真っ赤だ。


「ああ、あなただったの。わたし・・・わたし、気分が悪くて・・・」


そう言うと、彼女はおぼつかない足取りでベッドに戻ろうとしたが、その場に倒れてしまった。

ドンヒョクはすぐにジニョンを抱きかかえてベッドにそっと寝かせた。
そっと額に触ってみると、燃えるように熱い!





連絡をして来てもらったホテルの医者は、ウィルス感染症だろうと言って、処方薬を出した。

「熱を下げるようにして下さい。こちらの患者には十分な休養が必要です。
 そばで誰か看病する人が要るでしょうな。
 だが、それほど大げさに心配することはありませんよ。
 ただ気をつけて見ていればいいでしょう。
 もし熱が続くようなら、病院に連れて行って下さい」


ホテル付きの医者が帰ると、ドンヒョクはジニョンが彼といた8ヶ月間に、ずっと彼女を診てくれていた医者をすぐに呼び出した。
この医者は彼女の過去の病歴に詳しかったのだ。


「ミスター・シン、ご心配は無用です。この熱は銃撃されたこととは無関係ですよ」

医者は彼女の診察を終えると、ドンヒョクにそう受け合ってくれた。




ドンヒョクはお湯でタオルをすすぐと、優しく彼女の体を拭いた。
ジニョンの熱が早く治まるようにと、一心に祈る。
少し汗をかいて来たので、何度もタオルでやさしくぬぐってやった。

彼女の息を感じようと、そうっと顔を近づける。

甘い香り、子供のようなちょっと甘酸っぱいジニョンの香りを吸い込むと、ドンヒョクは幸せを感じた。
そのまま、汗で湿った髪に愛おしげに唇を押しあてた。



ジニョンがなんとなくドンヒョクを敬遠しているので、
彼女に気軽に触れたりしないようにかなり気をつけるようにはしていた。
だが、時々そのことを忘れてしまって、彼女に触れようとつい手を伸ばしてしまい、
途中で止め、そのまま手を引っこめることもあった。

どんなにジニョンの唇に触れたくてたまらないか、神はよくご存知だろうが、
これ以上、キスを迫らないようにしていた。
彼女が眠ってしまった時だけ、彼女が病気で眠っているこの時だけ、この手で抱きしめてキスをしたかった。
彼の看病のせいか、ジニョンの熱が少しずつ治まって来ているのが感じられる。

ドンヒョクは自分がこの状況を利用しているのだとわかってはいても、
これ以上自分を抑えられなくなっていた。

眠っている彼女のそばにそっと自分の身を横たえると、優しく彼女を抱きしめる。
あまりに満ち足りた気持ちで、思わずため息をもらしてしまった。


     ・・・こんな近くで君をじっと見つめていられる時間が与えられた。
     君はこの世に二人といない。
     これほど誰かを愛しいと思ったことなどなかった・・・

     この熱い想いと焦がれる気持ちとで僕自身を焼きつくし、灰になって、
     どこか君のいる遠い場所まで、波にのって漂っていきたい・・・
     そう思ったことが何度もあった。
     そんな想いに何度かおそわれた時は、たぶん少し病んでいたのかもしれない。

     僕は今までの人生を苦労してやりとげてきた。
     今までは、何も感じなかった。幸福と不幸の間には何も違いはなかった。
     仕事でやりとげるゲームは、僕が長年切望してきたもの、
     挑むべき目標と、それに伴う満足をもたらしてくれた。

     これまでの人生で、少なからぬ富を蓄積することもできた。
     もう貧しい青年ではなく、今は裕福で力もある。
     何事にも動じない存在となるべきだったし、
     僕はそうなれたと、誰も僕を傷つけることなどできないだろうと考えていた。

     だが、君を愛してしまってからは、
     なんともろく、狂気の淵をさまよう者となってしまったことか・・・
     自分の中に燃え盛る思慕の炎を、どうやっても消す事ができない。
     その炎が僕を極端に駆り立て、まともな自分なら決してしないことをさせ、
     決して感じない感情を感じる・・・

     僕はまるで野生の本能に目覚めた馬のようだ。
     本来なら、僕は君を憎んでもいいのかもしれない・・・


     だが、どうして君を憎むことなどできるだろう。

     たとえ君が僕を愛さなくても、僕が君を憎むことなどできない。
     そうだ、たとえ君が僕を受け入れることができなくても、
     僕はただ君をだまって行かせるしかないだろう。
     君の元いた世界へ返すしかない。
     僕は自分で自分の傷をなめるしかないのだ。

     は!言葉でいうのは簡単だ・・・

     僕は本当に君をあきらめることができるのか、到底自信がない!・・・



ジニョンのそばに寄り添って、髪の香りを吸いこみ、
彼女の指先を自分の唇にあてて、優しくキスを繰り返した。
ドンヒョクは手を伸ばして彼女の感触を確かめ、なめらかな皮膚の手触りをいとおしんだ。
そのまま、唇はジニョンの唇をとらえ、深く深くキスに溺れていった。

ドンヒョクは、うめくような声でそっとささやいた。


「僕がこんなに苦しんでいるのを、君は知っている?
 行き場のない僕の気持ちを置き去りにしたまま、君は行ってしまった・・・
 君の意志が全てなんだ、君の心が僕の人生を変えてしまう。

 だけど・・・だけど、まだ君は僕を見てもくれない。
 僕に本当に向き合ってもくれない、そうだろう?
 僕の心が助けを求めているのが君に聞こえるかな?

 どうか、お願いだ、もう一度僕を愛してくれ・・・」


一年後の今、ジニョンと再会してから彼の感情は揺れ動き、
消すことのできない炎となって、燃え上がった。
その炎は、消せない野火のように、彼の心から全身へと広がっていった。

だが、それもほんの数日のうちに、ジニョンは彼の炎にすでに水を浴びせてきた。
ドンヒョクはジニョンにとって全くの赤の他人で、その事実がまた彼の気持ちを傷つけた。


     ・・・僕はなんて不運な人間なんだろう。
     僕自身の家族の愛は得られなかった。
     そして今、生涯でたった一人愛した女性は僕のことを忘れてしまっている。

     これは僕の運命なのか?・・・



「僕は君を行かせたくない、ジニョン。
 僕は君を行かせられない、君を失えない・・・」

ドンヒョクはジニョンの耳元でつぶやいた。



「僕のジニョン、君はまた君の家に帰って来たんだよ・・・」



------------------------------
出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ