AnnaMaria

 

This Very Night 第22章 -キス-

 

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フランクとジニョンはホテルに戻る道を歩いていた。

空気はかすかに湿り気を帯び、道路のわきに残った雪は氷に変わっていた。
二人が歩いている舗道の上にも、ちりちりした寒さが感じられる。

ジニョンはフランクが彼女の手を取ろうとしたのを拒んで、
手を自分の上着のポケットに滑り込ませた。

ジニョンは横目でフランクをちらりと盗み見て思った。


     ・・・この人ってジェウォクとは全然違うのね・・・



ジェウォクはよく笑ったし、いつも生き生きと活動的だった。
ジニョンが婚約破棄を告げてからも、ずっと彼女を気遣い、愛し続けてくれた。
だがジニョンにとっては、それが大きな負担になった。
銃撃の後遺症は、少なからず彼女を苦しめたが、
同時にジェウォクに対する罪悪感を軽くして、
少し救われたような気持ちにもなった。


韓国を立つ直前に聞いた医者の警告が、急に頭の中に響いてくる。
どうしたものか、あの警告の言葉はいつも彼女がうきうきした楽しい気分の時に
突如として頭の中にひらめくのだった。

ジニョンは病院がとても怖かった。
何故なら病院は彼女にとって、人の生と死が決められて示される場所だったから。


     ・・・もし、わたしが手術を最後まで受けていたら、
     もっと違う人生を歩む結果になったかしら。
     それがわたしの音楽キャリアにまで影響していただろうか・・・


フランクはと言えば、ジニョンに取って「霧」のような存在だ。
彼女は次第に彼に引き寄せられ、謎と未知でいっぱいの彼の世界の中へ一歩踏み込もうとしている。
彼は・・・・ほとんど口を利かない。


ここ何日間かで、何度も不思議に思った。
ジニョンはこのような人物がこの世界に存在していることさえ、まるで知らずにいた。
彼は夜のように暗く、ジニョンは彼の中に一筋の陽光の跡さえ見いだすことができない。

彼が微笑んだときでさえも、その微笑みは雨の日を思わせる。
彼が控えめで優しいのは、自分だけに向けられた姿なのか。





ジニョンが見たフランクの別の面は感じが良いと言えるものではなかった。

つい先日のこと、ホテルが間違えてジニョンの部屋に別の客をチェックインさせてしまった。
ホテル側が記録を読み違えて、ジニョンが既にチェックアウトしたものと思い込んだのだ。
彼女が自分の部屋に戻ってくると、カードキーが使えなくなっていた。

大急ぎで受付に行って苦情を申し立てたが、
そのあいだにも自分の部屋に置いてきたバイオリンが気がかりで仕方なかった。

受付のスタッフは間違いを認め、事態を収拾すべく手筈をとっていた。
フランクはジニョンを迎えにホテルに到着したのだが、
彼のスタッフに対する態度は非常に冷たく厳しかった。
スタッフが彼の尋問と非難にどうやって対処するかわからずにいると、
彼は激怒してしまった。

ジニョンはいつも事を荒立てたくないと思う方だったので、
彼の対応の仕方にショックを受けてしまった。

すぐに彼をわきに引っ張って行き、

「ねえ、やめて。あちらは謝っているのよ」


しまいには、ホテルの総支配人までがこの事態を収めに出て来なくてはならなくなった。
支配人はフランクを見て、ややたじろいだように見えたが、すぐに自分のオフィスに彼を招き入れた。

フランクは、まだ不愉快そうな表情を残していたけれど、声を落としてジニョンに言った。

「ここで待っていて・・・。すぐに戻ってくる」


彼女にはいったいそこでどんな合意が交わされたのかは、見当もつかなかったが、
とにかく総支配人は彼らを車まで送って来た。

車に乗ると、ジニョンはやや困った調子でフランクに言った。


「わたしは、ここに泊まっているのよ。何であんなことしたの。
 ホテル側があなたの態度に気を悪くしたら、わたしがもうここに泊まれなくなるとは思わないの?」

「間違いを犯したのは向こうなんだから、当然償いをすべきなんだ」

「わたしはそんな必要はないと思うわ」

彼女はこんなに怒った人を見た事がなかった。



怒った時の彼は、荒れ狂う風のようだ。
彼の中にある暗さ・・・。
彼女はギリシャ神話に出てくる、人類のために火を盗んだと言う神、プロメテウス※を思い出した。
プロメテウスは神の怒りに触れ、岩にくくりつけられて、生きたまま大鷲に内臓を食い荒らされるという罰を与えられた。
不死身である彼の苦しみは永劫に止むことがない。

いつもフランクの目の中にただよう寂しさや悲哀を見ると、
自分が読んだ本の中のプロメテウスの目をいつも思い出してしまう。


   ・・・それでも、フランクに惹かれていく自分をどうすることもできない・・・
   彼がわたしのまわりに張り巡らせた愛の網に、捕らえられてしまったみたい。

   網の中に幾重にも幾重にも絡めとられて、網を破って逃れられない・・・
   逃れ出る道さえ見つけられない・・・






夜の闇が深くなるにつれ、寒さが増してきた。

「君を好きになってもいい?」


   ・・・耳元でかすかにささやくあなたの声が聞こえた・・・
   風が、あなたの言葉をかき消してしまって
   わたしはあなたの言葉が聞き取れなかった・・・
   

「なあに?」


                    ・・・僕は少し言いにくかったが、もう一度繰り返
                    した・・・


「好きになってもいいかな?
 僕はもっと君と親しくなりたい・・・」


   ・・・あなたが息をひそめてわたしの返事を待っているのを、感じる。

   緊張しているのかしら?
   でも、あなたが何を望んでいるのかが、はっきりわからない・・・


「ええと・・・でもどうして?」


   ・・・わたしは確かめたいの。
   あなたは深いため息をついたわ・・・


「なぜって、僕が君を好きだから。
 だから、どうか僕を拒まないでほしい。
 僕はもっと君に近づいてもいいかな?」


   ・・・ああ!
   わたしにもあなたの言葉の意味がわかった。
   顔全体が、熱くほてってくるようだわ
   本当のところ、頭がまるごと真っ赤になっているんじゃないかと思えるほどよ・・・



                   ・・・僕は不安な気持ちで君を見つめていた。
                   僕のてのひらに冷たい汗がにじんで、
                   呼吸が不規則になってくるのさえ感じられる・・・


「ええと・・・ああ・・・あの・・・
 明日の学校での演奏会は4時よ、忘れないでね」


   ・・・そう言って、わたしはつま先立ってあなたの頬に軽くキスをすると、
   くるりと向きを変えて、すぐに走り出そうとした・・・


                  ・・・君の唇が頬に触れた瞬間、
                  僕は全身の血がわき上がって頭にのぼってくるのを感
                  じ、目がくらんだようになった。

                  反射的に君の手をつかんで、逃げ出そうとする君を引き
                  止め、そのまま君を腕の中に引き寄せて、唇を重ねよう
                  とした。

                  顔を近づけると、君が素早く自分の口を手で押さえてし
                  まった・・・


「わたし・・・わたし、今ニンニクをたくさん食べちゃったの!」


                  ・・・僕はこれを聞いて笑ってしまった。
                  君をしっかり抱きしめると、僕の顔を君の髪にそっと押
                  しあてる。
                  つややかな髪から君の香りが立ちのぼってくる・・・


   ・・・わたし、今度は逃げられない。
   つかまって、あなたの腕の中にとらえられてしまった・・・


                   ・・・君を今度は逃がさない。
                   つかまえて、僕の腕の中だ・・・


   ・・・わたしはふるえを感じ、深く息を吸い込んだ。
   あなたのジャケットから冬の匂いがする。
   その冷たさがなぜか、わたしをとろかせるような誘惑を秘めているよう・・・

   あなたはゆっくりとわたしの口から手をはがして行く・・・

   身体が木でできた人形みたいにこわばって、身動きができない。
   あなたの顔・・・あなたの顔が少しずつ近づいてくる。
   心臓が今にも、胸から飛び出しそう。
   ああ、わたし、わたし、キスされるわ・・・



                  ・・・僕はゆっくりと君の手を唇からはがして行く
                  僕の顔を少しずつ、少しずつ君に近づける。


                  君の大きくて、丸い目は今もじっと僕を見つめたまま
                  だ。
                  僕は目を閉じて、かすかにふるえる唇を君の唇に重ね
                  る・・・


                  君の息はなぜ、こんなにも僕を酔わせるのだろう。

                  君は僕を拒まなかった・・・
                  おお、神様!
                  君はついに僕を受け入れてくれた。
                  ああ、こんなにも柔らかく、こんなにも甘い唇!

                  何という素晴らしい気持ちなんだろう・・・
                  君はついに僕を見てくれたのだ・・・



ジニョンの大きく見開いた目は、
自分と唇を合わせている男の顔を見つめていた。
彼は彼女の唇の甘さに酔いしれているように見えた。


   ・・・これ以上、あなたの顔を見ていられない・・・


彼女は目を固くつむった。
   

                   ・・・君のまつげが心の揺れを表して、震えている。
                   僕はゆっくりと自分の唇で君の唇をなぞり、そろそろ
                   とかすめていく。
                   唇が触れると、君の震えが僕の腕に伝わってくる。

                   僕の知っていたジニョンは、いつも無垢な少女だっ
                   た。いつも・・・いつもだ・・・



   ・・・わたしは体中の空気がなくなって、
   あなたの口からだけ空気が吸えるような気がする・・・
   心臓が・・・狂ったように打っているわ!・・・

   思わず、深いため息がもれてしまう・・・



                   ・・・君の唇が開いた機会をのがさず、僕の舌が君の
                   唇に入り込む。
                   僕の舌が時には君を侵すように、征服していくよう
                   に、君の舌を追い求め、時に引き下がる・・・

                   体中から空気を吸い出してしまうように、
                   君の唇をとらえたまま離さない・・・



   ・・・濡れた、熱いキス。

   唇だけじゃなく、心臓にまでキスをされているよう・・・

   これは!この気持ちはどう考えたらいいの?

   これはあまりにも親しすぎる、はしたなすぎる、激しすぎる!
   キスがあまりに激しくて
   魂までつかみ取られて行くようだわ・・・

   あなたの皮膚の匂い、あなたの息・・・
   そして・・・あなたの温かく滑らかな舌は見知らぬ生き物のように動き、
   わたしの中を動き回り、わたしを征服していく・・・

   わたしは時間も場所の感覚も失くしてしまった。

   どこにいるのかもわからない。
   時は歩みを止めたようだわ。


   今にも気を失いそう・・・


   唇を合わせたまま、あなたの身体はぴったりとわたしに寄り添っている。
   あなたの男らしい香りに思い切り包まれている・・・

   わたしの中の存在がまるごと吸い出されてしまって、
   ひんやりとした夜の中、空気までさらに冷たくなっていくよう。
   寒い冬の夜のまっただ中で、わたしたちの心臓だけが踊っている・・・




キスが終わった時、ジニョンは彼にしがみつき、
支えを求めて彼の胸にもたれかかっていた。

彼女は彼のジャケットの衿にぴったりと押し付けられている。
脚に力が入らず、立っていられない。
息もあえいでいた。

しかし、自分の心の底から不思議な気持ちが湧いてきたのを感じた。


   ・・・甘い・・・そう、頭の芯がしびれるような甘い気持と、
   なんだか少し混乱しているような気持ちかしら・・・?



ドンヒョクは長いため息をつくと、彼女をしっかり抱きしめたまま、髪を優しく撫でていた。


                    ・・・ああ、ジニョン、僕の恋人。

                    ジニョン、君を忘れるなんてできない・・・






レオは朝一番にドンヒョクとばったり会った。

「おはよう、レオ!」


     !・・・俺は自分の耳が聞き違えたのかと思ったよ。

     ボスが最後におはようと言ったのは、どのくらい前だったかな?
     それに見ろ、奴があいさつしたのは俺だけじゃない。
     そこらへんにいる他のみんなにも手を振って、微笑みかけている。
     やれやれ!1階の女の子たちは奴の笑顔を見て狂喜したことだろう・・・


     俺はため息をついた。

     ソ・ジニョンは確かに只ものじゃない・・・

     ボスがソ・ジニョンに再び会ってから、
     奴の気分は振り子のように揺れ動いていた。
     だがもちろん、明るく光り輝いたような日々より、憂鬱そうな日々が多く、
     ボスは足元まで開いた窓の傍に立って、放心しているように見えた。

     俺は実を言うと少し心配していた。
     もし、地面に突如現れた穴に向かって、ボスが飛び込んだらどうしたらいいのだろ
     う・・・?

     ボスが放心しているような時は、誰も奴に話しかけない。
     ボスがみんなに箝口令を敷いているようだった。

     時々、衝動的に受話器を取り上げると何やらブツブツつぶやいては、ゆっくりと元に
     戻す。
     また別のときは、仕事の途中で突然黙り込み、自分の中に閉じこもってしまう。

     ボスがあまりに静かなので、
     「おいおい、息をするのを忘れるんじゃないぞ」と言いたくなるほどだった。



     昨日、ソ・ジニョンが電話してきた。

     ボスの表情が見る間に輝きだした。
     例え宝くじに当たったとしてもあんな嬉しそうな顔はしないだろうな。
     
     電話のあとの午後中、ボスの全く身の入らない仕事ぶりをみて、
     俺は彼女が夕食の誘いを申し出たことを察した。

     5分おきに時計に目をやり、
     脚にバネがついたみたいに、部屋の中をぐるぐる歩き回る。
     それに、あろうことか、ネクタイを何百回も取っ替え引っ替えしだした・・・


     ついに約束の時間になったらしい。
     俺はボスがためらっているのに気が付いた。
     俺だって心配になったくらいだよ。
     だってもし、ソ・ジニョンがボスを夕食に誘ったのは、
     もうこれ以上会わないでくれ、というためだったら?

     だが、ついに奴は出かけて行った・・・

     一晩中、俺は不安で心配で、晩のテレビの大好きな野球中継にも集中できなかったく
     らいだ。
     だが、ボスの顔から察するに、昨日の夜は非常にうまく行ったようだな・・・


     ・・・やれやれ、実にご機嫌だな。
     昇給の話をもちだすんなら今だな、イエスを言わせる絶好の機会だ。

     俺は自分の考えにふと笑いをもらした・・・








※ギリシャ神話のプロメテウスは後に英雄ヘラクレスに救出されます。



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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