AnnaMaria

 

This Very Night 第21章 -韓国料理店-

 

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ジニョンはブラウスの裾を落ち着かなく、いじくり回した。

こんな気持ちがいつ始まったのかわからなかったが、
フランクが自分の心をとらえてしまったのはわかっていた。
こんなにも短い期間なのに、ジニョンは次第にフランクと一緒に過ごす時間に慣れてきた、
というよりも彼と一緒にいるのが楽しい。


     ・・・あのフレンチ・レストランで盗み聞きしたことを別にすれば、
     フランクって、すごく大人で魅力的な男性だわ。
     彼はわたしが何を望んでいるのか、何も言わなくてもわかっているみたい・・・

と、ジニョンは思った。

ジニョンに対しては優しくて穏やかな心遣いを見せてくれる。
まるで冬の寒い日の温かい毛布みたいに心地良く、ジニョンをふっくりと温かく包み込んでくれるようだ。
彼の温もりに包まれていたい、と憧れる気持ちがジニョンの中に育って行った。


     ・・・フランクの声、谷間をわたるこだまのように低く、心に響く。
     フランクがさよならを言って、立ち去ったずいぶん後でも、
     彼の声がわたしの肌を優しく撫でていくのを感じることができる・・・


この頃、フランクと一緒にいない時でも、
彼の声や表情が突然、頭の中に浮かぶことが次第に多くなってきた。
画廊にいても、カフェにいても、青い空を見上げていても、
彼の顔が突然現れてくるのだった。


     ・・・人ごみの中を歩いていると、
     ついフランクに似た体つきの人を探してしまう。

     無意識に・・・わたし、フランクを探しているのかしら・・・?


この頃は、フランクが慎重になって、ジニョンに馴れ馴れしく触れることはもうなくなっていた。


     ・・・だけど、今はもう触れられても構わないと思っている事に気づいている?
     わたしの中に起こった、この気持ちの変化を感じ取ってくれているのかしら?・・・


だが一方で、彼女がニューヨークを発つ日も確実に近づいて来ている。
ジニョンは、ほうっとため息をついた。






ジニョンはフランクを見た。
フランクもジニョンを目で探していた。

二人の視線が合い、フランクは彼女を見つけた。
ドクンドクンと、ジニョンの胸の動悸が大きくなり、そのあまりの大きさに、
周り中に自分の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思ったほどだった。

フランクはジニョンの方へ歩いて来ると、彼女のすぐ近く、
あとほんの少しで体が触れそうな距離まで来て立ち止まったが、彼女には触れなかった。

フランクの香りがする。
かすかにムスク系のコロンと彼の香りが溶け合った、独特の香り。
彼の香りがすると、ジニョンはいつか周りにこんな香りの人がいたような、懐かしい気持ちになる。
とにかく、この香りには確かに馴染みがあった。



「何を食べたい気分?」

フランクはたずねた。

「今日の夕食はわたしにご馳走させて・・・。韓国料理のお店に行ってみない、どうかしら?」

「どこか韓国料理の店を知っているの?」

「あん!だって、わたし留学時代、3年もニューヨークに住んでいたんですもの」


ジニョンはいつも食べ物の事を考えると、たちまち気分がうきうきしてくる。


「お友だちしか連れて行ったことはないの。
 そのお店ここのすぐ近くだから、わたしたち二人で歩いて行けるわ」


ドンヒョクは心の中でつぶやいた。


     ・・・ジニョン、僕は君の友だちになりたいんじゃない。
     君は僕の愛そのものだから・・・


だが、ドンヒョクはジニョンが「わたしたち二人で」と言ったのを聞いて、うれしくなった。





ジニョンがドンヒョクを連れて来たのは、小さくて、騒がしい食堂だった。

小さなテーブル、小さなベンチ・・・
二人は他の大勢の客とひしめき合って座らなければならず、
ドンヒョクはこういった雰囲気にまるでなじめなかった。
こんな場所がニューヨークにあることさえ、知らなかった。
そして、ジニョンがこういった種類の料理が好きなことも知らなかった。


以前、ジニョンがやや初期の回復段階にあったころ、
手足の動きがまだ不自由で、自分の気持ちもはっきりと表せないでいた。
ジニョンもそのことにイライラしていて、なだめるのが難しいこともあった。

週末になると、ドンヒョクはジニョンをあちこちのレストランに連れ出し、色々な料理を試してみた。
そこで、ジニョンをなだめ、落ちつかせるには、食べ物が一番だということがわかってきたのだ。
ドンヒョクが注文したさまざまな料理に対するジニョンの反応を見るのが、いつしか面白くなってきた。
彼女の反応は実に率直で正直だった。


     ・・・そうだ、レオがジニョンのことをシン家のお抱えミシュランだと冗談を言って
     いたな・・・


ドンヒョクは実にさまざまな料理の店にジニョンを連れて行ったが、
何故か、韓国料理を食べさせてみようと思ったことが一度もなかった。
恐らく、それはドンヒョクの方の事情だったろう。
 


「わたしが注文するわ、いいかしら?」

ジニョンは店の女主人の方をふりむいて、何やら熱心にしゃべっていた。
ほどなく、またドンヒョクの隣に座り直し、にっこりと輝くような笑顔を向けてくる。

ジニョンは行ってしまう前も、いつもこんな風に明るく笑いかけてくれたものだ。
自分の中で、ジニョンがくれた笑顔を一つ一思い起こしていた事を、ドンヒョクは今でも覚えている。

あの頃のドンヒョクは、彼女の笑顔を見るたびに、ジニョンとの別れがすぐ間近に迫っているという思いに胸を刺され、
彼女が行ってしまったら、この笑顔を思ってどんなに恋しくなるかを考えずにはいられなかった。

ジニョンのいない間、ドンヒョクはずっとその痛みに苦しんだ。
今また、ジニョンのこうした明るい笑顔を見つめていると、
あの辛く暗い時間が存在しなかったかのように思えてくる。





「あら、これはすごいわ!
 何を注文しようか、ずっと考えていたんだけど、こんなに一人前の分量が多いなんて・・・。
 もし、よかったら、これ二人で分けて食べませんか?」

「もちろん構わないよ」

そう言いながら、ドンヒョクは心の中でつぶやいた。


     ・・・僕の全ては君のものなんだ、ジニョン。
     僕と言う人間丸ごと、この心も気持ちも、全て君のものだ。
     全部受け取ってくれ。
     僕は君のものなんだ。
     僕が君のものだってこと、君は知っているのかな?・・・


ジニョンは食べながら、楽しそうにくるくるとおしゃべりした。

「おいしいわ。どう?」

「ああ」


ドンヒョクは嘘をついた。
本当は、彼は韓国料理になじめなかった。
だが、好きになりたいと思ったし、ジニョンのために韓国料理の作り方も覚えたいとさえ思った。


ドンヒョクはまた思い出に浸っていた。
彼が絶望のどん底にあった頃、何度も何度も心の中で想像してみたこと。


     ・・・君にいつか偶然また会えるとしたら、その出逢いはどんなものだろう、
     僕たちが一緒に暮らしていたときのような時間を過ごせるものだろうか?

     でも、きっと現実のジニョンは僕の心の中にいるジニョンとは違うことを、
     そのうちに実感するのではないか。
     だから、現実のジニョンを以前ほど愛することもないだろうし、
     たぶん、幾らか幻滅するかもしれない。
     そうなったら、今ほど彼女で頭がいっぱいな状態から抜けられるかもしれない・・・


現在のジニョンに会って、以前のジニョンとのギャップを感じれば、自分の苦しみも幾らか和らぐだろうと
考えていたのだ。

だが実際は、こんな風に全く予期せずに彼女に再会した。


     ・・・とても現実とは思えない、
     ここ何日間というもの、なんだか夢の中を漂っているような気分だ・・・

     そして今の君に幻滅などするどころか、僕は身も心も捕らえられてしまった。
     君を見るたび、そのほっそりした華奢な体に僕の目がくぎづけになってしまう。

     君の笑顔にはもう子供っぽい雰囲気はない。
     だが、君が笑うたびに頬に咲く、花びらのような輝きは、あっけなく僕の孤独を消し
     去ってしまう。
     そうだ、まるで以前と同じように・・・。


     君の瞳は魂の深い淵から低いささやき声で、僕に呼びかけてくるようだ。
     日中、仕事に没頭している時でも、
     君の瞳のことを思うだけで、僕はどうにも仕事が手につかなくなる・・・


     目の前にいる君は、抗しがたい魅力がある。
     目の前にいる君は、僕の心の深い部分をかき乱す。
     目の前にいる君は、僕の全てだ。
     僕がどこを見ても、何を考えていても、君が浮かんでくる・・・


     君が僕を拒んだ時でさえ、
     僕の方は君に近づきたいという自分の気持ちが止められなかった。
     いや、止めたくなかった・・・

     君は僕を受け入れてくれるだろうか?
     僕の愛を感じてくれるだろうか?
     僕らが共に過ごした日々を君が思い出す日など、来るのだろうか?
     君は再び僕の元へ戻って来てくれるだろうか?
     いつ・・・いつになったら、君をまたこの腕に抱きしめることができるのだろう?

     あるいは、僕が最も答えを知りたい問い、
     いつ・・・いつになったら、君が僕を抱いて、僕の心をもう一度温めてくれるのだろ
     うか?・・・




ジニョンはフランクの皿に盛られた料理を見ていた。
彼女の大好物の一つなのだ。


     ・・・食べないのかしら?
     だって、ほとんど何にも手をつけていないじゃない。
     あら、またタバコ吸うのね。

  お料理が口に合わないのかしら。それとも韓国料理が苦手?
  それならたぶん、少しはお手伝いできるわね。だって本当においしいんだもの!
  ニューヨーク中探したって、そうそう見つかるもんじゃないわ!・・・


               ・・・君は開きっぱなしの本みたいだな、
               考えていることが、はっきり顔に出てしまう・・・


ドンヒョクは笑って、自分の皿を彼女の方に少し押しやった。

「良かったら、少し手伝ってくれないかな?」

ジニョンはすごく嬉しそうだった。

「もちろん、喜んで!」

ドンヒョクは思った。


               ・・・君はこんなにもあどけなくて、無垢のままだ。
               こんな些細なことでもすぐに笑顔になれるんだね。

               どうして君はこんなにも無垢なままでいられるのかと、
               何度も何度も考えたよ。
               君は大切に守られ、匿われ、愛されて来た花のようだ。

               どんなに長い年月、教育を受けようと、どんな経験をしよう
               と、君の無垢な純粋さは今もそのままだ。
               今でも、朝露のように汚れなく、純粋なのだ・・・


ドンヒョクはため息をついた・・・


               ・・・思い出の中のジニョンと、僕の傍らにいるジニョンは全
               く同じ、同一人物だ・・・




ジニョンはドンヒョクの顔にまた現れた不思議な表情に気がついた。
それは、探っているような、何かに焦がれているような、あの視線。


     ・・・わたしを見つめている!
     この人っていつもこんな風に人のことを見つめるのかしら?・・・


ジニョンはひそかに思った。


  ・・・もし、あんな風にわたしのことをずっと見つめているなら、
  いつか、わたしもあの眼差しを恋しく思う日が来るのかしら・・・



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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